1.
「俺は・・・誰だ・・・?」
自分でもびっくりするくらいに幼い声が、これまた自分でもびっくりするくらいに幼い顔立ちの口から溢れる。
ここはどこ?私は誰?なんて、記憶喪失者のテンプレみたいなセリフだが、俺は記憶を失ったわけではない。自分のことはもちろん、ここがどこなのかもはっきり覚えている。
俺は戦争遺児だった。
今は人間優勢として収束を迎えつつある、魔族との戦争。
まだ火の手の残る戦場跡に、一人ボロ布に包まれて取り残されていたのが俺だったと聞いている。
戦争被害の視察に来ていた領主であるヘンリー・フォン・バーレンランズから温情をかけられ養子となり、今に至る。拾われ子の養子であったため貴族姓はつけられなかったそうだが、ヘンリー父様からはヴィルヘルムという立派な名前もいただき今に至る。という訳で、ヴィルヘルム・バーレンランズです。以降よろしくお願いいたします。
ヘンリー父様に拾っていただいたのがかれこれ3年ほど前になるらしい。
つまり今俺は3歳かせいぜい4歳児ということになる。
「・・・。」
「・・・・。」
「・・・・・。」
「お前のような4歳児がいるか!」
わざとらしく間を溜めてみて、ひとり突っ込む。発せられた声はやはり可愛い、あどけない声である。
そう、いない。いないのである。
そんなかしこまった口調で話すような胡散の香りがプンプンと漂う4歳児はいないのだ。
なぜなら今こうして一人で騒いでいる自我の持ち主、つまるところの俺は、平成の現代に生きていた24歳児のおっさんだったからだ。
俺は就職浪人だった。
未だ氷河期として就職を迎えつつない、企業との戦争
既に働き手の残らない三月末に、ボロ布のように取り残されていたのが俺だったと記憶している。
しょうもないFランとも言える大学は出たが、もともと何かがやりたかったわけではなく、成績も出席もギリギリ。覚えたことといえばネトゲの知識、それも極める程にはやりこまず、面倒になって飽きては転々とし、それも飽きてはまた転々と。身に付いたものは・・・贅肉でしょうかね・・・。具同家に生まれ、親父からはカガリというまあそれなりの名前もいただき今に至る・・・?という訳で、具同カガリでした。改めてよろしくお願いいたします。
さて、一人心の中で改めたところで状況を整理しましょう。
就職浪人のカガリの記憶は確かに俺のものだ。だが、しかし、戦争孤児のヴィルヘルムとして、ヘンリー父さまに家族として迎え入れられ健やかに育てられた記憶もまさしく俺の記憶である。
身体は事実として4歳児。
記憶の混濁により混乱している頭の中を整理しようと、カガリとしての記憶が戻る直前の、ただの4歳児だった記憶を洗うことにする。
直前の自分が何をしていたのか、ヒントを得ようとあたりをきょろきょろと伺う。
「どうでもいいけど4歳児の視線ってやっぱ低っきぃな・・・。」
黒檀のような材質のヘンリー父さまの執務机、来賓用のテーブルに、シックな印象を受けるソファ。これまた来賓用であろうか、豪奢なティーセット一式が飾られたカップボード。家具の一つ一つが重厚な高級感を漂わせており、部屋全体の纏う空気を否応がなしに静謐かつ厳格に保っている。
「いい仕事してますねえ・・・。」
つまるところここがどこかと言えば
バーレンランズ家の屋敷の一室。ヘンリー父さまの書斎である。
入口から執務机に向かって真っすぐに広がる、使い込まれてはいるがそれが却っていい味を醸し出している絨毯の上に、この均整のとれた部屋を乱すかのように開きっぱなしの本が一冊乱雑に転がっていた。
すぐ近くにはアンティーク調の本棚の戸がこれまた開きっぱなし。中には何冊かの本の間に一冊分の隙間がある。おそらくそこに転がっている本の定位置であろう。
部屋を見回し、状況確認をしたことで、混乱していた頭も冷静になってきたのか、だんだんとヴィルヘルムとしての記憶も蘇ってくる。
確か、以前見た父さまの部屋の本の、そのキラキラの刺繍がとても魅力的に見えて、父さまのいない隙に忍び込んだんだっけか・・・。
そいでもって
本を取り出して
まだ文字も読めないくせに
中が気になって
書かれてる文字を見て
「へえ、この世界でも数字はアラビア数字なんだな」
こ の 世 界 ・ ・ ・ ?
激しい頭痛。
感覚のないはずの脳が熱を持ち沸騰するかのように錯覚する。
未発達の脳にその内側から無理やり情報が書き込まれるイメージ。
そして―――
「俺は・・・誰だ・・・?」
冒頭に戻るのである。
漠然とした記憶の連続は確認できた。
そこまでの過程を思い出すだけでまた頭痛がしてくる。
今度はさきほどの脳を揺さぶられるような激しい頭痛というよりは、鋭い痛みといった方が近いかな・・・?
とにかく、なんとなくだが今、自分の置かれている状況を理解した。
具同カガリ24歳さんは、ヴィルヘルム・バーレンランズ4歳さんになってしまったのだ。
この異世界としか思えない世界で・・・。