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亡き王女に捧ぐ事件譚  作者: 榊 香
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 昼時の食堂付近は騒がしい。

がやがやと波立つ喧騒の海をくぐりぬけて隅の方の席に着いた。適当につかんでプレートに乗せた今日の昼食は、栄養学に疎い自分が見てもかなり偏った内容だったと思う。

しかしまあ、仕方がない。

すべては自分のなげやりさと今まで楽をしすぎてきたことが問題なのだ。

ちらりと視線を上げて食堂内を見渡すが、まだ友の姿は見当たらない。先ほどの授業で舟をこいでいたのがばれたのだろうか、それとも娯楽本の買いすぎで実家からの送金が底をついたのか。


 取り留めなく考え事をしながら生ハムをはさんだベーグルにかじりついたとき、ふと誰かが前の席に座ったのが分かった。ことりと音を鳴らして椅子を引き、丁寧に腰掛ける所作からは貴族らしい空気がにじみ出ている。

気付かれないようにネクタイの色を確認すると、上級生だった。しかもかなりの成績優秀者らしく、普通の生徒にはない紀章が襟元に飾られていた。


(なんでそんな、明らかに人の中心にいそうなやつがこんな食堂の辺境に)


 少し妙に思ったが、それだけだった。

それからは黙々と昼食を胃に落とし込み、早々に席を立って次限の教室へ足早に向かった。


***


ひたすら目立たないよう学生生活を送ること。

これがアラン=スィーアのモットーであり、実家から出されたヴィオソフィア学園進学の条件だった。条件を出された理由は、アランの出生にある。

だから学校における「青春」を放棄せよといわれても別段気にすることはなかった。むしろ実家から離れられるならば、条件付きだろうが何だろうが、それだけで十分価値があったのである。


 しかし寮の同室であるカイにはそれがどうにも理解できないらしい。

学園で教師を除けば唯一アランの出自を知る彼は、大法官の跡取り息子という立場であるにもかかわらず随分と好き勝手やっているのだからそりゃあアランの言い分とは相いれない。そんな彼が意外なことを言い出したのは、昼時に上級生と相席した日の夜だった。


「なあアラン、今回ばかりはお前のその態度が命を救うかもしれないぜ」

「はあ?」


 いきなり何を言い出すかと思えばと眉を顰めるアランに、神妙な顔をしながらカイがつめよる。神妙な表情をつくっているが、目の奥で輝く好奇心と野次馬根性だけは隠しきれていない。


「お前も聞いたことないか?ヴィオソフィアの学生が行方不明になってるって話」

「ああ……あれだろ、二こ上の先輩が失踪したってやつ。でもあれは」

「ちーがうちがう!それはただの犬も食わない心中事件だったけど、今回のはマジなんだって。二か月ほど前から……」

「行方不明者が出てるんだな、わかったわかった。俺も気をつける。課題をやるからこの話終わりな、飽きた」

「あのな!」


 最後まで聞けと肩を掴んで引き戻された。

鬱陶しい。この手のゴシップにつかまったカイの話は長くて困る。正直学園に巣くう怪しげな噂などにはこれっぽちも興味がないのでこちらにしてみればいたく暇なのである。


「失踪した生徒たちには共通点があったんだと、興味わくだろ?」

「全く」

「そうかそうか、それでその共通点っていうのはな」

「おい」

「『蔦の手帳』、知ってるか?」


知るはずがない。

机の上から引っ張り出した参考書に目を通しながらアランは生返事をする。


「深緑色の装丁の使い古されたあとのある手帳……失踪者たちは全員、疾走する前この手帳を持っていたそうだ。それはもう肌身離さず」


「たまたま同じ色だったんじゃないのか?二か月前ってったら試験期間だったろ、別に手帳をずっと持っててもおかしくない」


「つまんないやつだなあ。でもこの蔦の手帳があやしいのは本当なんだぜ。最後の失踪者ガズル家の次男坊の寮から発見されたこの手帳はところどころ燃やされた跡があった、しかも残ったページに記されていた文字の筆跡は皆ばらばらだった…な、おもしろいだろ?」


 まるでどこかの三文推理小説を読んでいるかのようだと思った。ガズル家の次男坊の顔は夜会で数度見たことがあるから他人事とは思えなかったが、どうにも現実味がわかない。


「まあ、忘れ物で緑色の手帳を見つけたら見なかったことにしようと思うくらいかな」

「気をつけろよ~なんせお貴族様だからな、アランは」


 失踪だなんて笑い話にならない、とつづけるカイの脳天に拳骨を落とす。


「お前もだろ大法官の息子」


言ってやるとカイはちょっと嫌そうな顔をする。軽く謝って参考書を元に戻した。

(まったく……呑気な奴)

ベッドにもぐりこみ問答無用で明りを消すと、アランは掛布団を引っ張り上げる。


――――――失踪の話は、俺の前では御法度なのに


まあ、それも社交界においてのみの話。


***


 翌日、教師に頼まれて職員棟に届け物を持って行った帰りに、ふと漏れ聞こえる話し声につられてある教室を覗き込んだ。

(あれは……)

そこには男子生徒と女子生徒の二人。うち一人には見覚えがあった。

昨日の昼食を相席した上級生だ。女子生徒は知らない顔だったがネクタイの色からしてアランの一つ下の学年だろう。

二人はなにやら親密な様子で、時折微笑みなども交わしながら言葉を交わしている。

(恋人同士か)

何気なくその場を離れようとしたアランだったが、ふと女子生徒の金髪になぜか目がいった。やや茶色がかったくすんだ金髪に、一房だけ白いものが混じっているのを見て、思わず目を瞠る。

(遺伝か?珍しい…)

のぞき見しているうしろめたさなど感じないままじっと少女の姿を見ていると、ふっと視線をそらした彼女とばったり目が合った。

深みのある澄んだワインレッドの色彩に鼓動が大きくはねる。

彼女の面差しに違う誰かの顔立ちが重なりかけ、アランは慌てて首を振った。

顔を背け、しかし、やはり罪悪感に負けてそっと戻す。

―――彼女は恋人に気づかれない程度に、まだこちらを見ていた。

無表情に近い粛々とした表情の少女は、恋人と語らっている時の姿と大きく印象が異なる。

しかし彼女の無表情は、語らいの時を邪魔されたむかつきというより、アランをじっと見定める猟犬の気配の方が近かった。

 

その場を去るにされないでまごつくうちに、先に視線をそらしたのは少女の方だった。

男子生徒に向き直り、甘やかな表情に戻って、唐突に、しかしとても自然な動きで彼の首に腕を回す。

(!)

目をそらそうとした矢先、ちらりとこちらを見た少女とまた目が合った。

すうっと細められ、睥睨するかのような視線はまさしく猛禽類の瞳だった。


しかしまたすぐに目をさらされた。何事かを男子生徒の耳にささやいて、少女は彼の首筋にぎゅっとしがみつく。


(見てられるか)


目線がそらされたことでようやく動けるようになったアランは、今さらのようにうげっと眉を顰めると、足早に脇道へと入っていった。


昼間から堂々といちゃつくこのバカップルとは、できれば二度と関わりたくないと思った。とはいえ学年が離れている以上関わる機会もまずないだろうが、特に言うなら女の方。金髪赤目の若い少女は苦手だし、さらにもましてあの少女はなかなかいい性格をしていそうだ。


関わりたくない。関わりたくない。

そればかり繰り返していたせいだろうか。


***


「君が、アラン=スィーア君で間違いないかな。後輩にこの教室だって聞いたんだけど」


上級生のネクタイを締め、優等生の徽章をつけたバカップルの片割れに、転寝日和のある昼休みに、どうしてだか白昼堂々声をかけられる羽目になったのは。


次回更新は未定です。

カクヨムのほうでも同じ名義で連載しておりますので、そちらの方で先行更新があるかもしれません、

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