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亡き王女に捧ぐ事件譚  作者: 榊 香
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モノローグ

閲覧有難うございます!

この物語は、ネドレシア王国という国の、シャドーラ=ヒルという街の、ヴィオソフィア学園に在籍する少年と少女があんなこんなな事件を調べていくうちに、パンドラの箱を開いちゃった系ストーリーとなっております。

基本テーマは 追想、人間模様、陰謀権謀どろどろ王宮、それから悪意です。


わけわからんわ!とお怒りのあなた!

なにそれちょっと気になるわ、というお優しいあなた!

なにとぞ亀の歩みの更新をお待ちくださいませ。


「ねえティア、あのね」


 そうやって幼馴染の男の子が持ち掛けてくる話を、毎度私は辟易としながら聞いていた。

11か月も遅れて生まれてきたためか、彼は同い年のくせに私のことを姉のように扱う。母に構ってもらえない寂しさもあいまってだろう、予定が空いている時間はいつも私にくっついて離れようとしない。本音を言えば、少々、いやかなり、鬱陶しいことこの上なかった。


だから返事はいつも生返事で、最初の頃はともかく、まともに相手をすることなんて無きに等しくなっていた。そんな私があの日の彼の話題に進んで乗っかったのは、ほぼほぼ奇跡というべきだろう。


「『ただしい』ってよくわからないね」


 家庭教師が褒めてくれただとか、庭の花が綺麗だったとか、久しぶりに母に会えただとか、普段そんなどうでもいいことしか話さない彼にしては珍しくまともな話題が出たと興味がわいたからだろうか。私はつい読みかけの本を膝の上に置いていた。


「どうしたのいきなり」

「さっき先生が、『一国の王子たるもの正しくあるべき』って授業で言ってたんだけど、よくわからなかったから、じゃあ正しい行動って何ですかって聞いたんだよ」

「ふうん」

「そうしたらね、『正義を貫いた行動のことですよ』って先生言ったんだ。じゃあそれってなんですかって聞いたら『自分の中の”正しさ”を実現して社会に秩序をもたらす行動です』って」

「随分と難しい議論をしてきたのね。私の時は清廉潔白であれ、とまあ単純明快なものだったのに」


 そうなの?と首をかしげて膝を抱えなおす彼を尻目に見ながら、私は閉じた本のページを無意識にいじっている。


 ……内心、驚いていた。


 普段私の前では聞き分けのない頑是ないガキのような彼ではあるが、随分こまっしゃくれた、もとい難解な議論ができるような人物でもあったらしい。男と女で教育の方法と内容は違う。知られざると言えば多少大げさだが、見慣れない幼馴染の姿に私はすこしばかり感心していた。


 私がそんなことを考えているとはつゆ知らず、「でね」、と彼は話を続ける。

「わかったようでわからないから辞書を引いてみたんだよ」

ほら、と示されてのぞきこむと、確かに彼の膝の上には大判の書物が乗っていた。

【正義】の項目に印がつけられている。


「『人間の社会的関係において実現されるべき究極の価値』…?」

「その下だよ。『善と同義に用いられることもあるが、善が主として人間の個人的態度にかかわる道徳的な価値をさすのに対して、正義は人間の対他的関係の規律にかかわる法的な価値をさす』。つまり、単純にいいことをしていればいいってわけじゃなさそうなんだよね」

「まあ……そうでしょうね」

難解な文章に頭が痛くなることはなかったが、面倒くさい定義の問題だと思った。こうまでして授業の復習に熱心になれる彼を尊敬できそうだ。

(ちょっと飽きてきたかも)


「だけどね、ティア。僕思うんだけど」


 読みかけの本に戻ろうと手をかけていた私は、次の彼の言葉にぴたりと動きを止める。


「辞書は秩序を守れって言ってる。意訳だけど。先生も似たようなことは言ってた。でも……その人が正しいって思って取った行動が、必ずしもなんらかの秩序を壊さないっていえるのかな」

「!」


言葉を返すのに、ゆうに1分は沈黙した。

(それは)

……いえないだろう。現に彼がその身をもって証明している。彼自身は知らないだろうけれど、彼の両親たちの正しさがぶつかって、「今」の「彼の立ち位置」があるのだから。けれど誰もが彼に口をつぐんでいることを私が打ち明けるのも妙な気がして、私はただ、絞り出すように「さあ」と答えた。

当たりさわりのない言葉というのは後から出てくるもので、


「でも、そういうことを考え続けることが大切ですよって先生は言いたかったんじゃないかしら。今あなたが悩んでいる問題は、きっとずっと昔から悩まれ続けてきたものよ。それを、知っておきなさいっていう意味だったんじゃない?あなた勉強熱心みたいだし」


ぱちりと目を見開く彼が私の言葉を咀嚼するように数度瞬く。やがて、きらりと目が輝いた―――と思うと、ふわりと満面の笑みを浮かべたのだった。


「うん!今のでよくわかった気がするよ。やっぱりティアは賢いね!」

「……どうもありがとう。思ったことを言っただけよ」

(大分悩んだけど)


ふうと一息ついて今度こそ本を開いた私のそばで、思い立ったように彼が言う。

「ティアはこんなに賢いのにどうして僕と一緒に授業が受けられないんだろう。賢い人が国を治めるのは幸せなことだって先生いつも言うのになあ」

心底不思議がっているが、彼の学んでいる学問は帝王学だ。男女同権を歌い始めた我が国だが、女の学問の範囲は依然旧来のまま。帝王学などというものを、王家の女が学ぶはずがない―――というか、私だけは、それを学ぶことを許されていない。

認識の違いはやはり11か月の差だろうか。それとも私が知りすぎているだけなのか……とにかく親世代のいざこざを気にせずいられる彼の純粋さがうらやましい。


「そうだ、ティアの『正しさ』って何?」

「はあ?」

「参考までに聞きたいんだ。ティアの中にある『正しさ』」

「あのねえ……」


 誰もかれもが確固とした正しさを持ってるわけじゃない、先生の言葉を鵜吞みにするな―――呆れてそう言い返そうとした私は、ふと思い出した。


『目立ってはいけない。王位を欲しがっているように思われてはならない。よき王女の仮面をかぶり続けるのです』


「私の正しさを聞きたいって?」

こくこくと真剣に頷く彼の顔を見て、ふっと笑う。

私の正しさ。私の正義―――あるべき姿。そんなものが一つだけあった。

それは、

「時勢の流れを見誤らないことよ」

案の定怪訝そうな顔が返ってきた。理解できない、といった感を前面に醸し出しながら彼が言う。

「それって、正しさ?」

「そうよ。参考までにと言ったのはあなたでしょう?」

「ふうん……」


 話は終わりと今度こそ私は本を開いた。隣の彼はまだ悩んでいるようだがこの話題にも飽きがきている私は気に留めない。どれだけ時間が経ったか、そろそろ暖炉の薪も朽ちかけるなと思いだした頃、ぽつりとひとりごとのように彼が呟いた。

「……いろいろ難しいことを考えてるんだね、ティアも」

私は、はたと目を瞠った。

(―――…)

何と答えようか迷って、また一分ほど沈黙した後私は口を開いた。


「あなたもね、アラン」


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