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紫黒の旋律者  作者: 向日葵
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5話「師弦調律師」

「―――そういえば、さっきお前、何してたんだ?ノックしたけど全然気づかないで作業してたみたいだけど」

「あぁ、私、調律師なの」

 

職業を聞いた途端、ヴィアは驚いたような顔をした。今度はノエルが首をひねる番だった。調律師はその数こそ少ないが、大して珍しいものではない。

 その名の通り、弦を『律し』『調える』のが仕事だ。結構地味な仕事ではある。どちらかといえば裏方にあたる調律師などより、華やかな吟遊詩人になる事が夢だという人間の方が余程多いだろう。そう言った意味では、確かに珍しいと言えるのかもしれないが。


「―――見て構わないか?」


 少しの沈黙の後、ヴィアはそう告げた。断る理由も特になかったノエルは、


「ええ。どうぞ.....」 

 

ノエルは席を立つと、ヴィアを隣の仕事部屋に案内した。

 入ってすぐに眼に付くのは天井にまで届く本棚だった。ヴィアの足は自然と本棚へと向かう。

 吟遊詩人が語るのは、伝説や神話などが主だ。そのため、吟遊詩人の多くはその手の本を多く手元に持っている。まぁ、例外があるため必ずそうとは言い切れないが。

 ヴィアもその例外に入る一人で、拠点なく旅をしている上に歌う事自体あまり好きではないので持ち合わせてはいない。

 だからといって、興味がないわけではない。こう見えても読書は好きなのだ。本棚の前に行くと、上にある本を取るためにある梯子に上り、本棚をくまなく眺めた。

 

やはりというべきか本の種類はある一方に限られていた。

『世界の竪琴』や『調律の歴史』。『天上の調べ』、『調律師年鑑』、『竪琴の構造』と、仕事に関係したものばかりだった。

 梯子を下りて、その梯子を移動させる。また上り見分し始める。どうやら分野ごとに分けてあるらしく、そこには伝説や神話に関係した本が並べられていた。

 その多様性にはヴィアも驚いた。あらゆる地域の伝説・神話の本が集められている。これほど集めるのはさぞかし大変であっただろう量だ。

 中を開く事なく背表紙を眺めていたヴィアは、ある本に手を伸ばしかけ、その手を空で止めた。ノエルに振り向く事なく、声をかける。


「ここにあるのは、お前のなのか?」

「いいえ。こっちにあるのは私のだけど、そこにあるのはおばあちゃんのものよ」


 そんな答えが後ろから返ってくる。ヴィアはその本を手に取った。


「中、見てもいいか?」

「ええ、どうぞ。ただ、すごく古いものだしなんて書いてあるのか分からないから読んでもあまり面白くないと思うけど......」


 ヴィアは懐かしそうに表紙をなでた。厚い装丁に似合わぬ、滑らかな手触り。冬の夜空を思い出させる藍色の装丁は、薄暗い灯の下ではくすんで見える。その背表紙には銀の装飾文字で【エストワール創承伝】と刻まれている。

 この本は、世界に三冊しかない稀少本だ。だが、そのうちの一冊は現在誰が所有するでもなく、その行方はつかめていない。それは、永遠に失われてしまったのだ。

 残り一冊は山奥で、隠遁生活をしている吟遊詩人が持っているとか、いないとか。

 頁の方は、少し古びて、茶色く変色してはいるが、紙の形はきちんと保っていた。ぺらぺらと頁を捲り、中身を眺める。紙独特の古臭い匂いが鼻をかすめる。

 ヴィアは裏表紙を捲った。下の方に書かれている見慣れた名前を見て、眼を細める。ゆっくりと本を閉じ、もとあった場所に戻すと、梯子から下りた。本棚の前から移動して、左手にある仕事机の前に移動する。

 机の上には、やりかけの竪琴が一つと真新しい弦、鋏、留め具など仕事に必要な細々としたものが散乱していた。

机の前の壁掛けには、机の上にあるのとは別の種類の鋏がかかっている。その隣に、草の絡みあったような装飾の銀の腕輪がかかっているのが眼に入った。手を伸ばし触れようとして、ヴィアはその手を引っ込めた。代わりに辺りをぐるりと見回した。

 今気付いたが、窓の上には6つの形の異なる竪琴がかけられていた。そのどれもほどよく手入れのされている事が手に取らなくても判る。

 窓の上などという所においてあるのはおそらく、日中の陽差しを避けての事だろう。竪琴などのように痛みやすい繊細な楽器には、強過ぎる陽差しは禁物なのだ。


「私ね、師弦調律師を目指しているの......」


 ヴィアが一通り見終わると、ノエルがポツリと洩らした。


「師弦調律師.....?」

 

ヴィアの鸚鵡返しの言葉に、ノエルは説明した。


「ええ、神殿に奉じられている神器と呼ばれる楽器を調律する事を許された人の事を言うの。今は世界に2人しかいないんですって」

 

自分の夢を嬉しそうな顔で語るノエルに、ヴィアは軽く首を傾げる。


「そんな事よく知ってるな.....」

 

感心したように返された台詞に、ノエルは小さく哀しげに笑う。


「お祖母ちゃんがね、教えてくれたの.....私のお祖母ちゃんはね、吟遊詩人だったの。あんまり有名じゃなかったけど。」

 

祖母のことを話すノエルの表情に、先ほどまでの哀しげな影は無く、誇らしげであった。

そんなノエルを眺めるヴィアも、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「でも、死んじゃった。ついこの間。病気だったんだって」

 

今まで二人の間に漂っていた温かな空気が一瞬で凍り付いてしまうような話だった。


「死んだ?!まさか.....?!」

 

過剰なまでに驚くヴィアに、ノエルは多少の違和感を覚えたが、静かに首を振るだけだった。


「私はその時いてあげられなかったけど、お祖母ちゃんの死に目に立ち会ってくれた人が来て、お祖母ちゃんの持ってたものを届けてくれたの.....」

「.....そうか」


 今度は声を荒げる事なく、そう言っただけだった。


「お祖母さんに調律師になった所を見せられなくて残念だけど、頑張れよな。オレも応援してるから」

 

ヴィアはそう言ったが、ノエルの反応はあまり芳しくはなかった。曖昧に笑み、軽く眼を伏せる。


「私も頑張りたいんだけど、ちょっと.....ムリかも」

「どうして?師弦調律師はお前の夢なんだろ?やれるだけやればいいじゃねーか」

「そんなに簡単な事じゃないもの」

 

淡く微笑み、ゆっくりと首を横に振る。

 師弦調律師になるためには、幾つかの条件が存在する。まず、もちろんの事ながら、いかに巧く調律するか、という事。これが大前提であり、楽器に負荷のかかる調律をするなどもってのほかだ。

 次に、必要な事は志願者が成人しているか否かである。この大陸の人間は、16で成人とみなされる。故に、その年齢に達していない場合、たとえどんなに調律の腕が良かろうが、受験資格は得られない。

 更には、神学校に入学し、二年の過程を修了した事を示す、神学校修了証の提示をしなければならない。

 以上の三つを満たしていて初めて受験資格を得られるわけだが、その後二度の査定がある。この査定に通れば、晴れて師弦調律師に任命される事になるのだが、毎年数多くの受験者の中でこれらを通り合格する者は殆ど皆無に等しい。

 一度目の査定を行うのが、神殿に勤める三聖神官と呼ばれる役職の人間だ。彼等の判断基準は一つに、調律の腕。神聖文字の扱い方。教養。知識。調律師としての経験。意志。推薦によってなされる。一つでも欠けていれば、不採用となる。

 そして二度目の査定を行うのが、四賢者だ。そのため、試験内容はおろか、彼等の判断基準ですら、誰にも判らない。


「私だって、諦めたくない。けど、駄目なの....」

「意味、わかんねぇよ.....」


 嘆息を零し、静かに首を振るノエルの様子を諦めととってしまったヴィアは、つい声を荒げてしまう。


「.....諦めたくないなら、目指せばいい!何弱気になってんだよっ!!」


 はっきりしないノエルに、ヴィアの苛立ちが募っていく。段々語気が強くなっている事に、ヴィアは気付いていなかった。


「そんなに簡単じゃないんだよ」


 ヴィアの言葉に、ノエルはもう一度首を左右に振った。もともと気の長いほうではなかったヴィアは、その態度に切れ、何か言おうと口を開こうとした。が、ヴィアが口を開くよりノエルの方が一歩先だった。


「だって、私には真名がないんだもの.....」

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