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紫黒の旋律者  作者: 向日葵
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4話「シチューの記憶」

 窓から差し込む夕陽で、室内が次第に淡い橙色に染まりつつある。ノエルは机上のランプに手を掛け、灯を燈した。

 明るくなった手元に再び視線を遣り、作業を再開する。リュートに張られた弦を一本一本慎重に見ていく。

 弦はリュートにとって命だ。痛んだ弦をそのままにしておいたら、いつかそれはプッツリと切れてしまう。澄んだ音色を出すために、キツめに張ってあるそれが勢いよく切れれば、最悪、その衝撃に耐え切れずにリュートが破損してしまう恐れがあるのだ。

 一度壊れてしまったモノは、もう二度と元には戻せない。故に、律を調える、調律師がいるのだ。

 だがノエルが目指しているのは、調律師でもまた別格に当たる、師弦調律師だ。世界に調律師は沢山いるが、師弦調律師は、今二人しかいない。

 王都の神殿が彼等の仕事場だ。彼等、という言葉通り二人の師弦調律師は二人とも男性だ。そもそも、女性の師弦調律師自体が珍しく、女性で名があがった者は滅多にいない。

 それでも、過去一人だけ女性の師弦調律師が誕生しており...だが、ノエルにとって、非常にハードルの高い夢である事に変わりは無かった。


「ん....あれ....?」

 

 眼を開けたヴィアは、見慣れない天井に一瞬自分がどこにいるのかわからず首をかしげる。だがすぐにノエルの家に来ていることを思い出し、ゆっくりと身体を起こした。

 空きっ腹に一気に食べ物を入れたのが良くなかったのだろう。気持ち悪くなった原因を思いながら深くため息をつく。気持ち悪さの中、ノエルに支えられて寝室まで来たところまでは覚えているが、そのあとの記憶はさっぱりだ。我ながら情けない。

 苦笑いを浮かべつつベッドからおりシーツを綺麗に整えておく。窓の外を見るとオレンジの夕陽が辺りを淡く照らしていた。ここに来たのが昼前だったことを思えば随分と眠っていたことになる。そのおかげか、吐き気も治まり、気分はいい。

 伸びをひとつ、欠伸を噛み殺しながら人の気配を探す。寝室を出て左手奥。『仕事部屋』と書かれた木製のプレートがかかったドアが有り、物音が聞こえるのはその部屋からだ。

ノックをしてしばらく待ってみたが返答はなく、仕方なしにそっと扉を開く。こちらに背を向けて机に向かうノエルは、ノックの音にも気づかないほど集中しているようで黙々と手を動かしている。


「邪魔するのも悪いしな.....」


 静かに扉を締め直すと、そのまま家の外に出た。ヴィアは迷わず、井戸に向かう。先ほど井戸で身体を綺麗にしていたとき、水を汲み上げる為に必要な滑車の留め具が壊れてかけているのに気付いたのだ。

見た所、ここに住んでいるのは彼女一人のようで、直そうにも如何せん非力な女の力ではどうにもならないだろう。

 ならば、昼を食べさせてもらった礼と、宿代を含め、直しておこうという気にもなる。それに、家の中で一人、椅子に座っているのも退屈で、丁度いい暇つぶしにもなるだろう。ヴィアはそう思い、井戸の囲いである石垣に上り、どこをどう直せばいいのか調べはじめた。


「えーと、この螺子がゆるくなってるから....紐が欲しいな....紐、紐は、確か....」

 

 ぶつぶつ言いながら、ヴィアは腰に提げてある袋から紐を取り出した。足だけで微妙なバランスをとりながら、両手を使い紐で井戸の応急処置を施していく。


「まぁ、道具が無いからな。これだけやっとけば幾分マシだとは思うが.....」

 

 よっ、と石垣から下り、試しに一度、水を汲んでみる。井戸の中に落とされた桶が、ぱしゃんと水音を響かせる。桶が落ちた事を確認すると、ヴィアは縄を軽々と引き始めた。  

 カラカラと小気味いい音を鳴らしながら、桶が上がってくる。間に合わせ程度の修繕だったが、思ったよりも役に立ったようだ。ヴィアは満足げに笑った。桶に入った水を再び井戸の中に戻し、ヴィアはもう一つやる事があるのを思い出す。邪魔そうな前髪を軽くかきあげ、視線をきょろきょろと泳がせる。

その視線が止まる。さくさくと草を踏みしめ、眼の止まった所まで移動し、拾い上げる。それを膝を使い、半分に折る。お手軽な薪の出来上がりだ。

 自分を温めるために、貯め置きの薪を殆ど使ってしまっていたのを、先ほどちらりと見たのだ。季節はもう春。寒さのために薪を使う事はないが、調理のためならば別だ。仮に使わないにしても、あるに越した事はないだろう。

 そう思い、ヴィアは手ごろに落ちている枝を拾い続けた。

 どれくらいそうしていたか、自分を呼ぶ声が聞こえた。手に抱えた小枝を持ちつつ声の方へと足を運ぶと、ノエルが心配そうな面持ちでヴィアの名前を呼び続けていた。


「ヴィア!!」

 

 自分に近づいてくる人影がヴィアだと気付いたノエルは、安堵したように溜め息を付いた。自然とノエルの視線はヴィアの腕いっぱいの小枝へと向いた。


「少しでも薪の足しになれば、と思ってね」


 そう肩を竦めた。


「そっか、ありがとう。さ、中に入って。夕ご飯の時間だから」

 

 気付くと、もう辺りは薄暗くなっていた。薪を家の外にまとめて置くと、ノエルに促され室内へと入った。


「座って。すぐにご飯用意するから」


 言われるまま椅子に腰をおろす。机に並べられていくご飯を見ながら、ぼんやりとノエルの後ろ姿を眺める。

 不意に、その後ろ姿に別の影が重なる。

 自分より頭一つ分小さい料理音痴の少年。

 ただ、一つだけ。シチューだけは、格別に美味かったけど。

 見ているこっちが鬱陶しくなりそうなほど蒼くて長い髪を、何時も下手くそな三つ編みにしていた。編み直してやるのはいつも自分で。その時の嬉しそうな顔が.....。


「ヴィア?」


 突然名を呼ばれた。ヴィアは、はっとしたように眼を見開いた。間近にノエルの顔がある。改めて周りを見ても、今まで見ていたものは影も形も無く。小さな溜め息とともに、思い出を振り払う。

そう。いるはずが無いのだ。もう、自分の傍には。


「.....何でもない」


 薄く笑ったヴィアに、ノエルはどこか納得のいかない顔をしたがそれ以上は何も聞いてはこなかった。それが、彼女の優しさなのだと、ヴィアには出逢って間もないにも拘らずなんとなく判った。

 テーブルに視線を戻し、軽く驚く。並べられていたのは、シチュー。温かそうな湯気を立てて、美味そうな匂いを漂わせている。

 そして。

 そうか、と思い至る。あれを見たのは、この所為か、と。


「いただきます」


 ゆっくりとスプーンを浸けて、シチューを掬う。口に含んだそれは、ミルクの香りが優しく温かで。


「おいしいよ」

「そう、良かった」


 漸く口を開いたヴィアに、ノエルは嬉しそうに微笑むと自分も食事に手をつけ始める。

 カチャカチャと、食器の擦れ合う音が響く。会話の無い食卓。だが、気まずい雰囲気はない。むしろ、心地良かった。そう感じているのはノエルも同じだったようで、表情を眺めると、時折小さく笑っているのがわかる。


「ごちそうさま」

 

 ヴィアは両手を合わせた。と、ノエルがクスクスと笑い始めた。ヴィアは胡乱気にノエルを見つめる。


「なんだよ?」

「別に。ただ、礼儀知らずなのかと思ったら、ずいぶんお行儀がいいのね.....」

「.....昔の癖だよ」


 ヴィアはどこか懐かしむような淡い微笑みを浮かべながら静かに答えた。

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