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紫黒の旋律者  作者: 向日葵
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プロローグ

祖が願うは光であり

祖が奏でるは界であり

祖が紡ぐは史であり

祖が求めるは理である



我ら言を繰り

律と共にあり

時を体現せしもの



我は 大いなる時の指針となる






 律を創り、言葉に命を吹き込む。

 彼等は、吟遊詩人トルヴァーレと呼ばれた。


 そして、彼らの上に立つ者を、四賢者と呼んだ。

 その姿を見たものは殆どいない。年齢はもちろん、性別、容姿なども闇に包まれており、百を過ぎた老人だとも、年端もいかない子供だとも、傾国美姫の様だとも、実しやかに噂が流れた。

けれど、その噂を確かめることは、誰にも出来なかった。

 だが、唯一判っている事が一つ。彼等は皆、その名の中に大いなる神の真名が与えられているのだ。


 賢者とは、人々の憧れであり、畏敬すべき存在であった。

 その発言力は国王をも凌ぎ。

 国の政にすら関与する事を許された特別な存在だった―――。




 そこは、不思議な空間だった。

 賢者以外は入る事の出来ない、神聖な場所。

 中央に走るのは、黒い石を敷き詰めた、路。その両側には、静かに流れる水。

 薄暗い室内を照らすのは、水上に漂う、焔。ぽつりぽつりと、進む者の足元を照らす。天井は暗く、果てがあるのかさえ判らない。

 水面に漂う焔は、風も無いのに揺らめく。だが不思議と、路に伸びる影が揺れる事はない。路の終りの先にあるのは、僅かな波紋を称えた、源泉。

 それを囲うように四人の男女が言葉なく立っている。皆一様にその装飾さえ違うが、長いローブを身に纏っている。

 そして、その中の一人が徐に手を上げ、自らの耳朶に揺れるピアスを取り、床に叩きつけた。金具の部分が石畳に当たり、小さな金属音が部屋に木霊した。それはだんだんと小さくなり、やがておさまる。

黒い髪を無造作に伸ばし、無造作にピアスを取った為傷付いたのか、耳からは鮮血が滴り落ちる。

 黒い縁取りが為された白い長衣の裾には、銀糸で何かの模様が縫いとられ。腰には黒真珠を絡ませ形作られている細身のチェーンが巻かれている。そして、指には、シンプルに作られた銀の指輪。

 固く握り締められた拳は、白くなり、微かに震えていた。青年は噛み締めた唇を、ゆっくりと離し、喉から絞りだすようにして言葉を発する。


「オレは二度とここへは戻って来ない。全てが、思い通りにいくと、思うなよ……」

 

 そう捨て置いて。

 もう一度何かを言おうとして口を開くも、言葉にならず。

 キツく眼を閉じ、無理矢理忘れようとし、そして、長衣を翻し、青年はその場から立ち去った。

 彼が選んだのは神との決別。



 立ち去った青年を止めるでもなく。青年が叩き付けたピアスをゆっくりと拾いあげる。叩き付けたにも拘らず、ピアスは割れるどころか、傷一つ付いていない。それを掌に握り込み。

腰よりも長い、流れるような銀髪。背が高く、手足はすらりと長い。彼の琥珀色の瞳は、真っ直ぐ泉の中心へと向けられている。


「では、僕が彼の代行として、引き受けますよ……」

 

 青年の声に呼応するように、泉が波立つ。彼はそれを肯定と受け取り、静かに頭を垂れた。

 彼が選んだのは、神と人との仲介。

 


 茶色い髪をすっきりと切り揃え、耳には、薄緑のピアス。纏うのは、碧を基調とした長衣。顔には、極上の笑みを浮かべ。


「私には関係ありませんから。敢えて首をはさもうとは思いませんよ」


 静まり返った水面を見つめ、小さく肩を竦める。

 彼が選んだのは傍観。

 


 そして。

 その言葉を受けてではないだろうが。


「冗談じゃないわっ。巻き込まれるのは嫌だけど、見ているだけってのはもっと嫌なのよ!」

 

 燃える様な真紅の髪を頭の高い位置で結び。すらりとした肢体を包むのは銀糸と金糸で刺繍の為された長衣。少しきつめのつり上がった目は、強い意志をもって、泉を睨みつけた。

 キツク眼を閉じて。瞼の裏に思い返すのは、壊されてしまった時間。抗う事もできず。大いなる力の前には 無力な自分。口内に鉄の味が広がって初めて、彼女は血が出るほど唇を噛み締めている事に気付いた。

 深く息を吐き。

 静まり返った泉を前に。

 彼女が選んだのは、足搔。



 4人の人間が去り、再び硬く閉ざされた空間。誰もいないその場所に響く、微かな嘲笑。


「それでも。運命に抗う術など、誰も持ち得ないというに……」


 愉しげに。

 可笑しげに。

 しばらくの間、声は、部屋に木霊し続けた……。

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