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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「さ」 -差・砂・左-

作者: 牧田沙有狸

さ行

左利きに憧れた。

左手を使うと右脳を刺激するって言うから。芸術的な能力をもっと伸ばしたい。

周りの人が「才能」とか言ってくれる保証のない力を、少しでも発揮できるように

科学的な根拠で働きかけてみる。

少しの間、あたしの右脳は活性させられた。

あなたの左側にいて右手をつないでいると、左手を使う機会が増えたから。

活性しすぎたか、上手く能力を発揮してあたしは仕事に恵まれた。

だけど、だから?…すぐにまた左手を使う頻度が減った。

つながれた手に約束の鎖はなく、二人の関係は砂に書いたラブレターみたいに

当たり前のように自然に消えてしまった。


早朝の海。あたしは波打ち際を一人歩いていた。

寄せて返す波のように、なんども反芻してしまう思い出たち。

答えは出ているのに何度も何度も確認して同じ道を言ったり来たりする。

もっと深い大きなところで大きなうねりがあるから、いつまでたっても小さな波がきえない。


二人の「差」が埋まらなかった。

収入の差。

能力の差。 

きっと逆なら幸せだったと思わせられる年齢差のない男女の意識の差。

まだ蔓延る古い考え。女が男より収入があって能力があって、男に愛されることはないのか。

自分が頑張れば頑張るほど彼は遠ざかり、彼を愛すれば愛するほど自分を殺していかなければ埋まらない差。答えは出てる途中式を求める方程式のように、あるのかないのか分からない原因に頭の中がぐちゃぐちゃにされていた。差を埋める単純な方法で、なんでもいいからこの問題を終わらせたかった。何の解決にもならないけど、左手を使う頻度を減らせばいい気がして早朝の砂浜で手首にナイフをあてた。

あたしは右利きだ。


「チョットアブナイヨ!」

イントネーションの違う日本語でブロンドの女性が駆け寄ってきた。

長身で青い目の美女。

「ダメ。ダメ」

助詞の使い方がおかしい日本語でただひたすら、あたしの行為を阻止する。

ボキャブラリーが少ない分、あたしの状況なんてまるで無視だ。

ただ、ただ、そんなことはしてはいけないと必死になっている。

知っている言葉のすべてを使ってあたしに頼み込んでいる。

あたしは、彼女が一生懸命説得する様子がおかしくてナイフを棄てた。

「ヨカッタ」

嬉しそうに笑う彼女に何か良いことでもしたような気分になった。

 

二人で砂浜に座った。

彼女は日本に来ている留学生らしい。

顔キレイすぎる。

頭よさそう。

だいぶ年下。 

実家はすごいお金持ちだそうだ。

もしも行動を共にする友達だったら嫉妬要素が多すぎるだろうけど、

二人の「差」は果てしなく大きすぎて、とても居心地のいい時間が流れていた。


いや、これは「差」ではない。「差」を出せる対象じゃないから。

「差」っていうのは勝手に同じラインに並べて比べるから生じるんだ。

そして無意識に優劣つけてしまう。

人間みんな違うんだってことがちゃんと前提にあれば「差」なんて生まれない。

どんぐりの背比べ。ちいさな差で勝手に傷つく傲慢な自分がいた。

彼があたしの右手をふりほどいた原因は、その「差」を気にしすぎるようで

武器にしていた傲慢なあたし自身。


「マタ、アエマスカ」

スマホを出して彼女が聞いてきた。

「うん」

「アドレスオシエテクダサイ、メールシマス。ニホンゴノベンキョウ」

金持ちで頭が良くてもさらに努力している美人の健気な姿を前に、

自分の傲慢さとレベルの低さを思い知る。 


スマホを操作する彼女は左利き。

やっぱり、左利きに憧れる。



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