表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/43

22

 誕生日の夜から、レインジールを避けていた。

 部屋に(こも)り読書に(ふけ)るのはいつもの日常だが、今回は逃げているだけだ。

 胸中を察しているのだろう。レインジールは部屋から出ようとしない佳蓮を、無理に引きずりだそうとはしなかった。

 けれど七日も経つと、食事量が減ったことを案じて、夕食に誘われた。

「……せっかくだけど、今夜も部屋で食べていい? 野菜スープと飲み物と、果物だけでいいから」

 目を合わせず、ぼそりと告げた途端、顔に穴が空きそうなほど強い視線を感じた。

「それでは少なすぎます」

「平気。調理するなら、簡単なものでいい。食事に時間をかけたくないの」

「佳蓮、食事を取る時間も惜しいほど、本を読んでいたいのですか?」

「うん」

 上目遣いに見ると、レインジールは困ったように眉を寄せた。

「心配なのです。貴方が食べている姿を、この目で見たい」

「……」

「食べたいものを教えてください。何でも用意します」

「……本当はね、毎日決まった時間に食事をするのが嫌なの。お腹が空いた時に、食べたいものを食べたい。それじゃ駄目?」

「そうだったのですか?」

 穏やかな(こわ)()なのに、我儘を責められている気がして、胸が痛んだ。(うつむ)いたまま、小さく頷く。

「……ごめんなさい。一人でいたい」

 それ以上、レインジールは追及しなかった。

 それから二人の生活は、自然とすれ違い始めた。

 佳蓮は部屋に(こも)り、レインジールは仕事に追われ、星導局の工房に詰めるようになり、言葉を交わさぬ日が続いた。

 これほど長く口を利かないのは、初めてだった。

 このままではよくないと思っても、きっかけを掴めぬまま、無為に日が流れた。

 ある朝。私室に、薔薇の花束とメッセージカードが届いた。


〝貴方が笑顔でいてくれますように〟


 優しい言葉を胸に抱いて、佳蓮は(うつむ)いた。

 どれほど忙しくても、彼はこうして想いを届けてくれる。臆病な佳蓮とは大違いだ。

 ――いつまでも、逃げてはいられない。

 彼の想いに、きちんと向きあわなければ。

 差し入れを手に、勇気を出して工房を訪れた。突然の来訪にレインジールは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに破顔した。

「ようこそ、佳蓮」

「忙しいのに、お花とカードをありがとう」

「いいえ」

「嬉しかった。薔薇ね、寝室に飾ってあるよ。一輪でもよく香るよね」

「喜んでくださって、良かった」

「うん……」

 一瞬の沈黙。

「……少し、話せる?」

「もちろんです。少し、待っていてもらえますか?」

「いいよ。星を(さかな)に一杯やろう」

 佳蓮が笑うと、レインジールも嬉しそうに頷いた。

 塔内星路陣(インネリウム)で最上階の天文宮にあがると、満点の星空の下に並んで腰をおろした。(とう)の籠から林檎酒を取りだすと、レインジールは目を輝かせた。

 林檎酒を口に含みながら、久しぶりの穏やかな時間に、言葉は自然と(はず)んだ。

 ――けれど、肝心な話は切りだせない。

 タイミングを計りながら、オリーブをつまみに、気がつけば結構な量の林檎酒を煽っていた。

 本人も知らぬことだが、酔うと、佳蓮は普段よりも気が大きくなり、大胆になる。やっかいなことに、普段は押し隠している意地悪な感情が表に現れてくるのだ。

「ねぇ、本当は自分のこと、綺麗だと思ってるんでしょ?」

 意地悪く笑うと、レインジールは佳蓮の手からグラスを取りあげた。

「酷い冗談ですよ。飲みすぎです」

「知ってるでしょ。私は根性の曲がった、意地悪な女だよ」

 冷たく自分を(わら)う佳蓮を見て、レインジールはほほえんだ。

「貴方は、誰よりも美しくて、かわいい人ですよ」

 佳蓮は照れ隠しに、顔の前で手を振った。

「当てにならない。レインの美的感覚は崩壊してるから」

「そんなことはありません。私はこれでも唯美主義に精通しています。佳蓮は本当に綺麗です。目の(くら)まない男はいないでしょう。おまけに無防備で……惹かれない方が無理です」

 佳蓮は笑って誤魔かそうとしたが、レインジールの真剣な表情は変わらなかった。

「……このままじゃ、駄目なの? ずっと、仲のいい姉弟みたいに過ごしてきたじゃん」

「貴方は(まれ)なる客星(かくせい)であり、天真爛漫な女神であり、慈しむ姉であり、気のおけない友人であり……触れたくて(たま)らない、愛しい(ひと)です」

「レイン」

「叶うことなら――」

「待って!」

 言葉を(さえぎ)った途端に、抱きすくめられた。躰が(きし)むほどの力だった。

「レイン!」

 喘ぐように呻くと、(わず)かに腕の力は緩んだが、レインジールは離そうとしない。顔を寄せられて、咄嗟に形のよい唇を両手で塞いだ。至近距離で見つめ合う。

〝貴方が好き。愛している〟

 熱を灯した眼差しが雄弁に物語る。佳蓮は渾身(こんしん)の力で、腕を突きだし、レインジールから距離をとった。

「言っちゃ駄目」

「佳蓮……もう、想いを抑えることは難しい。貴方を見ているだけで、愛しさが溢れてしまう」

 言葉に詰まる佳蓮に、レインジールは手を伸ばす。頬に触れられる前に、身をよじって逃げた。哀しみに染まる顔を見て、胸に罪悪感がこみあげるが、その場から動けなかった。

「……この想いは、佳蓮にとって迷惑でしかないのでしょうか?」

「……あべこべなんだよ、私達。本当に綺麗なのは、レインなのに」

「そう思ってくださるなら、離れていかないで……佳蓮の嫌がることはしません。気持ちを押しつけたりもしません」

 胸に手を当てて騎士のように告げる姿は、誠実で、清廉(せいれん)だった。佳蓮の心を()み取り、(あた)う限りの言葉で尽くそうとしてくれている。

 こんなに素晴らしい人は、世界中を探したっていやしないだろう。

 今この瞬間が、二人の分岐点だ。

 彼に依存して(らん)()に過ごす日々は楽で、居心地がよくて、麻薬のような陶酔(とうすい)感があるけれど、いつまでも無邪気な自己()(まん)(ひた)ってはいられない。

 人生行路の端緒に立ち、胸の痛みを(こら)えて、永訣(えいけつ)の覚悟を決めた。

「……ごめんね」

 レインジールの傷ついた顔を見ながら、佳蓮は決定的な言葉を口にした。

「もう、一緒にはいられない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=171048670&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ