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奇跡のように美しい人  作者: 月宮永遠
2章:謳歌
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13

 シリウスに招かれた、くだんの紅茶会の日。

 佳蓮は、レインジールのエスコートで夜も更けた頃にファジアル・リュ・シアン城を訪れた。

 会場である硝子温室は、鳥籠を模しただいだいの照明が無数に吊るされ、萌ゆる緑を黄金に染めている。

 素敵な演出に胸を高鳴らせていると、眩い装いの二人がやってきた。


「こんばんは、流星の女神。ようこそ、月夜の宴へ」


 月桂樹の冠を頭に載せているシリウスは、さながら真夏の夜の夢に登場するオべロン王のように、慇懃いんぎんな仕草で挨拶をした。


「お招きいただき、ありがとうございます」


 いきな演出に合わせて、佳蓮も深く膝を折り、芝居がかった挨拶をする。


「ご機嫌よう、ハスミ様」


 つんと顎を逸らし、高飛車にいい放つは、第一皇子の婚約者であるキララ・アンネ・マクランタだ。佳蓮をライバル視している急先鋒である。

 社交の華と呼ばれるキララは、高く結い上げた真紅の髪を、ふんわり縦巻きにして背中に垂らし、金色のドレスと舞踏靴を合わせている。


「ご機嫌よう、キララ様」


 お辞儀する佳蓮を、キララは羽のついた扇子で口元を隠しながら、検分するような瞳で見つめた。

 今夜の装いは、青を基調にしている。まとめた黒髪に青い蝶の髪飾り、美しいドレープの効いたドレスも青。アクセサリーは長く垂れる蝶の耳飾りに、二連の真珠の首飾り。全て自分で選んだものだ。

 襟や裾の型は流行と少し違うが、好きなものを身に着ける佳蓮の姿は、キララの眼に茶会の女王のように映った。

 本人には粗を見つけられず、隣のレインジールに眼を向けると、瞳に意地悪な光を灯した。


「おかわいらしい紳士ですこと。後程、お二人のダンスも披露してくださるのかしら?」


 小馬鹿にした物言いに怯むことなく、佳蓮は笑顔で応じる。


「私の小さな紳士は、とてもかわいいでしょう? 踊るのは苦手なので、誰とも踊りません。こんな私でも、レインは紳士的にエスコートしてくれるのです」


 唇から幸せをもらす佳蓮を、キララは扇で表情を隠しながら見つめた。


「女神の舞う姿を見れないなんて、殿方はがっかりするでしょね」


「私の分まで、キララ様が踊ってくださいませ。眼の保養にさせていただきますわ」


「もう見飽きたのではなくて? たまには、私も眼の保養にさせていただきたいですわ」


「ご期待に沿えず、申し訳ありません。本当に踊るのは苦手なので、遠慮させていただきます」


 たおやかに、だがきっぱりと佳蓮が辞退すると、キララは白けたような顔をして、すぐに笑みを繕った。

 一見すると、和やかに笑みを浮かべている二人を、集まった人々は興味津々、賞賛のまじった眼差しで眺めている。シリウスも苦笑を浮かべつつ、本人も無意識なのか、熱っぽい眼で佳蓮を見つめている。

 歓談を続けながら、佳蓮はちらと隣の少年を盗み見た。

 こういう時、レインジールは一貫して柔和な笑みを崩さない。卑屈な心を捻じ伏せ、堂々と顔を上げて傍にいてくれる。


「足が疲れたので、少し休憩して参ります」


 声にしない彼の心情をおもんばかり、そっと注目の外へ出ようとするのは、いつも佳蓮の方だった。


「シリウス殿下、キララ様、ご機嫌よう」


「ええ、ハスミ様。ご機嫌よう」


 笑みを浮かべて、キララもドレスを翻す。

 人の輪から離れると、レインジールは気遣わしげな視線を向けてきた。


「平気だよ」


 微笑みかけると、少年は安堵したように微笑んだ。

 よくある、女同士のちょっとしたお喋りだ。とはいえ、佳蓮もキララも眼を引く立場にあるので、最近は少し面倒なことになっている。

 社交会で今一番の話題は、シリウスを巡る佳蓮とキララの恋模様である。

 ゴシップ好きな宮廷人達は、美しい女神に皇子は心を奪われ、皇子に恋するキララは、女神の美しさに嫉妬しているのだと面白がっているのだ。

 世間では、佳蓮とキララは水と油のように思われているが、誤解である。

 煩わしく思う時も確かにあるが、はっきりした物言いをするキララを、苦手に思っていても嫌いではなかった。

 典雅な立ち居振る舞いを、お手本にしているくらいである。

 キララは、社交に長けていながら人におもねるを良しとしない、佳蓮にも不満を直接ぶつけてくる潔い性格をしている。

 それにしても、女同士のしがらみは次元を隔てても健在らしい。

 最近では、佳蓮とキララを見比べて、どちらにつこうか計算する人間も出てきた。


 +


 次の休息日。

 佳蓮は、キララ主催の午後の茶会に招かれていた。

 自慢の庭園に客人を招き、キララは自らティーポッドを傾けている。


「キララ様がハスミ様に敵うわけがないのに」


 佳蓮の隣に座り、先ほどから文句を垂れているのは、エリという名の地方伯爵令嬢だ。

 王都に住む叔母の邸宅で行儀見習をしているらしい。年は十五かそこらで、藤色の巻髪に、佳蓮視点ではなかなか整った顔立ちをしている。

 美味しい紅茶を楽しみたいのに、エリの途切れない毒舌ぶりに、佳蓮はすっかり辟易していた。


「私はキララ様、結構好きですよ」


 やんわりと笑顔で返す佳蓮を見て、エリは戸惑ったように瞳を瞬かせた。


「そうですの?」


「はい。思ったことを隠さずおっしゃる、潔い女性だと思います」


「まぁ……ご不快ではありませんの?」


「そう思った時は、私も言い返しているから、おあいこです。皆が思っているほど険悪でもないし、割と楽しくお喋りしているんですよ」


「そうですの……」


 期待を裏切られたような、つまらなそうな顔でエリは相槌を打った。


「ご機嫌よう、エリ様。私のお話? ぜひ聞かせてくださいな」


 恐る恐る振り向いたエリは、悠然と佇むキララを見て、蒼白になった。


「エリ様、仲良くする相手を乗り換えたのかしら? さすが流行に敏感な方は違うわ」


 強烈な嫌味に、エリの頬は朱くなる。

 ぴりっとした空気に、佳蓮はどうしたものかと思う一方で、キララに感心もしていた。よく自分の話題に臆せず飛び込めるものだ。


「女神様、お優しい言葉をありがとうございます。地上にいらしても、暖かく見守ってくださるのね」


 顔はにこやかだが、言葉には棘がある。返事に窮する佳蓮を見て、キララは満足そうに微笑んだ。かと思えば、パチリと片目を瞑ってみせた。


「あら、小気味いい啖呵はもう在庫切れですの?」


 からかう口調に親しみを感じて、佳蓮は胸を撫で下ろした。酷く嫌われているわけでもないのかもしれない。


「とりとめのない話です。気を悪くされたなら、ごめんなさい」


 その先を続けるか迷っていると、葛藤を見透かしたようにキララは笑った。


「ハスミ様が謝ることではありませんわ。ねぇ?」


 同意を求められたエリは、盛大に狼狽えた。その様子をたっぷり十秒は眺めてから、キララは唇を開いた。


「私の茶会で、不作法は見逃せませんわ。楽しくお話しできないのなら、どうぞお帰りになって?」


 女王は、むっつりと黙り込むエリを見下ろした後、灰紫の光を佳蓮に向けた。


「珍しい香り茶を煎れるところですの。こちらにいらっしゃる?」


 気遣いの窺える誘いに、佳蓮の胸は温まった。彼女がこんなに優しいとは知らなかった。しょげたように俯くエリを見て、視線を戻す。


「ありがとうございます、キララ様。後でいただきます」


 扇をパチリと弾いて、そう? とキララは首を傾けた。十五の少女がするには大人びた仕草だが、キララにはよく似合っている。

 優雅に去っていく後姿にしばし見惚れて、佳蓮は思い出したようにエリに視線を向けた。


「……ハスミ様、気にすることはありませんわ。キララ様ははっきりした物言いをされる方だから」


 女王然とした足取りで去っていくキララの背を見つめたまま、エリは検討違いな気遣いを口にした。


「彼女は悪くありません。自分の知らないところで、噂をされるのは、誰だっていい気分じゃありませんよ」


 やんわりと釘を刺すと、エリは罰の悪そうな顔で俯いた。キララ側に立とうとする佳蓮がお気に召さないらしい。やれやれ……

 少々気疲れもしたが、キララの茶会は趣味が良い。

 帰り際に入れてもらった花茶も、とても美味しかった。

 茶会の後、転送部屋に続く中庭を歩いていると、対面からシリウスがやってきた。

 一瞬、気付かないふりをしようか迷ったが、表情を綻ばせたシリウスに名を呼ばれ、逃げ損ねた。


「ハスミ様。運がいい、偶然貴方にお会いできるとは」


「ご機嫌よう、シリウス様」


「茶会はもう終わってしまいましたか?」


「ええ、帰るところです」


「それは残念です。喉が渇いているのに、紅茶を飲み損ねましたよ」


 佳蓮は返事をせず、微笑むに留めた。会話を早く終わらせたい。そんな心の声を見透かしたように、シリウスは如才ない笑みを浮かべた。


「キララ嬢を探しているのですが、見かけませんでしたか?」


「まだ席にいらっしゃると思いますよ。つい先ほど、終わったばかりですから」


「そうですか。ハスミ様。良ければ、席に戻ってお茶のお代わりはいかがですか?」


「せっかくですが、もうこれ以上は、お腹に入りそうにありません」


 くすくすとシリウスは笑った。


「素直な方だ。帰りたいと顔に書いてありますよ」


 図星を言い当てられて、佳蓮は気まずげに口を閉ざした。


「おかわいらしい方だ。レインジールが羨ましいな。貴方の傍にいられるのなら、私も躊躇わずに聖杯を捧げたのに」


 惜しむ口調に疑問が芽生える。真意を探ろうにも、心を読ませぬ鉄壁の笑みに阻まれた。


「……戯言です。忘れてください。少し歩きましょうか?」


「え?」


「心配せずとも、すぐに退散しますよ」


 そういうと、佳蓮の返事も待たずにシリウスは歩き始めた。

 仕方なく横に並んで歩き始めると、間の悪いことにキララに出くわした。

 キララは、シリウスを見て喜びに眼を輝かせたが、隣に立つ佳蓮に気付いて笑みを消した。


「こんにちは、キララ姫。遅くなって、すみません」


「待ちくたびれましたわ」


 すっと手を差し伸べる姿は、様になっている。シリウスも慣れたもので、恭しく指先に口づけた。

 互いに美男美女と信じて疑わない二人の立ち居振る舞いは、堂々としていて美しかった。

 当初は視界の違和感を拭えなかったが、今はそうでもない。慣れもあるが、血統の良さを物語る典雅な所作は、本当に美しかった。


「シリウス皇子、どうぞキララ様を送ってさしあげてください。私も迎えがきていますから」


 訝しむキララに、佳蓮は片目を瞑ってみせた。彼女からシリウスを盗るつもりはない。うっかりにでも誘惑しないよう、邪険にしているくらいなのだ。

 やり取りをどう思ったのか、シリウスは楽しそうにキララと佳蓮の顔を見比べている。

 毒気を抜かれたような顔でいるキララに背を向けて、佳蓮は今度こそ背を向けた。





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