7話 教師役って難しいのですが。
お願いします。
『ルクシオは野生動物』
これは私が数日間彼と接していて感じたことだ。初めの二、三日は見つけるまでは威嚇し、それからべったべった構っているとデレる、どこのうちの猫だよって反応をしていた。それから数日経つと、手を差し出したら指を匂ってくる近所の猫ぐらいの反応になった。それから数日接していると、後をついて来るお婆ちゃんちの犬ぐらいの反応になった。
なんだろう…この感じ。私はルクシオを真人間にすべく行動していたのに当の本人は人間にすらなってくれない。お願いだから人間らしい反応を見せてほしい。身のこなしは野生だから諦めるとして、反応…というか行動を人間にクラスチェンジしてくれまいか。
うちの番犬たちに会っていないルクシオを会わせるとどうなるんだろう?流石に咬まないとは思うけど…仲良くなられたら本当に心が折れるから会わせられない。
ただ勉強面はよかった。ルクシオは飲み込みが早くて理解力の高い子だった。
自分では気づいてないみたいだが、彼は頭を撫でられるのが好きらしい。それでなのか彼はすごい勢いで問題を解いていき、そして答えが合っていたら、頭を撫でろとばかりに顔を向けるのだ。
初めは何を要求しているのかわからなかったので驚いたが、試しに撫でたらふにゃって笑った。それはもうたいへん可愛らしくふにゃっと。猫なら喉をごろごろと、犬なら尻尾をぶんぶんと振るぐらいの喜びようだった。それを何も無いように振る舞っているところが一番可愛かった。やっぱり彼は野生動物だな。
彼と接していると(良くも悪くも)ドキドキする。リアルタイムでクイズ番組をしている気分だ。
いまいち遠慮しがちな彼は、今でこそ多少話してくれるようになった。が、前は酷かった。風呂に行きたいの?ご飯が食べたいの?あ、散歩に行きたいの。的な、初めて犬飼いましたみたいなことをしていた。あの時は本当に『犬の気持ち』系のわんちゃん本がほしかった。意思疎通、大切。
今は、こっちに行きたいの?そっちに行きたいの?あ、散歩じゃないのね。くらいまで進歩した。……あれ?
兎に角、私はルクシオと仲良くなった。時々肝が冷える時があるけど、それはここで生活していこうとする意志がそうしているのだ…と思いたい。ただ、時たま小鳥を捕まえて目の前に置かないでほしい。調理してほしいのか?それとも褒めてほしいのか?……ダメだ、私にはわからない。
そして今日もまた私と彼は勉強に励んでいる。算術をひたすらしていたので、八百屋のおじさんに雇ってもらえるぐらいの知識は身についた。肉っ気がある店や魚っ気がある店は本能と戦ってほしい。地理についても最低限の知識は身についたようだ。いや、地理っていうか地図だけど。地図…地図なのか?まあ彼の帰巣本能を信じよう。
ただ、こうして勉強していたら他の問題が出てくる。例えば難しい単語が読めなかったりとか書けなかったりとか。
だがそこは7歳の少年だから仕方が無いと思う。弱冠8歳で『承りはべり』みたいな文章が読める私がおかしいのだ。本当にどんな勉強の仕方をすればここまで読めるようになるんだよ前の私!お前の脳年齢は何歳だったんだ!
「あ、ここ違うよ。この単語は『やまみち』って読むんだ。『にく』は多分この山にはいないよ」
「じゃあ『さかな』で」
「『さかな』で、じゃねぇよ!だからこれは『やまみち』って読むの!なんで狩る対象についての答案になってるんだよ!」
「……?」
「何その初めて聞いたって顔は。え、だからさっきから鹿肉とか豚肉とか書いてたの?!ずっとふざけてると思ってたよ!」
「違うんですか…。だから間違ってたんですね」
なるほどー、じゃない!なに君はずっと大喜利でもやってたのか?!
……この子には文字を覚えさせる前に絵本を読ませるべきだった。私の失敗だ、時間の無駄になってしまった。無駄に頭の回転がいい彼は効率よく大喜利をし続けている。きっとこの後の答えも素敵な大喜利しかないだろう。……お、『やきにく』は合ってる。
「……絵本取ってくるね。君には国語力が足りなすぎる」
「大丈夫ですよ。読めてますから」
「じゃあここは?」
「……『にく』」
「『やまみち』だからこれ。ねえ、全然読めてないよね?」
「…『さか…』」
「絵本取ってくるから待っててね。その間、もう一回この問題解きなおして。一応言っておくけどこの問題内容は『この文字を読め』だから」
どこに絵本ってあったかな…と思いながら立ち上がる。最近変な文章しか読んでないからまともな本読んでないや。私も絵本でいいからそういう本が読みたい。
適当に本の背表紙をなぞりながら良さそうな本を探していく。うーん、見事に分厚い本しかない。上を見ても分厚いな。案外小学校の図書室にある、分厚い本と見せかけての実は『○○の秘密』的な本だったりしないのだろうか。
「お、これはどうかな」
分厚く見せかけて以下略っぽい本発見!中を開くと…お、食べ物の本だ!……アウトだな。これ以上肉情報が増えたらヤバい。
「食に関する本はだめ。論文みたいなのもダメ。しかし絵本はない…偏りすぎだろ」
これが父の趣味なら子供のことを考えろと叫びたい。先祖代々から集めている本なら絵本ぐらい買ってこいと殴りたい。それくらい絵本がなかった。
…いや、あったぞ。すごい高い所に!
「いやこれは取れないだろ。なんで絵本なのに一番上の本棚に入ってんの。ふざけてるの?」
うちんちは天井が高いから本棚も高い。一番上の本棚は私の縦4人分ぐらいの高さがある。取らせる気ないよね?てかお父さんも取れないよね?
「…まあいいや。私には魔法があるもんね」
ふわり、と体に魔力を纏わせる。そして真上に飛ぶようにイメージした。案の定私の体は宙に浮き、一番上の本棚まで到達する。
「えっと、これは…『ハイルロイド領特産物調査』。…は?え、こっちは…『ハイルロイド領健康調査』。…ん?」
え、絵本じゃない…だと?
ペラっと捲っても『うちの領の食べ物は美味しい』とか『みんな超元気』としか書いてない。ふわっとしすぎだろ!
もしかしてお父さんだけがおかしいんじゃなくて代々この調子で公爵家を…。いいや、私は信じないぞ!こんなのが上層部の国なんかがあってたまるか!
嘘だ嘘だと思いながら宙をさまよう。先祖代々あんなのとか耐えられない。
―――カチッ
「え、カチッ?…うわっ!」
急に体を纏っていた魔力が削り取られる。急いで魔力を補強していると頭にある文字が浮かんできた。
『ようこそハイルロイド家の者よ。我らは汝を歓迎する』
私はそれを理解する前に気を失った。
気がついたらそこは見たことのない書庫だった。パッと見の大きさはさっきまでルクシオと勉強していた図書室と同じ大きさ。だが誰も掃除していないのか埃臭かった。その癖無駄に明るい。本は日光に弱いと聞くのだがそこらへんは大丈夫なんだろうか。
「さっきのは隠し扉だったのかな?ハイルロイド家の人しか入れなさそうだったし、魔力で入れるようになってたのかも」
それなら汚くても仕方ないよね。貴族は何処かを掃除するって考えは持ってないし。公爵家までいったら勝手に綺麗になってるし。
まっすぐ歩いていると広い空間に出た。前を見ると初代ハイルロイド公爵と思わしき銅像が建っている。あ、銅像は綺麗なんだ。埃っぽくない。
そして上を見上げると歴代ハイルロイド公爵の顔写真が写っていた。白黒のせいで遺影にしか見えない。そもそもこの世界に写真ってものがあるんだね。
「それにしてもイケメンしかいないな…。顔はいいから中身が残念なのか?」
うーん、そんな気がするな…。あれ、お父さんだ。やっだー、死んでるみたーい。
私の遺影…じゃなくて写真はまだなかった。しかしお父さんの隣には既に額縁が設置されており、いつでも入れれるぞと気合の入りようが目に見えた。
お父さんの隣で遺影とか本気でやめてほしい。
本気で気分が悪くなってきたので違うところに行こう。
「ん、あれ?これは…『ハイルロイド領特産物調査』?あ、『ハイルロイド領健康調査』もある」
なんで二冊もあるんだろう?代もさっきと同じ代だったし。
「えーっと…『我がハイルロイド領の特産品について。…………という結果により、東ハイルロイド領は89%の農作物が取れ、残りの………』。真面目に書いてある?!」
嘘だろ?!いや、普通だから驚いちゃダメなんだけど……!
「『我がハイルロイド領の健康調査について。…………という結果により、今年は8人の高齢者が亡くなった。しかし今年は…………』。いっぱい子供生まれてる!」
なんで?!ならさっきの適当なヤツ書かなくてもいいじゃん!
「えっとこっちは……『帝国動向調査について。………という兵器は……なので………』。……え、これは」
外国の…軍情報?!え、こっちは…外国の経済状況?!外国の地図もあるし!
…ここの家は代々ふざけている家系ではなかった。逆に戦争するなら真っ先に狙われそうな家系でした……。
よくよく見てみれば禁書が沢山ある。えげつない魔法学の術書とかごろごろある。相手を支配する魔法に自白させる魔法、幻術系の魔法もある。
「……だめだめ、忘れよう。悪夢に出そうだ」
こんなもの気合でされたら国家破滅ですわ。
「…あれ?これは……」
禁書を直した時にとある本が目に入る。唯一興味を惹かれたその本を取り出して開いた。そこに書いてあるのは…。
「……なるほど。そういう事だったのか。いや、けど…」
「ルクシオー、お待たせ。絵本取ってきたよ」
「遅いですよ。とっくに全部書き終わりました」
「おお、速いね」
時計を見ると探し始めた時間の十分しか経ってなかった。二、三時間いてる気になってたけど、そんなに時間がかかってなかった…らしい。信じられん。…気にしないでおこう。
ルクシオのどうだ!と突き出したノートを見る。そこには。
「ルクシオ、なんでまた大喜利してるのかな?」
「…?」
「だからここは『やまみち』って言ってるじゃん!『おいしそうなにく』ってそういうこと聞いてるんじゃないから!」
「……?」
「うーん…合ってるのは『やきにく』だけか…。なんだかなぁ…」
『にく』と『さかな』の文字が美しく見えるのは気のせいだ。書きすぎて上手くなってるとか絶対に認めない!
「…これ持ってきてくれた本ですか?」
「あ、うん。これよく読んで国語力を高めよう」
「ふーん…」
面倒そうに欠伸をしながら本を開く。まあまあ面倒臭がらずに…え?
あれだけやる気のなかったルクシオの目に力が宿る。何故と横から覗くとそれは肉と魚についての本だった…!
「くそ、間違えた!」
私はなんだか泣きたくなった。
ルクシオの頭は悪くありません。しかし彼の中では山道のイメージは肉なのです。狩猟本能が高ぶります。
ハイルロイド家の図書室にはちゃんと絵本があります。しかもちゃんと主人公が取れそうな位置に置いています。娘を愛している父はそんなヘマを起こしません。しかしそれを伝えてないのでアウトです。
ありがとうございました。