6話 毎日楽しいのは楽しいのですが。
お願いします。
突然だが、私のモットーは『イベントは起こさない』『身内がかけた苦労は自分の苦労』『平和ほど尊いものはない』の3つだ。兄妹に迷惑かけられている時からこの精神は根付いていて、こっちでは愚父のせいで更に深く刻まれた。
そう、『身内がかけた苦労は自分の苦労』だ。最近では、あのクソ親父が少年を攫い、暗殺者に仕立てあげるという凶悪な事件が発生した。そして当の本人は頭の緩そうな手紙一枚置いて仕事場に帰っていってしまった。なぜ私は身内運がないのか。身内にまともな人間が一人でもいてくれたっていいじゃないか!
…まぁ身内は身内だ。猛烈に不本意だが尻拭いをしてやろうと思う。と言っても私流だけどね。
カーテンを開けると眩しい日差しが差し込み、外からは呑気な小鳥の声が聞こえる。今日もいい天気だ。
適当に服を選んで適当に髪を整える。そしてお隣の部屋の扉を叩いた。
「ルクシオ、おはよう」
「っ!」
「ルクシオ?おーはーよーうー」
「……」
「ルクシオ!起きろ!」
「……」
反応なし。すごいガタッてなってたけど、この年齢の子供は朝から腕白なのか?元気いっぱいで何よりだ。
「ルクシオ、入るよ?」
「…!」
中に入ってみたら誰もいなかった。あれ、と見渡すと…何してるのこの子。ベッドに潜り込んでいたルクシオが顔だけ出してこちらを窺っていた。警戒心の強い野生動物か!
「ルクシオー、おいでー。ご飯食べよう」
「いらないです」
「いるわ!子供はちゃんとご飯食え!ほら、早く出てきて…!」
引っ張り出そうと手を伸ばしてふと思う。どこを引っ張ればいいんだ?頭しか出てないんだけど。…そうか、頭引っ張ればいいのか。
ぐいーっと引っ張って起きるよう促す。朝っぱらから何故人の頭を引っ張っているのかは考えないようにしながら力を加える。く…!なんて頑なな!全然出てこない…!
「ねぇ、さっきから何してるんです?…その手、咬み砕くよ」
「え、咬むの?!本当に野生動物みたいなんだけど」
「……」
やっだーすっごい睨んでくるー。
「……ごめんごめん。睨まないで。や、本当にごめんって」
「なら手離してくれません?」
「やだよ。離したら絶対逃げるでしょ?」
「……」
やっだーすっごい唸ってくるー。
「君が私と朝ごはんを食べるならこんな事にならなかったのにさー。ねぇ、諦めて一緒にご飯食べよう?」
「やだ」
「なんで」
「なんででも」
「ふーん……。理由がないならやめる理由なんてないよね」
ぐいっと顔を近づけてにっこり笑う。私の虚を衝く行動に唸りが止まった隙を狙って布団を捲り上げた。
もう着替えてるし準備万端じゃないか。
「~~~!!急に何を…!」
「はいおはよう。今日もいい天気だね!さぁ食べに行くよ!」
「うぅ…」
嫌そうにこっち見ないでよ凹むから。
ルクシオの部屋から出るとキャビィさんが微笑ましそうに私たちを眺めていた。眺めているならルクシオ出すの手伝ってくれても良かったんじゃないかな?うちの使用人の行動基準はよくわからない。
ルクシオと机に座ってみて嫌がっていた理由がわかった。ただ単にテーブルマナー云々でどうたらこうたらだ。何それそんな理由で朝食諦めるか普通。んな事言ってたら毎日食べれないでしょ!
「いいじゃんがっつり食べなよ。テーブルマナーなんて考えてたら疲れるよ」
「アンタは無意識に出来てるからそう言えるけど俺は食べ方なんて知らないんです」
ルクシオがフォークとナイフを持って項垂れた。しょぼくれてる感じが可愛いけど、ナイフは間違ってもそんなくるくる回すものじゃない。ナイフは食べる道具だから武器みたいに扱うな!
「…キャビィさん、ごめんだけどこれ全部下げて。今日は手で食べる。手で食べれるようなもの作って!あとお願いだからナイフ置いて!」
「そこまでしなくても」
「うるさい。君は黙ってナイフを置いていっぱい食べなさい。後で覚えてもらうけど、そんな事は追々覚えればいいんだよ」
「…さっきの肉」
「キャビィさーん!!肉、肉ちょうだい!ルクシオに肉食べさせて!」
なんて言うか疲れる朝食だった。朝からこんなテンションは久しぶりだった。テーブルマナーを教える時は真っ先に『ナイフは回すものではない』と教えよう。
食事を終えた後は勉強だ。当初の目的である『一般的な知識を得て対処方法を身につける』は達成しているのだが、いつの間にかいつ使うのかわからないような知識まで覚えさせられていた。もうこのノリで図書室の本を読み切ろうかな…なんて考えている。
「考えてるんだけど、読めば読むほどゲームな感じがして…ねぇ」
昨日一昨日でゲームとわかってしまってから、こういう本を読んでも取扱説明書を読んでる気分になる。魔法学なんて気分で発動、だよ?魔力が足りなくても呪文知ってて死ぬ気で唱えれば発動する。この世界ではマンガとかでよくある『自分の命で皆を助ける』が気合で成せるのだ。勿論自分の実力より高度な技を使うのだからかっすかすの威力だが使える時点で恐ろしい。
「けど皆やらないってことは何か手順を踏まないとダメなのかもね」
うん、そっちの方がゲームっぽい。主人公の見せ場があればあるほどまさにゲーム。
「…っと、こんなもんでいいかな」
解きやすそうな本を三冊取り出す。今からルクシオとお勉強だ。私は教師役。
最悪算術さえ出来れば仕事に就けるはずだから算術の本を二冊取ってきた。ただ迷子になったら困るので地理もやってもらおう。私はルクシオを真人間にするべく鬼になるのだ!
「ルクシオー。はい、これからこの三冊終わらせるから」
「は!?」
「やっぱり最低限の知識は必要だよね!」
「なんで俺がこんな事やらないといけないんですか!」
「そりゃ…道に迷っても生きて帰れるようにと御使い行ってもお金払えるように?」
「…は?」
「最終目標はうちの領の探索だね。行ったことないから楽しみだよ」
「俺は行きませんよ」
「私一人で探索させるつもりなの?君は酷いヤツだね」
「なんでそうなるんですか!」
「え、だって一緒に来ないんでしょ?」
「使用人と行けばいいじゃないですか!」
「やだよ。私はルクシオと行きたいの」
だから勉強しよう!と本を開く。大丈夫大丈夫、まだ簡単だ。
「ルクシオ、まずここはこうやって解いて」
「…やらない」
「やっておいた方がいいと思うよ。人生何があるかわからないし、知識はあって悪いことはない」
「人生何がってあんたはずっと公爵令嬢じゃないですか」
「いやー、わからないよ?将来平民になるかもしれないし殺されるかもしれない。私がここにいない未来は当然あって、君がここで私の代わりをする未来もある」
「なんてこと言ってんですか。そんな未来は来ないですよ」
「案外君が私の代わりに公爵家を継ぐかもね。お父さん、あんまり血筋とか気にしないっぽいし」
何よりそこまで詳しく教えてないはずなのに全問正解なんだよなー。適当に書いて、だよ?ほら、将来有望じゃん。そう彼に笑いかけた。
何故うちの父親がなんで公爵なんて出来るのか微妙だ。ホコリが出る前に潰しているのか、うちの使用人が頑張っているのか。こんな調子じゃ公爵家が消えてもおかしくない。私が平民になれる可能性は十二分にある。それと同じようにルクシオが公爵になる可能性も十分ある。そもそも私が継ぐ気ないからね。ルクシオが継げるようなら選択肢の一つとして置いておいてもいい。彼が継がないなら他の後継者を探そう。どうとでもなるだろ。
正直な話、どうなるのかは全くわからないのだ。ゲームの内容覚えてないからどう進むかなんてわからないし、ゲーム内容を知っていてもストーリーなんて変えられるかわからない。
最近こういうことばっかり考えて勉強してるかも。どこでも生きれるように、みたいな。本当なら帰るために努力するものなんだろうけど…はあ、子供らしくキャッキャして遊びたい。
ため息をついて机に突っ伏す。憂鬱だ。就職活動以来の鬱っぽさだ。これが本当の将来への不安か…。すると、ルクシオが身を乗り出して私を覗き込んだ。
「あんたは…俺を置いて何処かへ行くつもりなんですか?」
「え?」
「俺が来たからですか?」
「急にどうしたの」
「あんたも俺の前から消えるんですか?」
綺麗な顔が悲しそうな表情してる。それだけで罪悪感が半端無い。ちょっと懐いた野生動物がこっち見てる感じで可愛いと思ってしまったが。
「君が来たから出るんじゃないよ。あと別に出ていくつもりないから。全部もしもの話だよ」
「もしもの話でも止めてください」
「はいはい、ごめんね。全部冗談だよ。だから笑って?」
わしゃっと頭を撫でて笑う。そうそう、君はそうやって笑ってたらいいんだよ。…犬感が出るとか考えてないよ?
「はい、じゃあ勉強しようか。さっさと終わらせて次は外に行くよ」
「う…」
うん、君には嫌そうな顔が良く似合うね。
主人公の苦労がわかるモットーは色んなところで発揮されます。しかしそれが苦労の根源とは気づかず。
本人は父のような鬼畜で人でなしな勉強方法をしないように気を付けているつもりが、あくまでも基準は父です。ルクシオ、残念。
ありがとうございました。