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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
開始前生存確認編
55/56

42話 油断は禁物です。

お久しぶりです。

お願いします。

『―――早めに言った方がいいと思うよ』


「…と言われてもなぁ」


 殿下に具体案の無い助言を貰った私は勉強なんてせずに中庭のベンチで寝転がっていた。起きてまず思うのは入学、ご飯を食べながらも入学、勉強してても入学…。寝ても覚めても考えることは如何に入学せずに事を済ませられるかという一点のみ。既にディーアが入学してるなら私いらなくない?私より強いよあの人。殿下もあと一段階か二段階強くなるでしょ? 肉壁要員は要らないはず。なにより三年間ルクシオと離れるのが辛いんだが…。

 据わった目で『学園を爆破しようかな…』と呟いていたら、勉強していた殿下が微笑みながら私の肩を掴んで『やめなさい』と仰られた。声が本気だった。あっはっは。ごめんて、怒らないで。肩が砕ける。

 とまあ、あまりに私がグダグダ言うから追い出されまして、言うまで帰ってくるなと言われました。別に勉強しなくても入学する気がないからいいんだけども。


 しかしルクシオが捕まらないんだよなー。毎日挨拶はするけど最近忙しそう。いつも誰かに呼ばれて、申し訳なさそうに去っていく。最近また事件が起こってるらしいし、こりゃ言うのは無理じゃあないかな!言うのが無理なら私が入学するのも無理だよね?そんなことないって?ヨクワカラナイナー。

 いっその事手紙でも書いて机に置いておけばいいのだが、今の彼の机は書類で山盛りになっている。紛れたらいつ読んでくれるかわからないし伝わったかわからない。ほら、伝えられない!だから私をここに置いておいてよ!…ていうかルクシオ、仕事が溜まってるのか。命令してくれたら手伝えるんだけどなぁ。


 あーもう、将来の事より悩んでるぞ。ストレスで禿げそうなんだけど。いや、だからこそ早く言えってことか。心の準備を済ませておけ、と。さすが殿下、私のことをよくわかっていらっしゃる。学園に集中できるよう不安要素は消してしまおうと…!

 しかし殿下。言うならディーアが行く時、ついでのように言いたかったんだけど遅やしませんかね。タイミングって知ってる?まあ、来ないか聞かれて行かないと答えたのは私だけど。


「どうしたんですか?」


 雪を出して涼んでいると大きな影が私を覆う。ああ、ぼーっとしてた。心配をかけないように『何も無いですよ』と笑いながら顔を上げる。そこには何故かルクシオがいつも通り無表情で私を見ていた。深い赤の瞳と至近距離で目が合う。ひゃっほーいイケメンだぁー。


「(ってルクシオか! 今、休み時間? いやちょっと今来られても何言えばいいかわかんないわ)」


 殿下から言えと言われてるから言わないと駄目なんだけど、言うつもりはサラサラなかったから何も考えていない。え、このタイミングは無理だよね?

 引き攣りかけた顔を無理に笑顔に変える。ちゃんと笑ってるかな、私。辛うじて彼の名前を呼ぶと彼は心配そうに言った。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」


 ていうか言うか迷ってただけ。他の話題なら山ほど出てくるんだけどなぁ。言うのめちゃくちゃ嫌なんだけど。殿下、私には無理です。あと五十年ほど後でもよろしいか。それにしても今日も可愛いね。騎士服が似合ってるよ最高だよ。うちの子が目麗しく育ってくれて私は嬉しい。

 にこにこ笑っていると彼は何故私が急に笑いかけたのかわからないと首を傾げる。しかし特に気に止める様子もなく聞いてきた。


「体調が悪いんですか? いつもこの時間は図書館にいるのに…」

「違う違う、殿下に休憩をもらってね。いい天気だからぼーっとしてた」

「今日は晴れてて気持ちいいですね」

「そうだね。ルクシオもぼーっとする?」

「したいのは山々ですが仕事があるので…」

「そっか」


 知ってたけど一緒に日向ぼっこしたかったな。最近私の仕事が減ってきたからよかったのに、反比例の如く彼の仕事が増えてきて、結局前と同じで休憩中しか会話が出来ない。そりゃルクシオの方が役職的に重要な仕事が多いし、復帰から結構経ったけどさぁ…二人でゆっくり休みたいじゃん。毛皮と戯れたいじゃん。ルクシオ、他の犬と違っていい匂いで気持ちいいんだよ。

 だが、ここで駄々をこねて困らせるのは本意じゃない。少しでも不満げな表情を浮かべれば、彼は私の気持ちに流されて仕事を放棄してしまう。ルクシオは優しいからなぁ。彼が私のせいで怒られるなら我慢するよ。うむ、真面目に仕事をしたまえ。こっそり手伝ってあげるから。


「何故撫でるんです」

「ルクシオがいい子だから可愛い可愛いしてるんだよ」

「……」


 むっとした表情で押し黙るルクシオ。え、なに。撫でられるのが嫌なのか…?自分から屈んでいるのに…?思いもよらぬ反応に手を止める。


 まあ、今年で十四歳だしお年頃だもんな。家族とはいえちっさい童顔の私に頭を撫でられるのは不快なのだろう。ここ何年ルクシオが私の兄だと思われてるぐらいだし、落ち着きのない義姉は嫌なのかな。…まあ、ルクシオの方が育ってるけども。私より落ち着いているけども。ルクシオにそう思われるのは辛い。



 それにしても…どうしようかな。ルクシオと話してたら益々離れるのが惜しくなってきた。どうにか殿下を説得出来ないかなぁ…。あー、けど最後は陛下の説得をしないといけないのか。難易度高ぇ。あの糞トカゲ野郎に言語は通じないからなぁ。

 いや、単純明快な解決方法は分かってるんだよ? その結果、ルクシオと離れることになるんだけどね? あー無理無理。心の準備ができていない。私に必要なものは時間だ。一人でゆっくりと考える時間。あ、そうだ。


「悩み事ですか?」


 ルクシオが問いかける。彼の心配そうな瞳の中に胡乱な感情が透けて見える。心配っちゃあ心配だが、碌でもないことも考えてるだろ、なんて幻聴が聞こえてきそうだ。あってるけど!あってるけど…!


 私は少し首を傾げて思い当たることがないふうを装う。それでもルクシオの目が変わらない。困ったなぁ…。


「悩み事といえば悩み事なんだけど、解決策があるから悩み事じゃないっていうか、なんだろうね」

「何か手伝えることはありますか?」

「うーん…ルクシオが構ってくれたら元気になるよ」

「……へえ」

「ルクシオが冷たい」


 誤魔化してるわけじゃないんだけどなぁ。目がこれまでになく冷たくて辛い。本当の無表情やめて。心が凍っちゃうから。

 今は笑ってこの場を突っ切ろう。耐えれるように心を鍛えよう。どんどん引き攣った笑みになっている気がするが念を押して微笑み続ける。ルクシオなら騙されてくれるさ。誤魔化していると彼は微かに眉をひそめて私の鼻をつまんだ。


「ふぇ」

「何を隠してるんですか?」


 おかしいぞ、ばれた。


「…なひもかくひてないほ?」

「そう言って見逃して、何度後悔したと思ってます?」

「はっはっは。しらなひ」

「あんたな…普段から巻き込まれやすいのに何を言ってるんですか。笑えば誤魔化せると思わないでください」

「るくひほもおなひしゃん」

「俺は笑ってません」


 巻き込まれやすいって方だよ。君が笑う時は誤魔化す以前に殺意で染まってるじゃないか。まあ私からすればルクシオの笑顔はなんでも可愛いけどね!

 思わずその時の顔を思い浮かべて気の抜けた笑みになってしまう。何故かルクシオもふにゃりと笑いかけて、気を取り直したように顔を引き締めた。


「今度は何をするつもりですか」

「…ぷー」

「さっき、何を考えていたんですか?」

「まらひひたくなひ」

「言う時は手遅れになった時でしょう?事後報告は駄目ですからね」

「ぷぷー」

「…わかりました。あんたがそういう態度なら俺も容赦しません」


 ルクシオらしからぬ強気な言葉に私は首を傾げる。いつもなら折れて諦めるのに珍しい。何故今回に限って諦めが悪いんだ。

 私は無言でルクシオを観察する。ほぼ睨んでいるような瞳に彼は困った様子で押し黙るが、それでも『容赦しない』の言葉通りに逃げずに見返してくる。挑戦的な瞳だ。お互い目を逸らせば負けだとわかっているからこその攻防。私も負けじと挑発する。



 いつまで経っても変わらぬ状況に発破をかけるため、わざと彼の手を叩き落とす。目に見えて動揺するルクシオに心を抉られるような痛みを感じるが、手応えは感じたので両手を突っ張って『見逃せ』と訴える。


「(いつもならここで手を引いてくれるはずなんだけどなぁ…)」


 私はんー…と眉を顰めると、ルクシオは小さく目を見開く。抵抗する私に彼は何かを耐えるように顔を歪めている。もうちょっとでいけるか。逃げる準備をしていた私の体が無意識に動く。彼にとってさほど変わらぬ抵抗のはずだったが、彼はとうとう目を逸らした。


 勝ったか…?


 微かな降伏に、つい彼の顔を覗き込む。それが更なる追い打ちになったのか、彼は横を向いてしまった。ちらりと見えた顔に感情が乗ってなかったような気がするが如何に。怒ってるのかな…ごめんね、後処理は一人でやるから。


「ルクシオ、どけて」

「……」

「ルクシオ」

「…」

「手を叩いてごめん。どけて」


 ルクシオの肩をぱしぱしと叩く。反応がないのに訝しながらもぱしぱしと。よほどショックだったのか?だんだん心配になりつつ逃げる算段を立てていると、ふいにルクシオが私を見た。その表情に思わず悲鳴をあげる。


 ルクシオが極めて楽しげに笑っている。それも、微かではなく明確に。


 ―――やばい、踏み抜いた。


 反射的に彼から距離をとる。と言ってもベンチが邪魔で仰け反るぐらいしかできない。ルクシオの腕が私を囲い、足と足の間にルクシオが足を差し込んでくる。に、逃げられない。顔を青くして彼を見るとルクシオは壮絶な笑みを浮かべる。その冷たい印象の顔からは想像がつかないうっとりとした、色気すら含んだ笑みに私は背に冷たいものが走るのを感じた。


 よくないよくないよくない。


 時々見るようになった表情だが、こんなにはっきりと見たのは初めてだ。碌なことが起こる前にここから逃げろ。頭に撤退命令が下るが、妖しく揺れる赤い瞳が私の体を絡めとる。蜂蜜でも突っ込んだのかと言いたくなるほど甘くとろけた瞳には苛虐の色が見え隠れして、逃げても無駄だと言外に言っていた。

 ―――狼だ。どうやって獲物を食べようかと考える狼。出会ってから幾度となく見てきた彼の本性は想像以上に凶暴らしい。ごくりと唾を飲み込むと、ご機嫌な彼は満足げに舌舐めずりをする。


「教えてくれませんか?」


 耳に低く掠れた声が吹き込まれる。ぞくりとするほど艶やかな声だ。目を見開いて固まっていると、彼は必死に肩を押していた手を取って軽く撫でる。ぎこちなく視線を移せば、上目遣いに微笑みながら手の甲にキスをする彼が見えた。


 誰だこいつ。

 このひと、わたし、しらない。


 全く理解が追いついていないのに顔が赤くなる。真っ白になった頭は誤作動を起こして勝手に涙が浮かんでくる。

 今、非常事態が発生してるのはわかる。何が起こってるのかはわからない。

 何かを言いたくて口を開く。それが拒否の一言なのか、彼が望む言葉なのかわからない。形を成さない言葉と共に首を振れば、ルクシオは落ち着かせる意味を込めてか頭を撫でながら覗き込んできた。


「ねえ、セレスティナ。教えてくれたら解放してあげますよ」


 宝物を触るような優しい手が私の頬を撫でる。いつもなら安心出来るのに身の危険しか感じない。『ひぅっ』と悲鳴をあげて固まるとルクシオが小さく笑う。プルプル震えながら彼を睨むが、自分の顔は赤い瞳に負けないぐらい赤くなっていた。


「あんた、顔真っ赤になってますよ。抱き着いても顔色一つ変えないのに、こういうのは恥ずかしいんですか? …可愛い。ねえ、もっと凄いことをしたらもっと恥ずかしがってくれますか?」


 ルクシオは依然として笑みを浮かべて色っぽく囁く。教えたら解放するが、教えなければもっと凄いことをするってこと?もっと凄いことってなんだよ。究極の二択に狼狽する。

 ルクシオは私が答えないと思ったのか。いや、多分彼は私が混乱して固まっているとわかっているのだろう。私に見せつけるように髪に口付けて『綺麗な髪ですね』と言う。熱い手が、艶やかな声が、熱の篭った瞳が、私を捕らえて離さない。


 恥ずかしい。無理。耐えられない。


 私は咄嗟に転移魔法を使う。魔力が弾けると同時に私はルクシオの背後に立ち、震える声で叫んだ。


「る、ルクシオっ! 駄目だよっ!からかうの禁止!」

「俺は質問しただけですよ。あんたが勝手に真っ赤になって慌ててただけで」

「あんな事されたら慌てるよ!」

「あんな事って?」


 ルクシオはくすくす笑いながら問いかける。私は説明しようとしたが、先程までの記憶を鮮明に思い出してしまい、また顔を赤くする。く…っ、確信犯め。彼は楽しげに口角を上げて言う。


「あんたも照れたりするんですね。いいものを見ました」

「いやっ、だからってそこまでしなくても良くない?!」

「だって……いつも俺だけなのは悔しい」

「え?なに?!」

「言わないあんたが悪いって言ったんです」

「(あの状態で言えるか!)」


 逆に頭から吹き飛んだわ!何やろうとしてたっけ私?!インパクトが強すぎて記憶が消し飛んだわ!


「とにかく!ああいう事しちゃ駄目だよ!遊びでするものじゃない!」

「遊びではないので大丈夫ですよ。あんたにしかしませんし」

「そりゃ安心…出来るか!なんでだよ!逆になんで私にするんだよ!」

「何故だと思います?」

「私が知りたいよ!」


 本当に何故私がされてるの?!私の役目じゃなくね?!ヒロインの役目だよね!?お願いだからヒロインにやってよ男だけどな!

 って言いたいことはそういう事じゃなくて!ああいうのは好きな人にやるべきであって、情報を引き出すためにするのは駄目なんだよ!何故使い方がゲスい方向なんだよ!私は君の将来が恐ろしいよ!

 うがーっと唸っているとルクシオの腕が私に伸びる。呆けて彼を見上げると、ルクシオは私の耳に囁いた。


「あんたのその顔。癖になりそうです」


 私は今度こそこの場から消えた。






 気がつけばそこは路地裏だった。賑やかで明るい表通りとは対照的に薄暗く静かだ。雑多に置かれた木箱や怪しげな店が点々と並んでいる。…何故こうも路地裏ばかりなのだろう。表通りより面白そうではあるけど納得がいかない。

 夏にしては涼しい風が火照った体を冷ます。いい風だ。城に戻る前に少しだけ涼んでいこう。騎士服の上着を自室に転移させ、階段のような玄関口のような段差に腰掛ける。


 顔が熱い。手を頬に当てるが残念なことに手も熱い。ていうか、体が熱い。それもこれも急にルクシオが変なことをするからだ。


「私は狩猟本能が掻き立てられるような見た目をしているかな…?」


 私は口を尖らせてぽつりと呟く。よく考えると私の体は平均身長より遥かに低いため、小動物的な雰囲気はあるのかもしれない。しかしそれで狩猟本能が掻き立てられるなら、私の命は食卓の上に並んでしまう。食肉的な意味だ。


「あー…心臓が痛い」


 未だに煩い胸を押さえて丸くなる。ルクシオは何とも思ってないだろうに何やってるんだろう。私も私でルクシオ相手に何故ドキドキしてるんだろう。あれか。天使が小悪魔になる瞬間を見てしまった時の衝撃のせいか。心臓に悪いって意味なのだろう。


 しかし…今回は初めてルクシオの狩猟本能を踏み抜いた。みんな、彼に殺られる前はこんな気持ちなんだろうか。心臓がばっくばくするの。ああなるならさっくり言えばよかった。ていうか、どういうことなんだあのエロいルクシオは。間違っても真っ昼間の外でしていい顔じゃないぞ。

 だからいつも牢獄で…と思ったけど、普段は純粋に楽しそうな顔をしているだけであんな顔じゃなかったな。おかしい…どういう事だ。思春期か?いや待て、どれだけ行動力のある思春期だ。獲物を仕留めようとするあの目が一般的な思春期とは思えない。多分、普通に、機嫌が悪かっただけ。


「それか、攻略対象の力か…?」


 と言ってみたけど、口に出してみて『どんな力だよ』と自分で突っ込む。きっとルクシオは純粋に育ったからそっち方面も純粋なんだよ。その上、普段が無表情だから自分がどんな顔をしているのかわからないんだよ。そうだ、そうじゃないと私が耐えられない。ルクシオはいつまでも綺麗なままでいてほしい。小悪魔は覚醒しないでいてほしい。




 図書館に戻ったのはそれから半刻後のことだった。『ルクシオに言うために勉強が免除になっているだけで、遊んでいいわけじゃないからね?!』と怒られてしまった。

 うるせいやい。こっちだって大変だったんだよ。文句ならルクシオに言ってよ。

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