Episode7 平凡な生活なんてない
お願いします。
ディーア視点です。
入学式が終わって半月余り。サクラという異国の花が少しずつ緑に移り変わり、学園にいる毎日に慣れ始める。新入生達は思い通りの学園生活を送るために部活に入ったり街に行ったりと面倒そうなことをしているようだ。
俺も人生初めての自由な日々を謳歌し始めて今日この頃。あの国でも大概自由にしていたが、比べれてしまえばこっちの学園は無法地帯なほど自由だ。仕事も無ければ襲われる心配もない。いつでもどこでも寝放題だ。曲解だが学園長は点数さえ取れば大丈夫だと言っていたし、授業に出る必要も無い。俺、やれば何でも出来るっぽいからな。天才は楽でいいわ。
―――と思っていたのはずいぶん昔の話。
「おはようございます、ディーア様!」
「ディーア様ー!」
「…おはよう」
見覚えのある人間からの暑苦しい挨拶を等閑に返して、早く消えろと手を振る。それでも消えず、また違う人間が俺に挨拶してくる。
今いる場所は一年の俺のクラス。さっき挨拶してきたのは制服だからわからないが多分メルニアの人間だ。ここにいるって事は先祖返りでは無いはずだが、あの病的な本質は変わらないらしい。どうやって見つけてくるんだお前ら。黒毛玉みたいに匂いでも嗅いでんのかよ。
登校したらしたでいろんな人間に挨拶されて面倒くさい。だから授業なんて出たくないんだ。…それもこれも全部あいつのせいだ。
三年間の寮生活、俺はてっきり個室だと思っていたんだ。こんなナリでも一応公爵様だ。一人一部屋で悠々自適に過ごせると思っていた。だがこの学園の方針は皆平等で権力を振りかざすな。部屋は相部屋だ、と。
意味がわからない。権力を振りかざすな、はまだしも相部屋は無い。部屋が足りないなら新しい棟でも作ればいいじゃねぇか、金ぐらいあるだろ。出し渋ってんじゃねぇよ。その上、俺の相方はメルニアの人間じゃない。正直こっちの方が問題だ。大問題だ。もしも同じような事をされたら俺は絶対抗議する。
しっしっと追い払うとブーイングと共に少しずつ人が減っていく。漸くいなくなってため息をつくと急に背中が重くなった。俺の肩から腕がにゅっと出てきて、サラッサラの金髪と端正な横顔が移る。
急な登場にぞわっとする。これでも国の赤を背負っているのに気付かせない気配の消し方に急所を狙える抱き着き方。恐る恐る右を見ると、そいつは俺を見てにやりと笑って抱きしめてきた。ここ最近で見慣れてしまった嫌な笑みだ。
こいつ…俺が男が嫌いとわかっていてわざと抱きつきやがったな。
「ははっ、ちゃんと反応してやれよディー坊。皆に嫌われるぞ? あ、もしかして眠くて機嫌が悪いのか?」
「抱きつくんじゃねぇ…しないでもらえますか、レオンハルト王子」
レオンハルト王子。ルクシオ曰く傍若無人で唯我独尊なクルストライラの第三王子で、俺の…俺の相部屋の相手。何故相方を同国の人間にしないのか。何故俺の同居人が王族なのか。これが学園の方針なら絶対抗議する。だって王国も帝国も法国も、仲がいいわけではないから。
それにあの黒毛玉が人間として認識して且つ毛嫌いする人間とか碌なモンじゃねぇよ。多分、本当に傍若無人で唯我独尊なのだろう。…こいつが殺されでもすれば真っ先に疑われるのが俺だよな。面倒すぎるだろ。
パッと見は、まともな王子だと思った。
綺麗に金髪を後ろに撫で付けて、黒い制服を完璧に着こなす。知性に溢れた緑の瞳は常に浮かぶ笑みと相まって、所謂物語の王子サマみたいだ。うちの陛下みたいな胡散臭さもアルみたいななよなよしさもない。人間関係も良好のようで面倒くせぇほど男も女も寄ってくる。
それなのに、性格が…なぁ。流石は毛玉が嫌がることはある。周囲は外面に騙されているようだが中身は最悪だ。こいつ、ただの節操無しだった。俺が言えたことではないが男はない。男も女も関係ないって最悪だろ。今だって嫌な笑みを浮かべて俺にベタベタしてくる。
「えぇ、イイ筋肉してるじゃないか。何これどうやって鍛えてるの? お前寝てるだけだろ? もっと触っていい?」
くすりと笑いながら俺の耳に囁く。確信犯なのか低い声で、触るか触らないかのギリギリで指を滑らして。その瞬間背筋がぞわぞわっと気持ちの悪いものが通り過ぎて、頭から足先まで鳥肌が立った。
「…ちっ、離れろやクソ王子!」
だぁ!と両腕を払い除けて金髪野郎を睨みつける。好き勝手人の体を触りやがって…! くそっ、鳥肌が立った!
昔から男が嫌いな俺は数年前に何故か男に告白される事件に直面し、もっと嫌いになった。その後処罰として玩具にされて更に嫌いになった。正直体格の良い男は見たくない。あと赤髪と金髪と青髪も見たくない。
この男は残念なほど条件を満たしている。身長は俺よりも高いし、濃い金髪だし、体格もそこそこ。顔なんて…まあ男だな。アルみたいに女っぽい顔は勿論していない。
それなのにべったべったべったべった……お前は女か! 鬱陶しいんだよ! だがこいつは頭が悪いのか気にした様もなく俺の机に座ってくる。何故王族はこんな笑い方をするのか、レオンハルト王子はうちの陛下を思わせるニタニタした笑みで俺の肩に手を置いた。
「ディーア君、俺は糞だが口に出しちゃあ駄目だろ。ほら、外交問題。やばいやばい」
「やばいやばい、じゃねぇよ! 全体的に胡散臭いんだよ! やめろっつってんだろこの鳥頭! なんで俺に構ってくんだよ、お前の国のヤツで遊べよ!!」
「何言ってんだい君はー。我が愛しの民にそんな酷い事はー…デキナイナー?」
「嘘つけ棒読みなんだよ!」
意味がわからないなと白々しく否定してくるこいつに思わず突っ込んでしまう。ああくそ、反応すれば返ってくるってわかってるのに…!
「あっちで遊ぶよりディーアで遊ぶ方が楽しいよね。そのツンとした表情を崩す瞬間にやりがいを感じる。ディーア君…可愛いね。真面目に口説いていい?」
「手を握るな口を閉じろ本当に気持ち悪いから止めてくれ」
「ははっ、逃げんなよ。お前の教室はここだぞ? どこに行くつもりだよ」
「くっ…」
「ああそうだ、今日の宿題やったか? 答え写させてくんないかな」
レオンハルトが笑いながら前の席に座る。適当に机を漁って、これこれとプリントを取り出した。実はこいつとは同じクラスで、しかも俺の前の席。で、さっき言ったとおり部屋も同じ。俺が常時絡まれているのはこのせいだ。
朝は無駄にキラキラした顔で起こされて、いらないと言っているのに食堂まで引きずられる。登校するのは嫌だと逃げるが何処からともなく現れて連行されて、この間こいつは謎のハイテンションで俺に絡み続ける。寮内でもこれで、教室でもこれ…。三年間寝ようざなんて儚い夢だった。
邪魔なプリントを払い除けて力無く机に伏せる。ああ住民届けがー、なんて悲しそうな声が聞こえるが無視だ無視。何故住民届けを持っているのかとか、宿題じゃないのかよとか、突っ込んだら負けだ。
こいつ、冗談か本気か俺を帝国に取り込もうとしている節があるからな。帝国はそんなに人手不足なのかよ。他国の騎士でもいいって馬鹿なのか? 王族として色々と駄目だろう。真面目に相手をしていたら面倒なことになりそうだから無視だ。
「全く、つれないねぇ。ディーアってこんなのだったかな。もうちょっと真面目な騎……人間じゃなかったっけ? 少なくともこんなやる気のない人間じゃなかったような…。いや、真面目な人間だからこその拒否?」
「俺の何を知ってんだよ…。俺は元々こういう人間だ」
「え、本当に? 冗談じゃなくて?」
「んだよ」
「うーん、んにゃ、えーっと…。……実例ありだからありえなく無い話だけど、まさか性格だけとか。ディーア、お前なんでこの学園に入学したんだ? 人探しだったりする?」
「あ?」
何故入学したのか、なんて理由は一つだ。それに人探しとかうちの国的に毎日が同胞探しだよ。この前なんてリスの先祖返りを探すのに一週間かかったからな。『お前か!』『ちゅー』『違う!』『これか!』『ちぃー』『違う!』を繰り返してた。なぜ俺がこの仕事を受けたのかは未だ疑問だ。
「…ははっ。ディー坊、眉間に皺寄ってんよ。こわいこわい」
「ちょっと疲れが」
「おお大変。手伝ってやろうか?」
「いらない。絶対いらない。むしろ来んな」
「俺も人探ししてるからさー、かぶってたら楽でいいじゃん?」
「かぶるわけないからいらない」
「またまたぁー。なあ、女の子だったりする? 昔会った子とかさ、ピンクブラウンの髪だったりさ」
「知るか」
「冷たい!」
「―――いい加減にしてください、殿下」
「あれ、マリアちゃん」
きょとんとレオンハルトが目を瞬かせると横からまたですか…と疲れた声が聞こえる。視線だけ移すと窶れた顔の美少女――マリアベル嬢が立っていた。ああ、マリアベル嬢と言えばこいつの監視役だっけ?
マリアベル・ティトリア。淡い紫の髪に濃い紫の瞳の、帝国の伯爵令嬢様だ。こいつの幼馴染か何かで、突拍子もない行動をとるこいつの監視役を王から承ったらしい。綺麗な顔だしイイ体してるし、頭も良さそうなのに…惜しいな。こいつの監視役じゃなければ魅力的な女性だ。
ていうかお前、新しい女がほしいならマリアベル嬢でいいじゃねぇか。まだ他に女を漁る気かよ。
「え、マリアは違うよ? 俺の御目付け役であって女じゃないから」
「よかったな、馬鹿の餌食にならなくて」
「本当によかったです」
「それよりもマリア、お前人気者だな。すっげ注目浴びてるんだけど」
「違いますわ。目麗しい殿方が二人、その…人目も憚らずそんな……」
「あっちゃあー…俺達の出来ちゃってる感がバレてしまったー」
「出来てねぇしそんな事実もねぇわ! そのわざとらしい棒読みをやめろ!」
言いながらもよくよく注意してみればやけに視線を感じる。まさか…と口を引き攣らせて見てみるとクラス全員が一斉に目をそらした。
「……」
「そう睨んでやるなってディーア。ほら、女生徒に群がられるよりかはマシだろ?」
「…男と出来てるなんて噂が流れるよりかはマシだ」
「心配しなくとも流れないって」
俺も流れたら困るし…なんて呟いているが絶対嘘だ。どっちでもいいぐらいにしか思ってない。
「ディーア様…申し訳ありません」
マリアベル嬢が頭を抱えて俺に謝罪する。もしや謝り慣れているのか? 妙に熟れた謝罪の仕方に更に顔が引き攣る。二人の関係性が如実にわかる構図だな。きっと尻拭いばかりさせられたのだろう。
……真実味を帯びてきたような気がする。冗談じゃないぞ。俺は早く、無難に地位が低くて養ってくれそうな可愛い嫁を探すんだ。男なんざお呼びじゃねぇ。そうだ、個人的な目的はこれだった。ああ、けどこの様子じゃこのクラスはダメそうだな…。
俺が学園に入学した理由は外の世界に触れるためだ。やがて王になるあいつの傍に仕えるのに他国の文化を知らないのは拙いだろう。あわよくば嫁でも探そうと思うが、正直他国の女を持ち帰ると女の方が生きていられるかわからないため、ほとんど諦めている。
そこで陛下から下された命令は四つ。学園内及び学園都市の探索。来年入学してくるアルが安全に生活できる範囲と学園内の大体の人物把握。メルニアがこの学園でどれほどの発言力があるか、他国の人間のように生活できるているか、誰にもバレていないか。そして、もしも学園内に同胞がいれば保護をすること。今年中に学園を探索し、調査していかなくてはならない。
しかしここで問題が発生した。そう、この学園にクルストライラの第三王子が入学していたのだ。陛下は言っていないが、これはどう解釈してもルクシオの代わりに見張っておけという事だ。だからルクシオは蜻蛉帰りに帝国へ行かなかった。王子を見張る役割のあいつが今行ったところで王子はいないしな。
陛下の事だから俺にクルストライラの王子がいるのはわざと告げなかったのだろう。そして団長も俺に伝えなかった。何故俺が選ばれ、王子が俺に絡んでくるのかはわからないが、多分…いや、ルクシオの言葉から俺が適正だと判断したのだ。俺が、王子の琴線に触れると。
陛下、あんたは千里眼持ちですか。こうもあっさり付きまとわれちゃ仕組んでたとしか思えません。馬鹿が寄る魔導具でも開発してたんですか。すんなり言い分が通った理由がやっとわかりましたよ。
と、考えたところでレオンハルトが俺の頬をつねってきた。微妙に爪が刺さって痛い。元々悪い機嫌がどんどん悪くなるのを感じながら絶対零度の目で睨むと、レオンハルトは気にしたふうもなく無視を決め込む。掴み所のないへらっとした笑みを浮かべて俺の腕を引き上げた。
「おまっ、」
「てなわけで。な、お前らいいよな?」
「……殿下の御心のままに」
「はっ?」
ちょっと待て話が見えない。
無理矢理立たされて教壇へ引き摺られる。クラス全員、廊下の人間の目線までもが俺らに惹き付けられ、ざわついていた教室が一気に静かになる。嫌な予感しかしなくてヤツの腕を引き剥がそうとするが…なっ、固すぎるだろっ!
咄嗟にマリアベル嬢に『止めさせろ!』と訴えるが、彼女は全てを悟った安らかな顔で首を振った。目が受け入れなさいって言っている。どうやら長年の監視役も止める術を知らないようだ。つっかえねぇな!!
「待て待て待て、お前何を」
「ゲームに必要なのさーってね。遅かれ早かれやらにゃならんし、今からやっても良くない?」
「だから何の?!」
「何って――生徒会長?」
「はっ?!」
まさかの単語に絶句する。よくわからない奴だと思っていたがここまで読めないとは。
お前が生徒会長は無理だ。一人でやれよ俺を巻き込むな。こっちだって仕事があるんだよいい加減にしろ。一年は出来ねぇし何考えてるんだよ。言いたいことが山ほどありすぎて口から出てこない。口を開閉させるが声に出ない限り無意味だ。
そんな俺を見て、不安そうとでも思ったのか安心しろと微笑まれる。逆に安心出来ないのだが、何故こいつにそれが伝わらない。
教壇に立つとレオンハルトはいたずらっ子のような笑みを俺とマリアベル嬢に向ける。そして俺を一瞥して、微かに口を動かした。
――もう逃げられないからな。
俺は目を見張るが、既にレオンハルトは笑みを消して、入学式で見た王子サマの顔に成り代わっていた。
「私、レオンハルト・レイ・クルストライラとマリアベル・ティトリア、ディーア・オートフェルトは生徒会総選挙に立候補しようと思う―――」
***
勉強の段落がついた僕――アライシスはセレス嬢と中庭で紅茶を飲んでいた。天気がいい日はこうやって彼女とお茶を飲む。内容は最近のトレンドや、仕事の愚痴、街の噂、他愛ない世間話など。僕に恋愛感情がない女の子は彼女ぐらいしかいないので、よく彼女を誘ってしまう。
他の女の子は何度も誘うと期待しちゃうからね…だからと言って友達の夫人は内容が過激だからね…。その点彼女は何度誘っても仕事の上司に向けての対応をしてくれる。友達のように接してほしいのが本心だが、これでも打ち明けてくれた方だから何とも言えない。
「今日はいい天気ですねぇ…」
「そうだねぇ…。ほら見て、セレス嬢。あそこに花が咲いてるよ」
「ああ…あれ、うちの屋敷にも咲いてますよ。懐かしいなぁ…」
セレス嬢がローズティを飲みながらのんびりと言う。このローズティは彼女の家で採れたバラを乾燥させて作ったらしい。ガラスのポットに淹れたローズティは可愛らしいピンク色をしていて、浮いた花びらが女子心を擽る。初めて飲んだけどバラのいい匂いがして美味しい。
それに合わせて作ったりんごのタルトはリンゴをバラの花に見立てて作っている。これもまた彼女の領で採れたリンゴなのだが、バラの紅茶をいただけると聞いて作ってみた。結構上手く作れたと思う。やはり可愛らしい空間には可愛らしいものが似合う。これで僕が可愛らしかったらよかったのだか…まあ、男だよね。
「そういえば手紙が来たんだけどさ」
一つの世間話として彼女に言う。手紙を机に置くと、彼女はその家紋に小さく目を見開いて僕を見返した。竜の紋章が描かれた印璽は決まって赤。彼女も知っているはずだ。彼女は彼の悪い部分しか見ていないから驚いているんだろうけど、彼はやる時はやる男だよ?現に僕の頼みに答えてくれなかったことはない。
彼女の反応にくすくす笑いながら手紙を開ける。内容に前回の進展を感じながら彼女に見せた。
「前回の手紙でディーアがクルストライラの王子とお友達になったらしいんだけど、今回は副会長になったらしいよ。すごいよね…」
「思った以上に急展開で頭がついてかないんですけど」
セレス嬢が手紙に穴が開くんじゃないかってほど見て顔を引きつらせる。『何が何でも早くないか…?』と呟く彼女に僕は目を細めた。
その言い方じゃあディーアが生徒会に入ると予想していたかのような言い方じゃないか。あれほど『面倒くさがり屋』のレッテルを貼っているのにどういう心境だろう。
「セレス嬢なら『あいつが生徒会に入るなんてありえないー』って言うと思ったんだけどなぁ」
「あー……ほら、悔しいですけど才能だけはありますからね。学園の情報を得るなら生徒会に入った方が有利ですし、いつか入るんだろうなと思ってました。……思ってたより早かったですけどね。どちらかと言うとクルストライラの王子と友達になってる方が気になります」
「お部屋が一緒なんだって。聞いてる限りじゃ面白い人みたいだよ」
「……その人、一年生で生徒会長だったりします?」
「うん。ディーアと同じクラスなんだって。活発的な人がルームメイトでよかった…一年とはいえ彼から目を離すと堕落してそうで不安だったんだ」
「面白いか…最近の俺様キャラはギャグ枠なのか?」
手を顎に当てて考えるセレス嬢。その仕草は彼女が考えを整理したい時によくしている行動だが、言っている言葉がよくわからない。少なくとも僕の読む恋愛小説に俺様キャラでギャグ枠の登場人物は見たことがないよ。彼女はうんうん唸ったあと、はっとした顔で聞いてきた。
「王子の名前ってなんですか?幼なじみのご令嬢とかいますか?」
「えっとね、名前はレオンハルトだったかな。書記の令嬢が彼の婚約者のマリアベル嬢だった…と思う」
「いや、まあ…そうだよな。ディーアがなるなら他はそうだろうな」
「二人を知ってるの?」
「名前だけですがね。…ではディーアは現存の生徒会に誘われたんじゃなくて、レオンハルト王子が乗っ取った生徒会に入ってるんですね」
「言い方が悪い…けどそうなるのかな。三年生が中心の生徒会があったんだけど支持率が急に下がって辞めざるを得なくなったんだって。ディーア達はそのすぐに生徒会を立ち上げたらしいよ」
「うっへぇ…凄まじい大人気ですね」
「まあ、うちのディーアはかっこいいからね!何でもできるし、人気になっても仕方が無いよ!…それはそうと、人に興味が無い君が珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「え?」
どうしてか嫌そうな顔をする彼女に質問する。だって君、会ったことがない人間には本当に興味が無いよね。『生まれてこの方お母さんに会ったことがない。どこにいるか、生きてるかわからない』って言われた時は驚愕したよ。そんな君が興味を持った。珍しいことだと思わない?
そう言うとセレス嬢は困ったように眉を下げる。『えっと…』と口篭る彼女は少し考えた後、静かに口を開いた。
「巻き込まれそうな予感がするんですよね…。今、生徒会って三人しかいないじゃないですか。会長と副会長と書記がいるんでしたっけ?まだ会計とか庶務がいないんですよね。入れられそうだなぁ…って。実の所、殿下も面白そうとか思っているんでしょう?」
「どうだろうね」
「殿下が入る気がなくとも、結局は所属させられそうな予感がするんですよ…。せめて会計と庶務が入ればいいんですけど、生徒会って適当に…それこそ『有志』って言えば何人でも入れますし」
「えーっと…詳しいね?君は生徒会に入ってたのかな?」
「………んなわけないじゃないっすか。私がここから出てないのは殿下も知ってますよね?」
いや、そうなんだけどさ。言い方が生徒会に所属したことのあるような言い方なんだよね。
「いやいやいや、よく考えてくださいよ。現状が似たような状況ですからね?」
「うん?」
「私、『勉強するために』っていう名目で呼び出されて、いつの間にか近衛になってたんですよ。今回はディーアの同僚だからって目をつけられそう…。私が流されやすくなかったらもうちょっとマシな待遇になってますよ」
「…うん」
経験則か…それなら所属することになるんじゃないかな。僕は入る気ないけど。
『入らないでくださいね?』と必死に言うセレス嬢に苦笑しながら頷く。僕が入らない事で君が楽になるのなら入らないでおこう。大事な部下すら守れないなんて目も当てられないしね。ただ、僕の経験則から言うと君の予感は外れない。十中八九的中するから準備した方がいいよ。
僕はりんごのタルトを食べる。クリームの甘さとシャリシャリした食感が美味しい。セレス嬢にもおすすめしながら僕は心に決めた。
胃薬をいっぱい買ってこよう。
―――ディーアの苦労はここから始まる。
ディーア入学編でした。これから彼は色々な人に妨害されつつ仕事をこなしていきます。国から離れても仕事量は変わらない、ステキ仕様です。
レオンハルトは単にディーアを弄りたいだけで、普通に女の子が好きです。最近のマイブームは同居人に抱きついて叫び声を聞くこと。怒られるまでがワンセットで面白いらしいです。
ありがとうございました。




