40話 結局平凡には終わりませんでした。
更新遅くなってすみません。言い訳するなら高三の夏のせいです。次も遅くなります…。
途中視点変わります。
お願いします。
「何を気にするのがいけないんですか?」
黒い影が降り立つ。音も無く現れた彼は私が探していた人物。彼はさらりと黒髪を揺らして、私を敵から護るように剣を構える。不機嫌そうな唸り声が微かに聞こえて、私は目を見開いた。
「ル、ルクシオ……」
乾いた口を潤すように唾を飲み込んで小さく彼の名前を呟く。すると彼はぴくりと肩を揺らして唸り声をやめる。が、深くため息をついて頭を振った。剣を持っていない方の手を腹立たしげに握りしめたり開いたりしながら、珍しく刺のある声で言う。
「なんでまた、こんなのに襲われているんですか…?」
「お、怒ってる?」
「……怒っていないように見えますか?」
ザンッ!と剣を地面に突き刺して、地獄の底から出てるのではと疑うほど低い声で言う。ゆらりと揺れる毛先は不自然に躍り、ドス黒いオーラが揺らめいている。
怒っている。聞くまでもなく怒っていた。すごく土下座したくなるんだけど、そんなルクシオが怒るような事したっけ…?
暗いとはいえ真っ昼間でそこそこ明るいはずの裏路地が暗く感じる。半裸だから寒いのではなく、もっと生命の危機を感じるような寒気する。私は木箱の上で正座して恐る恐るお伺いを立ててみた。
「あの…ルクシオ? 何をそんなに、」
「言い訳なら後で聞きますよ、じっくりと」
「あの、言い訳じゃなくて」
「少し待ってください。馬鹿共は跡形も無く潰しますから」
「や、落ち着いて、潰すの良くない」
「―――セレスティナ」
ふわり。
「……え?」
私の肩にかけられる、黒いローブのような布。ぱちくりと目を瞬かせて彼を見上げると、ルクシオが眉を下げて私を見ていた。悲しそうな、悔しそうな、何とも言えない顔だ。しかしそれも一瞬でいつもの無表情に戻る。
「ねえ、セレスティナ」
彼の指が私の髪に触れる。するりと逃げる髪を弄びながら、彼はやんわりと微笑んだ。
「あんたをこんな姿にした糞共に、明日なんて必要無いですよね」
「正気に戻って」
目が本気だった。
***
――イライラする。
俺は顔を赤くしながら肩で息をする彼女―――の真後ろの、障壁に守られた糞共に剣を突きつける。何故彼女はこんな奴らを庇うのだろう。守る価値なんて無いのに。こいつらは敵なのに。そうでなくともあんたをそんな……っ、ああダメだ。気に食わない。
絶対殺す。生きていることが苦痛になるほど嬲っていたぶって痛めつけて。自ら死にたいと思っても殺さないように潰して切り刻んで。ありとあらゆる方法で殺してやる。
気が付いたら彼女がいなくなっていた。
まさか彼女と一緒にいて、その上隣にいたのに見失った。
王都エルラインの城下町。騎士行きつけの酒場や屋台が立ち並ぶここは王都らしく賑やかで、早朝にしては人が多い。いや、人が多いというよりも朝帰りのヤツが出てきただけで目的があって来る人間は少ないのか。見知った同僚が泥のように歩いている姿を疎らだが見える。屋台も開き始めといったところで開店するにももう少し時間がかかりそうだ。
で、彼女はここに何の用があるんだ。腹が空いているのだろうか。何故朝食を食べてこない。馬鹿なのか…?
この時俺はすっかり忘れていた。
自分の仕事も然り、彼女の突拍子も無い行動も然り。
純粋に浮かれていたと冷静になってから思う。仕方ないだろ、長期間離れられないのに無理して離れていたんだ。鬱陶しいあの国で精神が擦り切れていた。彼女と一緒にいたくて飢えに飢えていた。飢えたら補給したいだろ?
だから俺は呆然と立ち尽くした。
何故、忘れていたのか。彼女は昔から何をしてもトラブルに巻き込まれる人間ではないか。
待ち合わせ場所に来れたのも奇跡だったんだ。城内で巻き込まれるのが常なのに何事もなく俺のところまで来て、城下町で問題を起こさずに一緒に歩いた。普通のことだと思わないでほしい。普通なら知り合いと会って殺傷沙汰に巻き込まれるとかする。
けど、けど考えもしないだろ。隣に歩いている彼女を見失うなんて…!
結局俺はエドウィンさんの手の平で躍っていたのだろう。彼女を見つけた時にはきっちり問題に巻き込まれていた。数は十人。服装と匂いからして帝国の人間だ。各々が武器を構えている。その中心に座るのは、ボロボロになったドレスを握り締めて威嚇している―――
―――何かが切れる音がした。
冷たい殺気のようなものが溢れる。異様に冴えた神経がいっそ清々しいほど奴らを殺そうと研ぎ澄まされる。力んで白くなった自分の手と聞こえる奴らの苦しそうな息に目を細め、俺は止めを刺すために狙いを定めた。
「ねぇ、セレスティナ」
「っ、ルクシオ。冷静になろうか。全部終わったよ。全員捕まえたよ。剣を下ろそう」
「何を馬鹿な事を。早く魔法を解いてください。大丈夫です、あんたは何も気にしなくてもいい」
勿論すぐには殺さない。生き残った奴らはエドウィンさんの言いつけ通り持って帰るさ。ただ一人や二人ぐらい味見をしても構わないだろう? …まあ、一人手を出せばなし崩しに全員やってしまいそうな気がするが。
舌舐りしそうになるのを戒めて彼女に懇願する。それなのに彼女はいやいやいや、と慌てて首を振った。
「何が大丈夫なの?! 絶対止めを刺す気だよね?! ほら、早く下ろして」
「嫌」
「子供か!」
子供…か。ああ、俺は子供だ。あんたがそうやって無意味に奴らを庇うのも、無防備に俺を止めるのも、全部気に入らない。あんたが一言、俺が望む言葉を言ってくれれば心が晴れるのに。だから、
「子供で結構。俺、執念深いんですよ」
薄く笑いながら肯定の言葉を。思った以上に怒りを含んだ自分の声にさらに笑みを深める。一件楽しげに見える笑顔はさぞ気持ち悪く映るだろう。心は憎悪に満ちているのに、彼女の前で潰せることに喜んでいる。
低い唸りが出そうになるのを誤魔化して、お願いしますと彼女の目を見つめる。すると彼女はなんとも暗い目をして俺から目を逸らした。
「ルクシオ…今、変な事考えてない?」
「いえ、至極真っ当なことしか考えていませんよ。ちょっとだけ頭をかち割って抉り出そうだとか、せめて目を潰したいとしか。…ほんの少しの望みではないですか。まあ、それで死ぬかどうかは言わなくともわかるでしょうが」
「予想をはるかに超えて酷い発想になってる!」
「酷い、とは心外だ。敵は全員殺すのがこの国の掟でしょう? そこに俺の趣向が加わっただけです」
「そんなのないし歪曲しすぎだろその掟。そして相も変わらず悪趣味な…」
「もういいですか? どちらにせよ遅かれ早かれ潰しますし、今何人かやった方が後々拷問が楽になりますよ」
「黒い…ルクシオが真っ黒いよ……」
失敬だ。本当のことしか言っていないのに。ひどく潰した後に一人ずつ尋問にかければ面白いほど吐いてくれるぞ?
あんただって本当はどうだっていいくせに。そうでなければ問答無用で剣を弾いているはずだ。彼女の魔法は他の魔術師と違ってどこから来るかわからないし、同時に何個も撃てる。全体的に規格外だ。彼女が本気で止めようとすれば俺の意識だって刈り取れる。悔しいけど彼女の方が俺より数段強い。…あれ、俺要らない?
…はあ、なんだか凹んできた。大人しく護らせてくれる人ではないとわかっているけどな。わかっているけど彼女の方が強いって酷い。うぅ、俺が騎士になった理由って一体……
「おかしいな…こっちが悪者みたくなってるんだけど。そんな悲しそうな顔をされたら罪悪感半端無い。……ルクシオの気が済むようにしてもらう? いやいや、路地裏掃除は嫌だ。アレもいつ来るかわかんないし…」
何故彼女が頭を抱えているんだよ。真面目に頼むより俺の表情で彼女の意思が揺れている。表情筋が固まっていると言われるほど無表情が標準の俺だが、彼女は昔から俺の表情を読んでくる。そして笑顔以外の表情に弱い。特に悲しそうな顔がダメらしい。頼むより顔って…さらに凹みそう。
深くため息をついて剣を下ろす。そこはかとなく気に入らなくて殺そうとしていたが、彼女に迷惑をかけたいわけではない。それに熱くなっているのが俺だけだと漸く気がついた。
…てのは前置きで、普通にやる気がなくなった。彼女の謎のつぶやきのせいで変に冷静になってしまった。そんな罪悪感を煽るような顔をしているのか、俺は。
「…興が削がれた」
「ル、ルクシオ?」
「もういいや」
…胸がもやもやする。そもそも何故彼女は平気な顔をしてあんなドレスを着ているんだ。こいつらに見られたんだぞ?! それなのに恥を隠して平気を装っているのではなく、見られても構わないとでも思っていそうなほど隠そうとしない。今だって羽織るだけで着込まない。
ちらりと目を移すと不思議そうな顔をする彼女。前を閉じないせいでざっくりと破れたドレスからやわらかそうな白い肌が見える。ものすごく、触ってみたい。同時に隠せよと叫びたい。甘い眩暈と酷い頭痛に先程より深い溜息をつく。
頼むから気づいてくれ。胸元ががら空きなんだ。前を閉じてくれ。足もおかしなところまで見えるんだ。下半身はどうでもいいのか。よくないから隠せ。わざとか? 違うならせめて恥じらってくれ。
惚けた顔をする彼女に何とも言えない顔を向けて沈黙する。どこまでいっても彼女は彼女のままだった。小さい頃から変わらない。
虚しい顔でもしていたのか、何故か彼女はごめんねと笑いながら頭を撫でてくる。凡見当違いなことを考えてる気がするし、別に帰ってからやる事はやるので撫でなくともいい。それよりも本当に隠してくれ。
「―――っ!」
嫌な匂いが鼻を掠める。咄嗟に彼女の頭にフードを被せて隠すように抱き締めると、その匂いはだんだん濃くなる。今度は何だ。臭くて鼻が痛い…。
顔を顰めて通りを見ると、さっき歩いていた泥のような同僚達とまともそうな騎士がこっちに歩いてきていた。雑多な道のせいか、躓いたり当たったりと残念なことになっている。どういう組み合わせか知らないが、まともそうなのは見回り番だろう。なるほど…酒臭かったのか。それよりも何故こいつらがここにいるんだ? 呼んでもないのに…。
「よぉ…ルクシオ。お前、何でこんなところに…?」
「臭いこっち来んな気持ち悪い」
「先輩に対して酷くねぇ…?」
「これ以上近づくな」
泥みたいに近づいてくる同僚を睨んで低く唸る。近づく度に強くなる酒の匂いが気持ち悪い。飲みすぎじゃないかこいつら。ついでに微妙に抵抗する彼女を少し強めに拘束する。折角彼女の匂いと血の匂いに囲まれていたのに気分が悪い。
しかし俺の威嚇も何のその、同僚達は妙にさっぱりした笑みを浮かべて向かってくる。やはり白となると無駄に心臓が丈夫だ。クソ鬱陶しいな…。そいつらは笑いながらズラリと俺の前に並んだ。
「…何の用だよ」
「お前の姉貴からの支援要請。法国の人間を見かけたから助けろ、ってさ」
「は?」
いやあ、こんな所にいたなんてな。と、疲れた顔をする同僚達。
支援要請? 法国? え、何も聞いてない。
「あんた…」
「あの、その…ごめんね?」
「いや別に…」
よくないけれども。
何故俺を呼ばない。法国が来て帝国ときたら俺の仕事じゃないか。やっぱり弱いから…だろうか。まあ、接近戦の出来る魔術師とかいないしな。けどそれを言ってしまえば大体の人が弱く…じゃなくて、どこで連絡を? ていうか法国の人間にまで会ってたんですか、セレスティナ。
「んー…こりゃ帝国か。まあ、お前が捕まえたって事は何かしらあるんだろうけどなぁ。情熱的に抱き合ってるところに悪いが、こいつら回収させてもらうぜ」
「…ねぇ、」
「おいおいおい、話してる途中で口説くなよ」
「おら、魔法解いてからイチャつきやがれ」
「え、いや、私はっ」
「いいから黙ってください。暴れないで」
情熱的に抱き合ってないし口説いているわけでもないのに抵抗する彼女。こういう時にすっぽり抱き締められる大きさでよかった。暴れる腕を掴んで耳元で囁く。
…酔っ払いの戯言なんて聞かないでください。それに…もし少しでもあんたの肌が見えたらこいつら全員殺さなきゃならなくなる。
何故か大きく震えたが動きは止まったのでよしとしよう。
「あんたら酔っ払いに任せられない。それにこれは俺の獲物だ」
「酔っ払ってねぇ。あとお前の獲物でもねぇ」
「俺が先に頼まれた」
「そうだとしても連れていくのは俺らの仕事だな。じゃあ俺らはこいつらをやるから、お前らはあっちをやってくれ。生きて捕まえろよ」
「了解ー」
「おい!」
こいつら手際だけはいいな。人の話を無視して、糞共を縛る人間と法国の密偵を探す人間の二手に分かれる。防御壁が無くなったのをいいことに、見る見るうちに拘束して同僚達はふらふらと立ち上がった。ちょっと、あんたもあんたで何協力してるんです…!
「ちっ…なあ、そこの騎士」
「は、はい!」
「赤騎士団長に言っておいて。殺るなら俺がいる時にしろって」
「はは、機嫌悪いねぇ。何お前、逢引中に襲われたの? 運ねぇなあ、おい」
「…お前馬鹿なの?」
「お盛んなのはわかるが路地裏で遊ばずに表で遊べよ」
「殺すぞお前」
冗談冗談、と上機嫌に言う奴らに今日一番の殺気を込めて唸る。彼女にそんな事するわけないだろ本当に殺してやろうか。すっ、と剣に手を忍ばせるとカラカラ笑って適当に謝られる。
おイタはほどほどになー、とクソみたいなアドバイスを残して去っていった。なんて迷惑な奴らだ。セレスティナの耳が汚れるだろ止めろ。
「……ねえ、ルクシオ」
彼女が俺の腕の間から顔を覗かせる。足早に去っていく奴らに呪詛を送っていた俺はその小さな声に下を向く。
すっぽり俺の腕に収まった彼女。息苦しかったのか頬を紅潮させて、瞳を潤ませている。桜色の唇をきゅっと結んで俺の胸に抱きつく彼女は眩しいほど可愛い。体も柔らかいしいい匂いがするし、その…いろいろと目に毒だ。
俺は慌てて謝りながら身を引きはがす。離れたくないなとは思ったけどちょっと…いや、絶対離れた方がいい。すると彼女は大丈夫だよと穏やかに微笑んだ。
「逢引き…路地裏でするものじゃないからね」
「……」
彼女はよほど俺を怒らせたいらしい。
予定調和の大惨事。この後彼らは泣く泣く城に帰るでしょう。いつもの事です。
こちらの世界では膝下スカートが一般なので、膝上でも気にしない主人公とは合いません。そもそも主人公は誰も気にしないと思っているので気にしません。勿論ルクシオは家族認識なので恥ずかしくありません。
白騎士達は打ち上げしてました。本来なら緑が対処しますが、オールした変なテンションでついてきました。いつもはもうちょっと凶暴な対処をしています。
ありがとうございました。




