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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
開始前生存確認編
48/56

36話 ついに動き始めた歯車に不安しかありません。

遅くなってすみません。

途中視点変わります。

お願いします。

 柔らかい春の陽射しが辺りを優しく照らし、甘い香りが通り過ぎる。淡い陽の光がきらきらと輝く様子は薄紅の花弁が散るのと相まって酷く神秘的な光景として映し出されている。

 そんな春を感じる今日、美しい花々に彩られた中庭に二人の青年が立っていた。一人はとある学園への入学を控えた青年、あと一人はその彼の主だ。魔法陣で学園に行くのか、青年は大きな魔法陣の上でにこやかに笑っている。

 主は余程心配なのか必死に彼に何かを言っている。そこまで話す事があるのかと気になるほど手振り身振りで何かを説明している。中庭から離れた部屋の窓越しであるというのに、微妙に何を言いたいのか伝わりそうな動作を解読せずに眺めていると、彼は名残惜しそうに一歩ずつ魔法陣から離れていった。

 十中八九『五月蝿い』とか言われたのだろう。行く手前に親の如くぶちぶち言われれば五月蝿いだろうよ。まあ言いたくなるのも分かるけど! けどどうせ聞かないよこいつは…!

 しかめっ面で睨む彼に聞こえないだろうが諦めてくださいよと苦笑する。淡く陣が光りだしたのを見て、私は彼等から目線を外した。


 我が国メルニア王国にも春が訪れた。私がセレスティナとして生き始めて実に七回目の春だ。

 今から始まるのは物語の第一部。あと二回この季節が回ってくると本編が開始される。そこで私達の運命が決まり、この国の命運も決まるのだ。

 私が目を逸らし続け否定し続けた物語が始まる。



 考えないでいようと思っても、巡るごとに自分が役であると思い知らされる。自分の同僚達が『彼ら』になっていくにつれて、自分の体が『彼女』になっていくにつれて、舞台が出来上がっていったからだ。

 私はこの国で(物理的に)恐れられている悪役令嬢になった。殿下は女子力が無駄に高い可愛らしい王子になり、ディーアは変わらず殿下に仕える騎士になった。ルクシオは暗殺者にならなかったが、得物がナイフであったり特技が隠密であったりと本編に酷似している。


 どれだけ性格が違っていようが、どれだけ人生が変わっていようがそれは本編で語られない闇の部分であって、役どころは恐ろしいほど本編と同じだ。それを証拠に今日ディーアは学園に入学し、二年後の本編開始の為に学生として生活していく。

 もしもこの舞台が喜劇ならば、もしもこの物語が夢物語ならば、私はもっと気楽にその時を待っていただろう。心配などいらない、放置していれば進む楽しい物語なのだから。ルートさえ違えば私も一登場人物では無く眺めるだけで済む。

 だがこの話は私が覚えている限り、誰かのルートに突入すると戦闘が起きる。それは学園内のいざこざもあるが基本邪魔者を物理的に消す―――殺す方だ。少なくともディーアルートでは私と戦闘になるし、ルクシオなんてルートなんて関係無く滅多刺しだった。このゲームは主人公と共に歩む人が決まった時点で殆どが死ぬのだ。


 なんて狂った物語だろうか。昔は綺麗な描写だー、なんて喜んでいたけど喜んじゃダメなやつだった。よくよく考えればヒロインが王女とわかった時点で何が起こるか予想がつく。ディーアならまだ国に連れて帰るで済むが他国の人間なら……そりゃばんばん死人が出ますわ。

 狂った役者が立つ舞台で私は台本も無しに平和な未来を作らなければならない。正直出来る気がしないんだけどどうしよう。


 どうしても読む気が起きなくて、このゲームについて書いた本をそっと閉じる。どうせうろ覚えだし戦闘のことしか書いてないし、確認したい事なんてない。

 我ながら使えないものを書いたものだ。ふぅ…と息を吐くと、不意に宝石電池が入った瓶が目に入った。透けるような紅い宝石と蒼い宝石が妖しく揺らめいている。


 これは私が将来を思って貯めてきた六年間分の宝石電池だ。いつでもルクシオと抜け出せるようにする為の道具である。結局使う日が来なかったが悪用されないように保管していた。

 だってこの瓶一つで私八人分ぐらいの魔力があるんだもん、悪用すれば一国ぐらい落とせそう。ルクシオ探索で数領全域を探索できたのだ。頑張って使ったらいちにのさんで塵に出来ると思われる。

 これを使う日が来なければいい。本編で荒地を作るような事態を発生させないで欲しい。けどもし殿下が物語通りに攻略対象を選べば……。


「―――殿下の恋愛対象って女の子なんだろうか」


 実に失礼であるが今の一番深刻な問題だった。




 ***




 彼はとても機嫌が良かった。そして初めて彼に心配された。


 先程ここを発つディーアを見送りに行った。来なくてもいいと言われていたが初めて長期間離れるんだもん、別れの言葉ぐらい言いたかったんだ。

 彼とは十年近く付き合っている。それなのに一言もなしにお別れだなんて寂しいと思わない? …けど何故だろうね。お説教みたいになっちゃったよ。

 だってさ、彼って極度の面倒臭がりでしょ? 頭もいいし何でも出来るのに全く動かない。僕やセレス嬢に仕事を丸投げして寝ているぐらいだ。

 だから学園に入学してすぐ後に『代わりに勉強をしてくれる人』とか『代わりに授業に出てくれる人』とか作りそうだと思ったんだ。


 本人は考えすぎだって言っていたけど…絶対にやる。あの笑顔を見て確信したよ。長年付き合ってきた僕が言うのだから間違いない。彼は勉学を励みに行くのではなく遊びに行くつもりなのだ。

 学園の人ごめんなさい。お願いだから退学だけはさせないでください。彼は人よりちょっと面倒臭がりなだけなんです。僕が入学したら真人間にさせます。

 と、こんな感じで切々と真面目に学業に専念するように言い聞かせていると五月蝿いと言われてしまった。じゃあ五月蝿くなるような心配をかけさせないでくれないかな。


 そして同時に彼に哀れみの目を向けられてしまった。ぽんぽんと慰められるように肩を叩かれて諦めろと訴えかけてくる。諦めろって何がかな? 君がいなくても僕は一人でやっていけるよ? もう心配性だなぁ…。

 …うん、わかってるよ。言葉としては出さなかったけどセレス嬢とルクシオの事でしょ? 大丈夫、彼らの事はちゃんと応援しておくから。

 だからディーア……僕が来るまで持ちこたえてね?



 僕の執務室を開けるとルクシオがソファーに座っていた。どうやら非番らしく、いつもの白騎士服では無くシンプルな黒い服を着ている。僕に気がついた彼は目線だけ僕に寄越して、また何も無かったかのように外に目を向けた。


 威嚇しないって事は機嫌がいいのかな。…まあ最近彼女に構ってもらっているもんね、機嫌が悪いはずがない。彼、彼女に構って欲しいくせに我慢して、よく拗れさせているからなぁ。あはは、ディーアにやらせてよかったよ。


「おはようルクシオ。今日はどうしたの?」


 彼が白騎士服を着ているのなら仕事だろうと納得するのだが、今着ている服はどう見ても私服。休日になると必ずどこかに消える彼がここにいるのが不思議すぎる。

 ぼう…と無表情で外を眺める彼に疑問を抱きながら僕もソファーに座る。無視されるのはもう慣れたから何とも思わないが、完全に無視されるのは辛い。困ったなぁ、と頬を掻きながら彼の視線を辿ってみると鍛錬場だった。

 えと、彼女を見ているのかな。流石に見えないと思うんだけど。


「……ああそうだ。さっきディーアが行っちゃったんだけどさ」


 何となく外と関係の無い話を切り出してみる。しかし案の定の無視。僕に関心が無いのか、ディーアに興味が無いのか。どちらにせよ視線すら寄越さないのを見るに全く興味が無いことがわかる。

 一応君の幼馴染みで同僚の話なのに無反応って酷くないかな。そういえばセレス嬢も見に来てなかったような……ハイルロイドの姉弟は冷たいなぁ。けどディーアも見送りいらないって言っていたし…あれ、僕が変なのかな?

 価値観の違いなのかと首を捻るとルクシオがくぁ…と小さく欠伸をした。日向ぼっこでもしているのかと言いたくなるほど外を見つめる彼は目を細めて微睡んでいる。黒い犬が耳を垂らしてうとうとしているようにしか見えない。…うん、本当に日向ぼっこをしているんだろうな。


「君も見送りに来ればよかったのに。彼寂しがっていたよ?」

「…」

「え、うん、嘘だけど。ディーアが寂しがるはずがないよねぇ」

「……」

「もうちょっと寂しがってほしかったなぁ…。あ、そういえばお土産を頼むのを忘れていたよ。後で手紙を出せば買ってきてくれるかな?」

「………」

「……あ、彼女が転んだ」

「?!」


 うわぁ、僕の話なんて全然聞かないのに彼女の話になると耳に入るのか。

 彼は細めていた目を見開いて、がたんとソファーを揺らして立ち上がる。寝ていたとは思えない俊敏さで外を覗き込んで、ちょっと、いや、物凄く必死に辺りを見回しはじめた。いっその事ここから飛び降りようか、なんて考えているのか窓枠に手をかけて乗り出そうとしている。

 心配そうに探す彼に一欠片の罪悪感、そしていつも落ち着いている彼とは思えない行動に喉のあたりまで愉悦が込み上げた。

 だって彼、今まで船を漕いでいたんだよ? 僕より耳も鼻もいいのに信じるんだよ? ちょっとした冗談でこんなに慌てるとか…ふふ、必死で可愛いよね。本人は否定するけどやっぱり彼女が好きなんだなぁ。

 いつも一匹狼でツンと澄ましている彼が崩れる所なんて最高。慌ててるのを見たらキュンとしちゃうな。セレス嬢はセレス嬢でずっとしょんぼりしてたし、やっぱりこの二人はベストカップルだよ。すっごく可愛くてめちゃくちゃ面白い。


 流石に堪えきれなくて、くすくす笑ってしまうと漸く冗談だと気付いたのかカッと目を見開いて睨まれる。眼光が鋭すぎて血が出ちゃいそうだよ。お茶目な冗談なのに頭が固いなぁ。そんな殺意の篭った目で見ないでよ。


「冗談でも止めろ」

「だって聞いてくれないんだもん。ふふ、彼女に会えて嬉しかった? 久しぶりに会ってどうだった? 君達の挨拶って情熱的だから気になるよ」

「……アリス」

「ああ、そう考えればディーアは見れたのかな。羨ましいなぁ…僕も見たかった」

「…」


 普通の挨拶って礼をするか握手するか、親しくても軽くハグするぐらいだ。ただの挨拶に時間なんてかけないよね。それよりも元気だったかとか何をしていたかとか、そういう世間話を楽しんでしまう。

 それなのにこの二人って凄いんだよ。二人とも会った途端に抱きしめ合って離れないんだ。

 ルクシオはすっごくとろけた目をして甘く微笑んで、セレス嬢は愛おしそうに頭を撫でて嬉しそうに笑って……何故キスしないんだろうって思うぐらいラブラブだ。毎度こんな甘い再会を見ていたら楽しみになるのも仕方が無いよね。…あれ、この二人って付き合ってるの?

 とにかくこの二人の挨拶は砂糖みたいに甘い。口の中が痺れるぐらいあまあまだ。どんな恋愛小説でも味わえないような幸福感が味わえる。それに二人共美男美女だし目の保養だよね!

 恋に恋するなんて言わないが、彼らのような恋愛がしてみたいなと思う。けど僕は王族だから多分普通の恋愛は出来ないだろう。まあ仕方が無いと諦めているからいいんだけどさ。代わりにがっつり見ちゃうよね。


「―――……一生話せないように口をへし折ってやるよ。それなら話せないよな?」

「え、」


 ぐるる…と物騒に喉を鳴らすルクシオに飛んでどこかに消えた思考が帰ってくる。不穏な言葉の断片を辿りながら、噛み砕きながら彼を見て―――僕は漸く気付いた。


 彼の瞳孔が鋭く伸びて暗く淀み、確かな苛付きが見える。不機嫌に歪んだ口からは牙が見え隠れし、明確な殺意が込められている。まるで仕留めようとする狼のような威圧感に僕は笑う口角をそのまま固めて顔を引き攣らせた。

 やっぱり訂正。彼は彼女の前だけ可愛い。それ以外は凶悪だ。


「ね、ねぇ。今日は非番なんでしょ? こんな所にいないでゆっくり休めばどうかなぁ? 体を休めるのも仕事のうちだよ」

「最近は休みっぱなしだから心配無用だ。よかったな、折られ放題だぞ」

「嬉しくない…」

「嬉しくない? 俺は嬉しいが」


 彼の殺意が消えない。本気すぎて怖い。


 ソファーの上で縮こまると逆に本能を刺激してしまったようで、彼は狼のように真っ赤な舌で舌舐りして目を爛々とさせる。余程気に入らなかったのか、それとも僕の反応がお気に召したのか、小さく悲鳴を上げると色気すら漂う黒い笑みを向けられた。

 どうやら僕は間違ったことをしてしまったらしい。彼がはっきり笑う時は碌な時ではないと知っているはずなのに…調子に乗りすぎたみたいだ。


「あ、あはは……そうだ! ねぇねぇ君さ、いつまで休みなの?」

「休み…? そういえば次の任務を聞いてないな」

「じゃあこんな所にいないで遊んできなよ!」

「…お前で?」

「違う! 僕で遊ぶって何さ! 怖すぎるよ!」

「なら何で?」

「えと…セレス嬢?」

「……あ?」


 世にも恐ろしい低い声で唸る彼に再度悲鳴を上げる。怯えて丸くなる僕の頭のすれすれ上、ソファーをダンっ!と殴りつけるように 両手で囲んで足の間に膝を捻じ込まれた。息が首にかかるぐらいの至近距離で見る彼の顔はやっぱり笑っていて、それでいて静かな怒りを湛えている。


「彼女で遊ぶなんて…余程死にたいらしいな?」

「違う! ほら、あれだよ! あのー、ほら…っひゃ!」

「御託はいいから一発逝ってこい。話はそれから聞いてやるよ」

「いやいやいや待って! 落ち着いてよルクシオ! それもう僕死んでるから! っうわ!」


「―――殿下はいらっしゃいますか?」


「…セレスティナ?」

「っまさかここで?! ちょ、ちょっと待って! …じゃない!」


 ドア越しに聞こえるセレス嬢の声にルクシオが顔を上げる。完全に意識がそちらに向いたようだ、押え付ける腕が少し弱まった。ここで意識が逸れるあたりベタ惚れだ。流石姉大好きなルクシオ、目が喜んでるよ。

 ふふ、セレス嬢。君のおかげで希望が見えた。やっぱり君はルクシオの『彼女』だよ。

 不意に弱まった彼の腕に一縷の望みをかけて、思いっきり突っぱねた。


「…っ」

「よし!」

「あのー…殿下?」

「セレス嬢! ごめんね、ルクシオを置いていくからまた後で!」

「え?」

「クソが…!」

「え、…え? 殿下?」


 ばっと扉を開くと、はいセレス嬢こんにちは。この部屋の異常な空気を感じさせないようににっこり笑って、驚く彼女を部屋に押し込む。本当ならこんな乱暴なことをしちゃダメなんだけど今回は仕方が無い。ごめんねと心の中で謝りながらルクシオの方に突き飛ばして急いで扉を閉めた。

 執務室から野獣の唸り声が聞こえるが…うん、聞こえない聞こえない。怨念的なもので震えが止まらないが…うんうん、気のせい気のせい。風邪ひいちゃったかなぁー。


 …ふぅ、死ぬかと思った。


「よし、彼女の休暇を申請してこようか」


 怒れる猛獣ルクシオの対応は手馴れた専門家セレスティナに任せるしかない。


 必死な叫び声と苛ついた声に耳を蓋してそそくさと部屋から離れる。向かうは緑治癒師と緑魔術師の棟。仕事中にお邪魔するのは気が引けるが僕の命が危ないから許してほしい。


 とりあえずあれだね、仲が良くて安心した。ルクシオのお馬鹿な思考も彼女に会えば一発で解消するし、彼女も溺愛してるじゃないか。ふふ、『彼女』に手綱を握られるなんて素敵だと思うよ?

 ディーア、君が心配するような事はなさそうだ。よかったね?

ディーア、学園入りしました。問題(上司や同僚などの人間)から離れられると喜ぶ一方、殿下が押さえきれるのか心配です。

そんな心配も露知らず、殿下は斜め上に捉えました。恋愛に関しては彼も問題組の一人です。無意識にお節介婆のような事をして喜んでいます。


ありがとうございました。

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