35話 休み時間は有意義に過ごせました。
遅くなってしまい申し訳ありません。今年から受験生なものでその…はい、すみませんでした。スローペースになりそうです。
お願いします。
午前は新米治癒師達の実践練習。
という事でただ今鍛錬場近くの建物で怪我人を治療しています。本来はすぐ治せるように外で待機するのだが、彼女達はまだ慣れていないだろうから室内で治療だ。
『慣れてない』は外の惨劇や流れ弾を避けられないの意。カーテンを閉め切って何重にも防御魔法を張っているのでわからないだろうが、外は平常運転のプチ戦場で血塗れの地獄絵図だ。騎士達がはっちゃて実戦をしまくっている。午前の朝食後って動きたくなるらしいんだよね。迷惑すぎて困る。
とりあえず彼女達には護身術でも身に付けてもらおう。せめて反射で避けれるようになってもらわなければこの仕事は勤まらない。けど護身術が出来る治癒師とか中館の遠征部隊とかに配属されちゃうからなぁ…。
この国では鍛錬場で生き残れる=戦場に出しても大丈夫、みたいな風潮がある。そりゃ守られるべき存在の治癒師が勝手に避けるとか最高だよね。守る必要の無い治癒師というのは使い勝手が良すぎる。だから鍛錬場(戦場)育ちは毎年大人気なのだ。
一人でも残せるように頑張ろう。
せめて週に何度か来てくれるぐらいまで交渉しよう。
一人で治癒しきるには腕が折れるんだよ。
…なんて思っていたのが間違えだった。
「せんぱーい! 無理です! 血が止まりません!」
「あー…腕の上を紐で縛って。で、心臓より上に上げてからやってみて…って何故腕を曲げる?! それ関節逆だし曲がらないし曲げなくてもいいし…ってほら折れた! 何やってんの?!」
「せ、先輩! 足の色が…! 紫が酷いです!」
「は?! こっちも折れてるの?! 棒で固定してからゆっくり治療し……だから棒で固定してって! 曲がったまま固まったらどうすんの!?」
「こ…こっちは顔色が!」
「それぐらい放っておいて! 死なないよ!」
「先輩! この人戻しちゃいましたぁ!」
「あぁ?! そりゃ叩いたら吐くだろうよ! 自分で掃除させて!!」
あちらこちらから聞こえる先輩コール。可哀想なぐらい震えて治療する様子はもうやらなくていいと止めたくなるほど可哀想だ。深い傷を見るのは初めてなのだろう、自分の負った傷だというように顔を歪めて泣きそうになっている。
ごめんね、初っ端からなかなかきつい仕事をさせて悪いと思っている。……が、ちょっと待てお嬢さん方よ。何故状況を悪化させるのだ。
血が止まらないと目をうるうるさせて助けを求める亜麻色の髪のお姉さんは、彼の腕をぽっきりと折ってしまい。骨折というものを初めて見たのだろう箱入り娘なお嬢さんは、動揺のあまりに曲がったまま治療して。おっちょこちょいな下町レディは励ましのつもりで背を叩いて、騎士嘔吐。
何やってんのこの人達?! 仕事が増えてるんですけど?! 君達が攻撃してどうするの?!ちょっと前までは本気で配属を頼もうと思っていた。思っていたけど…こんな爆弾達なんているか! 仕事が終わらなくなるわ!
上の御方の話によるとこの三人は先祖返りらしい。この国でもそこまで多くない竜がお二人と結構多めに住んでいる鳥がお一人。生憎先祖返りではない私にはわからないが、多分骨を折ったお姉さんが竜で、無理矢理治せる魔力の多そうな箱入り娘が鳥。姉御肌っぽい下町レディが竜なのだろう。
先祖返りって破壊好きなイメージだったが治癒魔法が使える人もいたんだな。と思うと同時に治癒師より騎士の方が向いている気がする。明らか戦闘特化の脳筋さんじゃないか。
「先輩、この人急に倒れました!」
「せんぱーい! 助けてくださーい! 足の方向が戻りませーん!」
「あれ、こうするんじゃなかったっけ…? あ、取れた」
「一旦止まって! とにかく動かないで! 私が来るまで治療をするな!」
「えぇ! 早く治さないとダメですよぅ!」
「早く治してボロボロだから待てって言ってんだよぉぉおおお!!!」
ふぉおお!!と悲鳴を上げて頭を抱える。もうやだこの人達! 人の話聞かないし勝手に行動するし!私ってそんなに存在感ない?! 威厳とか貫禄がないの?! え、やばいすっごい凹むんだけど。私の前世的な過去的な、無駄にとった大人な年齢は使えないのか!?
早く治してくださいー。ふわんふわんの危機感無しな声が三人同時に聞こえてくる。血が出そうなぐらい唇を噛み締めて覗き上げるととほにゃーんと笑われた。
彼女達が憎い。脳天気な声が憎い。それでも何も言わないのは今までの経験上こういう部類の人間は何をやっても効かないからだ。この国の騎士や王を見てくれればよくわかる思うが、ここの人間は脳筋万歳で強者至上、そして物凄く傍若無人だ。これがこの城内だけの性質ではなく国民性である事が恐ろしい。
若干、いや、普通に涙目になっていたが精一杯睨むと、彼女達は目をぱちくりさせてこてんと首を傾げる。悪意など無いといった様子で何故睨んでいるのかと無邪気に聞いてくる。それと同時に人が鳴らしちゃいけない音が聞こえて思わず口を引き攣らせた。
やっぱり伝わらなかった。言葉が通じない感じの人達だった。我が道を往く系の人種だった。…もう白騎士になるように勧めてやろうか。この脳筋さといい自己中な所といい、典型的な白様だ。きっと大成するぞぉ。
何となく上を向く。気分を落ち着かせたい半分とこの状況から逃避したい半分、そして零れそうな涙を受け止める少々。保健室みたいな白い天井のない木の目を探しながら、悪魔の声が聞こえ無いようにそっと耳を塞いだ。
新人教育ってこんなに辛いものだっけ。こんな小学校の先生みたいな事をしていたっけ。いや、もうちょっとまともなモノだったと思う。少なくとも悪びれもせず目の前で失敗を繰り返す新人を三人も担当した記憶は無い。
はぁ…と呻き混じりの息を漏らす。自分で言ってなんだけど死にかけみたいな声が出た。…うん、今日は早めに切り上げて寝ようかな。そうだ、そうしよう。
「…今日はここまで。皆解散していいよ」
「ありがとうございましたぁ」
「お疲れ様です」
「明日もお願いしますね」
「はいはいよろしくね」
やっと治療が終わってもう昼前。ピークを乗り越えた私達は漸く休める時間を確保できた。
明日もこんなのをやらなきゃならんのか。なんてことはおくびにも出さないが等閑に返事をする。この気のない返事で勘付いてくれまいか。彼女達に目を向けるとにっこり笑顔で荷物を纏めて『ありがとうございましたー』と出ていった。……気付くわけないか。
ふう、と小さく息を吐いて椅子に深く腰を掛ける。微妙に視界かぼやけているのは魔力を使いすぎたからか。
私の魔力が無くなるって相当の事だと思うんだ。だって化物級の魔力量らしいし。それもこれも彼女達が無邪気に人体破壊を繰り返すから…っうう、空気が血腥い気がする。うぷっと口を押さえた瞬間。
―――ばきばきばき…ガシャン!
「お前いい加減に引き取りやがれ!」
「……は?」
障壁が壊されるような違和感と共に聞こえる低い低い青年の声。有り得ない事態に咄嗟に攻撃魔法を展開してその方向を向くと……顔を真っ赤にして怒っているのにどこか怯えているディーアと、全く瞳に光を宿していないルクシオが、障壁含め建物の壁を突き破って立っていた。……え?!
「お前手紙ぐらい受け取れよ! 連絡ぐらい返せよ…!」
眉をヒクヒクさせて青筋を立てて、鬼のような形相のディーアが開けた穴に手をかけて入ってくる。余程の怒りなのか、入るだけなら添えるだけでいいはずの手が力んで真っ白に。壁に亀裂が走り所々脆く崩れている。
悪魔入場、なんて看板が立ちそうな真っ黒いオーラにひょえっと変な声を漏らしてしまった。
話が掴めないとか手紙って何とか色々言いたいことがあるけど、それよりも凄いディーアが怒ってる。怒ることすら面倒だと豪語する彼が怒り心頭ってどういう事だ。明日は槍の雨が降るのだろうか。……何よりも半裸である理由が知りたい。
苛立たしげに鳴る靴音が静かになった室内に響く。何も言えない理由はディーアが威圧してくるからだ。登場の仕方といい突然来た半裸といい、言葉を失うほどの衝撃がある。形の良い唇を吊り上げる彼に息を飲んだ。
この国は威圧が標準装備なのかな。ルクシオが至極真面目に脱がしにかかってなければこんなに冷静に見れなかったと思う。ありがとうルクシオ。よくわからないけどありがとう。
「お前話聞いてんのかよ!」
「え、あ、うん。聞いてる聞いてる。超セクシーだよ騎士様。ひゅーひゅー?」
「全然聞いてねぇじゃねぇかよ!」
状況が酷すぎて言葉が入ってこなかったんだよ。うわ、もうどうしよう。壁に穴があいちゃったんですけど。こっそり塞げば始末書を書かなくてもバレないだろうか。
それよりも何故脱がされているのかがすっごい気になる。
「っくそ、ルクシオ止めろ! これ以上脱がせるな!」
「……」
「…まあまあ、いいじゃん別に見られても。減るもんじゃないでしょ?」
「男に脱がされるってのが嫌なんだよ! ってかお前も嫌だろ?! 止めるのを手伝えよ!」
「私は気にしないけど。治癒師だしさ」
「ああそうかよ! でも止めさせろ!」
机に乗り出して必死に訴えかけてくるディーアに軽く仰け反る。近い近い。顔が近い。鎖骨が近い。筋肉が近い。美形、至近距離、半裸ってどういう状況だ。ってか無駄に色気を漏らしてるんじゃないよこのお色気担当野郎が。
ああ、ルクシオはその背後ね。ディーアの肩越しに覗く紅い瞳は暗く濁って鋭く尖って、そこはかとなく狂気的だ。ディーアがどれだけ怒っても淡々と脱がしにかかっているのが超怖い。ディーアはルクシオに何をしたのだろうか。ともかく一番の問題は彼だ。
「ルクシオー…?」
無表情の中でも一際無表情を貫く彼に恐る恐る声をかける。しかし返事はない。目線すら寄越してくれない。寂しいなぁ…ってディーア、君の返事はいらないから。机を叩くな壊れるだろ。
「ねぇ君、うちの子に何したの?」
「なんだその目は。何故俺が責められにゃならんのだ。何もしてない、寝てたら襲われたんだよ! てかそれも手紙に書いていただろうが!」
「ルクシオは急に襲うような人じゃないよ。どうせ変な事でもして怒らせたんでしょ?」
「してねぇ!」
「じゃあ何。手始めにルクシオを手込めにしようってかこの変態。とうとう女じゃ飽き足りたか」
「それこそしねぇわ!」
糞か!と叫ぶと阿呆か!と叫び返される。うるせぇな。ぼそりと呟くと何故かルクシオがぴしりと固まった。
さぁ…と蒼白になる彼の横顔を眺めていると、油のきれたブリキのようにぎこちなくこちらに向く。真っ青なのに可愛く見えるのは私の目が痛んでるからだろうか。久し振りの再会だから仕方がない。
「セ…セレスティナ」
「お帰りなさいルクシオ。なかなかクレイジーな遊びをしているんだね」
数ヶ月ぶりの再会でこんなものを見せられるとは。もうちょいまともな再会は出来ないものなのかね。
「……あの、いつからそこに?」
「初めからだけど」
「……」
「…どうしたの?」
「…」
…。
ゆっくりとルクシオから視線を外し、目の前の赤紙野郎に目を向ける。きっと今の私の目は綺麗に濁っているだろう。そして極めてルクシオに似た綺麗な無表情を浮かべているだろう。
訝しげに見てくる奴の榛に映る私に頷いて、徐に氷の刃を出現させた。
「っ、お前何を」
「ディーア、君が何をしたか知らないけど…一回逝ってきて?」
「は?!」
「うちの子を誑かすような輩を放っておけるか!」
ディーアを処理した後、普通に戻ったルクシオが何故かディーアを庇ってきた。けど手紙も無いし連絡も来てなかったから知らない。うん、もう知らないでいいんだよ。
「改めて。お帰りなさい、ルクシオ」
「ただ今戻りました、セレスティナ」
僅かに微笑む彼に満面の笑みで抱き着いた。
初めての新人教育、という事で主人公は真面目に気を使って教育をしています。
が、先祖返りは主人公が思う以上に血に慣れているので戦場入りでも大丈夫だったりします。体も主人公に比べると遥かに頑丈なので当たっても大丈夫です。どちらかと言うと過剰すぎる防御壁が怖い。全て空回っています。
ディーアはそんな過剰防衛をしている主人公の部屋にひたすら応援を頼んでいましたが色々無理でした。手紙も連絡も伝達魔法である時点で消されています。今回一番不憫な人でした。
ルクシオはただただ真面目に脱がしにかかっていたらいつの間にか主人公がいて呆然。固まって思い返して必死にぐるぐる考えている内に全てが終わってました。
ありがとうございました。




