Episode6 短くて変わりやすい淡々とした日々だった
遅くなってすみません。新学期が始まったので更新が遅くなります。
ルクシオ視点です。お願いします。
主人公は殿下と協力して箱を運びきりました。走り込んでぎりぎりセーフ。ただ今仕事中です。
「やあ、ご苦労だったね」
「……」
三ヶ月ぶりに会ったルークは変わらずうざったい笑みを浮かべて俺を迎え入れた。何年経っても老けた様子がないのはどういう事だろう。真面目に考えたら竜の血を引いているからなのだが、老けるような苦労をしていないからとしか思えない。じっとり睨んだらくすくす笑われる。イラッとするな…。
楽しかったかいと聞いてくるルークを無視して数ヶ月かけて集めてきた書類を提出する。この書類は帝国に潜入して掻き集めてきたものだ。数年前に彼女やあいつらが攫われる事件があったが、帝国はそれより前から度々この国に密偵を送っていたらしい。そういう事で、俺はその報復も兼ねての国荒らし。彼女を狙うのだ、弱味を握らないと気が済まない。
やる事はやったぞ。早くここから出せ。にこにこ笑う奴を睨むとまあまあと宥められた。
「折角帰ってきたのだからゆっくり休みなよ。…私と楽しく会話してさ!」
「ここに置いておくから勝手に読め」
「あれ、冷たい。そうだねぇ…書類だけ出されてもよくわからないから、生の声を聞かせてくれないかな?」
「そういうと思って先に書いてある。詳しくはそれを読んでくれ」
「それは別の人の考えだよね? 君の考えが聞きたいなあ」
「書いた」
「嘘は駄目だよ。今回は君の纏めた書類じゃないだろう?」
「…ちっ」
こいつ…俺が早く出ようとするのをわざと止めにきやがる。俺が彼女に会いたくて急いでいるのを知っているからだろう。薄く笑っているのがその証拠だ。ああ、殺意しか沸かない。今すぐ八つ裂きにしてじわじわと頭を咬み砕いてやろうか。
「落ち着きなよ。ちょっと会話するだけじゃないか」
「…」
「あれ、疲れすぎて苛々してる? 長旅は大変だったの? ふふ、体力が無いねぇ。それでは彼女に怖がられるよ?」
「……報告する」
「えらいえらい」
くすくす笑って人を馬鹿にしたように目を細めて。大人になったねぇ、としみじみ呟くあいつに殺意が止まらない。お前が苛々させているんだろうが。唸っていないだけマシだと思え。
あと彼女は関係無いだろ。彼女は俺に怖がるほど…うん、いっその事怖がってくれないだろうか。未だ警戒心がゆるゆるな彼女を思い出して遠い目をしてしまう。あいつらに彼女を任せているから大丈夫だろうが……自分から問題に突っ込んでいないよな? 前みたいに帰ってきたら大惨事、なんて事にはなっていない…よな?
任務での疲れではない深いため息をつきそうになり、それを飲み込む。今は彼女の事は忘れよう。出てしまったらルークに遊ばれる。えっと…何だっけ? 報告…だったっけ?
「…ああ、うん。何を聞きたいんだ?」
「軍事力も経済状況も書いてあるしねぇ…。あれ、街の噂まで調べたの? ふふ、楽しそう。君はどこまで潜入したのだっけ?」
「城内まで」
「ふぅん…よく捕まらなかったね。そんなに穴が空いていたの?」
「いや、ここ数年でだんだん厳しくなってきている。現に城内まで忍び込めたのは俺とあと一人だけだ」
「そう。もしかして彼、気が付いたの?」
「ああ。あの糞野郎、自分の力が強くなってきたからって良いように配置してくるんだ。俺ですら入るのに数日は掛かる。他は危なくて近付けない」
「……レオンハルト王子ねぇ。彼の事が大嫌いだよね」
「ああ、ルークと同じ匂いがしてな」
「私は好きなんだけどなぁ。面白い子じゃないか」
あれが好きとか人間性を疑う。いや、ルークは同族だからいいのか。
数年前の事件の発端となった帝国の第三王子レオンハルト。齢十六にして次期王に望まれる男だ。世間からは文武両道、才色兼備の王子だと認識されている。が、中身は傍若無人で節操無し。なぜ周りにバレないのか聞いてみたいぐらい酷い人間だ。
自分のせいで人がどうなろうが関係ないと遊んだり、急に城から抜け出して数日間帰ってこなかったり。舞踏会に出れば女を喰い散らかすし、気に入らなければ殺しにかかる。気分次第で全てが変わる近付きたくもない人間だ。
王は目に余る行為を繰り返す息子を度々叱責している。とにかく止まれ。何もするな。そんな心情なのだろう。だがあいつは自分がどれほど民に好かれているか理解していた。
『嫌なら国外追放にでもすればいい。俺を殺すのもいいかもしれないな。…どうせ何も出来ないだろうが』
ルークやエドウィンさん並に害悪である。民が自分を守るとわかった上で好き勝手動いているのだ。逆にどうやって民から信頼を勝ち得たのか聞いてみたい。
「で? 今回は何をしたの?」
ルークがにこにこ笑いながら聞いてくる。書類を読んで誤魔化しているが色の乗った声が隠しきれていない。毎度この調子で聞いてくるあたり、余程楽しみなのだとわかる。そもそも定期的に俺が帰ってくるのがこれのせいだからな…。
「そうだな…婚約者候補を殺そうとした」
「へぇ、いいね」
「あと内乱でも起こすつもりなのか武器を集めている。裏で同志も集めているようだ」
「だからこんなに持っているんだね。なるほど…内乱か」
「あと新発見、第三王子が第一第二の王子達を殺していた。勿論自らの手でばっさりと」
「っ……本当?」
ルークが驚いたように目を見開く。珍しく神妙に聞いてくる彼にゆっくりと頷いた。
ああ、そうだ。あいつは幼い頃に自分の兄弟を殺している。表向きは毒殺や病気となっているが、それは王にすら隠された真実。今や直系の男子はあいつしかいない。中身以外は完璧なため周囲もあいつについてまわる。あいつが王から見捨てられない理由はこれが主だ。
俺はあの王子が嫌いだ。俺の持っていないものを初めから持っていながらあいつは自分で壊す。自分の幸せも、大切なモノも、何も無いと嘲笑う。俺よりも恵まれた環境にあるにも関わらず、それを要らないと大声で叫ぶ。
何も求めないし、誰も寄せ付けないし、何も信じない。唯一の娯楽は他人の不幸などと抜かすなど碌な人間じゃない。
俺があいつを嫌う理由もわかるだろう? あいつと俺は正反対だ。大切なモノを大切と気付かず蔑ろにする。今ある生活がどれだけ尊いかあいつは知らない。ああいう奴は大っ嫌いだ。
あいつを思い出すだけで胸糞悪い。気分が悪くなりそうだ。歪みそうになる顔を無理矢理無表情に押し込んで、同列の胸糞悪い王を一瞥する。こちらを向いていないのを確認してから密かに息を吐いた。
さあ、ルーク。お前はどう考える? 今まで俺を通してだがあいつを見てきただろう。あいつは危ない。何を考えているかわからない。危ないやつは早く処理した方が――――
「――――最っ高だね!」
「(何故そうなる…?)」
おかしい、こいつから不快感が感じられない。
俺は愉快な会話でもしていたのだろうか。ルークが輝く目で喜んでいる。持ってきた書類を叩いて悶えている。冷静な声が笑いを滲ませた声に変わり、手を抑えても尚声が漏れていた。
もしかして簡潔に言い過ぎて説明がおかしくなっている…? いや、至って真面目にわかりやすく伝えたはずだ。
異様なテンションを見せるこいつから少しずつ後退する。顔が引き攣るのは仕方が無い。まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったからだ。
ルークは俺の理解出来る人間では無かった。元々理解出来ていなかったがその範疇を超えまくってどこかに行ってしまった。
…そうか、こいつは大切なモノ云々よりも人の不幸が楽しいんだ。他国の醜聞、それも王族の醜聞が楽しい。昔からそうだったじゃないか。弄って遊んで飽きたら捨てる。こいつもあれと同類だ。
「ふふ、彼って本当に最高! 私の期待を裏切らない人だよ! ね、君も思わない?」
「全く思わない」
「何をしたいのか意味不明! 凄いよね!」
「全く凄くない」
「ノリが悪いなぁ。もっと楽しまないと!」
「全く楽しめない」
「君…冷たいなぁ。ああそうだ――――」
「報告終了。俺は帰る」
雑談に突入する前に踵を返す。
もういい、色々もういい。早く彼女に会おう。早く癒されよう。荒んだ生活と酷い人間達から解放されるんだ。そうだ、任務に戻るまで時間がある。その間彼女を満喫しまくろう。
「――――今年からディーアが生贄になるから行かなくていいって……行っちゃった」
よくわからない報告も終わり、俺はすぐに部屋から出た。ルークとの会話は疲れる。体力的にはどうってこと無いが…精神的にくるんだよな。煽ってくるのは勿論いちいち馬鹿にしてくる。あと普通に話が噛み合わない。…ルークが好きだと言うあいつらの気が知れないな。
密偵組は俺がこうやってルークに報告しているのを羨ましがる。報告する機会を押し付けるくせに何を言っているんだ…。それならお前らが報告をすればいいのに。
だがやつらにはおかしな信念があるらしく、自分の仕事が終わっていないのに帰るなんて事は出来ないと主張してきた。いや、仕事が終わる、とか帰ってこいって言われるまで終わらないし。俺が定期的に呼び出されているから、もう何年も帰還命令が出ていないし。…忘れられているんじゃないのか?
「いつか帰ってこれるか」
十年後ぐらいに。いや、忘れた頃に。完全に他人事なので可哀想だとも思わないのだが、とりあえず幸せだけ願っておこう。ルークには言わない。
「……そういえば予定を聞くのを忘れていた」
どうせ今日は休みだ。一日疲れを癒せるがいつ帰ればいいが聞くのを忘れていた。すぐではないはずだが聞いておいた方が良さそうだ。
「――――で、何故ここに来たの?」
執務室に入って早々アリスが低い声で聞いてきた。機嫌が悪いのか女みたいな顔が厳つくなっている。苛立たしげに指先で机を叩いて目を眇めた。
しかし何故と問われても困る。俺は面倒でない方の直属の上司に予定を聞きに来たのだ。いつからここに来てはいけなくなったのか教えて欲しい。首を傾げると蔑みと諦めが追加された瞳でじっとり見られる。全く意味がわからないが、売られた喧嘩は買う主義だ。睨み返すと急に机を叩かれた。
「何故セレス嬢の元に行かないのさ! 僕達の所は二の次でいいでしょ!」
「…ああ」
なんだその事か。どうやらこいつは俺が彼女の元に真っ先に行かないのが不満らしい。…うーん、戦意喪失というか肩透かしを食らったというか。だが言わせてほしい。お前の所に来たのは今すぐお前に会いたくて来たのではなく、面倒事を全て終わらせた頃には彼女が暇になっているであろうと見込んでの行動だ。誰がお前に会いたいと言った。
実の所、俺は彼女の姿を探しながら歩いていた。『偶然会うのならば仕方が無いよな?』と内心期待しながら歩いていた。そして、ここにいるかもしれないと思って執務室まで来た。いや、かもしれないではない。結構本気で匂いを辿ってここまで来た。
それなのに結果がこれだよ。殿下はいたが彼女には会えなかった。俺の鼻…傷んでるかも。あのクソの臭いを嗅いでいた弊害か。
「…用事がないなら来なかった。言われなくとも行くつもりだ」
ああ、出る声も力無い。彼女の匂いを嗅ぎ間違えて、会えなかったのが辛かったみたいだ。
違うんだ。あんたの匂いを忘れたんじゃない。ちょっと変な匂いを嗅ぎすぎておかしくなっているだけなんだ。疲れて鼻が弱っているだけなんだ。本調子なら街中に紛れていても探し出せる。あんたの匂いを忘れるはずがない。
そう考えながらも思い浮かぶのは俺と同じように俺を忘れる彼女。あって欲しくないが、彼女とはかれこれ三ヶ月も会ってない。三ヶ月…長い時間だ。
彼女に『……誰だろう』なんて冷たい目で見られたら。『あ、まさか今帰ってくる?』なんて冷めた声で言われたら。…俺、絶対立ち直れない自信がある。
彼女の冷たい目と声を想像しそうになって急いで頭を振る。体の芯が寒い。心がぎゅっと縮まる。ダメだ、狼だったら尻尾が股に挟まっているところだ。人間でよかった…と思ったが顔が引き攣っていた。
何となく気落ち。そして震えが止まらない。誤魔化すように等閑に手を振ってソファーに沈んでいるディーアの横に座る。落ち着くように深呼吸すると微かに彼女の黒い香りが鼻腔を擽った。そうだ、この甘い香り。俺を支配して狂わせる、愛してやまない芳醇な香り。
相変わらず彼女の殺意が染み込んでいるな。安心するが同時に始末しないといけないような気になってくる。…例え殺意でも彼女の匂いを纏っている時点で嫌だ。彼女の匂いを知られたくない。もしかしてこいつのせいで間違ったんじゃないか? こんなに匂いがついているから……。
と思ったらいつの間にかディーアを押さえ込んでいた。
「……ルクシオ、今すぐ俺から離れろ。お前何をする気だ」
「匂いが…」
「あーはいはいわかったわかった。上を脱ぎゃいいんだろ? ったく面倒臭ぇやつだな。ほら、これで安心か」
「全身から匂うんだ」
「あ? なに、下も脱げばいいのか? それともお前…俺に全裸になれと?」
「…ああ」
「……」
「皮まで剥いでくれたら安心する」
ディーアの両腕を背に回して固定する。足も動かないように両膝を使って動けないように…っと。ぎしりと軋むソファーを気にもせず、無理矢理ディーアの顔を掴んでこちらを向かせる。
無意識に舌舐りするのは匂いが彼女に近いからか。じんわり笑って押さえる力を強くするとディーアが叫んだ。
「アル、毛玉が飢餓状態だ。餌もってこい!」
餌は仕事中。
犬は立派に成長して暗殺者になりました。本人としては天職と思っているので闇な部分に触れるのは抵抗無し。ただ長時間飼い主と会えないので帰ってきたら色々狂ってます。感情の振れ幅が大きくなっているのに気付かない。定期的に帰される理由の大半はこれです。
そんなルクシオを見て陛下はハッピーです。他国の醜聞も楽しいけど、正直無表情が憎しみに歪む顔を見る方が楽しい。
ありがとうございました。




