32話 お祭り騒ぎになりまして。 後
お願いします。
皆の誕生を祝うかのような雲一つない空。冬とは思えない暖かさに包まる今日、この国で一位二位の大きさを誇る神鳥祭が開催された。
お父様の開会宣言が終わり、民や騎士達から歓声が上がる。お父様が真面目に顔を見せたからか、それとも皆の誕生を祝いたいからか。城下町がいつも以上に活気づいている。
ぽん、と色とりどりの花火が上がる。僕達王族は軽く一礼をして城内に戻っていった。
これから城内にて王と臣下達の会議が開かれる。お父様と領地を治める貴族達が近況報告をするのだ。ここで怪しい貴族や使いものにならない貴族がいれば取り潰される。
言い方は悪いが貴族は国と民を守る盾だ。自分の領を豊かにし、民を守る義務がある。彼らはそれを承知で貴族をやっているのだ、弱点になるような盾はいらないだろう? まあ今年もそんな輩はいないはずだ。いればとっくに取り潰されているだろうからね。
僕達子供はその間に貴族の子供達と交流を図ることになっている。貴族は先祖返りが多い。少し変わっている彼らとは時間をかけないと仲良く出来ないので、今の内に仲を深めようという魂胆だ。
が、実際は違う。先祖返りは話すだけで仲良くなれるような人間ではない。それはルクシオを見ていればわかるだろう。彼らは自分勝手で自分より強い者にしか従わない。話すぐらいでは心を開いてくれないのだ。
……だから何をするのかわかるだろう?
「今年も来たね…神鳥祭」
小さくため息をつきながら言う。これは隣にいる白に身を包んだディーアに言った言葉だ。すると彼は至極嫌そうに顔を顰めた。神鳥祭は皆に喜ばれるイベントのはずなのだけれど、彼にとっては嫌な行事らしい。まあ僕もあまり好きではない。彼は深くため息をついて起き上がった。
「今年もやるんだよな? 毎年毎年飽きないのかよ」
「仕方が無いよ。この日のために頑張る子もいるのだろう? 諦めて相手をするしかないよ」
「糞か。どうせ無理だとわかっているはずなんだけどな」
「わかってないから来るんだよ」
ちらりと外を見ると続々と貴族がやってくるのがわかる。あの中には一対の夫婦とその子供が入っているはずだ。何人が赤で、何人が白かわからない。昨年を思い出せば何人が白かわからなくもないのだけれど…新たな子がいるからね。
今年も悪い子が出そうで困るなあ。どうやって守ろうかなあ。悩んでいると、不意にがちゃりと開く音がする。そろそろ時間なのだろうか。振り返ると珍しく面倒そうな表情を浮かべたルクシオが立っていた。
「あれ、ルクシオだ」
「ふぅん…やっぱり白か」
「うん、白だね」
ルクシオは白を着ていた。シンプルなデザインなのに細かな工夫と素材を活かした構造、流石はハイルロイドと言うべきだろう。これは前々から準備をしていたに違いない。かっこいい彼に似合っている。
それにしてもルクシオは白なのか。きっとエドウィンから白を着るように言われたのだろうな。…ハイルロイドは今年からの参加だ、白を着るのは当たり前か。
いや別に、初参加の人間は絶対に白を着なくてはならない、なんてルールがあるわけでは無い。現に五回参加しているディーアはずっと白を着ているし、僕は生まれてこのかた赤と白の交互だ。
この集まりのルールはただ一つ、赤か白を着用して参加する事だけ。その他の色を着る事は誕生を祝っていないのも同義だからね。即座に説教だ。他に暗黙の了解というものがあるが、それを破るのは初参加の人間だけ。…ってルクシオ初参加だ!
「ルクシオ、エドウィンから教えてもらった?」
「何を?」
「この集まりに参加するにあたってだよ」
「あー、アル。ルクシオとはいえ言わなくともわかると思うぞ」
「何を言ってるのさ! それで毎年何人の赤が狙われると思っているの?」
「アルが頑張ればいいじゃねぇか。そのための王族だろ?」
「違うよ! いや、そうだけど…やっぱり違うよ!」
「お前ら…何の話をしてるんだ?」
言い合う僕らを見てルクシオが首を傾げている。ごめんねルクシオ、ちょっとディーアを止めるから待ってて欲しい。彼、何を企んでいるか知らないけど執拗に止めてくるんだ。
「色の事ぐらいは教えてもいいじゃないか! 何か不都合でもあるのかい?」
「不都合…まあ待てアル。よく考えてみろよ、今あいつに色の意味を教えると楽しみが一つ減るぞ」
「何のだよ! これはルクシオの身にも関わることだ、教えた方がいいよ!」
「あー…じゃあお前はルクシオからあいつがどんなドレスで来るのか予想すらさせないと言うんだな。この祭りの最大の楽しみとも言える色を言ってしまうんだな。酷い奴だ、応援するなんて言いながら楽しみを壊すなんて」
「ひ、酷い…壊す……?」
「きっと予想通りの姿を見せられて、ルクシオの表情は無のままなんだろうなぁ…。お前が言わなかったらそうはならなかったろうになぁ…。あーあ、楽しみがなくなった。あとは血腥いものを見せられるだけだ」
「無表情のまま…」
そうだ、今色を伝えると楽しみが減ってしまう。この集まりの楽しみは交流を図ることだけれども、ルクシオにとっての楽しみは? セレス嬢のドレス姿を見ることじゃないかな。
それなのに予想すらさせないなんて酷すぎる。きっと彼女が何を着ていても喜ぶだろうけど、今日は更にゆるゆるになるかもしれないんだよ? それを逃すのは宜しくない。
「…なんて言うと思ったかな?」
「ちっ」
何年一緒にいたと思っているのさ。君の考えは手に取ってわかるからね?
「色だけでドレスの形が決まるわけじゃない。逆に色が固定されるから様々な工夫が凝らされるだろう。それに今の話にセレス嬢のドレスの色は関係無いよね? ハイルロイドとして出席するなら彼女の色も聞いているはずだよ。ね、ルクシオ」
「ああ、知ってる」
「ほらやっぱり。ディーア、僕は恋愛より彼の安全を優先するからね。何を企んでいるか知らないけど真面目にやりなよ」
「…じゃあ色で不具合が出ればどうするんだ」
「不具合?」
「例えばこれがあいつを守るために白を一掃する、とか」
「どこに悪い所があるのさ。君も戦いなよ」
「……だよなぁ」
ディーアがマジかよ…と頭を抱える。どうやら彼はルクシオから全力で逃げるつもりだったらしい。どのみち二人共白なのだから戦う時は戦わなければならないんだよ。諦めるしかない。
はあ…漸く説明が出来る。今更言われても、と思うかもしれないがそれでも知っておいた方がいい知識だ。それがどうしたと見つめてくるルクシオに、今日の集まりのルールを簡単に説明した。
「今日の神鳥祭は赤と白の服を着て出席するんだ。そこはエドウィンに聞いた?」
「いや、何も聞いていない。ただ白を着て出席しろと言われた」
「エドウィン…説明が雑すぎるよ。あのね、この集まりは子供同士の順列を決める集まりなんだ」
「順列…?」
「そう。君達先祖返りは強者に従う傾向が強いからね、王族や上流貴族は向かってくる彼らの相手をしなければならないんだ」
上流までいけば場を弁えるから大丈夫なのだけれど、下級はやんちゃな子が多い。今の内に力を見せつけて従わせろとお父様が言っていた。この集まりはそういう場なのだ。
「で、色についてなんだけど」
「…はあ」
「赤は竜神の赤、この祭りを見守り神鳥と共に歩む者。攻撃はしない決まりなんだ。そして白は神鳥の白、この祭りを盛り上げる者。白同士で舞うって事になっているけど本当は白同士で戦うんだよ」
「……は?」
「白同士で戦うの、自分の威厳をかけて。目と目が合って声をかけ合えば即戦闘。気絶させれば勝利だよ。殺しちゃダメだから手加減してね」
「……」
「まあ終われば普通の誕生日会だから…ってどうしたの?」
何故かうんともすんとも言わなくなった。心做しか顔色が悪いような…。彼から威嚇でも怒気でもない唸りが小さく聞こえる。目を不安に揺らし、暗い声で聞いてきた。
「今の話は本当か?」
「え? うん、本当だよ」
「…」
「ルクシオどうしたの?」
「……いや、その…」
「何かあったのかな? ……え、もしかして」
ある事を思いついて血の気が引いていく。それは彼らならやりそうな事であり、ルクシオが嫌がる事。そうだと思いはじめたらそうとしか思えない。
…いや、けど出るのは一人でいいんだ。そんなに白を出すはずが…エドウィンもそんなにバカじゃない。ハイルロイドで白はルクシオだけ――――
「彼女は……セレスティナは白だ」
――――エドウィンを殴らないと気が済まない。
***
こんにちは。セレスティナ・ハイルロイドです。ただいま私は城内廊下を歩いております。お姉様方に聞くによると中央広場に行くといいらしい。舞踏会はそこで開かれるのだとか。
外で舞踏会ってイメージがあまり無いのだがそれは私の想像がポンコツだからだろうか。生憎舞踏会の記憶は無くってねぇ。それよか下を覗いても子供しかいないのは何故なのか。もしかすると舞踏会は舞踏会でも将来のための練習舞踏会…なのだろうか。
何となく腑に落ちない。更に観察しているとあることに気付く。それはご令嬢とご子息が赤か白の色を身に纏っていることだ。色の濃淡はあれども他の色はない。
この色に国旗以外の意味があるのか? もしかして全員先祖返りで自分の色を着てるとかじゃないよね?
全くわからんと頭を抱えていると城から中庭に出る階段から三人の少年が出てきた。こちらは白が二人と赤が一人…って。
「ルクシオと殿下…それにディーア?」
横並びに三人仲良く歩いている。ルクシオが二人に慣れたお陰で三人で歩く光景をよく見るが今日も一緒だったみたいだ。彼らの方が行くのが早かったのか。
それにしても…うんうん、やっぱりルクシオは可愛いなぁ。元の素材が完璧だから飾り立てれば傾国の美女…じゃなくてあれだ、うん、傾国の美男? 男らしさを出しつつ可愛らしさを損なわない服、彼の綺麗で繊細な体を邪魔しない形は素晴らしい。特に黒シャツが彼の魅力を最大限に……これは攫われないか警戒しないと。
いやぁ、うちの使用人達はルクシオの美点を知り尽くしているね! 後でパーティグッズでも贈って楽しんでもらおう。ありがとう使用人さん!
あとの二人もいつも通り美形だ。感想は特になしかな。え、いや、かっこいいよ? ヒロインと攻略対象だし。けどなんだろう、服の色があれだから小型版ルークさんと小型版ベルドランさんが歩いてるみたいだ。特にディーア、白だからベルドランさんにしか見えない。激似だ凄い。
てかさっきから気になってたんだけど…何故彼らの表情は暗いのか。特に両サイド白二人の顔色がおかしいんだけど。青を通り越して白を通り越して土色? 殿下も顔は笑ってるのに目が笑ってない。
首を傾げながら様子を見ていると殿下が突然ゆるりと首を振った。周りの怯えた様子を見て気が付いたようだ。美形三人が出てきても黄色い悲鳴が無かったのは殿下が威圧をしていたからみたい。漸く中庭が安堵に包まれた…が三人に近づく者は出てこなかった。そりゃ怖いよね。近づけないや。
ルクシオとディーアの神経が図太い。攻略対象ヤバい。他人事みたく思いながら歩いているといつの間にか入口に着いていた。ここが会場なのか。
華やかで可愛らしい光景に平和を感じつつ、これからどうするかと首を捻る。と、不意に元の空気に戻りつつあった場が静まり返った。は?と見回すと子供達の視線は私に。すっごい見てくるんですけど何それ怖い。
穴が開くほど見てくる奴らににっこり笑ってお嬢様な礼をする。すると今度はひそひそと話し出した。白よ、白を着ているわ。なんて声が聞こえてくる。……え、何? 意味がわからない。
「セレス嬢!」
まさかの反応に気まずさを覚えていると殿下が駆けつけてきた。未だ土色の二人も一緒だ。こいつら男だけど…うぅ、こっちの方が落ち着く。持つべきは仕事仲間だった。
「セレス嬢、大丈夫かい?! まだ何もされてない?」
「何かされる以前に近付かれてもないですよ…。そんなにおかしいですかね……?」
「大丈夫、目が飛び出るぐらい可愛いよ! ね、二人共!」
「…」
「……」
「殿下…見てもくれないんですけど」
ディーアは明後日の方向を向いて私を見ないようにしている。ルクシオに至っては両手で目を塞いで悲しそうに鳴いていた。
私の事を絶対に見ないぞという決意の表れか? それともこの姿が不自然だと遠回しに伝えているのか? 言葉すら交わす気はないと雰囲気で伝えてくる。酷い…君達は私の仲間じゃなかったのか。
「あ…ごめんねセレス嬢、この二人は気にしないで。色々無理だった」
「色々無理って何」
「それよりもルクシオから聞いたよ。君も何も知らされていないのだろう? 今すぐ説明するから早く逃げて!」
「え? 逃げ…?」
「いい? 白の君は他の白の攻撃対象―――」
――――すぱん!
「……え?」
鋭い音に思わず後ろを向くと、白い服の少年が他の白い服の少年を叩いていた。ずしゃーっと倒れるその子を見て目を剥きそうになる。え、ちょ、なにやってんの?
ぽかんと見ていると赤ドレスのお嬢様方から歓声が上がる。素敵ーだなんて声が聞こえてきそうな悲鳴である。始まったかと舌打ちするディーアを見るとすぐさま目を逸らされた。
「―――という事だから気を付けてね! ごめん、彼らを守りに行かないと…!」
「は? ちょ、殿下、聞いてなかった!」
「じゃあ!」
ごめんよと手を振って走り去る殿下に黄色くない悲鳴を上げる。ちょっと待ってと手を伸ばすが無情にも行ってしまわれた。そんな彼は白二人を止めに行った…のではなく、赤い少年を殴ろうとする白い少年を止めに入っていた。
おーい殿下ー! 右! 右の方が大惨事だよー!!
頬にたらりと冷や汗が伝う。さっきまで平和だったのに一気に混沌とした空間になった。殿下の対応と目の前の大乱闘に顔を引き攣らせているとルクシオがやんわり袖を引いてきた。ルクシオまで何かあるの?
「ルクシオ?」
「っ……セレスティナ、とても綺麗ですよ。今日は何だか大人っぽく見えます」
「へ? あー、うん。ありがとう。ルクシオもかっこいいよ」
「ありがとうございます。…では思い切って殴ってください」
「なんで?!」
目を潤ませて謎のホールドアップからの頭を差し出し。殴りやすいようにちょっと屈んでいる。警戒心の強いルクシオが相手を見ずに急所を見せるなんて…本気で殴って欲しいの?
試しに頭を撫でるときゅう…と悲しそうに鳴かれた。本気で殴ってほしいらしい。てか何故殴らないのかこっちを見てきた。逆に何を考えてそうなったのか教えてほしい。
「ルクシオ、その前に何故こんな事になったのか教えて―――」
「―――くそ、邪魔だ!」
「うわ…っ!」
鈍い音とディーアの声に私の声がかき消される。隣を見るとヤツは襲いかかってくる白を蹴り飛ばしていた。既に靴は赤く濡れ、たくさんの人を蹴ったのだとわかる。ってこれ大丈夫?!
「ちっ、止めろ! 怪我を治すな!」
「何言ってんの?! そっちこそ止めなよ!」
ディーアが顔を顰めて治す私を睨んでくる。いやいやいや、これ見てよ大量出血だよ! 治さなくちゃ死ぬよ! 赤騎士なんだから手加減して!
邪魔するディーアを睨み返すと、はたと彼の榛と目が合う。心底面倒そうに睨む目に幼気な少年を血塗れにしたという罪悪感は無い。ただあるのはいかに楽をして処理しようかという感情のみ。
…と思ったらその目に暗い影がよぎる。それと同時に彼の顔がみるみる青くなるではありませんかー……。
「……」
「…え?」
彼が急に黙りこくる。珍しすぎることに榛の瞳が不安に揺れていた。それなのにまるで目を離したら殺られると言わんばかりに凝視してくる。きゅっと口を結んで私を見る姿はラスボスを目の前にした勇者のようだ。
倒した少年が着けていた剣を引き抜き、自らを落ち着かせようと息を吐く。そしてゆっくりと、ゆっくりと開いた口からは重々しい声が出てきた。
「前に交わした『一つだけ言うことを聞く』って約束…覚えてるか?」
「は? き、急に何?」
「ここでその約束を使わせてもらう。頼む、黙って斬られてくれ…!」
「なんで?!」
抵抗してくれるなと剣先を定めるディーア。ちゃき、じゃねぇよ! 絶対やだよ!
右には悲しそうなルクシオ。左には必死なディーア。中央は叱る殿下。く…! まともな人間がいない!
未だきゅうきゅう言っているルクシオに問いかける。
「ルクシオ、説明して! 聞いてなかったから詳しく!」
「……これは神鳥祭のイベントの一つで、見ての通り白対白の乱戦です。目と目が合って声を掛ければ即戦闘らしいです」
なんだその狂気じみたイベントは。
しかも白同士の乱戦…? だからディーアに狙われてるの? え、て事は私達も白だから…。
「貴族の位が高ければ高いほど挑まれやすいらしいです。特に俺達のような騎士は団体で攻め込まれると言ってました」
王族の殿下は赤だから乱戦に含まれない。だから白の最高位は公爵家の私達ハイルロイドとディーアのオートフェルト。彼らは国に認められた赤騎士と白騎士見習いだ。そして私も認められた治癒師。
「俺達ハイルロイドは初参加ですが、公爵で騎士なので―――」
「貴女がセレスティナ様ですか?」
「っ、」
急に声を掛けられて後ろを向くと白のご令嬢とご子息の団体様。手には厚めのナイフを持っており…
「覚悟してくださいな」
「ひゃっ」
「―――ディーア・オートフェルトに次いで人気らしいです」
ルクシオが女の子を蹴り飛ばした。
『目立った方が楽し…ごほん、いいと思いますわ!』
『うふふふふ』
そういう事かお姉様方! これだけ目立てば言わなくとも公爵だってわかるだろうさ!
って事はこのスリットは動きやすくするためので、この魔導具は飾りじゃなくて武器。彼らが目を合わそうとしなかったのは戦闘面では敵無しの私と戦いたくなかったから。あー、なるほどね。全部全部わかりましたよ! そりゃこんなイベントは本に書けないよね!
――――ひゅっ
「っぶな!」
横から飛んでくる火球を掻き消す。と、次は少年が剣で横に薙いできた。武器を使うとかせこくないですかね? 指についている魔導具を破壊しながら屈む。
しかし団体様の攻撃は止まらない。違う少年が剣を大きく振り下ろす。こいつ本気で頭を割る気だ…!
「彼女を狙うなんて…死にたいんですか?」
魔力で剣をぶっ壊そうとする前にルクシオがゆらりと現れる。剣を弾いて少年を大刈りした。
彼の紅い瞳が妖しく揺れて、口から低い唸り声がする。すぅと細くなる目と三日月に歪む口はルクシオがおかしくなる直前の動きだ。これは駄目だ。止めを刺す気だ。確実に殺す気だ。
「ぐちゃぐちゃにしてやるよ…!」
「ひっ…」
「ぐちゃぐちゃにするな!」
咄嗟に風を吹きつける。虚を突かれた少年はふわっと飛んでいった。しかしルクシオは全く関係無いようだ、仕留めようと走り出す。
急いで彼の足を拘束すると前のめりになって止まった。
「ぐ…セレスティナ!?」
「ルクシオ、大丈夫だから怒らないで。君が本気でやったら死ぬから!」
「死んでもいいじゃないですか! あんたを殺そうとする輩は生きている価値がない!」
「これはイベントだよ! 遊びだよ! 大丈夫だって!」
「刃を向ける時点で同じです!」
がるる…と歯を剥き出して威嚇する。彼が私に威嚇するなんて余程今の対応が気に入らないらしい。けどルクシオが本気でやったらぼきぼきぼっきり折れるからね?!
唸る彼を宥めようにも殺気が止まらない。逆に邪魔するなと不機嫌になる一方だ。瞳に揺れる殺意の炎は白全員に向けられている。やばい、間違って猛獣を捕まえちゃった…みたいな気分になってきた。
「…ああ、わかった」
ルクシオがぽつりと呟く。誰に聞かせるのでもない、心の底から思っているものが滑り落ちたような声。何がわかったのか彼を見つめると、実に寒々しい笑顔を私に向けてきた。
「赤が狙われないのならあんたを赤く染めましょう。血ならたくさんありますしすぐに染められますよ。あんたは敵から狙われなくなるし、俺は奴らを殺せる。ねえ、いい考えだと思いませんか?」
「何その思った以上に簡単に解決出来たねって顔は。逆転の発想とか思わないから帰ってきて」
「そうですよね…血の匂いなんてあんたに似合わないか。わかりました。匂いがつかないように遠くで全員殺してきますね。心配しないでください、すぐに終わらせます」
「全くわかってないよね? そういう事を言ってるんじゃないよ」
「ほら、早く外してください」
外せるわけがない。
「お前ら、そんな心配しなくとも大丈夫だ」
ディーアが頬に付いた血を拭いながらこっちに来た。鷹揚に手を振る様子は気にするなと言わんばかりだ。君は笑ってないで下を確認しろ。踏んでる、ご子息踏んでるから!
「こいつらは全体的に丈夫だから馬鹿な真似をしなけりゃ死なないぞ。逆に一発で仕留めないと気絶しない」
「だから?」
「なるほど、本気でやらないと死なないって事か。任せてください、狩りなら得意です」
「ルクシオ、いい加減に帰ってきてよ!」
お願いだからその目をやめて! 彼らは獲物じゃない!
「…まあ考えてみろよ。今あいつらを倒さないとこれは終わらないぞ? だってこれは神鳥祭のイベントだからな、やりきるまで終わらない。この悲惨な出来事を終わらせられるのはお前だけだ」
「ディーア…」
寄ってくる白の攻撃を捌きながらディーアが言う。まるで毒を馴染ませるかのようなゆっくりとした口調だ。私の目を見つめて…なんて真摯で謹厳なのだろう。真っ直ぐに語りかけられ心がぐらついてしまう。
彼らを解放させ、尚且この状況を打破出来るのは私だけだ。誰も殺さずに、すぐに鎮圧できるのは私だけ。何故かそう思わされてしまう。
「(……まあそれも動揺してなかったら、だけどね)」
ディーアはディーアで未だに目が揺れてるんだよね。私が弱った所で仕留めようってところかな。それか拘束されているルクシオを殺ろうとしているのか? どちらにしろ碌でもないことを考えているに違いない。
彼が言っている事もわからんでもない。この状況を打開できるのは私だけ。ルクシオは一掃するつもりだし、ディーアはやる気がない。その他お子様も止まる気なんてサラサラない。私が一気に仕留めないと被害は拡大するだろう。…やるしかないのか。
私はルクシオの肩を叩いて足の拘束を解く。勝手にどこかに行かないでよ? 手を握って逃げないようにする。そんな私を見てディーアが怪訝な顔をした。ルクシオの拘束を解くとは思っていなかったのだろう。
「やるだけなら一発でいける」
独りでにぽつりと呟く。
「殺るんですか?」
「いや、誰もやらないよ」
私はにっこり笑ってルクシオの頭を撫でる。なんでも私の代わりをしようとしないでよ。いや、なんでも殺そうとしないでよ。
引き寄せて抱き締めて、彼にだけ魔法防御をかける。それから定める魔力は中庭全体。効果が外に漏れないように魔力を溜めて息を大きく吸う。私の異変に気が付いたディーアが咄嗟に魔法防御をかけようとする。けどごめんね、私の方が圧倒的に速い。
「全員気絶すればいいよ」
挙げた手を下に振る。溜まりに溜まった魔力は形を成し、やがて溶けるように色を失う。見えない空気の圧となった魔法は赤白関係なく急速に落ちていく。
とっとと寝てくれお子様達。私とルクシオのためにも動かないで。
この国を支える原石達は元気いっぱい。咎めると弱いとみなされて放置されます。戦闘民族の伝統行事に主人公は驚愕です。
自分の実力を知りたい人は白。巻き込まれてもいいから見たい人は赤。どちらでも無い人は後の誕生日会で来ます。
これが将来白騎士、赤騎士、緑騎士に分かれたりします。主人公は今まで誕生日会出席でした。ディーアは自分の意思ではなく強制なので例外です。
ありがとうございました。




