Episode5 俺の意思に反する本能と行動について
日間乗りました! 衝撃で五度見ぐらいしましたね。応援ありがとうございます。
ルクシオ視点です。
お願いします。
エドウィンさんに一週間で戻ると言われて、今日でちょうど一週間が経った。
俺は執務室でディーアとアリスの二人と会話をしながら彼女の帰りを待っていた。もうすぐ彼女に会える、そう思うと何故だかそわそわしてくる。無性に遠吠えをしたいような、何処でもいいから走りたいような。とにかく早く彼女に会いたい。けど会えないからそんな気持ちを誤魔化すように会話する。
昨日散々弄ってきたアリスが落ち着きの無い俺の様子を見てにこにこ笑ってくる。よくわからないが期待した目がうざったい。がりっと頭を砕いたらそんな目をしなくなるのだろうか。ふと考えるとアリスが顔を青ざめさせた。
…ああ、俺は唸っていたのか。無意識に出るから困るんだよな。もしもこれで彼女が怖がったら本気で落ち込む。まあお前なら何と思われてもいい。俺を見るなこっちを向くな。
わざと殺気を織り交ぜてもっと強く威嚇して。一方初めて作ったクッキーの余りを触りながら彼女を想う。
彼女は無事だろうか、体を壊してないだろうか。そういうのは常にぐるぐる頭の中で回っていた。それは今も回っているけどこれを作ってからは違う事もぐるぐる回り始めた。例えば受け取ってくれるだろうか、とか。喜んでくれるだろうか、とか。いらないなんて言われたら、と思うと不安で尻尾が腹に付きそうだ。
変な声が出そうなのを無理矢理飲み込んでひたすらに扉を見る。足音でもいい、早く来てくれないかな。
じっと見つめているとディーアがやっぱり犬かよ…と呟いた。彼女に対してはそんな気がしてくるがこれでも俺は狼だ。じろりと睨むと適当に返事をされた。返事はいらない。
――――コツコツコツ
「あ…」
聞き覚えのある足音だ。硬いブーツの足音。これは……エドウィンさんだな。これじゃない。けどエドウィンさんが来たってことはそろそろ来るってことだよな。
無いはずの尻尾がゆらゆら揺れそう。人間でよかった、狼なら尻尾で感情がバレてしまう。けど人間の俺は…まあ自分でもわかるぐらい表情が無いからきっとバレない……よな? あれ、そういやアリス…お前今の俺の気持ちわかってる?
何となく嫌な気持ちになりながら耳を澄ませているとヒールのあるブーツの音がする。これは……
「…彼女だ」
何故か心臓が跳ねて、自然と背筋が伸びる。やっとだ、もうすぐ来る。期待して耳を澄ませると段々彼女の足音が近づいてくるのが分かる。無いはずの獣の耳が喜びでへにょりと垂れそうだ。
とりあえず落ち着けよ俺。飛びかかってはダメだ、怪我させてはいけない。彼女を傷つけるのは不本意だろ。立てば飛びつきそうな信用ならない足を無理矢理座らせてひたすら待つ。足音はこの部屋の前で止まり、俺は緊張で大きく息を吐いた。
扉が開く。俺は無意識に立ち上がりながら―――
「ルクシオただいまー!」
「きゅっ」
―――鳩尾に刺さる彼女の腕に悶絶した。
そ、そうだった。彼女は様々な意味で落ち着きの無い俺を落ち着かせるプロだった。今までも散々喰らったじゃないか。…いや、わざとでは無いとわかっている。今回は我慢し切れずに立ち上がった俺が悪かった。悪かったが…普通に痛い。
立ち崩れそうになるのを必死に堪えて、抱き締めてくる彼女の首に顔を埋める。顔なんて見せられない、確実に歪んでいると思う…痛みに。
漸く会えた彼女からは甘くて優しい匂いがする。落ち着くのにどきどきする花の香り。この匂いを嗅ぐと彼女が本当に帰ってきたのだと実感する。呻き声が出ないように気を付けながらぐりぐり顔を押し付けていると、不意に彼女が頭を撫でてきた。
やんわりとゆっくりと。くすくす笑いながら俺の頭を撫でる。今絶対俺のことを可愛いとか思っているよな…。と、思いながらも優しい手に喜ぶ俺は馬鹿だ。抱き締める彼女の腰に恐る恐る手を回して、何度も何度も撫でてくれる彼女に身を任せる。
「おかえりなさいセレスティナ。魔法学、お疲れ様です」
何の捻りもなく出ていった言葉は何故か甘みを含んだ声になっていた。俺…こんな声だっけ? ……まあ彼女に聞かれて怖がられないのならどんな声でもいいや。擦り寄るように抱き締める力を少しばかり強くする。
彼女が甘く優しい声でお疲れ様と俺に言う。彼女が俺の言葉に返事をしてくれるだけで嬉しい。にやける顔を隠して落ち着くように息を吐くと思った以上に満足げな音が出た。…あれ、隠せてないな。
「一週間も空けてごめんね。本当ならもっと早く帰りたかったんだけどお父さんがしつこくてね…」
「十分早いですよ。本当なら一週間で出来るようなものじゃないでしょう?」
「んー…さあ? 比較対象がないからよくわかんないや」
くすくす笑って首を傾げる彼女は可愛い。後ろから早すぎるだろ、なんて声が聞こえるが彼女がわからないって言ってるんだからわからないんだ。
俺の肩に顔を埋める彼女をくるりと回転させる。五月蝿いディーアと鬱陶しいアリスを睨むとディーアにため息をつかれた。
「お前ら…いい加減離れるか違う部屋に行け。アルが喚くだろ」
本当だ、アリスがキラキラした目で見てくる。既に半分喚いてるが…ごもっとも。俺は甘えてくる可愛らしい彼女を隠すように抱き上げて部屋を後にした。
「ちょ、ルクシオ? 恥ずかしいから下ろしてよ!」
部屋から出て歩いていると彼女が体を捩って逃げようとする。やんわりとした抵抗は本気で暴れたら俺が怪我をする、なんて配慮なのか。いや、そんなはずが無いな。彼女がか弱いからだ。
…しかし匂うのも戯れるのも抱き締めるのも許してくれるのに何故これはダメなのか。彼女の拘りはよくわからない。自分で歩けるから下ろしてくれと言ってくる。
折角会えたのだからもうちょっと引っ付きたかったけど、彼女が嫌がることはしたくない。渋々下ろそうとすると俺の顔を見た彼女が小さく呻いた。何かあったのかと彼女を覗き込むと、彼女の蒼い瞳に情けない顔が映っている。
…そんなに嫌か、俺。こういう時ぐらい無表情のままでいてくれないか、彼女が困るだろ。
「わ…わかった。下りない、下りないから」
…そんなに嬉しいか、俺。そんなわかりやすく笑わないでくれ。頼むから喜ばないで。うぅ、自分の顔に裏切られた。
何故か頭を撫でられながら向かうのは俺の部屋。誰にも食べられないようにクッキーは部屋に置いてきた。ああいうのは気を付けないと誰かが食うからな。エドウィンさん、ルーク、ベルドランの順で食っていく。流石の俺でもそんな事はしないのに大人は自由だ。
無残に食い散らかされたディーアのクッキーを思い浮かべて、思わず遠い目をしてしまう。一瞬だった。アリスは自分で死守したがディーアのは目を離した隙に消えていた。夜の食堂で何をしているんだよルーク。早く寝ろよ。
至極どうでもいい事がぐるりと回った所でやっと部屋の前についた。彼女をそっと下ろすと安心した様子で息を吐かれる。微妙に顔が赤く感じるのは気のせいだろうか。そんなに緊張したのか…? まあいいや。
「そこで待っていてくださいね」
「ひゃ、え?」
さっと取ってさっと戻ってこよう。中庭辺りで渡せばいいかな。
鍵を開けて中に入るといつも通りの俺の部屋。必要なものしか置いていないこの部屋は少し殺風景だ。時折ディーアが木の棒を置いていくのだが意味がわからないので捨てている。
散らかった机の上にちょこんと包装されたクッキーが置いてある。よかった、食べられていない。ふう、と息を吐くと彼女が顔を覗かせた。
「何そのクッキー。誰かから貰ったの?」
「いえ、違いますよ。これは……え、」
えと…あれ?
ぎぎぎ、と横を向くと彼女の横顔。俺の肩に手を置いて乗り出すようにクッキーに手を伸ばしている。気になるのか?
…じゃなくて、俺は彼女に待てと言ったよな? 部屋の前で待ってほしいって。あれ、言ってなかった…? いやいや、言ったはずだ。そうだ、
「セレスティナ。入ってくるなって言いましたよね?」
「…え? ついてこいじゃなくて?」
きょとんと彼女が目を瞬かせる。……あれ? やっぱり言ってなかった? いやいやいや、絶対言った。
「待っていてくださいって言いました」
「そうだったの? ごめんわかった。今すぐ出るよ」
「あ……」
彼女が悲しそうな顔をしてくる。そんな顔をしないでくれ。あんたを悲しませたいわけじゃない。と思っていたらいつの間にか彼女の手を握っていた。…あれ?
彼女がソファーに座って紅茶を飲んでいる。きょろきょろと小動物のように俺の部屋を見ながら。どうしてこうなってしまったんだろう。俺は頭を抱えたくなった。
そもそも何故俺が彼女を部屋に入れようとしないのかはちゃんと理由がある。
それは綺麗な彼女をこんな汚れた部屋に入れたくなかったからだ。ある程度掃除はしているが、彼女が来ないと思って随分適当に掃除していた。真面目にしていればよかった。
そして大部分の理由は自分のテリトリーに彼女を入れたくなかった。だって彼女に俺の匂いがつくんだぞ?
言ってしまえば抱き着いたりしている時点で匂いはつくのだがそれとこれとは話が違う。俺がいつも生活しているこの場所でにこにこ笑っているのがダメなんだ。俺の中身を暴かれるみたいで落ち着かない。
ちらりと彼女を見るとここがルクシオの部屋なんだ…と呟きながら紅茶を飲んでいる。ほのぼのと警戒心無く頬を緩めて。嬉しそうに目を細めて。
彼女は咬み付かれないと思っているのだろうか。そんな風に白い首を剥き出しにして、狙ってくれと言っているようなもんじゃないか。いや、絶対咬み付きはしないけど。しないけど警戒心がなさすぎる!
軽く咬んでみたいような気持ちをため息と共に吐き出して彼女の対面に座る。手には見つかってしまったクッキーだ。もういい、諦めてここで渡そう。
「セレスティナ」
「なに?」
小さく呼ぶと彼女がふと顔を上げる。部屋にいるせいか、ふたりきりだからか。彼女の香りが鼻腔を擽り、思考をあやふやにされる。く…彼女はどうなっているんだ。俺がおかしいのか?
どうにか絞り出して…ああ、そうだ。クッキーを渡すんだ。
「セレスティナ、これを受け取ってください」
「え?」
ぽかんとする彼女にそれを押し付ける。
やっと渡して一安心、の筈なのに見られる方が緊張するなんて聞いてない。目を丸くする彼女が俺を見て、クッキーを見て、俺を見る。これから起こる彼女の反応が怖すぎて自然と顔が下がってきた。
苦笑いでも何でもいいから反応してくれ…!
「ルクシオ」
ぽつりと彼女が呼ぶ。跳ねる心臓を押さて、その小さな声に呼ばれるがまま顔を上げた。
彼女はふんわり笑っていた。苦笑いでも何でもなく、ただ嬉しそうに。するりと包装に手を滑らせて愛おしそうにそれを見る。
よかった。気に入ってもらえた。安心感と共に嬉しさが込み上げてくる。胸の辺りが暖かくなって無性に彼女に甘えたくなる。自分でもどうしようもないにやけた顔をそのままに、彼女をじっと見つめるとその大きな蒼い瞳に溢れんばかりの涙をためて……って、
「っ、どうしました?!」
「ごめ、嬉しくて…。ルクシオはすごいね。いつの間にか生肉じゃなくなってクッキーに…」
「……セレスティナ。生肉はダメですか」
「ダメではないけど扱いに困る」
「そうですか」
アリス…本当に生肉はダメだった。扱いに困るらしい。ステキな贈り物とやらは奥が深いな。あれだけ本を読んだのに未だにわからない。
「ふふ、ルクシオ。ありがとう」
ふわりと花の香りが強くなり、俺の頬に柔らかな感触がする。彼女が、キスした……?彼女の突然の行動に目を見開くと、セレスティナが嬉しそうに頭を撫でてくる。
なんて無防備で、なんて警戒心の無い人だろうか。
――――ああ、これだから俺は入れたくなかったんだ…!
彼女の目に映る、明らかに喜んでいる自分から目を逸らして口を手で塞ぐ。彼女に咬み付きたくて仕方が無い。
主人公生還。折角家に帰ったのに遊ぶ暇なく扱かれました。本能が癒しを求めています。
ルクシオも久々に遊んでもらえて嬉しいです。その様子を見た殿下はきっと今頃ディーアに熱弁中。しかしディーアの考えは変わらないでしょう。
自分の塒に獲物が来たら咬みたくなりますよね。ルクシオは嫌われたくないがために我慢しますが…咬まれてたら死ぬとは思わない。
ありがとうございました。




