番外編 事件の裏側と何も知らない少女
時間軸は主人公が被害に遭う前からその後。殿下視点です。
お願いします。
色々あってそれから、僕達三人は着々と相手を捕まえて回った。ある時はルクシオが匂いを辿り、ある時はディーアが情報を集める。二人と違って僕は何も出来ないので、仕方無くお父様の奉りを利用したり、僕自身が囮になって誘き出した。
正直僕が囮になって捕まえるのが一番早い。前にルクシオがやったように王族の僕に襲いかからせて捕まえる。こういう時に権力者っていいよね。公爵家に殴りかかった彼らも、王族に歯向かった彼らも勿論皆打ち首だ。僕にもしもがあっても捕まえられる。
ねえ君達。君達は僕らの事を憎々しいと睨むけど、この国を狙うのがいけないんだよ?僕に捕まるなんて運が無いね。
けど相手も相手で考えたみたい。尻尾を出さなくなってきた。代わりに遠くから攻撃をされるようになった。歩いている時に何かが飛んできたり、上から何かが落ちてきたり。誰がしているのかわからない。困るなぁ…直接来てくれないと捕まえられないよ。
そうすればルクシオが彼らを捕まえ始めた。彼女が被害を受てはいけないからとか何とからしい。ってご令嬢この城にいたの?! え、誰? セレス嬢しか知らないけど。
そうして捕まえ始めて一ヶ月足らず、とうとう僕達はお父様に呼びつけられた。
「アリス…君、最近楽しい事をしているようじゃないか」
お父様が僕達三人を眇めて冷たく言う。気持ちが高ぶると金になる父の瞳。どうしてお父様はそんな目を向けるのだろう。僕が出来損ないだから?
そうだよね、流石にあれだけ派手に動けばわかるよね。ここまで放置してくれてたのは今まで支障が無かったからかな。邪魔…だったみたい。
「アリス、私は気をつけろと言ったよね? 何故自分から突っ込んでいくのさ。もしかして忘れていたの?」
「覚えていますお父様」
「なら何故このような事をしているの?」
「…すみません」
「謝罪なんて求めていない。私は理由を聞いているんだよ」
「……」
何故だなんて聞かないで。僕にはこうしてでしか守れないんだ。
彼らを捕まえていくと何を目的として入ってきたか分かってくる。大体はこの国の秘密を探る事であったり、軍事力や経済力、情勢を探る事であったり。まあ…よくある事を調べていたみたい。
この国は成り立ちのせいか超秘密主義だ。表向けの情報は溢れていても裏の情報は一切見えない。王族も貴族も平民も皆が真を隠している。だってそうやって教わって生きてきたし、自分の子供にもそう教えるから。
この国は隠れ里と謳う事だけあって、いるはずの先祖返りは決して姿を見せない。皆が人間として生きるか獣として生きるか勝手に決める。そんな特異なこの国は他国からすれば得体の知れない国のはずだ。異様に情報が出てこない国、本当の戦力も本当の姿も何もわからない。
だからこうやって密偵を送る。殺されるとわかって送ってくる。
けど今回はネズミも混じっていた。彼らは秘密よりも情報よりも、子供を狙って入ってきた。恐ろしい話だと思わない? だって僕より小さな弟まで狙われるのだから。
僕は必死だった。大切な大切な竜である弟。彼を失えば将来誰がこの国を支えるの? そうでなくとも同胞を大切にする僕達は、未来を支える子供が奪われるなんて耐えられない。今までの囮は全部、力の無い僕が出来るせめてもの抵抗だったんだ。
何も言えずにただ唇を噛み締めて俯く。するとお父様が深く溜息を吐いた。諦めたような声にじわりと視界が歪む。
「わかった、言えないならそれでいいよ。代わりにルクシオ」
「…なに」
「君に命令だよ。エドウィンと逃げ出した暗殺者共を仕留めておいで」
……え?
思わずお父様を見る。たった二人で人数もわからない敵と戦えと言うの? ありえない。そんな危険な事を子供のルクシオにさせるなんて…! それなのにルクシオはいつも通り無表情で軽く頷いた。
「アリスは明日からディーアと共に行動して。セレス嬢にはあまり近づいてはいけないよ」
「っ、お父様!」
「何かな?」
「何故ルクシオを…!」
「それは彼の鼻を信用しているからだよ。…言っておくけどこれは君がおかしくするからいけないんだよ。勘付かれて逃げちゃったじゃないか。はあ…彼女にばれたら怒られるなぁ。あ、ディーアは引き続き一切の情報が彼女に流れないようにしてね。彼女が一番危ないから」
「…わかりました」
「お父様…!」
「はい、話は終了ね。よしエドウィン、今日は東で食べようか」
「御意に」
考えを改めてと言おうとすると、被せるように打って変わった明るい声でお父様が立ち上がった。慌てているのは気のせいではない。彼は何処からともなく出てきたエドウィンを引き摺って出ていく。
…逃げられた。相変わらず逃げ足だけは速い父だ。それよりもエドウィンは何処に潜んでいたのだろう。
「…はあ、じゃあ俺は昼寝する」
「え、ディーア?」
彼らが出て行ったのをいいことに、ディーアが小さく欠伸をする。もう畏まった表情など見る影もない。余程眠いのかこしこしと目を擦って伸びをした。さっきまで怒られていたのを気にしていないようだ。…まあディーアだからねぇ。反省よりも睡眠の方が勝ったらしい。
「けどここで寝るのはダメだと思うよ」
「…」
「陛下の部屋だからね、ここ。お父様が帰ってきたら怒られるよ」
「……隣で寝る」
彼は再度大きく欠伸をして部屋から出ていく。ふらふらと覚束無い足取りで消えていく彼がせめて部屋で寝られるように願っておこう。次に会えるのは三日後ぐらいかなあ。
…ってディーアはもういい。それよりも問題はルクシオだ。僕のせいで囮役になってしまった。エドウィンの腕もルクシオの腕も信頼しているけどそれとこれとは話が別。ルクシオをこれ以上危険に晒すのは良くない。
「ねえルクシオ。君…本当に行くつもりなの?」
「…」
「危ないよ! …どこに行くのかも人数もわからないのに」
「……」
「今なら間に合う、断ろう!」
「………」
「ルクシオ!」
いつの間にかまた俯いていたのをあげて、隣に立つルクシオを見る。お願い、何か言って―――
「―――いない」
既に部屋から退出していた。
「っ、ひゅ…はあ……いたぁ!」
やっと見つけた…!
僕はおかしな音を出す喉をそのままに彼の肩を叩く。ちょっと縋りつくのはご愛嬌だよね。走りすぎて足がガクガクなんだもん…。けどよかった。初めを思えばこんなに早く彼に会えたのが奇跡としか思えない。
何故か上機嫌な彼はそんな僕を見て顔を顰めた。
「っふぅ、っっ…」
「邪魔」
「ちょ、待って…!」
「……」
折角見つけたのに非情な事を言う彼に悲鳴を上げる。彼はいつも酷い。誰にでも容赦が無い。咳ごみながら変な呼吸をしていると珍しく立ち止まってくれた。
「…何。忙しいんだけど」
「忙…君、さっきの本当に引き受けるの?」
「引き受けるって断れるものでもないし」
「そうだけど…! あんな理不尽な要求、おかしいと思わないの?」
「理不尽…?」
彼がこてん、と首を傾げて復唱する。本当に意味を理解しているのか怪しい声音だ。君は特に何も感じていないの? お父様は君を間接的に殺そうとしているんだよ? それなのになぜ君は疑問に思わない。
僕は要領を得ない彼を睨むように見る。そうだよ、理不尽だ。呟くようにそう言うと彼が不意に口角を上げた。
「理不尽だなんて思わない。願ったり叶ったりだ」
「…何を」
「俺にとっても有益なんだよ」
何故そんなに嬉しそうなの? 君は死ぬかもしれないのに。有益なのかもしれないけれど無茶があるだろう?!
けど彼からすれば自分の命など関係無いらしい。あくまでもいつもの無表情、いつもの声音で聞いてきた。
「なあ、お前は目の前で大切な物を壊された事はあるか?」
「え…」
「気が狂いそうな絶望を味わった事は? 世界にたった一人だけのような孤独を感じた事は? 無力な自分を嘆いた事は?」
「な、なんの…」
「俺はな」
ぐいと顔を近付けて僕を覗き込む。紅く黒いドロドロとした瞳。
「今ある幸せが死ぬほど大切なんだ。それが自分で見つけたものでなく、他人に与えられた幸せでも。それを取り上げられたら…壊されたら今度こそ狂ってしまう。きっと獣よりも悍ましい化物になる。だから理不尽だなんて思わない。これは……俺の為だ」
…寧ろ彼女が怒らないか心配だ。ため息をつきながら、けど何処か嬉しそうに彼が笑う。僕には出来ないであろう清々しい笑み。それがあまりにも綺麗で、瞳と対照的で。思わずその笑みに見入ってしまった。
「君はもう…」
言おうとして口を閉じる。言っても意味は無いし、彼の中では決まってしまった。もう何を言っても考えは変わらないだろう。…彼が良いならそれでいいのかな。
「……なあ、そろそろ行っていい?」
「え、あ、うん」
彼が遠慮しがちに声をかける。こんな時ばかりそんな声出さないでよ。わかってるさ、早く出る準備がしたいのだろう? こんな所で止めて悪かったね。
「どうせ近日中に行く事になるだろうから出来れば行くまでに捕まえたい」
「うぇ?」
「やっぱり心配だから…」
「う、うん?」
「行くぞ」
がしっと肩を掴まれて彼がにっこり笑う。そう、彼がにっこり笑った。あれ…? 僕は今彼を見送ろうとしていたよね。何故彼に掴まれないといけないの?
僕の経験上彼が明確に、意識的に笑う時はいい事が無い。今はまだ尚ドロドロした目をしている。すごい…嫌な予感しかしない。
「ありがとうアリス。今日も目立つように囮をしてくれるんだ」
「いや、」
「ありがとう。今日も今から頑張ろう」
彼からもらった初めての感謝は全く気持ちが篭ってなかった。いや、利用価値としての感謝はあった思う。
僕はただ真っ青になった。
そうしてルクシオがエドウィンと任務に行ってから、僕はディーアと行動を共にしていた。
前は常時彼が付いていたから違和感は無い。けど困った事にディーアはセレス嬢にも付いていた。だから自動的に僕とセレス嬢は行動を共になるのだけれど…お父様、セレス嬢に近付くなって無理だよ。絶対接触するよ。
…はあ、出来る限り最小限を心掛けよう。
隠した隈を気遣いながら執務室に手をかける。…んだけど、何やら中が騒がしい。恐る恐る入ると何故かディーアとセレス嬢が喧嘩していた。いや、ディーアが寝ていてセレス嬢がとても怒っていた。ご令嬢相手に素を見せるなんて珍しい。
そしてそのディーアが怒る彼女を煽るように僕に完璧な礼をした。お前なんて相手にしてられないって事を言いたいのかな。頼むから巻き込まないでほしい。引き攣る顔を無理矢理笑みに変えて、顔を上げろと手を振る。
「え、いや…申し訳ありません殿下。お久し振りですわ」
ディーア…セレス嬢もちょっと引いてるよ。彼女の笑顔が引き攣って見えるよ。君、セレス嬢に何したのさ。僕が来たから畏まったけど目が怒ってるよ。空気が寒々しい。
「アル、凄くないか? こいつ謝りながら俺に殺気を向けてくるんだ」
うるさいよディーア。それ自慢げに言う言葉じゃないからね? 本当に何をしたのさ。
そして判明した事実。セレス嬢は可哀想にディーアの仕事を押し付けられていた。
本っ当に申し訳ない。謝っても謝っても足りないぐらいだよ…! どうせ彼の事だからずっと寝ていたんだろう? それは誰でも怒るだろうよ! 逆にここまで怒らずにディーアの相手をしてくれたセレス嬢を尊敬する。ありがとうセレス嬢…。
ああ、あとセレス嬢は随分苦労性な方だとわかった。良いようにディーアに使われていたのを見れば言わずもがな。そういえば治癒師が仮病まで使って行くのを拒否する鍛錬場の治癒師をしてるのだっけ?大変だね、セレス嬢。彼らの相手は骨が折れるだろう…物理的に。
…でなんだけど、お父様。セレス嬢に会っても何も変わらなかったよ? やっぱり地道に捕まえたからかな。セレス嬢と一緒にいる時もこれといった被害は無かった。いや、僕だけでも何もなくなった。この城から敵はいなくなったのだろうか。
と思っていた矢先、事態は急変した。セレス嬢が拐われ、ディーアもいなくなったのだ。そして…僕も攫われた。
―――それから急速に事件は解決に向かっていく。
皆が裏を言わない理由。
ルクシオ→事情を話そうとすると芋ずる式にプレゼントの件が出てくるから。
ディーア→それよりも白騎士がヤバい。構ってられない。
アリス→問題の全ての根源なので自粛。
エドウィン→陛下に黙れと言われたから。
ルーク→言っても怒るだけだから。
ベルドラン→言って遊んでくれるなら言う。
殿下の頑張りは全部主人公の苦労になりました。
これにて殿下編は終了です。この後殿下は主人公の中身を見て魂が抜けます。
ありがとうございました。




