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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
城内動乱編
37/56

番外編 僕と彼の相談教室

主人公のしらない裏の話。時間軸は主人公達が連れられてきてからすぐの話。殿下視点です。

お願いします。

 僕は僕が嫌いだ。

 そう思い始めたのはいつからだろう。


 文官のように難しい問題をさらりと解けるわけでもない。

 武官のように立ち塞がる敵を倒せるわけでもない。

 父のように圧倒的なカリスマを持っているわけでもない。


 それが嫌で習い始めた剣術は、緩やかにしか上達しなくて。

 それが嫌で習い始めた座学は、思うように捗らない。

 焦れったくてもどかしくて、やればやるほどわからなくなっていく。


 そうやって一人で馬鹿をやっていたら、小さな頃からの友はいつの間にか僕の手の届かない所にいた。彼は僕より早く彼らの、大人の仲間入りをしていた。

 早く友のように父を手伝いたかった。早く父の背中に追いつきたかった。けど遠くて遠くて追いつかなくて。せめて形だけでも似せようと思ったけどそんなのじゃ意味なんて無くて。

 ねえ、お父様。僕は貴方のような立派な人間に成れそうもありません。だって実力も才能もないのです。僕は力も何も無いただの子供。

 だから…貴方の側に置くには足らない存在でしょう?





 ***




「―――最近城内が荒れてるんだよね」


 陛下執務室に入室してから数刻。僕がここに来る事は少なくなく、よく父の仕事を見学させてもらっている。今日は机に散らばる書類を整理していると、不意に父が煩わしそうに洩らした。

 父が仕事中に話すなんて珍しい。何かよほどの問題があったのか。しかし城内が荒れているのはいつもの事だ。基本父が歩けば謎の奉りが始まるのだから。特に問題は感じなかったので無視していると、また父が洩らした。


「前に言っていた暗殺者を牢に入れたんだけどさ、あれ以外にもいたらしくて」

「…」

「よくよく見ればこの城にネズミが何匹か潜り込んでるのを発見してさ。ああ、他にもネコがいてたような…」

「……は?」

「困ったよねぇ…」

「っお父様! 今の話は本当ですか?!」

「ん? だから城が荒れて大変だって言ったじゃないか」


 あっけらかんと恐ろしい事を言う父にがばっと顔を上げる。ネズミは多分暗殺者の仲間だろうが、ネコは帝国の密偵の事では無かったか?! そんな敵が城内にいるのに何もしていないというのかこの父は!

 呑気に紅茶を傾ける父を睨むと等閑に手を振られた。


「そんなに心配しなくともある程度は手を打ったよ。ほら、この前来た黒髪の子。彼に手伝ってもらおうかなと思ってね」

「黒髪…ルクシオ殿ですか?」

「うんそうそう。彼、鼻だけはよく利くからさ。他にも信用出来る者に頼んだし、全滅は時間の問題じゃないかな」


 それにしてもどうやって入ってきたんだろう、と書類に目を走らせながらため息をつく父。その信用出来る者が犯人なのかもしれないのに呑気なものだ。それにあのルクシオという少年、父は彼を買っているようだが僕からすれば怪しすぎる。

 僕の方がため息をつきたいとキリキリ痛む頭を押さえていると、くすりと笑って目を向けた。


「大丈夫だと思うけど一応警戒はしておいてね」

「…はい」


 はいと返事をしたけれど…やっぱり納得出来ない。あのルクシオとかいう少年が気になる。まだこの前の謝罪もしていないし、謝りついでに見てこようかな。




 その少年、ルクシオ殿はつい最近騎士になったばかりだというのにもう白騎士見習いらしい。異例の速さだ。ディーアでもそんなに速くなかった。そんな彼はよく陛下執務室に出入りしているらしい。…やはり怪しい。思いたくないが父は彼に騙されてるのではないかと疑ってしまう。そうじゃなくとも何か裏があるに決まっている。

 そう思って探しているのだが全く見つからない。騎士といえば鍛錬場だとそちらに行っても見つからず、ならば自分の執務室かと行っても見つからない。思いつく所全て巡ってみたが見つからず、いつしか夕方になっていた。


「…はあ、どこにいるんだろう」


 偶然行き着いた図書館でぐったり息をつく。はあ、椅子ってスゴイね。座ったら立てないよ…。明日から鍛錬増やそうかなぁ、体力が足りないや。……って、いた!

 僕が探していた黒髪の少年は左の本棚で気難しい顔をして立っていた。あまりにも鋭い剣呑とした目つきに一瞬だじろいでしまう。彼は何故こんな図書館で殺人鬼のような目をしているのか。怖い、近付きたくない。

 いや、それよりも…何故彼は手芸コーナーにいるのだろうか。間違って立っているのかな。兵本ならその隣だよ?

 結局彼は何もせずに、何も借りずに帰っていった。そして僕も何も出来ずに帰った。よく分からなかったけど…手芸が好きなのかな?


 そして次の日、やっぱり探しても見つからない彼は夕方の図書館でまた本を探していた。昨日みたいな鋭い目つきで探す様子はやはり殺人鬼。料理の本を捲るのが違和感すぎる。そう、今日はお料理コーナーで何かを探していた。

 そんな目で見ても食堂に上がらないよ? ちゃんとリクエストしないと。それとも彼が作るのだろうか。…料理が好きなのかな?


 その次の日、どうしても見つからない彼は夕方の図書館でまたまた本を探していた。いつでも変わらないピリピリとした雰囲気で読んでいる本はお花の本。今日は植物コーナーで何かを探していた。

 そんな鬼気迫る顔で見ても花は出てこないよ。それにその本に載ってあるのは外来種だからこの国に持ってきちゃダメだし。もしかして除草するのかな? …地道な作業だ。


 結局一週間近く張り込んだのだが結果は惨敗。何をしたいのか良くわからなかった。確実にわかった事は毎日夕方に図書館に来る事と、それ以前の行動が掴めない事。あと女の子のような趣味を持っている事。あと…絶対に本を借りて帰らない事かな。

 そんな決して尻尾を見せない手強い少年にいつの間にか僕は興味を持っていった。いや、興味っていうかなんていうか……ほら同じ趣味を持つ同じ年代の人がいないからね?


 だからと言って話しかけようだなんて思わなかった。長年剣術を習っておいて腰抜けかと言われても仕方が無い。初めて会った印象が強すぎて彼が怖かったんだ。だからね、だから…


「何故君と私は同じ机に座っているのだろうか」

「……」


 あ…れ? おかしいな、僕は…あれ? 何故こうなってしまったのだろう。僕は、出来る限り距離をとって、彼を観察していたのに。

 一瞬寝ていた? いやいや、最近は途中で眠くならないように早めに睡眠を取っていたし、清涼感が強すぎて逆に痛い飴を舐めてきた。寝るはずがない。


 頭を抱えて唸っている間にも彼は山積みに本を置いていく。それは手芸に料理、花に宝石……。相も変わらず僕の好きそうな本ばかりだ。けど、ダメだよそんなに借りちゃ。読みたい人が読めないじゃないか。本は一冊ずつがマナーなのに。


「…お前最近俺の事見てるよな?」

「っ!」


 警戒していたはずなのにどうでもいいことを考えていると、不意に聞こえる低い唸るような声。ぱらぱらと本を捲りながら言う一言に思わず肩を震わせる。ば…バレてたの?! あんなに遠くから見てたのに?! 流石お父様が認めた人だ、鋭い。


「お前いつも何食ってんだよ。鼻が痛いんだ、止めてくれ」

「(…お父様、鼻が利くって物理的にですか?)」


 わけがわからない。彼は犬か何かなのか。


 彼は本当に痛いのか顔を顰めて鼻を擦っている。ちょっぴり赤くなって痛そうだ。そういえばお父様は随分おかしな人を好んで部下にしていたような。えぇーっと…変な人なのかな。


「とにかくその匂いを消してくれ。不快だ」

「う、うん。ごめんね」


 舐めきった後だからどうやって消すのかわからなかったので、紅茶を頼んでそれを飲む。うん、喉の痛みが収まった気がする。これでいい?と首を傾げると押さえる手を離したからいいのだろう。

 小さくため息を漏らしてまた捲り始める手芸の本。彼は何を作るのかな。気になって見ているとぴくりと眉を顰めて、けど何も言わずに捲り続ける。雰囲気や仕草が警戒心の強い野生動物みたいだな。ぼんやり思っていると彼が不機嫌そうに声を上げた。


「お前さっきから何なんだよ」

「え?」

「何か言いたい事があるならはっきり言え。ちらちら鬱陶しいんだよ」

「あー…」


 彼に言いたい事…か。何でも答えてくれるなら貴方は犯人か、なんて事を聞いてみたいけど流石にそれは聞けない。本を山盛り机に置くな、とも言いにくいし。しいていえば…


「その本…趣味なの?」


 本について聞くしかないなあ…と。


 すると彼は予想打にしなかったのか、険しい目を見開いてぱちぱちさせて読んでいる本を見た。隣の重ねている本にも目を配らせて、そして首を傾げて独りでに趣味…?と呟く。まるで趣味では無いと言っているような仕草ではないか。あんなにじっくり読み込んでいたのに。


「そう、君の趣味じゃないの?」

「趣味…ではないな。俺自身よくわからない」

「趣味じゃないのに読んでるの…?」

「…まあそうだな」


 衝撃だった。だって一週間近く読んでいるんだ、それだけ好きだという事ではないの?

 感じ始めていた親近感がごっそり減って、やっぱり女の子みたいな趣味を持っている人なんていないよねとため息をつく。いや、それよりも何故僕は項垂れているんだ。彼は敵かもしれないのに。


「…はあ、やっぱりわからない。何故野鳥じゃ駄目なんだ…?」

「え、」

「流石に毛虫は駄目だとわかるが…鳥は食えるのに」

「…何の話をしているの?」


 突然愚痴るように漏らし始めた内容は……ごめんちょっと良くわからない。何故手芸の本を開きながら食事の話をする。流石に毛虫はダメって食べる気なの?

 …ああもうわけがわからない。言葉を発する度に彼の存在が不思議生命体になっていく。結局君は何をしたいの? 暗殺? 料理? 手芸? 何はともあれ毛虫は食べれないよ?


「えっと…ねえ、僕に詳しく言ってみない? 相談ぐらいなら乗れるよ」

「…お前に? 何故?」

「何故って……思考が迷走してるから?」

「めいそ…そうだな。考えすぎなのかもしれない…」


 今から思えば彼がこんな事を漏らすのは滅多にない事だと気付く。それほど焦っていたのだろう。少なくとも毛虫をどうにかしようとするぐらいには。

 眉間に皺を寄せてうんうん唸る彼を気長に待っていると漸く整理がついたのかよし、と洩らして顔を上げる。急に畏まった様子に僕も姿勢を正して、促すように頷いた。


「その…だな」

「うん」

「えっと…彼女にお礼がしたいんだ」

「…は?」

「いや、だから…彼女にお礼がしたいんだ」

「……? ちょ、ちょっと待って? 君、さっき毛虫とか鳥とか言ってなかった?」

「ああ…」

「彼女って相手は女の子だよね? っ、何渡そうとしてるのさ!」


 思わずがたんと机を揺らして立ち上がる。びくっと彼が身を震わせたが関係無い。何ご令嬢にそんなものを渡そうとしてるのさ! 野鳥? 毛虫? それはお礼じゃなくていじめだよね? ありえない!


「…いい? 君ね、女の子にそんなの渡しちゃダメなんだよ」

「あ、ああ」

「女の子には可愛らしい花や愛くるしいお人形が似合うの。わかる? 毛虫なんて渡したら泣いちゃうよ!」

「と…鳥は駄目なのか?」

「君、鳥を捌いて渡そうだなんて考えてないよね?」

「…何故わかった」

「食べるって言えば誰でもわかるよ!」


 馬鹿なのこの子本っ当に女の子の気持ちがわかってない!

 がるるる、と唸るようにダメ出しすると困ったと眉を下げる。そんな可愛い顔しても許さない。もういい、その彼女とやらを泣かせないために一肌脱ごうじゃないか!


「そのご令嬢の好きなものとか知らないの? それを元に考えたらどうかな」

「彼女の好きなもの……日向ぼっこ?」

「…ごめんルクシオ殿、現実に用意できる範囲にして欲しい」

「じゃあ…勉強?」

「本当に?」

「いや、あれは嫌がっていた」

「だろうね。他は?」

「…犬?」

「(何故頬を赤らめる)」

「いや、けど駄目だ。俺以外に犬はいらない!」

「(何を言っているんだ)」


 ダメだ、ご令嬢の好きなものがわからない。そして彼の存在が益々不思議生命体に近付いてきた。今の会話のどこに照れるポイントがあったのか。


「…あのさ、ありがとうって伝えるだけじゃダメなの?」


 プレゼントをしない方がいい気がしてきた。すると彼が俯いてゆるゆると首を縦に振る。そして徐ろに髪をかきあげた。

 そこにあったのは繊細な銀の装飾に彩られた蒼の宝石だった。びっくりするぐらい美しいデザインだ。けど粗悪なのか宝石が濁っている…いや、濁ってない? 改めて目を凝らすとその中に薄ぼんやりと緻密に編み込まれた魔法陣が見る。その異様さに変な声が出そうになった。

 おかしい。こんな魔導具見たことない。純度が高すぎる澄み切った蒼の宝石の衝撃的な大きさ。その中に刻まれた魔法陣は三つ以上。魔導具は一つしか刻めないはずなのに重ねて描いてある。

 彼の言う彼女とやらは本当にこれを彼にあげたの? こんな国宝級のアクセサリーを? これ一つで領はおろか価値が高すぎて逆に何も買えないよ! 宝石の本に載っている宝石が粗末に見える。


「…だから何か渡さないと気が済まないんだ」

「だろうね! ほら、もう髪を下げて。そういうのはあんまり見せると危ないよ!」

「ん」


 もそもそと隠す彼を放置して僕は頭を抱えた。相手もわからなすぎる。こんなものをぽんと人に渡せるぐらいの経済力があるという事なのか? 恐ろしすぎるよご令嬢。どこぞの王族の方なのだろうか。

 それよりもそんなご令嬢に毛虫や生肉をあげようとした彼の感性がわからない!


「…わかった。ご令嬢、いや、メルニア王国の尊厳を守るために僕が君をプロデュースする」

「あ…ああ」

「大丈夫、自惚れじゃないけど女の子の気持ちはよく知ってるつもりだから」


 やるしかない。


 よろしく頼むと神妙に頷く彼に僕も頷き返す。こうして僕と彼の第一コンタクトは成功に終わった。責任を持って最後まで面倒を見よう。


 けど心の端の端の端の方である事を思った。


 ―――仲良くなってどうする僕。






 彼とコンタクトを取ってから数日経った。当初は彼を敵だ敵だと警戒していたが、今はそんなことを思わない。何故なら彼と僕が共に犯人を探す協定を組んだからだ。

 彼は妙な所で義理堅いらしく、助けてもらうなら何か一つ助けようと言い始めた。怪しすぎたので何故そんなことを言うと聞くと、彼女が『助けて欲しいならそれ相応の代償を』と言ったからだと言う。ご令嬢、代償って仰々しすぎない? いつも何をしているの?


 まさか全部芝居なのかと疑ったがどうもそうではないみたいだ。彼女とやらは架空の存在ではなく実在していて、彼は実に嬉しそうに彼女を語る。無表情の彼がこんな顔をするのだから、これで実在しないならプロだ。

 だから騙されたのなら僕の目が節穴だったと諦めよう。どうせ僕の代わりは他にもいる。運が良ければ刺し違えられるかな、と心の中で呟きながら頼みを一つ言う。


『この国に巣食う敵で無いのなら僕に協力してほしい』


 君は驚く? 嗤う? それとも殺しに来る?

 ドキドキしながらそっと彼の顔を窺うと……いつも通りの無表情で軽く頷いていた。お安い御用だと言わんばかりの軽い了承に思わず目を見張る。驚きも嗤いも刃も向けない、予想外の反応に言葉を失った。

 彼は本当に父の味方だったのだ。別段忠誠を誓っているわけでは無さそうだが、確かな信頼で繋がれている。僕は驚きと共に彼を羨望した。

 彼も父に認められた人間だった。父と共に働く人間だった。白騎士見習いとは知っていたが、何気なく思うのと実感するのは差が大きい。彼が急に遠い存在に感じる。

 どうしたのかと彼が聞く。僕は何も言えずただ首を振った。


 しかしそんな事も思ってられないほど彼は馬鹿だった。思いつくプレゼントは野性味溢れる物ばかり。ダメだと言えば困った顔をして血塗れの毛皮を差し出してくる。

 せめて既製品にしろと叫ぶと金が無いから働いているんだと叫び返された。まさか小遣い稼ぎで父の頼みを…いいや、考えないようにしよう。

 そして今は彼の提案を片っ端から拒否している。


「やっぱり狩りしか…」

「違う」

「いや、だが他が無い」

「考えて」

「無理だ…わからない」

「森とか山しか行かないからでしょ!」


 『いい加減街にでも繰り出せ!』と机を叩くとルクシオが不満げに肩を竦める。本当に彼は渡す気があるのだろうか。なぜ君はひとけが無い所しか行かない。鼻を鳴らして外を見る彼を見ながら僕はため息をつく。

 日中彼は殺しそうな勢いで暗殺者と思しき男を捕まえていたのに、これになると一気に使い物にならなくなる。白騎士は脳筋だと皆が言うが彼もそうなのだろうか。極端に常識が野生寄りで困る。


「普通にぬいぐるみじゃダメなの? 花束も綺麗だよ?」

「だってぬいぐるみ縫えないし…花もどれがいいかわからない」

「縫わなくてもいいじゃないか」

「折角なら手作りしたい!」


 …まあわからなくもない。僕もクマのぬいぐるみを母にあげた時は想像以上に喜ばれて嬉しかった。あの時のお母様は可愛かったなあ。あの国宝級を貰ったのならせめて自分の手で作りたいと思うのは当たり前か。


「知らない奴の臭いとかそばに置きたくないし」

「(…違った)」


 どれだけ彼は匂いに敏感なんだろう。こんな拘り初めて見る。


「…という事は香る物は無理だね。料理系も心配だし…うぅ、範囲が狭い」


 思った以上に難しい。そもそも金が無いのがきつい。彼って公爵家だったよね? エドウィン、お小遣いぐらいあげなよ可哀想だよ…。はあ、もうちょっと譲歩してくれれば嬉しいんだけど。


 ―――コンコン


 誰だろう、こんな客室に来る人は。


「ディーアですが」

「…ああディーアね、入っていいよ」


 失礼します、とディーアが声をかけて入って来る。手に持っているのは最近城を訪れた客や商人、新規の騎士を纏めたリストだ。どうやら彼は一日で調べあげたらしい。僕は最優先事項として調べてくれた友に感謝を述べる。すると彼は外向き用に取り繕った顔を解いて嫌そうに顰めた。君にはいつも助けられているんだから、感謝の一つぐらいさせて欲しいよ。

 彼は等閑に書類を置いて倒れるようにソファーに突っ伏す。もう完全に内向きの彼だ。顔はソファーに埋めたまま、彼が机の書類を押してもごもご言った。


「それ、調べておいたからあとは勝手にしろ」

「ありがとう。真面目にやってきてくれたんだね」

「主の命ぐらいはこなすさ」

「へぇ…そうなんだー」

「……文句あるのか」

「ふふ、いや?」


 主の命…ね。主は僕じゃなくてお父様だろう? 君は赤騎士なのだから。

 そんな事はおくびにも出さず、僕はただにっこり笑う。すると何故か彼は深くため息をついて起き上がった。


「で、他にも頼みたい事があるんだろ?」

「あれ、そんなに顔に出てたかな?」

「長年付き合っていればわかる」

「そう…」


 頼みたい事は山ほどある。けどまずこの書類を見てみないと何とも言えない。だから今すぐ彼に頼む事は何も無いのだけれど、それを本人に言うと…ねえ? 前に言ったら延々と眠られて死んだのかと思った。言いたくないなあ。

 今現に困っている事…困っている事……それならルクシオかな?


 ルクシオを見ると彼は無表情にそよそよ飛んでいる小鳥を見つめている。その目は狩人の目だ。だからダメだって言っているだろう?! ってちょっと待って?

 ふと思って彼らを見る。僕が初めてルクシオに接触した時って何故か彼に怒られたよね。彼女に近づくな云々って。じゃあ何故ルクシオはディーアを怒らないの? ディーアって初対面だよね?


「初対面じゃない。なあ?」

「ああ」

「え、そうなの? 知らなかった」

「そりゃ鍛錬場でしか会ったことがなかったからな。なあ?」

「ああ」

「そうなんだ」

「ああ」

「…ルクシオ、いい加減戻ってきて。その鳥は違うよ」

「お前…本当にやってるんだろうな?」

「……は? ああ。ディーア、お前居たのか」

「相変わらずボケてるな…」

「ボケてない」


 はいはいそうだなと適当に流すディーアとむっとするルクシオ。あれ、普通に仲良さげだ。あのディーアが反応を返すぐらいは、ルクシオが顔を動かすぐらいは仲がいいのか。

 ルクシオは漸く鳥から目を外し、つかつかとディーアが座っているソファーを覗き込む。そのままディーアの首に顔を近付けて、というか押し付けて……


「っ何してるの?!」

「匂いを嗅いでいるんだろ?」

「…うん、殺意のこもった匂い。安心した」

「ちっ、あのクソ女…」

「は…? お前今なんて言った?」

「(どういう事?!)」


 いきなり仲が悪くなった。仲が良かったのでは無かったの?

 突如重苦しくなった空気にあわあわしていると何処かから低く唸る声がする。慌ててそっちを向くとルクシオが……ねえ、やっぱり彼は犬なの?

 ディーアがもういいだろとルクシオの髪を掴んで首から離す。嫌にやり慣れたような、日常的にあるかのような対応だ。強くなる唸り声に適当極まりない声で受け流す友に一種の恐怖を感じた。ここまで殺気を当てられても反応無しなの君は。僕は心配だよ…。


「…ほら、さっさと読め。早くしないと多分寝る」

「……」


 現に殺気を浴びているのに今にも寝そうな目をしているディーアに白い目を向けてしまう。図太い。これならどこでも寝られる…と思って口を閉じた。や、寝たら起きないんだよ。ダメダメ。

 パラパラと書類を捲って怪しそうな人物が居ないか探してみる。顔も見えないし何とも言えないなあ。けど明らかに来るのが多すぎる商人とか、勤務時間中に消える騎士とか、怪しい行動をする人間が何人かいるようだ。ふぅん…。


「それにしてもよくここまで調べてくれたね」

「まあな。赤はこういう仕事が多い」

「それにしても速すぎだよ……お父様に直訴した方が良さそうだね」

「なら俺の方も頼む。ベルドランが鬱陶しくて仕事が捗らない」

「すまんな」

「…俺もすまない」

「(仲直りした?)」


 やっぱりよくわからない。


 …まあ色々あってディーアも仲間になった。彼は基本的に動かないが頼めば動いてくれるので心強い。ただ午前中は外せない用事があるらしく、午後からの合流になる。それまでは僕とルクシオの二人で捜索なんだけど…


「……ねぇ?」

「どうした」

「うーん…いや?」


 突然臭うと言い始めたルクシオ。初めて会った時のようなピリピリとした雰囲気を漂わせる彼についていくと中庭に辿りついた。別段誰も入らないここに何があるの?と首を捻って前を向けば…事件が発生していた。


「何か情報は?」

「何も」

「やはり…あれは嘘だったのか?」

「子供のどれかが当たりだと思うが…わからない」


 男が二人、何か会話を交わしている。僕達は彼らに近付きながら草むらに身を隠して様子を窺う事にした。というよりもルクシオに押さえつけられて隠された。邪魔だと言いたいのかい君…それはどうも悪かったね!

 残念な事に内容は聞こえないがルクシオには聞こえているようだ。ぴんと彼らを見据えて凶暴な顔をしている。余程の内容なのかな。…いや、小鳥を見る時も同じ目をしていたからきっと獲物見つけた程度にしか思ってないのだろう。そこに多大な殺気が漏れているのは内容が良くないものだからか。

 それにしても何故彼はわかったのだろう。いつもいつも臭うと言った日は事件が発生している。やはり野生の勘が働いた結果? それとも実は犯人に目星がついているの? どちらにしろ敵に回したくないなあ。


「…俺さ、実は前々からこの仕事を降りようと思ってて」

「止めろよ。俺も思っていたが…無理だ」

「だよな…」

「思い出せ、奴らの末路を。ちょっとでも気を抜けば騎士に捕まるぞ」

「この国の騎士は狂ってやがる…。自室でも便所でも乗り込んでくるとかおかしいだろ」


 …何故だろう、彼らが悲しそうに見える。気の所為…かな?


 ―――ガサッ


「……は?」


 隠れていた木が音を立てて揺れる。そんなに揺らさなくてもいいじゃないかと思うぐらい揺れる。ぎこちなく、ぎこちなく隣の獣っぽい彼を見ると…恐ろしく無表情に木を揺らしていた。


「っ、誰かいるのか?」

「くそ、見つかったか…!」

「……」

「(そうなるだろうさ!)」


 怪しい二人が激しく木が揺れる音に周囲を見る。そして留まる僕達が隠れる草むら。あれじゃないかと指を指す彼らに冷や汗が止まらない。そうです、ここにいます。ルクシオはそんな彼らが視認してから揺らすのを止めた。彼はとことんバカだと思う。


「ルクシオ、どうするの」

「まあそこで見ていろ」


 ゆるりと口角をあげて彼らを見据える。

 それはまるで―――仕留めにかかる狼。


「っ、あんた達誰?」


 白々しく、恐る恐るを装って茂みから出ていく。その声は震えを含んだ声。二人はルクシオを見て、目に見えて安心した表情でため息を漏らした。


「…ガキか」

「ここで何をしていたのかな?」

「き、木の実を採っていただけだ!」

「何も採れてないじゃないか」


 バカにしたように笑う二人にルクシオが顔を背ける。すると男達がすまんすまんと笑いながら謝った。異様に和やかな雰囲気が恐ろしい。僕は出来る限り小さくなって様子を窺う。


「それにしてもこんな所に来るなんてどうしたんだ? 危ないなぁ」

「な、何が危ないの」

「だって…な?」

「なあ? …おいガキ、今の話を聞いていたか?」

「き…聞いたって言ったら何」

「ほう……そりゃ運が無いこった 」

「…っ」


 男がルクシオに殴りかかる。それを彼が握って……そこからはいつも通りだった。


 ルクシオが男の腕を取って折る。足も取って折る。何のこだわりか四肢は全部折る。生々しい骨が折れる音を聞かないように耳で塞ぐが、どうしても入ってくる音に気持ち悪くなった。彼との捜索はこれが付きものだから嫌いだ。

 折り飽きたのか、これ以上は気絶すると思ったのか。ルクシオが一人に馬乗りになって首を絞める。苦しみと恐怖に顔を歪める彼を打って変わって無表情に見つめる彼は怖い。やり慣れているような手際の良さが更に恐怖を煽る。

 狩りの時間、およそ一分。最高記録が出たんじゃないの?


「ぐっ…」

「さっさと吐けよ。お前らは何をするつもりだ」

「誰が…っぐぁ」

「折られ足りないのか…次は潰されたい?」

「ぁっ…っ!」

「早くしないと…削ぎ落とすぞ」

「ば…化物……っぁ」

「……殺すか」


「―――まあ待てよルクシオ」

「あれ、ディーア…?」


 まだ昼じゃないのにどうしたんだろう。

 ディーアが向かいの方から音も無く出てきた。いつも通りの眠そうな顔だ。ふぁ…と欠伸しながらルクシオに近付き、馬乗りになる彼をひょいと退かした。


「お前やりすぎ。気絶してるだろ」

「それなら起きるまで殴ろう」

「殴るな。お前拷問は下手くそなんだからこっちに寄越せ」

「は? 横取りする気か」

「面倒臭ぇ…。わかった、絶対に殺さないから一旦貸せ」

「……」

「くそ、じゃあついてきてもいいから殺すなよ」

「ああ」


 なんて会話だ。恐ろしすぎて僕には出来ない。あと…ディーア、足元見て。あと一人踏んでるよ。わざとなの?


「アル、出てこいよ。お前も隠れるの下手くそだな」

「っ、バレてたの?」

「服が見えてる」

「あ、あはは」


 苦笑いしながら体を起こす。服まで気が回ってなかったや。


 …と立つと飛び込んでくる悲惨な光景の全貌。憮然としたルクシオよりも、眠そうなディーアよりも、倒れる彼らに目を奪われた。

 彼らの体はおかしく折れ曲がり青く腫れていた。明らかに人間が曲げられない角度に曲がったそれを見て、出そうな悲鳴を飲み込む。どれだけ疑り深いのか、逃げられまいと足が潰されてぐしゃぐしゃになっている。気持ち悪い気分が更に気持ち悪くなった。


 騎士はこんな事もしなければならないのか。これが彼らの普通…か。気持ち悪いなんて弱音を吐いていたらダメなんだね。はあ…僕はまだ弱い。もっと頑張らないと。


「いや…アル?」

「……なに?」

「多分それ違……」


 友の言葉は野生な彼の唸り声にかき消された。よく聞こえなかったけど…うん、頑張るよ。

残念な事に能力だけは有能すぎる大人衆。性格は信用なら無いが能力は信用できる仕様です。それを小さな頃から見ていた殿下は『能力』だけ尊敬しております。


ルクシオ、迷走中。主人公は生肉を渡されようが毛虫を渡されようが嫌な顔一つせず…というよりも何をして欲しいのか戸惑うだけなのでよくわからず。とりあえず探す努力はします。

しかしいつまで経っても煮詰まらず、渋々そこら辺にいた女っぽい男(殿下)に助けを求めました。

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