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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
城内動乱編
35/56

28話 私と義弟は感動の再会…でした。

お願いします。

『―――アンタ何してるんですか。馬鹿ですか?』



 呆れを含んだ冷たい声。それは私が探していた彼の声。

 私の好きな深い紅の瞳と目が合う。それは私が探していた彼の―――


「―――ルクシオっ!」

『きゅっ』


 うわあぁぁと泣きながら彼に抱き着く。変な声が聞こえた気がするがそれよりも彼の無事が嬉しい。


 よかった! 本当によかった…! やっとルクシオが見つかった。も、 う攫われた、かと……!


 ルクシオは私の抱擁を受け入れながらすんすんと匂っている。溢れる涙を労うように舐め取られたら安心でもっと涙が溢れてきた。涙が止まらない私に困ったと耳を垂らして顔を寄せる。


『何があったんです? そんなに泣いて…』

「ルクシオがいなくって…わた、私……」

『俺、ですか……?』

「よか、よかった…!」


 ルクシオの黒い尻尾がゆらゆらと揺れる。彼はごめんねと顔を擦りつけて、何処か甘い声できゅぅと鳴いた。うぅ…君、喜んでない? そんな声初めて聞いたんだけど。

 ぺろぺろこすこすしてくるルクシオの頭を撫でると、いつものふわふわな毛並みがカサついていて血の匂いがする。怪我をしているようだ。少しくすんだ毛並みを見るとやはり何日も前からいなくなっていたと気付かされる。何故気づかなかった私…。くそ、ディーアの仕事なんてやらなければよかった!

 心の中でやつに悪態を吐きながら彼の体に手を這わせると擽ったいと言わんばかりに身を捩る。そんな可愛く逃げられたら全くわからん。それよか肌触りがベタベタなんだけど…。


『そんなに触らないでください』

「だって血の匂いが…」

『は? …ああ、あんたは気にしなくていいんですよ』

「え、なんで」

『あんたの気に病むような事は何も無いって事です』


 そ、そうか。何もないのか……。


「って嘘つくな! 血塗れじゃんっ! 」

『……だから気にしないでください』

「る…ルクシオが怪我してる!っ、痛い?!」

『怪我はないですよ』

「―――あの…いい加減戻ってきてくれないかな?」


 頭上から震える声が聞こえる。ん?と私も顔を上げると……あ、忘れてた。

 前からは変態。後ろからはおっさん。殿下は一人でそいつらを止めていたようだ、水球を連続で打ち続けている。魔導具の威力が格段に落ちているのを見ればそろそろ壊れると思われる。

 あー…すっぽり忘れていた。漸くルクシオに会えて愛でる事しか頭になかった。うっかりうっかり。


「すみません殿下。忘れてました」

「だろうね。薄々そうなんじゃないかと思っていたんだよ」

『黙って盾になってください』

「いや、そろそろ限界だよ…って、」


 殿下がまじまじとルクシオを見る。頭の黒い耳。綺麗な赤い瞳。精悍で野性的な顔。立派な黒い体躯。じっくり見た後に何とも言えない顔で私を見て、またルクシオを見て、何故か空を見てから私を見た。妙に瞳が揺れている。


「…彼はルクシオなの?」

「どこからどう見てもルクシオですけど」

「じゃあルクシオって…先祖返りだったの?」

「そりゃルクシオは先祖返り……あ」


 口を滑らせてからはっと気付く。…これ、言っちゃ駄目なやつだ。一番バレちゃいけないやつだ。さぁっと血の気が引いていく。違うと言ってもルクシオとがっつり会話してしまった。もう誤魔化せない域までやってしまった。


 これは…もう……


 私は俯いて手の平に魔力を集める。え?と首を傾げる殿下に申し訳なさすぎて目が合わせられない。自らの目を閉じて氷の刃を出す。


「殿下…ごめんなさい。せめて一思いに殺りますから抵抗しないでください…!」

「え? セ、セレス嬢……魔法?!」

『セレスティナ、殺るなら俺がやりますよ?』

「ル、ルクシオ?! 君達何を…!?」


 ごめんなさい殿下。不可抗力とはいえルクシオの秘密を知ってしまったから仕方が無いんです。本当に悪いと思いますが…私達の平和の為にも逝ってください。

 確実に仕留められるように空いている片方にも刃を出す。ルクシオも低く唸って殺る気満々だ。珍しく彼と意見があった。…凄く嬉しそうだけど。


「ち、ちょっと待ってよ!」

『は? 何故待たないといけないんです』

「すみません殿下…」

「いや、冷静になって周りを見てみなよ! 私を殺す前にやることがあるだろう?!」

『殺ること?』

「違う!」


 殿下がルクシオばりにがうがう吠える。ほらと手を広げた瞬間、私達と殿下の間をナイフが通過した。張っていた防御壁に斧が突き刺さる。ぴきりと割れる音につられて後ろを向くと……凶悪な顔をしたおっさんと目が合ってしまった。


「そうだったこいつらがいるんだった!」

「そうだよ!」

『ちっ…』

「ルクシオ?!」

「大丈夫だよルクシオ。チャンスはまだ…!」

「セレス嬢?!」


 ルクシオと目を合わせて頷けば殿下が悲鳴を上げる。ちっ、命拾いしたな。こんなタイミングじゃなければ口封じに勤しんだのに…!残念だが脅すぐらいで手を打ってやろう。え、王族脅して大丈夫かって? 私は結構前から不敬罪だから今更だね。いっその事ルクシオと逃げてもいいや。

 そうしている間にも奴等は攻撃してくるので改めて全員に防御壁を張る。もうほぼ群がられてしまった。魔術師以外が大集合だ。私は手の平の氷を握って砕いて殿下とルクシオを引き寄せた。


「ルクシオも来たことだしもういいよね?」


 強張る殿下と擦り寄るルクシオに笑いかけて手を上げる。私は奴らを見渡して、まるで首を落とすかのように手を振り下げた。




「はぁ…あんたは何もしなくていいのに」

「けど窮地は脱したよ?」

「……」


 思いっきり風魔法をぶっ放しておっさん達と変態どもを吹き飛ばした後。

 私は姿を変えたルクシオに抱えられて館の屋根に跳び移った。ルクシオの脚力には驚かされるばかりだ。私が渡したカフの力もあるが普通はそれだけじゃ一軒家の屋根まで跳べない。彼の能力が如何に高いかよくわかる。

 ついでに殿下も連れてきているが唖然呆然として動かない。ピキっと固まってしまった。ディーアもそうだったが人間驚きすぎたら何も言えないんですね。この調子でルクシオの件の全部を忘れてくれないかな。


 とりあえず降ろせとルクシオの腕を叩くとそのまま抱っこして彼の足の間に座らされた。屋根が傾斜しているからその体勢なのかな、密着度が半端無い。私の背中に密着ルクシオだ。うーん…狼で擦り寄られるのはいいけど人間で擦り寄られたら恥ずかしい。

 腰に回された腕をぱしぱし叩きながら下を見ると、気絶したおっさん達と私達の姿を見失って狼狽える変態ども。頑張ったら誰も死ななかった。よかった…。

 さっきから変態が探してくるのだがまさか屋敷の上で眺めているとは思わないだろうな。私もまさかこんな所で戯れられるとは思わなかった。さっきから彼の毛が首にかかって擽ったい。


「そうだ。ねぇ、今までどこに行ってたの? 心配したんだよ?」

「心配性ですね…」

「心配させるような事をするからでしょ? ルクシオに何かあったと思ったら気が気じゃなかったよ」


 そういえばルクシオの服って赤かったっけと思いながら彼の頭を撫でる。いつもは頭を撫でるとふにゃっと笑うのに今日の彼は笑わない。いや、嬉しそうだけど何処か拗ねているような感じだ。首を傾げて撫でていると彼がいじけた声で小さく呟く。


「……そんなに弱く見えますか?」

「違うよ。君が大切だからに決まってるでしょ」

「そう…ですか」

「そうだよ。だから今度から黙って消えたりしないでね? 心臓破裂するから、本気で」

「それは困りますね」

「でしょ?」


 くすくす笑っておかえりと囁くとただいまと囁き返される。甘い声が可愛くて、ゆっくり撫でると漸くふにゃっと微笑んだ。うわ、今の超可愛い。狼のルクシオも可愛いけど人間のルクシオはもっと可愛いよね。全力で甘やかしたい。こんな可愛いの野に放ったら一瞬で攫われるわ。彼に会えたのは最早奇跡の域と言える。

 誰にも見られたくないデレデレな顔で愛でていたら微かな彼の息が耳を擽る。ぴくりと肩を震わせると吸い込まれるような紅と目が合った。綺麗な瞳が柔らかくて甘い。手を伸ばして頬に触れようとすると彼がその手を優しく握って囁いた。


「一つ聞いてもいいですか?」

「ん、なに?」

「あんたは何故ここに?」

「ルクシオを探していたの」

「そうですか。では……」


 柔らかく蕩けていた瞳に冷たい色が差す。握る手に力が篭る。……あれ何かおかしいと脳が動く前にルクシオが握る手を頬に寄せて言葉を続けた。


「あの馬鹿…アリスに無理矢理連れられたわけじゃないんですね?」

「全く違う」

「じゃあ下の奴らに攫われた?」

「まあ一回は攫われた」

「ふぅん…そう」


 ルクシオが明確に笑う。まるで嘲笑うかのような凶悪な顔で。

 急速に熱を失う瞳にぎょっとしていると三日月に歪んだ口から低い唸り声が漏れた。目が妖しく揺らめいて、背筋が冷たくなる。あー、これ言葉を間違ったかもしれない。


 そこで待っていてくださいと言ってルクシオが立つ。背中の温もりがなくなって、これヤバいと彼を見るとにっこり笑われた。ルクシオの笑顔が怖いだなんて聞いてない。ぞわぞわが止まらないんだけど。あれ、さっきまで超可愛かったのに今全然可愛くない。

 彼はそのまま足音も立てずに歩き出した。この感じ…いつか見たような気がする。獲物を狙う足取りが、威圧する後ろ姿があの日と全く一緒だ。

 そして屋根の端まで歩いたかと思えば……飛び降りた。


「ちょ、ルクシオ!?」


 急いで這って下を覗くと剣を抜きながら歩くルクシオが見える。禍々しいオーラを背負う彼の視線はあの変態共に固定されている。そしてふと姿が消えたかと思えばそこに暗殺者が倒れていた。


「ルクシオー?!」


 だめだ、ルクシオ様がご乱心だ。どのタイミングでその物騒なスイッチがつくのかわからない!

 私は弾かれるように立ち上がって殿下を探す。殿下はちょっとした足場のある所で立ち尽くしていた。ってまだ固まってんの?! 大丈夫生きてる?


「殿下! 殿下ー? 」

「っは!」

「殿下起きた! すみません手伝ってください!」

「え、今どうなっているの?」

「ルクシオが何故か突然キレてあいつらに喧嘩売りました」

「は?!」


 ほらこれ!と指を指すともう何か大惨事。数分も経ってないのに地面が真っ赤に染まって、ごろごろいっぱい転がっている。そんな中にやりと笑うルクシオがいと恐ろし。剣なんて振るうのが面倒になってきたのか狼に変わって蹂躙し始めた。

 それを見た殿下は口に手を当てながらあわあわ言っている。私を見てここに行くのかと目が訴えかけてきた。そんな泣きそうな顔で私を見ないでください。私が悪者みたいじゃないですか。…悪役令嬢は悪者だった、合ってるや。


「…わかりました」


 もういい私だけで行く。そもそも強いかわからない殿下を連れて行っても盾にもならん。あとよくよく考えたら殿下を戦わせちゃ駄目だった。今更だけども魔導具のあれはカウント無しの方向で。


「セレス嬢…!」

「ちょっと行ってきますね殿下! 自分の身は自分で守ってください!」

「セレス嬢?!」


 素っ頓狂な声を上げる殿下を放置して私もルクシオみたく飛び降りる。自分に魔法をかけるのは得意だ、骨折しないように風で衝撃を弱めて着地した。

 で、目の前に広がる人間ね。うわぁ…自分でやっておいてなんだけど怖いわ。多分雇われなのだろう大量のおっさん達が揃ってピヨっている。抵抗出来たのはその手のプロだけだったようだ。しかしその手のプロはルクシオが嬉々として殺っているので、この場にいる人間はほぼほぼ意識がない。


 ルクシオは相当キレているのか酷く低く唸りながら暗殺者を捌いていく。薙ぎ倒して咬み砕いて押し潰して。千切って落として切り刻んで。真っ赤な雫を全身に浴びて不機嫌そうに喉を鳴らす。圧倒的な力で破壊し尽くす怒れる獣王の姿がそこにはあった。

 …そりゃこんなの見れば殿下も怯えるわな。近付くのにも凄く勇気がいる。ルクシオじゃなければ土下座する自信があるな。ゲームのお陰か私の強力な色眼鏡か、それとも他人事だからか知らないが、気持ち悪くはならないのがとても嬉しいです。


「って危ない!」


 怒れるルクシオを縛ろうとする黒いバラの弦のような拘束魔法。毒々しい鞭の群れに舌打ちをしながらすんでのところで全部破壊した。あんなトゲトゲで止めようとする馬鹿はどこだ! ルクシオが怪我したらどうしてくれる!

 一人憤慨しながら魔術師を睨んでいるとぐりんとルクシオがこちらに向いた。剥き出しにした牙と血塗れの顔が普通に怖い。怒りがすこっと抜けて思わずひょえっと変な声が出てしまった。


『っ何故来たんですか?!』

「だ、だってルクシオが一人で無茶してるから!」

『してませんよ! 危ないから下がってください!』

「むむ、ルクシオだって危ないことしてるじゃん! 下がってよ!」

『は、何言ってるんですか。やっぱり馬鹿なんですか』

「馬鹿じゃないやい!」

「いやぁ、お馬鹿さんは二人だろ?」

「違う!」

『違う!』


「………あれ?」


 ルクシオ以外の声が聞こえた気が…。

 その声はルクシオも聞こえたようで耳が忙しなく動かして探している。私もきょろきょろ探すと暗殺者と暗殺者の間の木の物陰に誰かが立っているのに気が付いた。それは白を基調とした騎士服で―――


 ―――私は盛大に顔を引き攣らせた。

現時点での主人公の中の優先順位

ルクシオ>>>越えられない壁>>>ハイルロイド使用人>緑騎士>殿下、ベルドラン>陛下、ディーア>>>エドウィン


評価基準はお世話になっている人、又は性格が凶悪でない人。自分か身内が迷惑をかけた人は強制的に上位に食い込みます。

父の愛は娘のヘイト値と比例しております。ベルドランや殿下は特にこれといって何も無いのでどうでもいい判定、敬う気無しです。


一日のうちに衝撃な事実をたくさん知ってしまった殿下。加えて刺激の強すぎる悲惨な光景を見て涙目です。ハイルロイド姉弟はそういう感情が疎いのです。諦めるしかない。


ありがとうございました。

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