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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
プロローグ
3/56

3話 魔法は防衛手段です。

お願いします。

 空は晴天、一点の曇りなし。葉は朝露でしなだれ、その輝きをきらりと零す。花壇の近くで小鳥が羽を休め、二匹の犬が戯れている。平和な朝の光景。それを窓越しに眺め、私は本を閉じた。


「魔法…そうだ、魔法を見直そう。こんなのに載ってるような綺麗な形式じゃ間に合わない」


 目の下にうっすらとクマが出来た私の顔がぼそぼそと呟く。晴れやかな空と真反対の暗い目は虚ろに揺れている。『魔法学入門初級編』と印刷された本を本棚に仕舞う。そして一冊の本と紙とペンを取り出した。






 セレスティナになってから数日経った。あれから毎日父の拷も…もとい愛のムチをくらい、子供がやるには量が多くないかと思うほどの座学をさせられている。初めは地理だけやっていた筈なのにいつの間にか算術、歴史学と勉強量が増えていた。おかしくない?朝から晩まで勉強漬けってどういうこと?

 なんとなく嫌だが、先生が良かったのか地歴はすぐ覚えられた。と言うよりも前々から知っていたような、聞いたことがある単語が多かったから楽だった。初めて見たはずだったんだけどな。あ、算術は凄かった。ただの数学だった。懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

 そう、地学と歴史学と算術はまだ平気だった。いちいち過剰に褒めてくる、慰めてくるを抜けば最高の師のおかげでとても簡単だった。ただ……魔法学がヤバかった。


 この世界には魔法というものがある。使う魔法にあわせて魔力を集め、力ある言葉――所謂呪文というもの――を唱える事で発動する。この時に重要なのはその魔法を使いたいと思う気持ち。その気持ちがなければどれだけ条件が整っていても発動しない。細かい所は想像力でカバー出来るらしいが…何を想像すればいいのかよくわからないよね。


 という事を踏まえ、私は考えた。正直言って今勉強量を増やされたら死ぬ。勉強中にべったべったされるだけで精神的に死にそうなのに、それが一日中続いたら…(物理的に)骨が折れる。ヤバい、鳥肌立ってきた。だから他の勉強が落ち着くまで魔法はできない設定でいこう、と考えたのだ。

 そう!魔法は気持ちが大切なのだ、一抹の不安も気の迷いも全て魔法に影響する。やる気なしで発動するわけない。これで私の魔法は発動せず、お父さんは魔法学を諦めて勉強量はキープできる……と。


 まあ、結果としてはダメだった。ダメダメだった。前の私と同じぐらいの年齢なのに、父は一枚も二枚も上手だった。


 余談だが私の家には2匹の犬がいる。一匹はドーベルマン。3mを優に超える大きな犬―――この世界でも大きめらしい―――で、よく不審者の両手足を折ってくるらしい。怖すぎる。あと一匹は父が拾ってきた狼型の魔獣だ。ドーベルマンより二回りほど大きく、よく両手足を折られた不審者に止めを刺しているらしい。魔法が使える獣で魔獣、なのに魔法は使わないのか。脳筋かこいつら。


 いつまで経っても諦めないなと思っていたら、ある日の真っ昼間、突然父がこの2匹を連れてきた。そしてにっこにっこ笑いながら。


『今からコイツらと遊ぶぞ。何でもいいから魔法が当たれば今日は終わり。大丈夫、お父様もついてるから怪我することはない』


 すぐ当たるようになるから、と両手の綱を離したのだった。


 数日前まで寝込んでいたか弱い令嬢にこの仕打ちは酷くない?やる気出さないと喰われるって比喩じゃないよね?死ぬ気で頑張れってこと?

 なんだかんだで偶然生き延びた私は真面目にやらないと殺されると思い、冒頭に戻る。



 父は何を勘違いして凶暴犬を連れてきたか知らないが魔法職は後衛だ。前衛が前で戦っている間に魔法を唱えて前衛をサポートする、そういう職業だ。呪文が長ければ長いほど威力が高いこの職業にどうやって前衛をすればいいのか。もしかして剣まで扱えって言うんじゃないよな?

 とてもそんな気がしてきたが流石にやらない…よね。


「……やらない、絶対にやらない!ほら、魔法筋がいいって言ってたし!頑張って魔法覚えたらやらなくて済むよね!」


 嫌なことを振り払うように首を振る。実際、護身術として魔法が使えたらこの世界で生きるのは楽になりそうだし、私が自立してここから逃げ出したくなった時に逃げやすくなる。学んでおいて損は無い。それにこういう機会が無いときっと真面目に取り組まないとも思う。だってここにいる限りは安全っぽいもの。剣術もした方が良さそうだが…今の忙しさでこれ以上増やすのは無理だな。時間が出来たらやってみようか。


 紙に大きく『最終目標:打倒父!(目指せボコボコ)』と書いておく。せめて抱きつかれた瞬間に逃げられるようにしたい。最後は抱きつかれた瞬間に吹き飛ばせるぐらいまで上達したいな。


「とりあえず魔法を見直そう。やらなくていい部分とかあるかも知れないし、忘れてたけど科学の力とかあるし!」


 軽くウォーキングアップ。まずは火でも出してみよう。

 体の中の魔力を中心に集めるようにして…どうか、指先に。


「火よ灯れ」


 ぽわ…と人差し指に火が灯る。うん、これはできる。

 じゃあ次は呪文なしでいこう。中心に集めて…出ろ。

 これまたぽわ…と中指に火が灯る。あれ、見た目も一緒なんだけど。てかできるんだ。


「…うん」


 何も考えないでいこう。よし、出ろ!


「……流石に無理か」


 一瞬光って消える。もう少しで灯りそうだったな。…言うだけで発動とか怖いからちょっと安心した。

 まあいいや、最後に文明人の力を使おう!ちょっと楽しみだ。そうだね、イメージは…蝋燭とかライターが定番だよね。指先に空気とガスが吹き出す感じで…灯れ。

 ぼっ、と勢い良く指先に火がつく。こっちの方が魔力の消費も少なそうだし全体的に楽だ。そういえば蝋燭って2、3本集めたら火が大きくなるよね…って。


 ―――ぼわっ


 なんか繋がったー…。




 その他にも上級者向けである風や氷と言った魔法も長ったらしく唱えなくても科学の力で解決できることが分かった。ぼんやりしか覚えてなくてもイメージで補えばいけそう。本に書いてあるものも当てにならないな。あー、魔法学が一番簡単だったよ…。


 ―――コンコン


 誰か来た。部屋で火遊びしてたら怒られそうだから消そう。


「はい。誰?」

「セレスー?入るぞ」

「ひょっ」


 急に肩に重みが…。身をよじり後ろを向くとお父さんが抱きついていた。速い…そして足音がしない!こんなにヘラヘラしてるのに動きだけはプロだ!うわ、すんすん匂うな!


「いやー、部屋でも勉強なんて感心感心。…なんて書いてるんだ?」

「あ、えーっと…目標、かな?」


 父の目線を遮るように手で紙を隠しながら、えへへと誤魔化して机に入れる。日本語で書いててよかった。目で教えろーと訴えかけてくるが無視無視。言って号泣したら処理が面倒だ。


「それで急にどうしたの?」

「ん?いや、部屋で火遊びしたら危ないって言いに来たんだ。さっきから火出して遊んでただろう?」

「うわ、なんでバレた」


 これでも一応わからないように工夫してたんだけど、バレバレだったのか。工夫と言っても静かにする、ぐらいしかなってないんだけどもね。


「ちゃんと危なくないように気をつけてたよ!」

「ほう……。そうかそうか、じゃあ今日も犬と遊ぼうな」


 その前に朝食を食べよう、と言いながら抱き上げられる。頬に軽くキスをすると満足そうに食堂へ歩き始めた。こういう砂糖に蜂蜜ぶっかけたような行為は母親にやってください。てか今日もあるんだね……鬼ごっこ。






 朝食を軽く済ませた後、私達は庭に出た。ここはあの犬2匹が全力で走ったりじゃれてきたり抉ったりしても余裕なほど広い。むしろさせる為に広くしたんじゃないかと思う。

 なんて考えていると二匹を捕まえに行った父が帰ってきた。パチっと二匹と目が合うと、なんともキラキラした目で遊んでくれと見つめてくる。見た目が凶暴なのに純粋な目で訴えられると逆にひと思いでやられそうで怖い。尻尾を振る音がぶぉんぶぉん鳴ってておかしい。


「セレス、準備はいいか?」


 父が上機嫌に私に問いかける。正直準備なんて出来てないし何を準備したらいいかわからないけど、若干引け腰になりながら頷く。満足げに頷き返す父は片方の綱を落とし…魔獣が地を滑るように走り始めた。


 これのルールは単純に当てれば終わり。犬が逃げるから追いかけながら当てればいい。ただ昨日は追いかける余裕もなかったし魔法も唱えれなかったから逆に追いかけられて襲われた。要するに早くしないと襲われるということで……。


「早く当てないと…ってえ?!」


 あいつ真っ直ぐ突っ込んでくる?!

 え、昨日逃げてたから?!


「火よ、灯れ!」


 火を犬の前に出す。が、それをかき消して走ってくる。お父さん、今の当たってない?え、当たってないって?くっそ、判定厳しいな。やっぱり蝋燭サイズの火じゃだめか!


「こ、これはヤバい…!」


 何度火を出しても消される。えぇい!


「炎よ、炎よ…燃えろ!」


 掌サイズの炎が五つ出てくる。あまりの小ささに『き、気合が足りないのか…?』と想像力の大切さを痛感したところで、小手先の抵抗として無理矢理五つをくっつける。バレーボールぐらいの大きさにはなった。よし、いける。

 牙を剥きながら突進する狼に全力で投げつける。炎の玉は勢いを増しながら黒い獣に向かって行ったが、低い唸り声一つでかき消されてしまった。熱く焼けた風が吹きつける。


「っ、魔法使うとか無しでしょ!」

「食らったら危なかったんだろう。威力が上がってよかったな」

「だから?!」

「グルルルル…ガゥ!」


 呑気に犬と戯れている父に文句を言っていると狼が私に飛びかかってきた。トラックがありえない軌道で突っ込んでくる映像が脳裏に過ぎる。当たったら文字通りミンチになる。しぬ。

 考えるよりも先に体が横へ転がると、黒い獣は砂埃をまき散らし大きな地鳴りと共に着地した。腰の横に下ろされた鋭い爪が思った以上に凶暴で、抉れた地面に血の気が引いていく。こわい。こわい。こわい。


 ―――無意識だった。


 淡い桃色のモヤがどこからか漂う。それはくるくると集まり、透明の物体が形成されていく。だんだん大きくなる物体は鋭さを増し、気がついた時には銀色の刃が現れた。冷気を纏うそれはまるで―――獣の爪のような形をしている。

 もしや、と私は思った。ライターを想像して魔力を集めるとライターのような炎が出てきた。手のひらに火を出そうとするとゲームのようなファイアーボールが出てきた。そして今は命の危険を感じて、身近に見た獣の爪のような氷が出てきた。

 もしかして魔法ってさ、言わなくてもいい代わりに想像しただけでも出てくる? …じゃあ、重要なのは想像力じゃなくてあと一つの…


「しまった」


 凶悪な氷の刃がくるくると回りながら狼の背後に現れる。どうしよう…止め方がわからない。意識し始めると獣の爪が頭から離れない。魔力の止め方を知らない私は一つ、また一つと凶器を作ってしまう。一つ増えるごとに脱力感に襲われ、頭がくらくらする。やばい、魔力ってどうやって制御するの?

 頭がぐるぐるする。体が急に熱くなる。明らかに何かが吸い取られているのを感じる。誰かの声が聞こえたような気がしたが、耳鳴りが酷くてわからない。ぼんやりとした視界に映るのは銀の刃の先だけだ。

 …あれ、わたしはなにをかんがえていたんだっけ?


 ―――バキッ


「……え?」


 黒い顎が視界を掠める。砕ける音に誘われて顔を上げると、黒い獣が氷の爪に牙を立てていた。ぐぐぐ、と力を込め豪快に咬み砕く。

 その瞬間、私の頭を曇らせるもやが吹き飛ばされるのを感じた。体は呆然と狼を眺めているのに思考だけ明瞭になる。―――あんなのに咬まれたら。脳にこびりついていた鋭利な爪は顎に変わり、狼越しに見える氷の爪が獣の牙に作り変わる。冷気を放ちながら獣の頭が形成されていき、獣の顎が口を開いた―――その時、黒い尻尾が氷を叩き砕いた。


「グルルルル」

「…強すぎだろ」


 動けない。勝てない。死ぬ。

 狼が『もういいか』と言わんばかりに近づいてくる。低く唸りながら私の体を片足で押さえつけ、そして顔に覗き込んで口を開ける。

 咬まれても死ぬ。そのまま体重をかけられても死ぬ。

 頭が真っ白になる。震えが止まらない。私はぎゅっと目を閉じて体を硬くした。


 殺すなら一思いに殺せ…!


「グルルルル………プスン」

「……は?」


 プスン?


「…え、ちょ、うわぁぁぁ!」


 鼻を首に擦りつけたと思うとべろんべろん顔を舐めてきた。前見えない呼吸ができない。な…なるほど、こうやって止めを…。


「すんすんすんすんすん…きゅっ」

「グルルルル」

「え」


 視界が急に明るくなり、上に乗った肉球もなくなる。きゅう、と鳴く方向を見るとドーベルマンが狼を引きずっていた。…え、なに、どういうこと?


「たまが懐くなんて珍しいな。よかったじゃないか」

「お父さん!助けてよ、死にそうだったよ!速すぎるんだよ!…たま?」

「あの狼の名前だ。可愛いだろ?」

「……(猫だな)」


 う…ん、可愛いね、と答えると満面の笑みで抱っこされた。ステキネームだなぁ(棒)。


「初めてにしては上出来だ!流石俺の娘!」

「昨日もあったけどね」

「昨日はやる気なかっただろ?うん、調子も戻ってきたみたいだし、これからもコイツらの相手をしろよ。はは、一時はどうなるかと思ったぞ…」

「え、」


 あははー、と満面の笑みで振り回してくる父と悲しそうな声を響かせるたま、たまの頭を踏むドーベルマン。

 私は最終目標にこの2匹を追加しようと心に決めた。


 いや、それよりも…真面目に魔法の勉強をしよう。いつか自滅するわ、適当にやってたら。


無事犬達と遊べるようになった主人公。元気にはしゃぐ娘と犬を見て父は感動しております。


ついでにドーベルマンはオスの9歳、名前はポチ。この世界の犬は長寿なのでまだまだピチピチです。

狼型の魔獣はメスの8歳、名前はたま。よく不審者を埋めてポチに怒られます。

魔法については深く追求しないでいただければ嬉しいです。


ありがとうございました。

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