21話 早速爆発しました。
少し内容が変わりました。申し訳ありません。
お願いします。
「はいお待ち! 唐揚げ定食だよ!」
白いエプロンを付けたおばちゃんが陽気な笑顔で皿を置く。予想と違い、テーブルが揺れるほど大量に乗ったそれがどーんと鎮座した。
明らかに食べ切れる量ではない圧倒的な量に、周りの騎士様達から生暖かい視線を感じる。絶対食べきれないだろ。そんな声が聞こえてきそうな視線である。が、そんな視線を放置して私はそれをフォークで刺してまじまじと眺めた。
ここは東食堂。大飯食らいの騎士達の胃袋を量と味で満足させる人気食堂だ。『安いのに多い』をコンセプトにしたここはお財布が寒い駆け出し騎士達に大人気。それを知っている先輩騎士達は違う食堂で食事をしている。
ただ陛下や団長二人はどこの食堂も関係無く食べに来るので、その時ばかりは混雑がモーゼの花道のように割れる。お腹が空いているだろうに頭を垂れる様子はとても可哀想。食べ終えるまで続けるので凄く可哀想。
止めてやれよ。食べていいって言ってやれよ。食事の時ぐらい仕事から開放してやれよ。てかルークさんはここで食べるなよ陛下だろ。
…まあそんな事は今はどうでもいい。問題は目の前の『唐揚げ定食』だ。
山盛り盛った唐揚げ様。茶色くて油で揚げているのがわかる。そう、これは唐揚げだ。私が違うと言おうが皆が認めた唐揚げだ。違和感なんて無い……無い筈なのに。
「どこからどう見ても豚カツなんだよなぁ…」
丸ではなく長方形の茶色い物体。パン粉で揚げたそれは見るからにサクサクして美味しそう。…どの角度から見ても豚カツだが。
いや、看板には唐揚げって書いてたよ。異国情緒溢れる字で『からあげ』って。辿々しい字で『唐揚げ』って。…これ、絶対唐揚げがどういう物なのか知らないで作ったよね? 隣に『豚カツ』が売ってたんだけどそっちが『唐揚げ』なのかな?
思わず優しい目で、突き刺した豚カツと前に見える『豚カツ』看板を見る。…今度は豚カツを注文しよう。その前にまずはこれだな。
ほかほか湯気立つ豚カツ様。上にソースが掛かり、見ているだけで食欲が湧いてくる。ただ食欲を激減させるほどカツが積み上がっているので、食べる前に油酔いしてきた。気持ち悪い。
「…いやいやいや、念願のB級グルメなんだ。懐かしの油モノなんだ。今食べなくていつ食べるよ。名前なんて誤差だ、油には変わりない!」
食べたくて食べたくて堪らなかった唐揚げ…という名の豚カツ。油酔いなんて無視して一口食べると、お口の中で衣がさくっと、肉汁がジュワッと、香りがふわっと。ドンドコドンドンカーニバル級の美味しさで私を魅了する。
やっと…やっと念願の油モノが食べる事が出来た。……唐揚げじゃないけどな!
魅惑的な茶色いボディがさあもっと食べろと鎮座する。食べた所から香ばしい匂いが漂い、私の鼻腔を擽って更に食欲を掻き立てる。全部は無理。けど久しぶりの油モノだもん。味わって食べよう!
騎士様達が心配そうに見守る中、漸く一枚目を食べ終える。なかなかのボリュームだ。まだまだ残っているのだがお腹がいっぱいになってしまった。顔を青ざめて口を押さえる。
「うぷっ、油っぽ……」
目の前には茶色の山。終わりの見えない山に顔が自然と引き攣る。捨てるなんて勿体無いから出来ない。けどこんな量食べ切れるわけがない。量を減らしてもらえば良かった、なんて考えながら廊下を見る。知り合いがいたら食べるのを手伝ってもらおう。さあ来い誰か。私を助けて!
願いを込めて見ているとそこからルクシオが歩いてきた。いつも通り無表情だが足取りが軽く、どことなく上機嫌に見える。これはナイスタイミングだ。食べてもらおう!
ルクシオを呼ぼうと口を開ける。と、その後ろから殿下が走ってきた。相も変わらず体力の無い殿下は苦しそうにルクシオの肩を叩いて引き止める。それに気づいたルクシオが殿下と二言三言会話して首を傾げた。
そして衝撃。あのルクシオが緩く口角を上げたのだ。いつも無表情の、野生動物ばりに警戒心が強い、あのルクシオが。
あまりの衝撃に言葉を失う。そうしている内に彼等は肩を並べて去っていった。……えと、ラブラブ…ですね。邪魔しようとしてごめんなさい。
いつの間に縒りを戻したんだろうか。私が雑用係に徹している間にめくるめくナニカが起こったんだろうか。流石ヒロイン、愛され体質だ。私はめくるめくナニカを想像しないようにしながら優しい微笑みで見送る。仲が良い事は素敵な事だ。私はそれを見守るまでよ。うんうん。
「……という事があったんだよ」
「そりゃよかったな。…で?」
いつも通り執務室で仕事をしながら、私はディー坊と先日の話をしていた。眠そうにしながらもなんだかんだ話を聞いてくれる彼に手も動かせと言いたい。だが彼は相変わらず首から下が机とドッキングしているので動かない。もうそのまま本編終了までドッキングしときゃいいのに、この女の敵が。
そんなドッキングボーイは私の話を鼻で笑いながら机とセパレートした。そしてしょうもねぇ、と欠伸をしながら言う。
「お前が定食一つも頼めない事と他の騎士からバカ認定されている事はわかった」
「いやはや申し訳ない…って何気に私の評価酷くない? 言っておくけど私はバカじゃないから!」
「もうその言葉がバカ丸出しだよな」
「…」
冷めた目が痛くて目を逸らす。けどさ、ディーアがひね過ぎなんだって。お嬢さん方を落として遊ぶ子供とか君ぐらいだろう。
ぶー、と口を尖らせているとそもそもな、とディー坊がため息をついた。冷たい目に軽蔑の色が交じる。
「何故お前はアルとお前の弟をくっつけたがるんだ。止めてやれよ」
「え、嫉妬? もしかして君も…」
「違う! 何故そうなるんだよ!」
「いやぁ、そりゃ…」
攻略対象だからでしょ?
陽気に笑って一言……としようとして口を塞がれる。ていうか鷲掴みにされる。本当に嫌そうな顔をする彼に私は目を瞬かせた。何故だ。将来くっつくかもしれないなのに。
より一層痛くなった視線に首を傾げて対応すると、何故かため息をつかれる。どこかバカにしたような、諦めたようなため息である。か弱いお嬢様の顔面を掴んで失礼なやつだな。
「いいか? 俺は男は対象外だ」
「ほぉ」
「暑苦しい筋肉と一緒に住むぐらいなら死ぬ」
「…ふぉお」
そ、そんなに男が嫌なのか。まあ毎日筋肉に囲まれていたらそう思うかもしれない。けど殿下はまだ筋肉じゃないよ?
「だから俺は働かなくてもいいって言ってくれる女の子に養ってもらうんだ」
「……」
…何を言ってるんだコイツは。だから、じゃねぇよ。働けよ。決して真面目な顔で言う内容ではない台詞を宣う騎士様。お嬢様方、こいつのどこを見て好きになるんですか? 本気で聞いてみたいです。
なんとも言えない話を無視することで終わらせる。笑って受け流すことが大人の対応だと気づいてほしい。話の流れを変えるために姿勢を正すと、そんな私の態度が変わったのを見た彼は珍しく顔を引き締める。そんなに凄い内容じゃないんだけども。いや、凄いっていえば凄いけど。
この話にはまだ続きがあるんだよ。これから話すこっちが本命。起きてもらおうと思ってどうでもいい前置きをしてみただけです。じゃなきゃこんな話しないでしょ。
「とりあえず、あの後お父さんと陛下が来て私の唐揚げを掻っ攫って食べたり、二人を見た新人達が衝撃でブッ倒れたり、噂を聞きつけた他の騎士達が土下座して崇め始めたり…。そこら辺は話が長くなるから割愛するね」
「ああ…そっちの方が有り難い」
冷たい目が急激に力を無くし、げっそりした表情で頷く。彼はあの場にいなかったらしい。これだけでもなかなか濃いだろう? 疲れるだろう? それを私は生で見たからな?こういうのは忘れないと悪夢を見る。やだ超怖い。
「で、バカ共…じゃなくてお父さんと陛下が来る前なんだけども」
「おい、仮にも陛下と団長に馬鹿はないだろ」
「ラブラブカップルを見送った後、不意に背中がぞわっとしてさ」
「だからあいつらは付き合ってない。止めてやれ」
「嫌な予感がしたから後ろを振り向いたんだよ」
「おい」
生暖かい気持ちで見送った後、どう処理しようか頭を抱えていたら急に体がぞわっとした。体中に何かが這い回るような生理的に受け付けない気持ち悪さ。それが気になってそっちの方に視線を動かす、と…。
「こんなものが飛んできた」
騎士服を漁って手紙を取り出す。こんな分厚いものをどこから出したんだ、とか聞こえたけどそんなの企業秘密に決まってるでしょ。曖昧に笑って誤魔化す。
懐から取り出した手紙は、前にディーアに見せられた狂気のラブレターに酷似していた。真っ白で分厚くて、無駄に綺麗。そんな手紙の角は黒っぽい赤が付いている。
うん、何を隠そうこれは私の血です。後ろを向いたら飛んできて額に当たった。で、思った以上に固くて血が出ました。手紙が凶器になるなんて初めて知ったよ。
机に置いて彼の方に滑らすとくるくる手紙とは思えない軌道を描きながら彼の近くで止まる。さあ開けろと顎で指示すると、険しい表情で眉を顰めた。
「お前にも来たのか…。これ、誰が書いたんだよ」
「え、知らない人なの?」
「そりゃあ…な。これって自分をアピールする為に送ってくるんだぞ?」
至極面倒そうなその声に、目の前の山から適当に怨念の薄そうな手紙を引っこ抜く。裏を見ると綺麗な字で名前が書いてあった。それは親の名前と子供の名前が書かれており、見るからにお見合いの意を含んだような…。
「ってお見合いの手紙じゃん! 何でここにあるの?! それよりも何故君がお見合いを受ける方なんだよ!」
この世界って女がお見合いを受けるほうでしょ?! お前は女か!しかもこれって親に行くやつだよね?! 何故真っ先にお前が見る?! この前燃やしてなかったっけ!? …って私お見合い受けるの?!
「え? いや、アルを庇ってたらこうなった。王族って凄いよな。あの年で令嬢と親に群がられるんだぜ? あの中から良いヤツを探すなんて到底出来ない」
「してるじゃん。すっごい選別してるじゃん。君に落ちない女の子が第一条件なんでしょ?」
「あぁそうか、成程。よかったな、お前クリアしたぞ」
「要らない嬉しくない辞退する」
ヒロインと結婚とか無理。婚約=攻略対象とバトルの公式が頭に浮かぶ。うん、やっぱり無理だ。ディーア相手でもルクシオ相手でも死ぬわ。
「…じゃなくて、これを見てほしい!」
「ああはいはい、ちゃんと見るから騒ぐな。っと、これの封を切るのが一番嫌いなんだよな……あれ?」
ペーパーナイフで封を切ろうとするが紙が切れず開かない。首を傾げて挑戦する彼を見ながらやっぱりかと俯いた。口から力無く笑いが零れるが…本当もう気が滅入りそうなんです。
「私が開けるよ。貸して」
「ん」
ディーアが私に手紙を投げる。ばん、と手紙とは思えない音を鳴らして手に収まった。分厚い手紙とナイフを持って、いざ開かんと隙間に差し込む。
すると何の抵抗もなく綺麗に裂けていき、中身の手紙が出てきた。たくさん入っていたのだろう、ばさばさと中身が落ちる。その拍子に一枚の手紙が開いた。
その中身を見た私は予想通りだとため息をついた。そっとディーアを見ると目を見開いて固まっている。
「うっわ…」
「うん、これを見ての通り」
彼は読むのが速い。きっと文字が一気に頭に入ってきたのだろう。なんとも言えない顔をして手紙を閉じ、私に可哀想なものを見る目で見てくる。
その手紙には端から端までびっしり『許さない』と書かれていた。他の手紙を見るとこれまた綺麗に『殺してやる』の文字が並んでいる。こりゃディーアに送られてきたラブレターと同じ差出人だろう。字が似すぎている。あと表現の仕方が同じだ。
「ディーア様」
私は姿勢を今一度整えて彼を見る。本気本気マジ本気。断られたらヤバい奴だ。私は一つ深呼吸をして落ち着かせる。よ…よし、言うぞ。思いっきり頭を下げる。そして引き攣る彼に大きく叫んだ。
「助けてくださいお願いします」
こんな狂気的な人間を相手にするのは無理だよお願い助けて!
「…つっても俺関係ねぇぞ」
「関係あるよ!お前のせいで巻き込まれてんだよ!なんでそこで無関係を装おうとするんだよ!」
「お前が勝手に巻き込まれたんだろ」
「お前が勝手に見せるからだよ…!」
「……様子見しとけ」
ディーア様からTのポーズを向けられる。タイムってか。わかって使ってんのか。この世界で通じるのか。…いや、まあそうだな。まだ手紙を送られただけだから大きな被害はない。飽きたら止めるかもしれないし、過剰に反応するのはよくないか。
「わかった。様子を見るよ」
数日後、様子を見ていた私は再びディーアと話し合っていた。主にどんどん状況が悪くなる、といった内容を。歩いていれば上から植木鉢が落ちてくるわ、鍛練場で治療をすれば私を狙って魔法が飛んでくるわ、室内で私の嫌がらせに巻き込まれた人が倒れているわ。圧倒的に良くないと思いませんかね、ディーア様。
溜息をつきながら只今の現状報告をしていると、うつらうつら船を漕いで聞いていたディーアが等閑に頷いて面倒そうに言う。
「俺には問題が感じられないな。そういうものなんじゃないか?」
「ちょ、お願いだから考えてください!」
「えぇ…」
眉を顰めて机に突っ伏す。やる気ゼロと全力で主張する姿に涙目になりながら両手を合わせた。お願い、本当に困ってるんだよ…!
私に攻撃が当たろうが昼食が無くなろうが、それはどうでもいい。問題なのはダメだと言われているのに室内で魔法を唱える事とそれに伴う魔力の低下、あと他人に被害が出てる事だ。こんなのが陛下に見つかってみろ。何言われるかわかったもんじゃない!
マジでお願いしますと頭を下げると、ディーアは怪訝な顔をして首を傾げた。
「…んだよ。いつも通り治癒師として働いていたんだろ? それのどこに問題がある」
「いやいやいや、おかしいでしょ! 今の聞いてた?!いつも以上に魔力の減りが多いんだよ! 頭に手紙が刺さってからこんな事が十日以上続いてるの!」
「あ? そりゃ…あれだよ。魔力が腐ってきたんだよ。他の治癒師に治療してもらえば?」
「魔力が腐るってなんだよならないよ! 」
「じゃあ疲れてるんだろ。幻覚か何か見始めたんじゃね?」
「見てない!」
「ちっ…ウザったいな」
流されないとわかった彼が冷たい榛で私を睨む。そして憎々しいを前面に出した顔で舌打ちした。何故そんなに嫌なんだ。ちょっとぐらい考えてくれてもいいじゃない!
負けじと睨み返すと更に大きな音で舌打ちした。眼光が冷えに冷えきって人殺しの目になっている。どれだけ動きたくないんだ。そんなに寝たいか。けど元はと言えば君が怨念レターを放置したからだろう!
「やっぱりお前が勝手に巻き込まれただけだろ」
「違う! そっちが対処しないからでしょ!」
「そうだとしても、面識無し顔無し名前無し相手にどう対処しろと?」
「ぐ…っ! いや、君が本気を出したらすぐにわかるでしょ! 顔、権力、ツテ、全部使って頑張ってよ!」
「何故俺がわざわざ探さにゃならん。いいか? こういうのは見つけたが最後、始末するまでへばりついてくるもんなんだ。もういいじゃねぇか、こっちに被害はないんだし」
「被害! 私が被害を受けてる! 何かされてる!」
「そんなふわっとした被害、被害の内に入らんだろう」
「ぬぅぅううう!!!」
なんて頑ななんだ! そんなに動きたくないか!
全く可愛くない悲鳴を上げながら机を叩く。寝かしてたまるかと机を揺らしていたら、殺意が混じり始めた目でヤツが睨んできた。そして本日三回目の舌打ちをする。
「なんなんだよ…お前は俺に何を求めているんだ? 犯人でも教えりゃ一人で勝手にやってくれるのか?」
「やらないよ! 私治癒師! 戦闘職違う! トラブル無理!」
「治癒師でも攻撃は出来るさ。決闘の日まで頑張れ」
「決闘の日ってなんだよ! 出来ないよ!」
本当は攻撃治癒どっちも出来るけど普通の治癒師は出来ないらしいので私も出来ない設定です。そもそも攻撃してどうする! 相手は令嬢だろ、始末しろってか!
意味わからないよ!と頭を抱えて唸る。とりあえず城に来る令嬢を脅かせばいいのか? 片っ端から決闘を申し込む? いっその事闇討ちしていけばいいのか?
物騒な方向にぐるぐる目を回していると彼が大きくため息をついた。
「…わかった。お前がこれのどこが問題か、俺に何をやって欲しいのか、簡潔に答えられたら手伝ってやる」
「え、本当に?」
色々条件が出たが了解の言葉が出て、咄嗟に確認してしまう。疑う私に要らないのか?と首を傾げたので首をブンブン縦に振った。
漸く差し伸べられた救いの手に涙が零れる。満面の笑みで彼の手を握ろうと手を伸ばした瞬間、彼が但しと付け加えた。
「貸し一つだから。何でも言うことを聞くっていうなら手伝ってやるよ。まああんなに嬉しそうに頷いたんだ、前言撤回なんてしないよなぁ?」
―――ああ、わかってた。君はそういう奴だよね!
伸ばした手を引っ込めて私は拳を握る。何故頭を振ってしまったのか。彼が自主的に動くはずないのに!
自分で自分の頭を叩きたい衝動に駆られる。口が引き攣って動かない。やばい、これは早まったかもしれない。けど手伝ってもらわないと犯人の目星が付かないし。何かあった時に守ってもらえないし。周りに迷惑をかけるぐらいなら……! いやけどやっぱりこれはちょっと…。
「納得したなら俺を説得してみろ。ちゃんと動きたくなるように言ってくれよ?」
ディーアがけたけた笑って目を眇める。口を三日月に歪めて嗤う顔はもはや悪魔。黒い愉悦の表情にやっぱり早まったわと顔を青くした。
彼は悪役かもしれない。断りたい。
***
「もう行くのかい?」
ルークが首を傾げて聞いてきた。早く行こうとする理由を知っているからだろう、顔が笑みで歪んでいる。隠そうともしない揶揄った表情に苛ついて大きく舌打ちした。
「ふふ、そんなに怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ」
「……」
ああ、咬み殺したい。こんなに殺意が湧いたのは親と村人達を殺された以来だ。いや、街で彼女に触れようとした糞野郎もいたな。咬み殺せばよかった。
首から血を吹き零す彼等を想像しながら低く唸る。こいつも同じようにしたい。こいつの顔が恐怖に染まる顔が見たい。一度死んでくれないだろうか。物騒な考えが頭をよぎる。
「本当に好きだよねぇ。そんなにあっさり言うことを聞くなんて、面白くないなぁ」
「…いい加減にしろ。本気で咬み殺すぞ。いいから早く居場所を教えろ」
「えぇ…そんなに短気じゃ彼女に嫌われるよ?」
「彼女になら待たされてもいい。だがお前を待つのは嫌だ」
「ふぅん。……刷り込み、かな?」
ブツブツ言って悩むルーク。一部分が掠れて聞こえなかったが、興味が無いからどうでもいい。兎に角早くここから出してほしい。
「…っと、漸く来たようだね。エドウィン、早く来なよ」
「はっ、申し訳ありません」
エドウィンさんが扉を形だけノックして入ってくる。遅れて入ってきたのにそれを一言も咎めず、俺の隣に立ったエドウィンさんを見た。頭を垂れるエドウィンさんと睨みつける俺。差がありすぎる俺達を見たルークが小さく笑うが、気を取り直すように一つ咳をしてから厳かな声で俺達に告げた。
「君達に極秘任務を与える。これは私と君達だけの機密情報、他に伝える事を禁ずる」
援軍は来ないよ、と暗に告げられて俺は笑みを浮かべた。来ないという事は姿を変えられるという事だ。来ない方がいいに決まっている。
「場所はハイルロイド領のとある街の中。詳しい事は可愛いその子の鼻に聞いてね」
血の匂いは覚えているだろう?
そう聞かれて小さく頷いた。ここに来る前にたっぷり匂ってきたからな。どれだけ混雑した街の中でも探し出せる。
楽しみだ。これからの期待に思わず舌舐めずりする。だが本来の目的はこれじゃない。この後が重要なんだ。これも楽しみだが二の次。そこは忘れないようにしないと。
「ふふ、この子は余程楽しみらしい。エドウィン、ちゃんと首輪を着けておいてね」
「善処します」
「…今なら首輪をしても引きちぎりそうだものね」
楽しそうに笑う大人二人を睨む。何を言ってくれてもいいが早くしてくれないか。
「はいはい睨まないの。さあ君達、お待ちかねのお掃除の時間だよ。散歩がてらにゴミ捨てをしてきなさい。家で準備をするのは許そう」
「…いいのですか?」
「『偶然』ゴミ捨てに参加するのはいいんじゃないかな」
「御意」
「但しさっき言った通り他言無用だから。そこの所は守ってね」
「勿論。誰が言うか」
吐き捨てるように言って後ろを向く。閉じたはずの扉が開くのを見て笑みを浮かべた。
―――楽しみにしてくださいね。
和風な食べ物が多い東食堂を気に入って利用する主人公。しかし量が多いので食べ切れた試しがありません。三回に二回は知り合いの騎士さんに食べてもらいます。あと一回は……。
ベルドランさんはお見合いのお手紙を読みません。自分の不始末は自分で始末しろって事です。子供がどうにか出来ることじゃないと思うんですがね。
早速巻き込まれた主人公。呪いの手紙は主人公にしか開けられません。事件が始まりそうな予感ですね!
ありがとうございました。




