19話 爆弾の子供は勿論爆弾ですよ。 前
お願いします。
視界を遮る爆風の中、赤い髪を靡かせて彼が笑う。片手で持つには大きすぎる剣を振り上げて、邪魔するものを片っ端から薙ぎ払う。純白の騎士服に赤や茶が付くのなんて気にしない。ただ目の前の障害物をにたりと笑って吹き飛ばす。
不意に彼が私に目を留める。彼は三日月みたいに口を歪め、ギラギラとした榛の瞳で―――
【悲報】
まともだと思っていたベルドランさんは戦闘狂でした。
全く気づかなかった。ベルドランさんは大人陣の唯一の良心だと思ってた。けど違った。一番危ない部類の人間だった。
よく考えたら普通のはずがなかったんだ。ほら、類は友を呼ぶって言うじゃないですか。彼はお父さんとルークさんと一緒にいれる人、だよ? この時点で常人じゃない。そして、私は白騎士団の別名を忘れていた。一般の本には載っていない極秘情報。
彼らの別名は……『脳筋部隊』。
…まあこんな別名、一般に知られたくないわな。
美形揃いの白騎士団は民に絶大な人気を誇っている。皆には国の平和を守る強くて優しい騎士様ー、なんて言われてる。それがただの脳筋です、だなんて知られたらどうなるか…。
そう、彼らは己の欲望に忠実が故に人間らしい感情をずいぶん遠くに飛ばしてしまった部隊なのだ。熱心に魔法を研究しすぎて餓死寸前になったり。朝も夜も関係なく鍛錬をしてぶっ倒れたり。良く言って追求者、悪く言って脳筋の集合体がこの部隊、白騎士団なのだ。
多分彼らは先祖返りの血が濃い部類の人なのだろう。戦闘力、集中力、魔力。どれに置いても他の団を圧倒している。ただ本能に忠実というか、奇人の集まりというか、行動がぶっ飛んでいるというか。お馬鹿すぎて全体的に残念。いやいや、強いよ? 馬鹿だけど。
兎に角、そんな団を纏める長がベルドランさんだった。要するに脳筋の長。ほら、この時点でまともな感じが消えた。何故今まで気づかなかったのだろうか…私の馬鹿!
別の話になるのだが、親子の語らいで鍛錬場が崩壊した先日の事件。あの時に衝撃の事実が明らかになった。
あの事件があそこまで大事になったのは私のせいでした。あの時の父と弟は常人とは思えないような動きをしていた。父は剣で周囲を薙ぎ払いながら魔法を乱発して、ルクシオは狼になることなくそれを全部避けて騎士を投げる。目が飛び出るような事を二人はやっていた。
ここで気になったのは父の魔力とルクシオの動きだ。
地面を抉るような魔法は物凄く魔力を消費する。魔術師でも二発撃てるかどうか…レベルの消費量だ。それを父が乱発していた。
それをルクシオが普通に避けて、その上武器(人間)で対抗していた。先祖返りとはいえ両手に何十キロもある人間を持って振り回すとかバグってる。
……それを可能にしたのが私の渡した魔道具でした。
前に父に渡した宝石電池。あれは術者の魔力を補う物だ。だからあの時の父は自分の魔力+私の魔力の一部の魔力を持っていた。それでも乱発出来るのはおかしいと思うが…まあお父さんだしなぁ。
ルクシオは身体能力を高める魔道具を渡していた。もしもの為にと思って作った逸品は想像以上に出来が良かったらしく、ルクシオが使ったらあんな事に…。けどあんな所で使われるとは思ってなかったんだもん。
という事で、それに気づいた私は絶望した。目の前が真っ暗になった。まさか私のせいでこんな自体になるなんて…と。
いつも振り回される私は振り回される大変さを知っているので、出来る限り人に迷惑が掛からないようにしていた。フォローしまくって誤魔化していた。なのに、なのに私が周りに迷惑をかけるなんて……!
それから後は必死だった。兎に角騎士を治療して、兎に角地面を修復した。死ぬ気で二人に突っ込んでお父さんとルクシオを止めた。その結果、私の職業が決まりました。
私の職業は治癒師です。
基本は契約通り相手の魔法を避けれるように練習します。そのついでに騎士の傷を癒せという訳です。
治癒師と魔術師は違う職業だ。治す魔法が得意な人が治癒師。壊す魔法が得意な人が魔術師。同じ魔法だがその差は大きい。で、私は片っ端から治していったから治すのが得意と思われたらしい。うん、もう何でもいいけどね。迷惑かけた分は尽くしますとも。
という事で、今私は図書館にいます。理由は簡単、初級の治癒魔法を探すためだ。いや、だってどこでボロが出るかわからないし。適当に使って突っ込まれたら拙い。なのでここでもう一度復習しておいた方がいいだと思ったのだ。
……そこで新たな爆弾に出会うとは知らずに。
流石王国一の図書館、品揃えが凄い。ここには娯楽小説や歴史書、そして絵本がある。なんて素晴らしい事か。ルクシオの国語力を高めるために何冊か借りよう、絵本を。
周囲の人に迷惑が掛からない程度に鼻歌を歌いながら本を選んでいく。魔法学の本と絵本を何冊か。あと娯楽小説を取り出した。うーん、戦記モノか…。まあ恋愛モノよりいいか。戦ってる方が動きがあって眠くならない。
取り過ぎて少しヨロヨロしながら机に置く。どさどさっと大きな音がなってしまい、思わず周囲を見渡した。誰も反応はしてないけど…音立ててごめんなさい。心の中で謝ってから椅子を引く。さあ、座ろうと思った瞬間、私は気づいてしまった。
見た事のある赤騎士が寝てる、この机で…。
彼は陽が良く当たる最高の場所でなんとも気持ち良さげに寝ていた。窓からそよ風が入り、ふわふわと赤い髪を揺らす。ん…と身動ぎして、また深く眠り始めた。
私は大きな音を立てて本を置いてしまったのを忘れて、椅子に座るのを忘れて、ただただ固まった。目を見開いて彼を見る。このタイミングとは思っていなかったのでガン見してしまった。
脳裏にとある記憶が蘇る。赤い騎士服を着た赤髪の少年。きっと彼の瞳は榛色のはずだ。だって彼は……
「ディーア・オートフェルト…!」
ベルドランさんの息子で攻略対象の一人、ディーア・オーフェルト。Oh…まさかここで遭遇するとは…。
ゲーム内の彼は優しいお兄さんキャラだった……はず。というのはまともに見たことが無かったからだ。なんかばっさばっさ敵を斬っているのは覚えてるけど…。まあお兄さんなんだよきっと。戦闘能力はトップレベルでした。正直そこしか覚えていません。
妹が『こんなのがお兄ちゃんだったら今のお兄ちゃんはゴミ箱行きだね!』って言っていたから結構いい感じのお兄さんキャラだったんだろう。うちの兄さんはクソかったからなぁ…。うちのお父さんとルークさん並みにクソかった。
と、頭に巡った所で私は本を持ち直した。そして物音を立てないように一歩ずつ離れる。
やっぱり寝てる人の近くで勉強しちゃ駄目だよね。自分の部屋でも勉強出来るし。別に近づきたくないとか思ってるわけじゃないよ? ただね、ベルドランさんの子供ってところが怖い。起きた瞬間にばっさりきたらマジで死ぬ。
「あ…あはは。……逃げよう」
触らぬ神に祟りなしってね!
目の前の少年を見つめながら一歩ずつ一歩ずつ離れる。逃げ方が慎重過ぎるだなんて言わないでほしい。私は怖がりなのだ。後ろから攻撃されたら泣く。
まるで肉食獣から逃げるようにそっと、そぅーっと後退して……
―――ガタン
「……あ」
「んぅ…」
うわ、机にぶつかったやばい音出たーー!!!
急激に血の気が引いていく。今鏡を見たら絶対真っ青な顔が恐怖に引き攣った。彼は小さく呻いて身動ぎする。そして……
「…あれ、俺寝てたのか。ふぁ…よく寝た」
眠そうに目をこすりながら欠伸を一つ。はい、ディーア・オートフェルト様がお目覚めになりましたー…。って私のバカ!
彼は伏せたまま腕を前に伸ばして、もう一度欠伸をする。さっきより大きな欠伸はまだ眠いのか起きるつもりなのか。眠そうな榛をぱしぱし瞬かせて……私と目が合った。彼は恐怖に固まる私を、寝惚け眼な上目遣いで見つめる。何度も首を傾げて、じっくり私の顔を見つめる。揺れる目の焦点が合った瞬間……不意に目を見開いた。
「君、あの時の…」
すげぇ、生きてたんだ…と不穏な事を呟いた。引き気味の顔がすぐさま笑みに変わったが、引き攣っているようにしか見えない。取り繕いきれていない感じが、如何に彼を驚かせているか示している。
てか生きてたんだってどういう事だよ! 生きてるよ、必死に生きてるよ! そもそもあの時ってどの時?! もしかしてこの前の惨劇の被害者?!ごめん。それならマジでごめん。私含めてうちのバカが御迷惑をおかけしました…。
謝罪の意を込めて軽く頷くと彼が体を起こした。ちょっとこっちに来て、と手招きしてくる。行きたくないが断る理由もないので本を机に置いて彼の方へ行く。と、座れとでもいうように魔法で椅子を引いた。
すごいこの人。魔力がガリガリ減るのよりも動きたくないを優先するなんて…! かつてこんなに無駄な魔力の消費の仕方を見たことがあるだろうか。いや、ない!
「ふぁ…。あー、眠くなってきた」
そりゃ眠くなるでしょうよ。寝る=魔力回復だからね。
絶対動きたくない! と主張する腕をのろのろと伸ばして手を差し出される。スマートな誘導に程遠い気の抜けた誘導に思わず座ってしまう。あ、座っちゃった。うわ、ベルドランさんみたいに笑ってたらどうしよう…。不安いっぱいで恐る恐る彼を見る。…と、彼は半分意識が飛んでいるのかゆるく船をこいでいた。
……。…何かあるって緊張して、呼ばれて身の危険を感じて、断れねぇと絶望した私の気持ちを考えろ。何かあると思うだろう? それが何もないんだなー。…予想外にもほどがあるわ!
なんだろう、この感じ。面接に行ったら面接官が居眠りしていた、みたいな脱力感。少年とはいえ緑の上司である赤が座っているのに全く緊張しない。いつの間にか解けてしまった緊張に半笑いしてしまった。
なんとも表現しにくい顔をしているであろう私を見た彼は至極満足そうに頷いた。頷いて、ゆっくり頷いてそのまま……突っ伏した。
「ええー」
おやすみか? また寝るのか?! なら何で私を呼んだんだ! 行かせろよ…! 本を隣の机に置いちゃったんだよ!
赤髪の居眠り小僧が安眠体制に入って数刻。私はまだ机に座っていた。だって逃げるに逃げられなかったんだ。ちょっと椅子をひこうとしたら動くんだよ! 怖いよ!
心の中で誰か助けてと叫んでも聞こえるはずがなく、周囲の人は若干生暖かい目で見てくれる。違うよ、好きで見つめてるとかじゃないんだよ。急に魔法が飛んでこないか怖くて目が離せなかったんだよ!
そういえばそっと紙とペンを置いてくれた人がいた。それはこいつの頭にぶっ刺せって事か? それとも紙を丸めて口に突っ込めって事か?
ああ、こんな事になるなら早く対魔法使いの特訓でも頼めばよかった。それかもっと宝石電池を作っておけばよかった。ルクシオ色のやつを壊したくがないためにこんな事態になるなんて。
空が傾き始め、図書館にいた人も数を減らしていく。ぽつりぽつりと数を減らし、空が完全に暗くなった頃には誰もいなくなっていた。図書館の中を淡い光が照らす。節約しているのか、薄暗く灯るここは少し気味が悪い。
早く帰りたい…。小さくため息をつくと目の前の彼がんん…と声を漏らして目を開けた。漸くお目覚めらしい。
「ふぁ…。あれ、まだいたの?」
「……」
やばい、すごいイラッとする。疲れが取れましたって顔が物凄く苛付く。そうかいそうかい、私は疲労困憊だよ首と腰と足が痛いよ!
口には出さないが睨んで抗議するが彼はどこ吹く風と欠伸をする。やっぱりお前もそっち側か。人の話を聞かない迷惑野郎系か。
「んん…と、」
ぐっと体を伸ばして首を回す。小気味いい音を鳴らして小さくため息を漏らした。この間は勿論私にごめんとも帰れとも言っていない。
すごい、こんなに自由な人を見るのはルクシオ以来だ。いや、皆自由人だけど群を抜いているのがルクシオなんだよ。彼はそこにいくかいかないかレベルだな!
妙な感心をまともな私がなんでやねんしていると、急にまじまじと見てきた。何、と首を傾げると彼はゆっくりと口を開いた。
「いやぁ…近くから見たらますます団長だな」
「(全く嬉しくない)」
「本当に団長に子供がいたんだな…。いつか誘拐でもすると思ったんだけどなぁ」
「(してました。ばっちり)」
「団長…どうやって結婚したんだ?」
「それはここの大人陣全員に言える事でしょ」
「そりゃ違いないね」
「だよねー……あ」
手で口を覆ったが既に遅し。話さないで去ろうと思っていたのに話してしまった。その上普通に話してしまった。もろに取り繕わずに出て言った言葉に彼がにやりと笑う。
「話せるんじゃん」
「……」
「おいおい、黙るのは無しだろ」
けらけら笑って目を眇める。逃げようと椅子をひくが、びくとも動かなくなっていた。くそ、やられた!
おい、妹。こいつの何処が『良いお兄ちゃん』キャラなんだよ。どこからどう見ても悪役だろ。本職(私)より悪役っぽいってどういう事なんだよ!それよりもこの世界は子供ですらこんなのなの?! 誰かこいつだけだって言って!
「で、感想はあるのか?騎士である俺の名を知ってるって事は蛾か何かだろう?」
「…が?」
「蛾。俺とアルに付き纏う蛾」
「ああ、虫の……ってなんで君達に付き纏わないといけないの!?」
「そこ突っ込む所じゃないだろう」
「いや、まあ私が蝶っておかしいじゃん?」
悪役令嬢は蛾だろう。少なくともセレスティナは蛾だ。
うんうん、と頷くと調子狂う…とため息をつかれた。こっちがため息つきたいんだけどねぇ?まあいいや。ここまでするって事は何かやりたい事があるんだろう。さっさと言って帰してほしい。
面倒臭いって顔が出ていたらしく、彼が憮然とした顔で見てくる。そして再度ため息をついて言った。
「すぐに終わると思っていたのに…一日かかっても駄目だったか」
「え、何が?」
「お前が俺を触った時点で終わったんだけどなぁ…」
「なにそれ、え、何?」
ば、爆発でもするんすか? その年で魔法使えるんだもんね、爆発ぐらいしてもおかしく…いや、おかしいわ。
「何故俺が爆発しなければならんのだ」
「あれ、漏れてた?」
「……本当に調子狂うな」
またまたため息をつかれてしまった。解せぬ。
「まあいいか。これなら大丈夫そうだしな。…これで蛾だったら処理せにゃならんかった」
「え…」
「自分だけのものにしたいって思うご令嬢が多いんだよ。特に最近な」
「なにそれこわい」
「うんうん、これがわかっただけでも一日かけた甲斐があったなぁ」
よかったよかったーと棒読みで言って立ち上がる。処理ってどういう処理…? 一日かけた甲斐って今まで起きてたの?!
頭に宜しくない文字がぐるぐると回る中、彼は指を鳴らして椅子の拘束を解く。私は急いで立ち上がって彼から距離を取った。
今日初めて彼と真面目に向き合う。彼は私に向かって憎たらしいほど優雅に礼をして微笑んだ。
「俺の名前はディーア・オートフェルト。赤騎士団の騎士にしてアライシス殿下に仕える者」
流れるような、歌うような、心地いい声が耳に通る。それとは真逆に、微笑みを背筋が凍る嗤いに変えて手を伸ばした。
「今日からお前と俺は同僚だ。仲良くしようぜ、姫様」
ねぇ、お姉ちゃんね、もう一度言うよ?
こいつのどこを見て良いお兄ちゃんなんだよ!
ベルドランは止めに入ろうとした主人公を止めようとしたらああなりました。テンション上がりまくりです。
ルクシオを普通の子供と思っていた主人公よ。どうか一般人をぼっきぼきに折っていた彼を思い出して欲しい。
長を見ればわかりますが、
白騎士団→脳筋
赤騎士団→ルーク陛下の信者
緑騎士団→どちらでもない人
です。
わぁお、碌な奴がいねぇ。
あの後主人公はプルプルしながら手を握りました。マジ怖いです。
ありがとうございました。




