18話 そうです、尻拭い係は私です。
途中別視点入ります。
お願いします。
大きな鏡がピンクの髪を揺らす女の子を映す。
髪をいじって、服をつまんで、くるりと回って。忙しげに手を動かしたり、クローゼットを開いてみたり、大きな瞳をキョロキョロさせて。
その姿はまるで、今から好きな人に会えるとそわそわする恋する少女のようだ。蒼い瞳をキラキラさせて扉を見つめる様子は待ちきれない、早く行きたいと言っている。
…と言うのは嘘です。
大きな鏡がピンクの髪をクシャっと掴む女の子を映す。髪は無理だった。切ればマシになるかと思ったがこの部屋に刃物は無かった。クローゼットは空で、服はない。そんでもって魔力がやばい。使おうとする度に減っている感覚がある。
私は再度少女を見た。青くなった顔よりも泣きそうな目よりも、可愛らしい容姿に似つかわない畏まった騎士服が目に入る。未だ解決しない問題に、私は大鏡の前で蹲った。
何故あの時服を掴んで入ってしまったのだろうか。あの時にきちんと大丈夫だと言っていればこんな事にならなかったのに。だがあの時そんな事が言えるだろうか。否、断じて否。正直殿下に威圧されて何も考えられなかった。殿下怖い。
「やばい…これはやばい」
魔法が使えないのが痛い。普段どれだけ魔法に依存しているかよくわかる。…まあ魔法って楽だしね。前の生活の良さを再現しようと思ったら魔法を乱用するしかないのだよ。
「セレス嬢」
「っ、はい! もう出ます!」
ああもうくそ、タイムアップだ。そっと扉を開けて頭だけ出す。予想通り殿下がキラキラを振りまいて立っていらっしゃった。その後ろでルークさんが顔色を悪くしながら立っている。私と目が合うと菩薩のような笑みを浮かべた。そして指を立てて……走り去った。
あ、あいつ逃げやがった!
「セレス嬢?! 何故閉めるのかな?」
そりゃ私も逃げたいからです。
にっこり笑顔で扉をガッと掴んでくる。ちっ、思った以上に力が強い。見た目は薄幸の美少年のくせに!しかも何気に扉と私の間に足を差し込んで閉められないようにしている。なんて王子だ、悪徳セールスマンばりの差し込み具合だ。
「殿下、貴方様の足が汚れてしまいますわ。ここは足を引いてもらえませんか?」
「いいや、それよりも何か不具合があったのかな?」
「大丈夫です。お気になさらず」
うふふ、と笑ってグイグイ閉める。が、閉まらん。困った。力の限り扉を引っ張っていると不意に殿下と目が合った。光の加減で深みが変わる紫の瞳が美しい。本当に見た目だけは美形なんだけどなぁ…。ルークさん以上の威圧はやだなぁ…。
全力で閉めながら観察していると突然殿下が手を離した。いつの間にか扉の隙間に挟んでいた足は抜いていたようで勢い良く閉まる。
「うわわっ」
「……セレス嬢、だよね?」
「…はい? や、はい、そうですが」
何聞いてんの殿下。認知症ですか?
呆然としたように聞く殿下に何言ってんだよと意味を込めて言う。すると、
「セ、セレス嬢……っ!?」
嘘だと殿下が小さく叫んだ。何故か焦った口調だが…嘘じゃないですよ? 何、急にどうした。
「セ、セレス嬢ってさっき私の所に来た…かな?」
「はい、行きました」
「ハイルロイド…と言ったよね?」
「はい、ハイルロイドの者ですが」
あわわ…と外から聞こえる。段々口調が速くなって声が震える。そして殿下はついに、小さく質問した。
「ルクシ…黒髪の子の隣にいたかな…?」
「はい、ばっちりいましたが」
「……」
黙りこくって数十秒。急に動きも気配もしなくなった。さっきまであわあわ言ってたのに何があったのだろうか。うーん、開けたくないけど外がとても気になる。まあまあまあ…どうにかなるか!
そっと扉を開ける。そこには……。
「Oh……誰もいない」
目の前には白い壁。下を見ると赤い絨毯。恐る恐る通りを覗くと誰もいなかった。
「……これが噂の真夏のサスペンスか」
多分、いや、絶対違うけどそう呟かずにはいられなかった。
陛下敗走殿下消失という恐ろしい事件が発生した後。
「えと、何をすればいいのか…な?」
私は一人、廊下で立ち尽くしていた。
えっと…まず殿下を探せばいいのか? けどルークさんのトドメを刺しに行ったとかだったらお邪魔するのもなんだし…。いや、ちょっとは見に行きたいと思うよ? だってあのルークさんがやられるんだもん。けどね、殿下の威圧感が無理。あと後々陛下にやられそうで無理。
うーん…と髪を弄る。何気に私は騎士服を着たままだ。理由は簡単、ドレスより動きやすい上に恥ずかしくないからだ。だっていつも着てるドレスってふわふわドレスだよ? 中身だけは大人な私にとって、ふわふわラブリーキュートなドレスを着る事は拷問に等しい。いい年こいて何着てんだよ七五三でも着ねぇよって頭が叫ぶ。
とりあえずルクシオにお姫様抱っこされるのと同列ぐらいで恥ずかしい! という事で、見た目に違和感はあるが安心感のある騎士服が手放せなのである。騎士服は何の因縁かわからないけど前に着た事あるからね、慣れてるわ! くそが!
「はあ…とりあえず髪の毛結ぼう。上にくくりゃ七五三みたいにはならないだろう」
何かあれば断髪するか。髪の毛長くて邪魔なんだよね。
ぽかぽか陽気に当てられて、ふぁ…と欠伸が一つ出た。雲一つない綺麗な空を見ていると心が和む。
この国の季節は熱帯夜とか大寒波とかないから嬉しい。とても緩やかな気候だ。
ここを隠れ家にするなんて大変だったろうに。過去の先祖返りはどれほど多くの命を犠牲にしたのだろうか。
ふとそう考えて外を見る。あそこにいる白騎士も血の薄まった先祖返り。あそこにいる緑騎士も血の薄まった先祖返り。あそこで走っている人も血の薄まった先祖返り。そういえばルークさんは竜の先祖返りらしい…。
と考えると急に彼らが竜に見えた。よくあるファンタジーな巨竜。
「……」
駄目だ。竜に蹂躙される小さな人間が見える。何やっても勝てねぇって叫んでる。……きっと簡単に乗っ取れたんだろうな、この土地。そして全員ルークさん仕様の竜なら笑って原住民を働かせたのだろうな。責任取れって。だから微妙に血が薄くなって…。
……いや、嘘だ。そうだ、それっぽいけど嘘だ。私は信じぬ。
慌てて走る騎士や魔術師から視線を外す。人間知って良い事と悪い事がある。今のは駄目なやつだ。私は力なく頭を振って歩き始め……
「お前ら! 逃げろっ!!」
「治癒師はまだか!」
「ぐっ…止めてください『エドウィン様』!」
「………は?」
き…きまちがい? 今お父さんの名前が聞こえたような。
「がっ…」
「だ、大丈夫か?! しっかりしろ!」
「治癒師が来るまで持ちこたえるんだ!」
「お…俺もうダメ、かも」
ばっと窓から外を見る。すると…なんていう事でしょう。外は阿鼻叫喚の地獄絵図、騎士達が死に物狂いで誰かを止めているではありませんかー……。
「………何やってんのぉぉぉおおお!!!」
遠目から見えるほど青筋を立てる父と、若干狼臭を漂わせながら騎士を盾にする弟が最終決戦してました。
なぜさっきので気づかなかった私! 白赤騎士が走るなんてそうそういないのに。てかそれよりも。
あれほど、人様に、迷惑を、かけるなと、言っているのに……!
バカのバカ騒ぎに口をひくりと引き攣らせる。何度見てもはしゃぐバカと巻き込まれる騎士達しか見えない。ああ、駄目だ。頭痛がしてきた。あんたらは親子の語らいで何してるんだ…!
私は窓に手をかける。下で懸命に耐える騎士達に謝罪しながら、勢い良く飛び降りた。
***
「うわすげぇ、あの子窓から飛び降りたよ」
暖かな日が差し込むここは、城内にある図書館の一棟。そこの机に寝そべっていた少年が若干、いや、完全に引いた声で呟いた。
窓から見える少女が突然、何の躊躇いもなく飛び降りた。
こんなに衝撃的な光景は今まで見た事があっただろうか。彼女の行動は父が本気で斬りかかってきたぐらいの衝撃があった。
自分が女の子に対して持っているイメージはお淑やかで優しい、だ。言っちゃあ悪いが、中身がどうであろうとそういう行動を取れば周囲のウケがいいからか彼女達は皆同じような行動をとる。一般大衆型の凡庸な性格を貼り付ける。
それに対してあの子はどうだ、窓を飛び出すなんて新鮮すぎる。桃色の髪の女の子。あの子は誰なのだろうか。緑騎士の服を着ているが初めて見る顔だ…。
彼女は驚く騎士達を尻目に爆発音のする方向へ走っていく。止めようとする騎士の手をするりと抜けて走る様子はどこか逃げ慣れているような感じだ。逃げ慣れている姫。やはり自分の知っている女の子ではない。
不愉快な爆発音に顔を顰めながら小さく欠伸をする。あの騒がしい音のせいで起きてしまった。寝るためにここに来たの…起きてちゃ意味がない。
「…寝るか」
少女が父に襲われているような気がするが俺の知った事じゃあない。自分から首を突っ込むからいけないのだ。知らないフリが一番楽なんだよ。
父が嬉しそうに赤い髪を靡かせて少女に襲いかかる。少女が驚きのあまりに身を竦めるのが見えた。あ、もうこの子は終わりかな。父に狙われて生き残れる人間は陛下と団長ぐらいだからなぁ。確実に死んだね。
助ける気など全くない自分はその様子をぼんやりと眺めていると、彼と彼女の間に誰かが割り込んだ。父の剣を受ける人なんて勇者がいたんだ―――ちがう、彼は投げられたんだ。
……って投げられた?!
ぎょっとして飛んできた方向を見る。そっちには黒髪の少年が無表情で立っていた。何故か両手に一人ずつ騎士を装備している。彼はもう一度父に騎士を投げつけて少女のいる元に走っていった。
……ああ、そうか。これは夢だ。きっとストレスでおかしな夢を見てしまったんだ。へぇ…少女が飛び降りたり、騎士が少年に投げられたりする夢なんて初めて見た。
少女に抱き着く少年から視線を外して机に突っ伏す。もういい、なかなか愉快な夢だが疲れる。だんだん頭が重くなってきた。外の騒音とかけ離れた平和な陽射しに身を任せて、下がってきた瞼を閉じる。
が、今度は勢い良く扉が開く音がした。がしゃりと金具が軋む音がする。今度は何だ、と重い頭をどうにか動かしそちらを見ると…殿下が立っていた。
「ディーア!」
「……なに?」
息たえだえといった殿下がこっちに来る。すると何故か急に抱き着かれた。暑い邪魔だ。
「アル、どうした?」
「…」
「……寝るか」
え、と固まる殿下を放置して再度突っ伏す。俺は聞いてほしそうな殿下なんて見てない。ああ、構ってほしそうな殿下なんて見てないさ。…今度こそ寝るか。
漸く殿下は思い出しました。頑張り屋なヒロインは気づくのが遅いです。正直もう手遅れです。きっとお馬鹿な犬に砕かれるでしょう。
主人公の先祖返り乗っ取り説は半分正解です。半分不正解の理由は……。
主人公の行動とルクシオの行動は少年から見ると奇行にしか見えませんでした。うん、正解。
これで王国内の攻略対象は揃いました!
ありがとうございました。




