17話 陛下と殿下の関係…ですか?
お願いします。
「え、いやいやいや、なんで殿下が走ってんの?!」
ステキな銀髪を靡かせて何やってんすか殿下! 廊下を全力疾走する人久しぶりに見たよ! てかあんなに顔青くしてたのによく走れますね! 実は元気だったんですか?
するとルークさんがほのぼのと息子を眺めながらぼそりと言った。
「本人が言うには時々廊下を走らないと死んでしまうらしいよ」
「何その呪い怖い」
じ…冗談だよね? ルークさんが言ったら本当にそんな気がしてヤバい。
嘘に聞こえない口調に、呪いを解きましょうと目で訴えるとルークさんが不満そうに、冗談も伝わらないなんて頭硬いなぁ…と呟いた。が、違うんだよ。顔と声が本気なんだよ。冗談言うならそういう顔してよ。
けど……あれ、駄目だ。ルークさんがギャグみたいな顔して冗談言ってるのが想像出来ない。お父さんなら想像…も出来ないな。おかしい、これも美形パワーのせいだろうか。流石ゲームだ、設定が爆発してる。
とてもどうでもいい事に納得していると、その間に殿下が私達の前まで来た。頬を赤くして息を切らしている。目が若干潤んでいるのは常時そうなのか、走ってそうなったのか。けど部屋まであとちょっとの距離まで来てたし…体力が無いのかな? それとも目が飛び出すぐらい速く走ったのか?
…てか親子揃ったんだけど。ねえ、誰か助けて…! 嫌な予感しかしないよ!
可憐の一言が似合う美少年と眉目秀麗な青年。本当に良く似た親子だ。優しそうな目元とか物腰の柔らさとかがよく似ている。
しかし、なんだろう。絵だけなら最高のはずなんだけどそれを塗りつぶす禍々しさがある。特に青年の黒いオーラが半端ない。しかも殿下と陛下が似ているから殿下も黒く見える。あれ、私の目は腐っているのだろうか…。
切羽詰まった様子の殿下が、余程慌てているのか息を整えるのを忘れて必死に陛下に説明する。…が、ただ両手を上げて振り回しているだけのようにしか見えない。うん、何を伝えたいのか全くわからない。
そんな息子の様子を見た父は『何があった?』と真面目な顔で聞く。いや、心の中では至極愉快だと笑っているであろう真面目な顔で聞く。
「アリス、どうしたんだい?」
「え、あ、その」
「落ち着きなさい。ほら、息を整えて…」
息子と目を合わせるように屈んで軽く背中を叩く。その姿は子供を気遣う親のはずなのだが、どの角度から見ても違和感しかなく、全く似合っていない。親子の触れ合いがこんなに似合わない王族は彼しかいないだろう。
「えと…はあ、ふう…。あの、ルクシオ殿は何処にいるか知っておりますか?」
「さあ? 私は知らないけど。どうしてだい?」
「彼に謝りたくて…」
「それは…どういう事かな?」
「んーはいはい! ちょ、あれですよ! はい!」
はいストップー! そこから先は言わさねぇ!
てか陛下、何ナチュラルに嘘ついてるんだよ! 本気っぽく言ってるけど顔笑ってるぞ!息子で遊ぶなよ!あと殿下も、何故あんな事をされて謝ろうって考えになる?!ヒロインか? ヒロインがそうさせているのか?! あれは殿下が怒るべき場面でしょ!
「セレス嬢、五月蝿いよ」
「いや、聞いてください! うちの弟が殿下の前で粗相をしたのです。なので殿下、貴方が気に病むことはありません!」
「え、でも…」
「いいえ、悪くありません! 気にせんでください!」
強く言い切り、頷けと眼力と願いを乗せて見つめると、若干引き気味で頷いてくれた。そう、何も起こっていないのです。ただちょっとわんこがじゃれただけなのです。そこでイリュージョンが起きただけなのです。だからそれ以上話すな。
「アリス…」
やらせるか!
しつこく質問する陛下を睨みつけ、大声で声をかき消す。
「陛下ぁああ! 報告書ですか?! 始末書ですか?! 何を提出すれば納得しますか?!」
「いや、ここでアリスに聞けば…」
「殿下が走ってこられるような事なのです。文章に起す方がよろしいかと思われますが!」
「走ってきたって事はそれほど重要だという事だろう?」
「はい、今解決しました! 全く問題ありません! さあ、陛下。執務室に行かれる予定でしたよね? はいはいはい、行きましょうかぁぁああ!!!」
八割九分内容をぼやかして書くけどお願いだからそれ読んで!
悲鳴とも聞こえる声で叫びながら陛下の背中を押して執務室へ行くように促す。だが大人なルークさんに子供な私が敵うわけもなく、全くと言っていいほど動かない。まるで家の壁を押しているようだ。んでもって邪魔だとばかりにぺいっと剥がされて、べちゃっとこけた。
くそ、私に義弟の名誉を守る事は出来ないのか…!
正直出会いと別れだけの三分間劇場を見せられても何とも思わないのだが、如何せんルクシオの行動が宜しくない。あんなのを知られたら危険人物としてルクシオに首輪が付いてしまう…!殿下はどうでもいいとして、せめてルクシオの名誉は守らなければ!
ありがとうカーペット痛くなかった、と心の中で感謝し、立ち上がろうする。…が、うわぁ…最近よく感じた独特の空気を感じる。ルークさんキレたのか? 何度感じても慣れない嫌な雰囲気が辺りに漂う。
その空気を放ちそうな人間を見ると……っ?!
ルークさんがしまった、と目を見開いて私を見ていた。あのルークさんが、少しとはいえ瞳を恐怖色に染めて、口をひくつかせて。そして急いで私を立たせようと手を伸ばすが、その前に殿下が立ち塞がる。殿下の後ろ姿が伸ばしたルークさんの手を握った。それと同時にルークの顔から初めて笑顔が消える。
え、どうなってるの?
殿下がくすくす笑って一歩近づく。艶やかな銀が一房流れ、隙間から見えるルークさんを隠した。…一瞬見えたルークさんの顔色が蒼かったとか気のせいだよね?
「お父様」
殿下の優しい声音がルークさんを呼ぶ。…だが何故だろう、背中がゾワゾワする。頭の中で大きく警鐘が鳴り響く。その声は、ルークさんに目の前で威圧されるよりもお父さんにマジギレされるよりもこう、身に纏わり付くような、本能に訴えかけるような、
……不安が。
「っっ!!!」
這うようにして後ずさる。けどそこにいてるのは後ろ姿の小さな殿下で、不安を煽るようなものは何もなくて。…いや、いるわ。目の前に立っているわ。強烈な威圧を放つ人が。
「お父様。僕、前に言いましたよね?」
「っ! あ、ああ」
「憶えていらっしゃるのですか? ならもう一度言ってもらえますか?」
足を苛立たしげに踏み鳴らして殿下が問う。風なんて吹いてないのにふわりと髪を靡かせて、息が詰まりそうな恐怖を撒き散らして。
絶対殿下だ。殿下が威圧してる。なに、王族って皆威圧するの?
それに陛下がしどろもどろ『女性には優しく…』と呟いた。それを聞いて、よく言えたとばかりに頷く。…えと、それはどこの教育方針ですか殿下。あんたはルークさんの親ですか。
「前に言いましたよね? 『女性には優しくしてください』って。前にお母様が倒れられたのを忘れたのですか?」
「え、いや、それは…」
「言い訳は不要です。原因はお父様だと皆が言っておりました。お父様も認めていましたよね? …それなのに女性に無体を働くとは反省が足りないと見えます」
「う、」
「この調子ではまたお母様が倒れてしまうかも知れません。一般人の僕達とお父様は違うって常々自分で言ってますよね?お父様は力が強すぎるのです。貴方の威圧が周囲にどういう影響を及ぼすか、お母様を見てまだわかりませんか?」
で、殿下?
「だって小さな女性までも突き飛ばすのですよ? 紳士としての自覚が足りないのでは? …僕はこんな父の姿を見たくなかった」
はあ…とため息を一つ、長めに吐く。呆れたような、諦めたような、そんな声音で小さく言った。
「僕がいいと言うまでお母様に近づかないでください」
「っ、それは」
「お父様が何と言おうとも関係無いですよ。今回ぐらい反省してください」
必死に叫ぶルークさんを鼻で笑って、握っていた手を勢い良く叩き落とす。その様子から普段の力関係がはっきり見てわかる。圧倒的に殿下が強い。
あのルークさんに有無を言わさず怒って、あまつさえ手を叩き落とした。それが怖すぎてガタガタ震える。どうやっても勝てない彼を圧倒した小さな少年に、私は明確な恐怖を覚えていた。
「セレス嬢」
「は、はひ!」
返事が出来たのを褒めてほしい。だって超絶怖い殿下がこっちを向いて、心配そうに駆け寄ってきたんだもん。勿論私は震えた。携帯のバイブ機能の如くぶるぶると。怖いのは陛下ではなく目の前の殿下なのです。
固まる私の手を取り、そっと立ち上がらせた。無理矢理足に気合を入れて立つと殿下が支えてくれる。申し訳なさそうに頭を下げようとするのを急いで止めた。
「あの、殿下。ありがとうございます。ですが怪我もしておりませんしここは穏便に…」
「そ、そうだよ!」
ルークさん違う! でかしたって顔してるけど私はあんたを庇ってるわけじゃないから! 荒ぶる殿下を抑えようとしてるだけだから!
すると案の定殿下の目がすっと細くなる。一瞬イラッと顔を歪ませてすぐに戻す。そして顔だけをルークさんに向けて、抑えきれていない怒気を含んだ声で言った。
「お父様、セレス嬢に一言も謝りもせず何を巫山戯た事を仰っているのですか? 寝ぼけた事を言っている暇があるなら代わりの服を持ってきてください」
「ご…ごめん」
ルークさんが肩を落としてすごすごと去っていく。そこに早く行けと足を鳴らすと、なんとルークさんが駆け出した。
えと…さっき殿下はどうでもいいとか言ってすみませんでした。お願いですから怒らないでください。
あと服全く汚れてないです。なので服いらないです。
数分後、ルークさんが服を持ってきた。それはドレスでは無く、緑騎士の騎士服。
そうですか、強制で永久就職って本当だったんですね。戦闘試験とか筆記試験とかすっ飛ばして騎士ですか。…絶対他の騎士達によく思われないよね、面倒臭い。
それを見た殿下がありえねぇと陛下を蔑んだ目で見た。きっと殿下は代わりのドレスを持ってくると思っていたのだろう、騎士服を見てひくりと顔を歪ませた。てか青筋がお立ちになられた。
「お父様?」
「いや、待ってよアライシス! これは前から渡そうとしていたものなんだよ!」
「…で?」
「え、それで…」
「はいもうそれでいいですはい! 早速着替えてきますね!」
もう嫌だ怖いよこの親子! てかヒロインやっぱり怖い人だった見た目詐欺だったよ!
真新しい緑騎士の服をふんだくって適当な部屋に駆け込む。着替え方なんて適当だマジでどうでもいい。とにかく静かに隠れてやり過ごすんだ!着替え終わるまでに陛下が生贄になったりルークさんがしわしわになってたり、まあ何でもいいからとりあえず色々終わってたらいいな。
ロココ調の、と言うのだろうか、豪奢な金縁の大きな鏡の前に立って騎士服姿の自分を見る。緑騎士の服はとても着やすかった。簡単に着れた。腕を伸ばしたり足を曲げたり体を捻ったり、おかしな所がないか確認する。
うん、採寸はあってる。だが…劇的に似合ってない。
緑の騎士服はとてもかっこいい。暗めの緑は見た目より落ち着いた色合いで、布地を重ねる感じがかっこいい。赤と白のラインがいいアクセントになっており、同色の下はパンツスタイルだった。その上から履く編上げブーツが可愛らしい。
見た目重視で機能性は無いのかと思えばそういう訳でもなく、伸縮性に富んだ生地は身体によく馴染み暖かい。なんと素晴らしい服なのか。そう、騎士服は何一つ問題ない。問題はセレスティナの顔だった。
誰一人可愛いと言ってくれないがセレスティナは一般的に見て可愛い……と思う。最近顔面偏差値が高すぎる男共に囲まれているせいで美形って何なのかわからなくなってきたが、まあきっと可愛い。その可愛いを前提にして、私は小悪魔路線の可愛い系だった。
私はゲームの中でゴスロリしていた。それは衝撃のゴスり加減で、見ているこちらが清々しいほど独自路線。制服に謝れと言いたいほど改造していた。
初めは制作陣のネタなのかと思った。が、今わかった。あれがセレスティナのベストオブ最強な服装なのだと。ふりっふりでドゥンガドゥンガが一番似合うのだと。そんな私がピシッとした騎士服を着れば言わずもがな。
なんだろう、この違和感。頭だけ間違えて付けてしまった人形みたいだ。…あれか、下か? 上はともかく下が駄目なのか? すごく嫌だがふりふりスカートの方が似合う気がする。
うーん…と鏡の私が顎を持って唸る。どれだけ見つめても返ってくるのは不格好な私の姿。ドレスに見慣れたからとかじゃなくて普通にダサい。こんな姿で殿下の前に行けるはずが無い。あの陛下より何倍も怖い威圧を纏って睨まれてみろ、全裸で土下座する自信がある。
先程の凍てつくような空気を思い出し、ちょっと顔が青くなる。うん、無理。ここから出られないな。
―――コンコン
「っはい!」
「セレス嬢、大丈夫かな?」
殿下が扉越しに聞いてくる。突然で驚いた。がそれよりも言葉の意味がわからない。えと、何の事を仰っておられる?返事に困っていると殿下は返事を待っているのかお黙りになられた。何故殿下は律儀なんだ。他の男共みたいに言ってくれたら分かるのに!
えー、大丈夫ってなんだ? 服か? 服は駄目だ。
「…大丈夫、じゃないです」
「そうか。ちょっと待ってて、メイドを呼んでくるよ」
「え、いや、そこまでしていただかなくとも大丈夫です」
メイド呼んでもどうにもならない。あと殿下の手を煩わせるとか良くない。もういいや、適当に髪を括ろう。括ったらマシになるだろう。
手のひらに魔力を集めるように想像する。で、髪結い紐ができるように想像する。想像、する。想像……する?
「…あ、そうか。許可ないと出来ないのか」
ここら一帯はルークさんの許可無く魔法が使えないんだった。どういう原理か知らないが使おうとすると魔力が霧散する。抵抗感半端無い。
多分すっごい魔力込めたらいけると思うんだけども紐一本でそんなに使ってられない。だってすっごい魔力は私の魔力の半分だよ? 魔力半分なんて無理。今すぐ作ろうと思ったらリアルに気絶する。
「…四面楚歌か」
扉前に殿下、魔法使えない、ここ最上階飛び降りれない、服似合ってない。…ドレス着た方が怒られないかな?
だんだん周囲の力関係がわかってきました。
陛下の唯一の天敵はまさかの息子でした。あくまでも紳士、あくまでも正論な息子には勝てません。まあヒロインですので。
ついでに主人公は誰にも勝てません。主人公最強(物理攻撃)です。いつか口論で勝てるといいね。
ありがとうございました。




