16話 瞬時に終わる挨拶でした。
お願いします。
―――アリス。
この世界の主人公であり、一国の王女である者。
平民で通すには無理がある艶やかで美しいピンクブロンドの髪。どこのサロンで磨いてきたんだと問い詰めたくなる、シミ一つないまろやかな白い肌。
男落としなら任せろと言わんばかりに整った顔立ちは美しいが、ある種作り物めいた冷たさがある。しかし理知的な紫の瞳と薔薇色の頬が見事に生命を吹き込み、魅力的な雰囲気を醸し出していた。
おま、ちょ、どうしたよ、と目を剥いてしまうほど高い女子力が特徴の『ただの』女の子。
学園一の美しさと評されようが『ただの』女の子。
令嬢に虐められて男を侍らす『ただの』女の子。
涙は男にだけ見せ、邪魔者は利用するだけして処刑する『ただの』女の子。
彼女はこの乙女ゲームの主人公だ。
…色々キツいものがあると思うんですが、製作陣の方大丈夫ですか?『ただの』女の子って説明に無理がありすぎてゲシュタルト崩壊しそうです。唯一の弱点の平民生まれが終盤王女にクラスチェンジして最強女子になるんですが、そうなっても『ただの』女子なんでしょうか。
と、碌にやった事の無い私が見るとそう感じてしまうのだがあくまでもゲーム。夢と希望がいっぱいの物語は妄想と幻想に生暖かく包まれているのです。
ってそういう事を言いたいんじゃない。とりあえずヒロインは女の私から見ても美しい。多分生で見たら拝み倒しそうなほど美しい。ただ…。
「私の名前はアライシス。セレス嬢、ルクシオ殿、これからよろしく頼む」
目の前に立つ美少女…ではなく美少年が花が綻んだような笑みを浮かべる。傾げた拍子にさらさらと流れる銀髪とか、はにかんだ笑みとか、人間の心を掴んで離さない可愛らしい仕草とか、何もかもが神々しい。
そんな彼の姿を見て一瞬息が止まる。挨拶しようとする前に脳裏にとある記憶が蘇り、頭がそれ一色になった。返事なんて出来ない。ただただ予想外すぎて顔が引き攣る。
まさか……まさかヒロインが男とは思わないじゃないか!
彼はアライシス殿下。今日から私とルクシオが仕える御方だ。見た目はルークさん小型版。性格が最悪な所とか誰彼構わず威圧してくる所とかを全抜きした天使のような見た目の人だ。
だが性格は知らない。今会ったところだし。ただルークさんの子供だからあまりよろしくない。これでルークさんと同じ性格だったらルークさんより害悪だと思う。
なんだかんだ言ってルークさんは、相手にとっての危険を御丁寧に威圧として知らせてくれる。だからある程度の心構えは出来るのだが…それがなくなったら言わずもがな、怖くて近づけない。だからと言ってルークさんにも近づきたくないけど。
そして驚く事に彼はヒロインのアリスと違って銀髪をしている。そう、銀髪。ゲーム内での銀髪は私、セレスティナの色だ。それが彼の髪色になっていて、私はヒロインの色になっている。……何故だろう、やな予感がする。
恐る恐る目を合わせる。すると彼は綺麗な紫の瞳を瞬かせて、ふんわり微笑んだ。後ろに花が出てきても不思議ではない出来すぎた笑みだ。
…怖ぇぇええ! 何あの計算し尽くされた笑み! 存在が光ってる…! いやまあ、私もちゃんと返したよ? 引き攣ってたけどな! 花なんてぽんぽん出せんわ!
ついでにルクシオは全無視している。殿下の後光を物ともせず、空を飛ぶ小鳥をじっと眺めていた。なんともやる気のない目が早くここから出たいと言っている。
君さ、自分の興味で無いものは本当にどうでもいいんだね。せめて殿下を人として見てあげてよ。モノみたいに見るなよ。うずうずして今にも走り出しそうなルクシオを、逃げないように足を踏んでから殿下を見る。私はドレスを少し摘んで小さく礼をした。
「……私はセレスティナ、ハイルロイド公爵令嬢です。殿下にお目にかかることができ、至極光栄ですわ。粉骨砕身仕えて参りますのでよろしくお願い致します」
「うん、よろしくね」
「…ほら、ルクシオ。挨拶して」
「……ん」
小さく声をかけるとルクシオが顔を向けずに目線だけで殿下を見る。困惑か、はたまた緊張か。表情が固くなる殿下にルクシオが興味ねぇと欠伸をして目線を戻した。次は訓練中の緑騎士を眺めている。
すぐさま外を見たことから、私に言われたから挨拶…てか目を合わせただけのようだ。踏まれている足は気にしないのか…? いや、それよりも…私の時より酷くないか? これ大丈夫か?
急激に重くなった空気に冷たい汗が流れる。さっきまでまだマシだったのに。え、これからこの状態で仕事する…んだよね? 大丈夫なの?
「……ルクシオ、ちゃんと挨拶して」
「…嫌だ」
「おい、」
もう目すら合わせんとは…! ルクシオ、前見て! あの後光が眩しい殿下の目が若干潤んでるよ! ヤバい、殿下を泣かせるのはヤバい! マジで首飛ぶって!
殿下も殿下でヒロインならルクシオといい感じになってよ! もしかしてヒロインじゃないの?! いや、そうじゃなくともやって! お願いだから歩み寄って!
せめて殿下が王族らしく『この無礼者!』とか言ってくれたらどうにかなるかもしれないのに。なんでそんなに穏和なんだよルークさんの血はどこいったんだ!あれか? そこら辺はヒロイン補正なのか? けどあのヒロインざっと見てもそんなに穏和じゃないじゃん!
何故悪役令嬢である私がヒロインと攻略対象の恋…ではないけど出会いをフォローしなければならないのか。ゲーム内容崩壊してるじゃねぇか。しかし、これからの為に仕事が円満に回るぐらいの親密さは欲しい。平和な出来事は平和な人間関係からってね!
私はルクシオの袖を引っ張る。なに、と不思議そうに首を傾げる彼を睨みつける。ヒール着用なのに私より微妙に高い彼の耳に口を近づけて、小さく囁いた。
「ルクシオ…お願い、挨拶して」
「…!」
私の一言にルクシオが驚いたように一歩下がる。彼は目を大きく開いて私を見つめる。が、一度目を閉じてゆっくりと開けた。
赤い目が妖しく揺れる。
…何故だろうか、嫌な予感がする。酷く見覚えのある冷たい顔で殿下の方へ歩いていく。その足取りは獲物を狙う獣のようだ。同様に殿下を見据える目はまるで周囲を威圧する肉食獣。いつ牙を剥いてもおかしくない雰囲気だ。
そして殿下の前に立ち止まる。彼が今どんな表情で殿下の前に立っているのかはわからないが、殿下は明らかに怯えている。彼が威嚇しているに違いない。潤んだ目でルクシオを見つめている。殿下は殺気とまではいかないが、その異様な空気に飲み込まれていた。
その時漸く自分が間違った事をしたと気づいた。
そうだ、あの顔は鳥を捕まえた時の顔だ。これ違う、全然挨拶じゃない。夏の暑い陽気では味わえない、今日特大級の寒気と恐怖が私を襲う。―――逃げよう。こりゃ死ぬわ。
だが、結果として悪くはなかった。
ルクシオはそれはそれは美しく、礼儀作法に則って殿下に傅いた。そして驚きと恐怖と安堵の入り混じった表情の殿下に頭を垂れる。その姿はまるで王女に誓いを立てる騎士のようだ。美しく神秘的なその場面は、完成された絵のように誰にも穢す事を許さない。
なんとなくゲームの一面に見えてくる。この二人がもうちょっと大きくなってたら眼福なんだけどなぁ…。てかルクシオいつの間にそんな礼出来るようになったの? いつもの君なら絶対しないだろうにどうしたんだろうか。
つらつらと殿下に挨拶を済ませたルクシオは殿下の一言で顔を上げる。一言二言と少しずつ会話していく内に殿下の表情が柔らかくなっていった。ルクシオはやればできる子なのだ。流石ワンコ社交性高い!
と思ってました。
よろしくね、と殿下がルクシオに手を差し出す。どう見ても傅くルクシオを立たせようとした行動にしか見えないのだが、相手は野生動物。考え方が違った。
差し伸べられた手をルクシオが掴んで引く。当たり前だが殿下は倒れ込み、ルクシオを押し倒す形になった。そして彼は殿下の頭を押さえて自分の胸に押し付ける。殿下は驚きのあまりに可愛らしく悲鳴を上げた。
…え、何やってんの? ……え? なに、そういうゲームのなの? え、え?
二度見三度身としても変わらない異様な光景。いや、ある種それっぽいよ。ルクシオを女の子と見立てたらギリ…うん、違うな。やっぱり駄目だ。残念な事に二人共美形なので違和感は無い。異様なのはわかるがそれだけだ。てか何、見せつけてるの? けど…秘密裏にやられるのも嫌だけど目の前でやられるのも嫌だな。
「え、ちょっと…!」
「アリス―――」
身を捩って抵抗する殿下にルクシオが囁く。本当に何なんだ。ルクシオ、君なんでこういう時に限ってガチめの声で囁いてるの? これは部屋から出た方がいいのか…?
少しずつ、少しずつ扉の方へ下がる。殿下が若干顔を赤くして凄い涙目でこっちを見てくる。が…大丈夫ですよ殿下、ゲームの中ではラブラブエンドでした。きっと男同士でもラブラブエンドです。……別に面倒だからそのままにしているだとか思ってナイヨー?
うふふと笑ってドアノブに片手を掛ける。その瞬間、赤かった殿下の顔が白くなって青くなる。
「え、殿下! どうなさいましたか?!」
「……」
「あんたは気にしなくてもいいんですよ」
ルクシオが上で固まっている殿下を横に転がして立ち上がり、足の埃を落とすように叩く。そして黒さを前面に出した顔でにっこり笑った。
「ではセレスティナ、俺達は出ましょうか」
ルクシオらしからぬ笑みを浮かべながら私の腕を掴む。ひらひらっと手を振って強制的に部屋から連れ出された。えーっと……破局、なのかな?
「…ってなんで出てきたの私達?! 今日からアライシス殿下に仕えるんだよね? 仕事聞かずに出ちゃ駄目じゃん!」
ルクシオの妙に迫力のある笑みに押されて廊下を歩いていたが、ふと重要過ぎる事に気がついた。あの色々おかしいイベントのせいで忘れてたけど私達って仕事しに来たんだった!
しかしルクシオは聞いてません、と知らん振りで歩いている。なんとなくだが機嫌が悪い。あれか、価値観の違いで別れましたとかそんな感じの心境なんだな? だから殺気立ってるんだな?…あの一瞬で何があったんだろうか。とりあえずルクシオルートは難しいらしい。結局押し倒された理由も不明だ。
相も変わらず思考が読めない義弟に首を傾げていると、前の方から誰かが歩いてきた。真ん中を歩いていたので、彼らが歩いてくる逆の壁に寄って近くまで来た所でごきげんよう、と挨拶する。
「…あれ、セレス嬢とルクシオじゃないか」
「あ、陛下とお父さん」
前から歩いてきたのはルークさんとお父さんだった。お父さんはルークさんの三歩後ろに付いて歩いている。これが前に言っていた、勝手についてくるってやつか。あの父が完全に空気になっている。奇跡だ。
真面目に仕事をする父に物珍しさと違和感を感じる。普段の不真面目さしか知らないので別人に見える。こうやって真面目にしてたら物語の騎士様なんだけどな。
何事も無くお疲れ様です、と通り過ぎようとするとルークさんに引き止められた。…やっぱりおかしいよね、この時間に歩いてるのって。まだこの人達と別れてから一刻も経ってないもんね。
「君達、こんな所を歩いてどうしたんだい?」
「え…と、その…」
なんて説明すればいいんだ? 貴方の息子とルクシオが喧嘩して出てきました…って言うのか? けど喧嘩してないし。どちらかと言うとルクシオが襲うだけ襲って捨ててきました、の方がしっくりくる。まあどちらにしろ押し倒した云々の説明は出来ない。
…実の所、ルクシオは殿下の匂いを嗅いでどんな人物かを見極めていたんだろう。誰と交友関係を持っているのかが判れば、その人がどんな人物か大体分かる。趣味なんかも匂いでわかるらしいし。だからと言ってあんなに密着するか? 私相手でも押し倒してこないじゃないか。よくわからない。
ていうか陛下にそんな事言えない。ルクシオの行動を言うのは拙い。私も、何突っ立ってたんだそんな状況にするなって言われる。逃げようとしてたなんてバレたら…ヤバい、締められる。
どう言えばいいのかわからず口篭っていると、ルクシオが不機嫌極まりないと低く唸る。機嫌の悪さを隠す気はないらしい。
その姿を見たルークさんは何かがわかったようで成程と頷いた。お父さんに耳打ちして、頷いたのを確認するとくすくすと笑い出す。絶対悪い事考えてるんだろうなってわかる笑みでルクシオに言う。
「ルクシオ、アリスが嫌いでも毎日顔を合わせることになるんだ。そんなに毛嫌いしないでやってよ。まあ急には無理だろうからね、ゆっくり馴染んでいけばいい」
ルクシオの顔を覗き込んで肩に手を置いた。あれ、思った以上にまともだ。てっきり『早く戻りなさい』とか言うと思ってた。『だからね』とルークさんが続ける。
「ルクシオは今から身を守る術でも教えてもらいなよ…エドウィンに」
ルークさんが言い終わったその瞬間、お父さんがルクシオの背後に回る。そして、がっしりと肩を掴んでにっこり笑った。ルクシオが思わぬ敵兵に目を見開く。油切れのブリキの玩具みたいにぎぎぎ、とお父さんの方を向いて…目が恐怖に染まった。
私も素早い動きにぎょっとしながらを見ると…お父さんは満面の笑みで笑っていた。但し、その笑みは無理矢理顔に張り付けたような…嫌な違和感を感じる。青い瞳が黒く翳ってたりとか、掴んだ肩に指が食い込んでいたりとか、狂気を感じる。
それは見た事も無い父の怒りだった。それなのに、あくまでも怒りなど感じさせない優しく、ゆっくりと、分かり易い口調でルクシオに言った。
「ルクシオ? 陛下はお前に『殿下に仕えろ』と仰ったんだ。それを無視するなんて……覚悟は出来てるよな?」
「!?」
「俺はお前が先祖返りだからといって特別扱いする気は無い。お前が我儘を言うのなら、父として責任を持って『言葉の意味が分かるまで』付き合ってやろう」
ルクシオの頬に一筋汗が流れる。身を捩って逃げようとするが大人二人に掴まれて逃げられる訳もなく、逆に襟首を掴まれて引きずられる体制になっていた。
怯えるルクシオと笑う父は、どこからどう見ても獲物と捕食者。先程の殿下とルクシオのようだ。圧倒的な力の差が目に見える
不意にお父さんの冷たく鋭い目がこっちに向く。
「…セレスはルクシオに連れてこられただけだよな?」
「え、その…」
えと…これ、下手したら私まで連行されるやつ…だよね? 行き先は地獄かな。思わず勢い良く首を縦に振ってしまいそう。だがそれならルクシオ無事生きて帰ってくるかが疑問だ。骨何本折られるんだろう…。死なない…よね? 念の為について行った方がいいかな?
とりあえず、首を横に振ろう。私はルクシオについていった。うん、そうだ。何かあったらお父さんから逃げるぞ。首を縦に振ろうとした瞬間、お父さんは私から目線を外した。
「では陛下、俺と愚息は少し親子の語らいをしてきます。こんな仕様も無い事に時間を割いて頂きありがとうございます。この借りは必ず本人に返させますので」
「うん、それでいいよ。楽しみに待ってるから」
え、ちょっと待って。私もそっちに行くよ?ついて行こうとすると今度はルークさんに肩を掴まれた。
「セレス嬢は私についてきてもらおうか。拒否権は無いから」
「えっ」
「わかりました。セレス、死ぬ気で陛下を守れよ」
「(私より陛下の方が強いと思うんだけど)」
「ふふ、それは楽しみだね」
守られる気満々のルークさんがくすくす笑いながら私を引きずる。どんどん遠ざかるルクシオからきゅー、とか細い声が聞こえたので合掌しておいた。すまない、ルクシオ。君の事は忘れない。
私とルークさんはふわふわなカーペットの廊下を歩いていた。方向は陛下と騎士が歩いてきた方向。要するに殿下のいる部屋の方向に戻っていた。ルークさんと二人で歩くのは初めてだ。うわ、居心地が悪すぎる。
一抹の望みに賭けてこっそり顔を見るがやはりルークさんだった。何度見ても変わらない整いすぎた美形。流石乙女ゲーム、イケメンがインフラしている。
これがベルドランさんだったら嬉しいのに、とか思ってしまう。何故なら今の所、大人陣でまともな人はベルドランさんしかいないからだ。これでベルドランさんもルークさん側なら、もう大人は信じない。いや、イケメンは信じない。
「二人で話すのは久し振りだね」
ルークさんがそう言って微笑む。そりゃ避けてたんだから当たり前だ。誰が威圧感満載で常時脅迫の美形なんかと会話したいだろうか。ちょっとでも間違えたら全力で狙ってくるヤツとなんて怖くて会話できない。
だが、こんな事を言った所で意味は無いのでそれっぽく返しておこう。
「陛下と会話なんてそうそう出来ませんから。それに常に父がいますしね」
「ふふ、そうだね。…君が以前言った『エドウィンの飼い主』って言葉は言い得て妙だよ。彼の側には必ず私が、私の側には必ず彼がいるから。彼がいない時は私の為に動いている時だよ」
「あー、さっきのも……」
「あれはエドウィンが怒ってただけだよ」
「…ルクシオ、生きてますかね?」
「さあ? 誰かが止めてくれたらいいね」
「……」
自分は止める気がないんですね。爽やかーに笑わないでください。睨んでも意味は無いと知っていながらジト目で睨む。勿論ルークさんは何の反応もなく、とっても楽しそうに笑っていた。
前々から思ってましたがスルースキルが強すぎじゃあるまいか、特に私の周りの人間達。…いや、話を聞かないがこの世界の常識なんだ。そうだ、そうに決まっている。そうじゃないとマジで泣く。
「…で、陛下は私に何をお求めですか?」
遂に遂にと私は聞いた。ここまで来たらある程度あんたの言うとおりに動いてやろうじゃないか。
これで『息子の将来の為に呼んだ』とかだったらガッカリだ。陛下直々呼び出したにしてはしょぼい。父に命令したらいいだけだし。だから、流石にそんなに馬鹿みたいな内容ではないはず。
「あれ、何か私にくれるのかい?」
ルークさんはわざと惚けて茶化す。私は惚けないでくださいと睨んだ。そもそも私は初めてルークさんと会話した時から世話話をしていると思った事は無い。最初は威圧からの警戒で、今は思わぬ攻撃からの警戒で。こんな心が疲れる話を世間話と認めるものか!
彼が何を考えているか見極めるためにじっと観察した。うーん、何もわからん。…わからなかったら攻めてみるまでよ。私は今思いつくありそうな予想を並べてみた。
「例えば私の魔法を殿下に教えたいと思って呼んだ、とか。他にも勉強を見て欲しいとか、殿下の盾になって欲しいとか色々ありますよね。しかし…一番有り得そうなのは私の血を王家に取り込む、とかですか? 公爵家な上に高魔力の私は殿下の婚約者としては最優良物件だと思いますし」
で、どれなんですか?
私は陛下に問いかける。すると陛下は小さく笑って私を見た。なんとなく苦い笑みだ。
「君は本当に子供らしくないね。…実は中に大人が入ってるんじゃないの?」
「……うん、まあ。考えればわかりますって。大掛かりに私を閉じ込めて何もしないならこっち路線しかないでしょう。って陛下、目が怖いんですが割ろうとか考えてないですよね?」
瞳孔が縦に伸びてる気がするの。なんだか中身気になるなー、とか言って縦に二等分にしそうだ。止めて、割ってもグロいのしか出ないよ。思わずセレスティナ二等分を想像してしまい顔が引き攣る。そうだねぇ、とルークさんが呟くのを聞いて無意識に後ずさった。止めて、本当に止めて。
「…普通に過ごしてたら全部なるんじゃないかな?」
「やっぱり割るのか!」
「いやいや、割らないから。割るならもうちょっとあとだよ」
「どういう意味ですかそれ。前だろうが後だろうが人の頭を割ろうとしないでください!」
「……あ、そろそろ着くね」
私の必死な叫びなんて関係無いらしい。流石鬼畜、女子供でも容赦無い。そして結局何も言ってくれない。…わかってたよ、どうせ言わないって。言ってくれるならすぐに言ってるよね。…至急ヘルメット開発をしなけば。
「そうだ、アリスはルクシオと会ってどんな反応をしてたの?」
「アリス…ってアライシス殿下の事ですよね。うーん…特に何もありませんでしたよ? 無駄にキラキラはしてましたが」
「そうか。それじゃダメだって言ったはずなんだけどな…」
「え、何がですか?」
「……他人に懐いた狼に笑顔なんて効かないのに。狼を捕まえたいなら、如何に狼の機嫌を損ねずに主を取り込むかが重要だって教えたはずなんだけどなぁ」
相変わらず甘いなぁ、と苦笑いする。…いやいや、息子に何を求めているんだあんたは。普通の子供はそんな事考えて行動しないよ、あれが普通の反応だよ。逆に普通の自己紹介でお花咲かせれる才能を褒めてやってよ。
ていうか勝手に人をルクシオの飼い主にしないでほしい。最近そんな気もしてきて凹んでるのにさ!何気に『ルクシオ人間化計画』を進めている私からしたら飼い主なんて言葉は一番ダメなやつだ。ルクシオへもっと頑張らないと人間になれないのか…。
地味に凹んでいる一方、ルークさんが不穏な一言を呟く。
「セレス嬢の弱点を突き続ければ従うのかな?」
「……止めてくださいね? 探すの厳禁です」
本当にやりそうで怖い。冗談に聞こえなくて怖い。
何故だろうね、本気に聞こえるんだよ。 会う度に酷くなる鬼畜さにドン引きしながら歩いていると…。
「あれ、アリスじゃないか」
美形鬼畜似のちびがこちらに向かって走っていた。
「アリス―――もし彼女に手を出したら咬み殺すからな?」
まあ野生動物がやるといったらこんなもんですよね。
至近距離で首元に鋭い牙なんて当てられたら誰でもビビります。さっきまで楽しそうに会話してたら尚更。彼女の意識を奪われた狼は容赦無しです。超理不尽。
主人公はどこまでもゲームを理解していません。このゲームのヒロインは偽善者ぶるヒロインと同じぐらいはまともです。
アライシスの見た目は幼い頃のヒロインの見た目をしています。ただ、将来きっとルークのような見た目になると確信するぐらいはルーク似です。
ありがとうございました。




