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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
お家騒動編
19/56

Episode3 少女と狼は優しい未来を望む

三学期が始まってしまったので次回からは不定期更新になります。申し訳ありません。二、三日に一回は投稿するようにしますので何卒宜しくお願いします。


本日もお願いします。

 領内探索事件から数日後のこと。

 私とルクシオはのんびりと家で過ごしていた。やはり何も無い日々は最高だ。お父さんがいない今おかしな事をする輩はいない。なんて平和で自由な日々なのだろう。今のうちに満喫しないと勿体ない。


 あの事件をきっかけに最近変わった事がある。それはルクシオがこれまで以上に懐いたことだ。前までは私を躊躇いがちに見ていたが、ここ最近は戯れついてくるようになった。野生動物が完全に心を開いた感じで嬉しい。

 そして彼は狼の姿で行動するようになった。朝起こしに行ったら狼になっていたり、スリスリしてくると下を見たら狼になっていたりと結構な確率で狼だ。びっくりするよー。ナチュラルに狼だからね。犬じゃなくて完全に狼だから。爪が凶器並みに鋭いからね。彼の足に躓いたら私の足に穴が開くよ。


 こんな感じでルクシオが懐いた。他にも怪我したら舐めてくるわ抱き着いて匂いでくるわと色々してきた。まあ、狼姿ならまだいいよ。犬に戯れられてるようなものだし。それより、人間の姿の時でされるインパクトよ。

 紙で手を切ったとき、普通に手を取って舐めてくるからね。慌てて『自分で治せる』って言ってもこっちの方が早いって……いや、そうじゃないんだよ。あの時私はどっちでも変わらんって言った。ああ、言ったさ!言ったけどね、ルクシオ。君、もうちょっと狼の時と人間の時のギャップを意識してよ!舐めた後に『…甘いですね』って言われた時の私の心情を察して!恥ずかしいの!本当に心臓に悪いから!

 最近漸く彼の行動に慣れた。彼は野生動物だから他意は無いと念じてやっとだけども、今でも急にやられたら動揺してしまう。あーくそ、ババアは心臓が弱いんだから手加減してくれ。

 ていうか、ルクシオにとってこの行動は無意識での行動なのか?いい匂いがしたら匂うように、怪我をしてるのを見たから舐めたのか?えっ、じゃあ誰にでもするってこと?お嬢さんなら喜ぶ、かわからないけどオッサンにやったらマジで攫われるって。スラム街のあいつらを思い出せ。ルクシオはその手の人に大人気ってお墨付きをもらっていたじゃないか。無駄に美少年なんだから本当に危ない。無防備は罪だ。


 …とにかくルクシオのスキンシップが激しくなった以外は特に何も無い平凡な日常を楽しんでいた。

 狼の状態で勉強するなと怒ったり、大量に狩ってきた獲物に驚いたり、ぽちとたまとルクシオが川の字に寝ているのを写真で撮りたいなと思ったり……まあ大変楽しく過ごしていた。




 とある日の昼下がり。勉強を早く切り上げた私達は早めの昼食を摂ることにした。本当ならちゃんとした机でお行儀よく食べなくてはいけないのだろうが、彼が来てからは食堂で食べている。なぜならルクシオにテーブルマナーを教えなければならないからだ。こちらの方がルクシオとの距離が近いから教えやすいし、個人的にあの机は好きじゃない。私は食堂みたいな机か少人数で囲める机が好きだ。

 彼は初めて会った時よりも少しばかりふっくらとして、子供らしい健康な体付きになってきた。前の暮らしがどうか知らないが、きっと三食も碌に摂っていなかったのだろう。今まで辛い生活を送ってきたのだと思うと胸が痛む。


 私は見よう見まねで食べているルクシオに笑みを浮かべる。動きが滑らかになってきた彼はやはり覚えるのが早いと思う。いつか一緒に外で食べに行きたいな。今度は誰にも邪魔されない空間がいい。

 …本当なら形式も関係なく食べさせてあげたいんだけどな。彼はこれから公爵家に相応しい教養を身につけなければならない。公爵の血が流れていなくても公爵家に入った時点で彼の人生に公爵の名は付いて回る。いついかなる時でも公爵の名に恥じないように行動しなければならないのだ。否応なしに背負わされた名は重い。もし彼が独り立ちした後、この姓が邪魔にならないことを願うばかりだ。…そうならないように今選択肢を増やしているんだけどね。



 昼食を食べたあと、何となく勉強する気にならなかったので庭に出ることにした。私達は大きな木の下で寝転がっているのだが、彼は安定の狼である。突然狼になったら消えたように見えるから一言断ってからにしてほしい。めっちゃ探しちゃうから。


「ルクシオ、最近狼だね。こっちの方が過ごしやすいの?」

『そういう訳ではありませんが…』

「黒いから暖かそうだね」


 私の横で丸くなっているルクシオに手を伸ばす。


「はぁー、ふわもこで気持ちいい…」

『ありがとうございます』


 もこもこと触っていると彼は機嫌良さそうに応える。一見硬そうに見える毛は触ってみるとふわふわとしていて、実はまだ子供の毛をしているとわかる。既に大型犬の体格なのにまだ成長するつもりか。ルクシオが大人になったらどれぐらい大きい狼になるんだろう。


「横の毛柔らかいね。首もふわふわで気持ちいい」

『もっと触っていいですよ』

「ありがとう。…はあ、最高の手触りだねぇ」

『あんたも撫でるの上手いですね…』

「ずっと撫でてるからねぇ…そうだ、櫛持ってきたんだけど梳いてもいい?」

『っ…!おねがいします』


 ルクシオが草の上でごろりと横になる。余程楽しみなのか尻尾が揺れている。愛しさがこみ上げて限界突破してしまったのでぬいぐるみに抱きつくように抱きつくと、彼の毛がそよそよと揺れた。彼は満足げに目を細めてもっと触れと身を捩る。可愛い。緩い。可愛い。

 私はふにゃりと下がった三角の耳の付け根を掻くように撫でる。耳をぴるる…と震わせて尻尾をぱたぱたと振る彼は本当に可愛い。てかさっきから可愛いしか言ってない。可愛い。夢中になって撫でていると、ルクシオは嬉しそうに息を漏らして私をお腹の上に乗せる。やばい、気持ちいい。このまま寝てしまいそうだ。小さく欠伸をすると彼は『今度でもいいですよ』と言って私の頬を舐めた。

 ルクシオ優しい。超イケメン。けど寝ないぞ、ちゃんとやるぞ。私だってルクシオを甘やかしたいからね。…そういえば狼の威厳とか大丈夫なのだろうか。思いっきりお腹を見せているんだけど。そこらへんの思考は人間なのか?…まあ可愛いからいいけど。ゆるゆるな狼可愛いよー。うちの子可愛いわー。


「…重くない?」

『全然』

「力持ちだねー……へっへっへ、あんちゃんいい毛皮してんじゃねぇか」

『急に何言ってるんですか』

「無性に言いたくなっちゃって。はぁ…動きたくないなぁ」

『昼寝しますか?』

「魅力的な案だねぇ」


 二人でくすくす笑い合う。私は彼の首に腕を回して毛皮に顔を埋めると、家で使う石鹸ではない爽やかな匂いがした。この匂い、好きだな。大きなぬいぐるみを抱きしめているような安心感と愛しさに頬が緩む。こんな毎日が続けば幸せだ。ずっとこうしていたい。


 無心になってわっさわっさ撫でていると急に浮遊感に襲われる。え?と顔を上げるとルクシオが人型になっていた。彼の視線の先にはぽちがいる。……え、あ、そこは気にするんだ。けどこれでいいんだ。基準がわからぬ。


「えっと…降りた方がいい?」

「どちらでもいいですが…毛皮がないと嫌ですか?」

「どっちもルクシオには変わりないし、ルクシオが重くないならこのままにしようかな。だからこのまま首を撫で続けるよ。全力で擽ったくするけど」

「降りてください」

「冗談だってーわぁっ」


 弁解する前に振り落とされた。くっ、こやつ首が急所か。首に手を伸ばすとルクシオはムスッとした顔で止めにかかる。しつこく何度も攻めるがどうやっても首に手が届かない。やっぱり身体能力じゃ勝てねぇわ。私は攻撃を諦めて大人しく寝転がった。彼はいつの間にか木に凭れて退避している。


「逃げるの速いよ」

「付き合ってられないですからね」

「ちぇー」


 動きが速いやつはいいね。何するにも余裕だもんね。…私だって本気でやりゃ出来るもん。


 私は『ルクシオー』と声をかける。無表情なのに目だけは雄弁だ。彼は『今度はなんだ』と目線だけ寄越す。私は両手を伸ばして催促すると、彼は小さくため息をついて足の間に私を引っ張る。今度は片手を伸ばして催促すると彼は頭を垂れた。うむ、大義である。彼はわしゃわしゃと撫でる私にされるがままになっている。


「…頭なんて撫でて楽しいですか?」

「楽しいよー。楽しくなきゃやらないよー」

「あんた、撫でるの好きですよね」

「君を撫でるのが好きなんだよ」


 小さく笑ってルクシオの髪に手を差し込む。狼の時とは違うさらさらした感触が心地良い。うっとりと撫でていると彼も赤い瞳を気持ちよさそうに細めている。口では嫌そうに言ってるけど君、撫でられるの好きだよね。正直この顔見たさで撫でてる所があるよ。



 可愛いなぁ…と悶えていると、不意にルクシオが私の耳に触れる。イヤーカフがついてる耳だ。ぴくりと体を揺らすと彼は小さく笑って耳の縁を優しくなぞる。私は背中を走るぞくぞくとした感覚に『ひゃっ』と悲鳴をあげた。その声が面白かったのかルクシオは何度もなぞる。そして彼は撫でる私の手に手を重ねて自分の耳に誘導させた。青い宝石は冷たく輝いているのに、彼の耳は少し熱い。急に訪れた甘い空気に目を白黒させていると、甘くとろけた目で緩く笑う。


「あんたは俺の目が好きですか?」


 赤い瞳と目が合う。深く濃い瞳はあの日の血溜まりに似ているのに、同時に美しく月に照らされる一匹の黒狼を思い出す。ああ―――本当に綺麗だ。彼の今の瞳は暖かくて、落ち着いていて、とても優しい。初めて見た時から彼の瞳が好きだったけど、今の方がずっと好きだ。


「ねえ、ルクシオ。どうして私のつけた宝石を、君の色にしたと思う?」


 本当なら宝石の色を黒くしてもよかった。彼の色であるのには変わりないし、黒髪の黒は私にとって馴染み深い色だから。君は前に自分の色嫌いだと言ったね。けど、前の世界の全てを失い、見慣れた風景の面影を探していた私とって君の髪色はとても落ち着く。この世界に来てから緊張し続けていた私の心に君の髪がどれだけの平穏を齎したか、君は気づいているだろうか。

 だから私は赤い瞳の色を宝石にしたんだ。前の世界に頼るためじゃない、この世界で支えになった色。初めてこの世界で好きになった色を。

 彼の苦痛に歪んだ瞳が、接するうちに少しずつ解れていくのが嬉しかった。私の存在が彼の心を癒しているのだと実感出来た。私が心を開いたのってね、君が初めてなんだよ。この世界に来て気を張り続けていた私と、とある理由で傷を負った彼。私は私を癒してくれた彼の瞳を、彼には私を癒してくれた私の瞳を宝石にして交換したかった。


 彼の頬に手を滑らし、両手で包み込む。彼の瞳を覗き込むように額同士をくっつけて、私は彼だけに聞こえるように囁く。


「私は君の瞳が好きだよ。優しい目も呆れた目も、君の目は澄んでいる。君が来たあの日から、私にとってその色は特別な色になったんだ」

「っ…」

「君のその黒髪も大切な色だよ。前にも言ったでしょ?落ち着く色だって。その色のお陰で私は前向きになれた。君が…ルクシオがいなかったら今頃私はこの屋敷で無意味な日々を過ごしていただろうね」


 誰も信じられず、誰も頼れず、誰にも助けを求められない。そんな毎日を私は病まずに過ごせるだろうか。不安を押しつぶし、隙を見せずに、未来に怯え、私は生きる意味を見いだせただろうか。

 けどね、例え未来が闇に包まれていようとも、彼が元気でいてくれるなら悪くない未来に思えるんだ。私が死んでも、死ぬ必要があっても、彼が元気に生きてくれるならきっと悔いは残らない。彼がくれた優しさが少しでも返せるなら、私はどの未来でも歩んで見せよう。


「ルクシオ、君は私の瞳が好き?」

「…好きですよ、貴女の瞳も髪も全て。忌々しい俺の色を受け入れてくれる人がいる事が、こんなに嬉しいなんて知りもしなかった。貴女が俺に言ってくれたように、俺も貴女のお陰で生きる意味を思い出したんです。俺は貴女に救われたんです。その青が俺の人生を変えたんですよ」

「ああ…よかった。君が救われたのなら、初めてセレスティナの色に意味が出来たような気がする。ありがとう…私の色に意味をくれて」

「俺の方こそ、この色を好きになってくれてありがとうございます。誇りある色にしてくれて…ありがとう」


 いつの間にか流れていた涙をルクシオが拭ってくれる。あーもう、涙腺が緩んで困るわ。若いはずなのに涙腺だけゆるっゆるだ。漏れそうになる嗚咽を飲み込んで呼吸を整える。

 私と同じように涙腺がゆるゆるになったルクシオに、いつの日か彼がしたように舐めとる。しょっぱい…。小さく呟くと『そうですか?』と笑いながら舐め取られた。お互い笑い泣きしながら止まらない涙を拭い合う。


「…明日、櫛で梳かしてあげるね。明後日は君の好きな肉で料理を作ってあげる。その次の日は一緒に近くを散歩して、その次はこうやって日向ぼっこしようか」

「それなら俺はお礼に肉を狩ってきましょう。明後日はあんたの作った料理を持って、花がいっぱい咲いたところに案内します。その次の日は俺の背中に乗って一緒に散歩しましょう。そしてその次はまた、今日みたいに寝ましょうか」

「ふふ、毎日こうやって楽しもうね」

「楽しみですね」


 ルクシオの手をきゅっと握る。すかさず握り返してくれる彼に微笑みながら私は言った。


「―――ルクシオ。私の家に来てくれてありがとう。私の家族になってくれてありがとう。私に優しくしてくれてありがとう。一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」


ありがとうございました。

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