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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
お家騒動編
18/56

番外編 俺の未来が変わる時 後

遅くなって申し訳ありません。


ルクシオ視点

 彼と出会ってから数ヶ月が経った。彼は俺を早く連れていきたがっていたが、少し待ってもらっていた。彼の家に行く前に出来るだけあの男達を撒いておきたかったのだ。執拗いあの集団を撒きながら色んな所に逃げて、とうとう追手が来なくなった。



「ルクシオ、今日こそいいよな?」



 いつものように彼が突然聞いてきた。いつの間に立っていたのかとても気になる。狼にもわからないような歩法があるのか…?そもそもどうやって俺を見つけたんだ? 国跨いだはずなんだけど。

 いや、この人にそんなことを聞くのは失礼なのかもしれない。神出鬼没な男、それがエドウィンという男なのだ。


「完全に撒けておめでとう、と言いたい所だがあいつらはどこにでも居るからな。今度見つけたら百匹はいると思う気持ちで殺れよ。……別に撒かなくても大丈夫なんだがなぁ」

「すみません。けど俺の不始末でエドウィンさん達に迷惑をかけるわけにはいかないから…」

「かわいい、許す」


 …訂正。子供とはいえ男に鼻を伸ばす男、それがエドウィンという男なのだ。



 次の日、俺は漸くエドウィンさんの家へ行った。馬車に揺られて――クッションで全然痛くなかったし、そもそもあまり揺れなかった――数刻、やっと家に着いた。とても遠かった。夜から朝になるぐらい時間がかかった。

 エドウィンさんに声をかけられて目が覚める。どうやら寝ていたようだ。外に出てぐっと伸びをしながら息を吸う。綺麗で冷たい空気だ。今日からここに住むのか…。


「ルクシオ、家はこっちだ」

「え」


 てっきり目の前の黄色い屋根の家かと思った。恥ずかしい、と顔を赤くしながら振り向いて……時が止まった。

 城だった。見渡す限り庭、庭、庭で遠くに立派な城が建っていた。右翼と左翼に分かれた中央の城の他にまだ建物が建っている。大きすぎる。これは…エドウィンさんの冗談なのだろうか。

 驚く俺にエドウィンさんが『さっきの黄色い家も俺の家だ』と言った。衝撃で固まった。俺は今どこに立っているんだ?


「すまんなルクシオ。言ったら逃げると思ったから言わなかったんだが…俺、ここの国で公爵やってるんだ」

「え、いや」


 そんな…今年はキュウリを収穫したんだ、みたいなノリで言われても…!


「もし迷子になるようならマーキングでもなんでもしとけ。慣れないうちは家の中で迷子になるぞ」

「エドウィンさん、流石にマーキングはした事無いから。人間なめんなよ」


 時々冗談か本気かわからない事を言うのをやめて欲しい。反応と対応に困る。


 城の扉の前に立つとその大きさに圧倒された。狼なら尻尾が足の間に挟まって尻込みするぐらい圧倒されていた。


「ルクシオ、大丈夫だぞー。怖くないぞー」


 エドウィンさんが俺を抱っこしてあやしてくる。すごくイラッとするが抵抗しても意味は無いので放置する。ここ数ヵ月で彼の扱い方がわかってきた。特に抵抗したらもっとやられる、と出会ったその日にわかった。

 扉を開けると白を基調とした壁や階段に、赤の絨毯が敷かれた内装が現れる。絨毯の左右には数え切れないほどの使用人が並び、お帰りなさいませと一斉にお辞儀をする。その異様な迫力に体が震える。

 俺、本当にこの家で生活するのか…?こ、怖すぎる。きゅう…と情けない悲鳴を上げて腕に顔を突っ込む。微妙に人が苦手な俺にこの仕打ちは酷い。もう何この家、誰の家?…エドウィンさんの家か。


「俺達は書斎に行くからセレスを呼んでおいてくれ」

「わかりました」


 メイドが一人、お辞儀をする。それを鷹揚に頷いて階段を上がった。


 住む世界が違いすぎた。今までエドウィンさんは綺麗好きなのか、ぐらいにしか思っていなかった。けどよく見ると衣服に染み皺なんてないし、着る物も子供の俺でもわかるぐらい上質。動きも綺麗だ。…何故気づかないんだ俺。

 引き受けた事を後悔しながらエドウィンさんに運ばれる。そしてある部屋に入って下ろされた。


 そこは目の前に紙の山がある部屋だった。

 難しそうな本がぎっしり詰まった本棚や綺麗すぎる椅子。完璧な部屋の中に、それをぶち壊す雑に置かれた紙山。あの山がとても安心感を与えてくれる。流石エドウィンさん、雰囲気なんて関係無しだ。

 俺を下ろしたエドウィンさんが椅子に座る。紙山に埋もれているがいいのだろうか。


「今からうちの娘と会ってもらうからな」

「え、」


 完全に忘れていた。彼の思いがけぬ言葉にひゅっと息を呑む。


「昔言っただろ?今日から仲良くしろよ。お前のお姉ちゃんだからな」


 ―――コンコン


「ほらきた」

「え、あ、どうしよう…」


 村人達は誰も俺を受け入れてはくれなかった。気持ち悪がって追い出した。森で出会う狩人達は俺を魔獣と決めつけた。怖がって刃を向けた。その記憶が俺を縛り付ける。怯えられたらどうしよう。怖がられたらどうしよう。

 不安で頭がぐるぐるする。逃げたい。逃げたい。これ以上誰にも嫌われたくない。嫌だ。俺は―――一人になりたくない。


「落ち着け。今更逃げられないんだから堂々と立て。まっすぐ前を向け。誰もお前を怖がったりしない」

「っ、でも…」

「失礼します」


 来る…!


 扉を開いた先に立っていたのは小さな女の子だった。天使のような可愛らしさに呆然とする。あまりの衝撃に不安が飛んでいき、ただその子を見つめることしか出来ない。女の子は優雅にお辞儀をし、扉を閉める。桃色の髪と白いドレスをふわりと舞わせながら歩く様子はいっそ神々しい。俺の隣に立つと花のようないい匂いがした。

 本当にあんたの子供なのか?どこかから盗んできたんじゃないのか?

 あまりに似ていないので疑り深くエドウィンさんを見るとにこやかに笑われる。…駄目だ、俺には笑みの意味がわからない。


「こいつはルクシオ。今日からお前の義弟だから」


 エドウィンさんが軽い口調で紹介する。お辞儀でも挨拶でもしないと、と隣を向いたら女の子と目が合った。

 驚いて見開いた蒼い瞳に俺が映る。綺麗な彼女の目に汚い俺が映るのが気恥ずかしくて申し訳なくて、思わず目を逸らしてしまった。


 それが悪かったのか彼女は逃げてしまった。


 彼女に怖がられた。怯えられた。やはり――受け入れられなかった。

 心が締め付けられ、視界が歪む。天使のようなあの可愛い女の子に嫌われた。それが心をじくじくと痛ませる。しゅん、としている俺を見たエドウィンさんがからから笑った。思わず睨みつけると大丈夫だ、と再度笑った。


「ルクシオ、そう落ち込むなよ。きっと急に可愛い義弟が出来て驚いてるだけだから」

「可愛いって…」

「今度は狼の状態で腕に顔を突っ込んでくれ。可愛かった」

「……」


 絶対やるもんか。二度とやらない。







 エドウィンさんに部屋を案内された。中はこれまた綺麗な白い部屋だった。一でも足を歩いれたら汚れそうで入るのを躊躇う。今日からここに住むのか…。


「じゃあ俺は仕事に戻るからな。セレスと仲良くしろよ」

「もう行くの…?」


 お願いだエドウィンさん。俺を見捨てないでくれ。あの子に嫌われた今、心がボロボロなんだ。

 じっと見つめるとエドウィンさんがにっこり笑う。分かってくれたか!俺は顔を明るくして彼を見るとくしゃりと頭を撫でる。そして流れる手付きで俺を部屋に押し込んで関係ねぇと言わんばかりに扉を閉めて出ていった。……この薄情者!


 なんとなく居心地が悪くて壁際に座り込む。頭にぐるぐるとあの女の子の顔が思い浮かぶ。本当に可愛い女の子だった。同じ人間か疑うレベルで綺麗だった。彼女がひれ伏せと言ったら伏せた上、無意識に腹を見せそうなぐらい美しかった。

 その女の子の瞳が不安に揺れた。息を呑んで目を見開いた。

 …ああ、思い出したらまた落ち込んできた。何故だが村人達に嫌われるよりも彼女に嫌われる方が落ち込む。やっぱりあの態度は駄目だった。そもそも引き受けなかったらこんなに心が痛まなかったのに。


 ―――コンコン


「っ!」


 びくりと身を震わせる。誰か来た。


「ルクシオ君。はじめまして、私はセレスティナ・ハイルロイドです。先程の非礼をお詫びしにきました」


 鈴のような声が扉の外から聞こえる。あの可愛い女の子だ。彼女が俺の部屋の前で名前を呼んでいる。突然の事で、緊張で頭が真っ白になった。


「突然のことなので驚いてあのような行動をとってしまいました。申し訳ありません。本当なら挨拶の一つや二つ…」


 彼女が俺に謝っている。俺の方が悪かった。貴女は全く悪くない!そう言おうとしたが喉がカラカラで声が出ない。


「あの……ルクシオ君?」


 彼女が不安そうに名前を呼ぶ。何か一言でも返さないと…!

 すると彼女は慌てた声で土下座をすれば許してくれるのかと言った。あの子が床に…土下座?!それはダメだ!

 慌てて扉を開けると目の前には膝をつこうとする彼女がいた。衝撃的な光景に一瞬動きが止まったが、急いで彼女を立たせた。足に埃は付いていないだろうか。けど足を覗き込むのは絶対ダメだ。いや待て、か弱い彼女を離したら倒れてしまうのでは…?!


「ルクシオ君、さっきはごめんね」


 彼女が申し訳なさそうに謝ってくる。えと、謝るな…ってこんな言葉じゃ彼女が怖がる。


「…いいです」


 …くそ!どっちにしても変わらないじゃないか!無愛想すぎる!

 …と、自分を罵ったところで今の状況に気が付いた。俺、彼女の部屋にいる…?何故…いつのまに?


 彼女の花のような香りが鼻を擽る。汚しがたい空間に足が竦む。俺がいるだけでこの優しい空間が汚れていくように感じるのに、彼女はソファーに座るように言う。

 何を言っているかよく分からない。なぜこの子は汚い俺を座らせようとする?別に彼女はソファーに座って俺は廊下に座ってもいいんだが。座ってほしそうな彼女の言葉に誤魔化し一つも思いつかない俺は苦し紛れの返事を繰り返す。

 すると、痺れを切らした彼女は突然俺に抱きついた。そのまま押し倒されてクッションを押し付けられる。どうやら彼女にとって俺の心配は杞憂だったらしい。困惑しながら彼女を見つめていると、口調を崩して優しく話してくれた。

 聞くによると、彼女はエドウィンさんが言う通りただ驚いて逃げただけのようだった。彼女は俺を見ても怖くないと、恐ろしくないと言ってくれた。時々くすりと笑って話を聞いてくれるのが嬉しかった。

 何より、俺の嫌いな髪と目を、美しいと言ってくれた。彼女が初めてこの忌まわしい髪と目を褒めてくれた。その時初めて、この髪と目を誇りに思った。泣きそうになった。

 その日は幸せな気持ちで眠りについた。涙が出て眠りにくかったが人生で一番幸せだった。


 この日から俺の人生は色鮮やかに姿を変えた。


 彼女は優しい。俺が不意に唸っても怒る事も怯える事もせず、ただ笑ってくれる。彼女は本当に俺が恐ろしくないらしい。なにかと可愛いと言ってくる。可愛いと言われるのは不本意だが彼女が言うのなら許そう。彼女の瞳に俺が映るなら何と言われてもいい。

 毎日が幸せだった。勉強をするのは面倒だったが彼女と一緒なら何時間でも出来た。解らない問題は一緒に悩んでくれて、正解すれば頭を撫でて褒めてくれる。それが嬉しくてにやけた顔を隠すのが大変だった。

 そして驚きも沢山あった。彼女が俺に怯えない事をはじめ、使用人さん達が気軽に声をかけてくれたり、大きすぎる犬と魔獣がいたり…ここには俺が想像しなかった世界が広がっていた。

 ぽちさんとたまさんに会った時は目を疑った。こんなに立派な犬を見た事が無い。そもそも凶暴な魔獣が飼われているなんて聞いたことが無い。恐る恐る話しかけてみると普通に優しかった。思わず話し込んでしまった。


 幸せだった。夢のようだった。誰もが俺を嫌い、避けていたというのに、彼女は俺を人間として接してくれる。受け入れてくれる。

 だから彼女の前で姿を変える時、俺はここから去ろうと思った。きっと怖がらせてしまう。きっとあの瞳に映してもらえなくなる。それが一番怖かった。彼女に拒絶されたら……そう思うと急に目の前の風景が色を無くす。けど、それでも、彼女が苦しむぐらいなら…俺は消えよう。


 その日、俺は彼女の前で姿を変えた。狼となりアイツらを殺した。血に塗れ、獰猛に唸る俺を彼女が呆然と見つめていた。

 これで二度と彼女は俺に笑いかけないだろう。お前は化け物だったのかと冷たい目で言うだろう。皆そうして俺から離れていった。今度はその言葉を彼女に言われてしまうのだ。ならばせめて―――彼女が安心して過ごせるように、後始末をしなければ。

 それなのに彼女は目を見開いて、少し考えて、頷いて。


「ルクシオが先祖返りであろうがなかろうが関係ないよ。前からあんな性格だったし行動だった。今更どうやって怖がれっての?」


 あっけらかんと言い放った。軽いその一言に驚いた。彼女は俺が狼であっても変わらないと言ってくれるのだ。そして、今も尚怖くない、と。

 彼女は俺のもう一つの姿を拒絶しなかった。俺を俺として見てくれた。彼女は人間の俺だけじゃなく狼の俺も、全てを受け入れてくれていた。その事が嬉しくて、感動して、思わず彼女を抱きしめる。


「これからもよろしくね、ルクシオ」


 彼女が優しく頭を撫でる。涙を隠すように、もっと強く彼女を抱きしめた。










『お前が求めるものがそこにはあるかもしれないぞ?』


 ああ、エドウィンさん。俺が欲しいものは全て手に入った。平穏な日々。幸せな日常。そして、俺を受け入れてくれる人々。

 初めて触れたら最後、もう手放せない。陽だまりのように暖かく優しい日々は俺に素晴らしいものを与えてくれた。

 もし誰かが奪いに来るのなら、もし誰かが壊しに来るのなら、全力でそいつを殺そう。彼らを、セレスティナを害する者は誰だろうが許さない。俺の命にかえても彼女の笑顔は守ってみせる。


 この愛おしい宝物はずっと俺のものだ。




「ーーーねぇ、セレスティナ。俺の話、聞いてくれますか?」



ルクシオ編終了です。

ルクシオは狼です。初めて家にやってきた仔犬感が凄いですが狼です。エドウィンも軽々持ってますが巨大です。どうやって持ってるんだエドウィン。


結局の所、主人公の見解は全て見当違いでした。孤児院も何も行っていません。ルクシオはただ山を駆け巡っていただけでした。

きっとエドウィンの所業の酷さで攫われたと思ったのでしょう。


ありがとうございました。


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