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どうやら悪役令嬢はお疲れのようです。  作者: 蝶月
お家騒動編
17/56

番外編 俺の未来が変わる時 前

遅れてしまって申し訳ありません。


ルクシオ視点

『なあ、お前。俺に子供にならないか?』


 そう言って青い髪の男が膝をつく。そして獣の俺に手を伸ばした。この時、彼の手を掴んでいなかったら、俺はどうなっていたのだろう。きっと俺は禄な人生を送れなかったはずだ。


 俺は皆と違う―――化物だから。


 しかし、この時を境に俺の運命は大きく変わった。

 彼は俺を実の息子のように接してくれた。彼の娘は俺に怯えず、笑ってくれた。そこは俺を受け入れてくれる人達がたくさんいた。

 俺は彼等に感謝してもし足りない。彼は俺に家族を作ってくれ、彼女は俺の心を溶かしてくれた。あの親子は揃って俺を救ってくれた。

 だからだろうか。心の中で、いつかこの夢のような日々は終わるのだろうと思った。だって幸せはいつも俺から逃げてしまうから。

 恐ろしいほど平和で、苦しいほど優しい日々は俺を不安にさせた。











 俺の住んでいた村は山の中のとても小さな集落だった。日々畑を耕し、山で獲物を取る。それだけで成り立つ封鎖的な集落。俺はその村の外れに位置する場所に住んでいた。

 俺は自分の容姿が嫌いだった。闇より暗い黒い髪に血のように赤い瞳。村人達は『魔獣のようだ』と、『気持ち悪い子供だ』と言って悍ましいものを見る目で俺を見てきた。

 俺が村に入ろうとすると石を投げつけ追い出した。何度も何度も入れてもらえるように頼んだが冷たい眼差ししか返ってこなかった。

 初めは何故こんな事をされるのかわからなかった。その時はまだ俺はみんなと同じだと思っていた。


 しかし成長すると周囲との違和感を感じた。


 何故彼らはあんなに足が遅いのだろう。何故彼らはあんなに力が弱いのだろう。何故彼らは獲物の匂いがわからないのだろう。俺ならもっと速く走れるしもっと重い物も持てる。狩りなんてお手の物なのに。何故なんだろう。

 俺が五歳の時にそう質問すると、父と母が困ったように微笑んだ。そして、『その事は誰にも教えてはいけないよ』と俺を抱きしめた。俺は両親を困らせたくなかったから黙り込んだ。けどその疑問は頭の中をぐるぐると回っていた。



 事件が起きたのは俺が六歳の時だった。



 この頃、俺は集落に近づかないようにしていた。どれだけ考えても、どれだけ悩んでも、誰も答えはくれなかった。だから俺は彼らと共に生活する事を諦めていた。彼らは俺を嫌っていたし、時が経つにつれて俺も彼らと共に生きたいと思わなくなっていた。

 きっと心の何処かで俺と彼らは違う生き物だと気付いたのだろう。

 俺自身、彼らと過ごすより森の中で過ごす方が心地好いと思うようになった。いつの間にか俺は人が集まる場所が苦手になっていた。だから、集落と…俺の家が襲われているのに気がつかなかった。


 その時俺は狩りをしていた。俺のせいで村から出た両親のために食料を集めていたのだ。病気を患っている母とその母を看病しながら畑仕事をする父を、少しでも助けたかった。その日は少し遠出をして多めに獲物を狩ってくるつもりだった。

 おかしいと思ったのは森に漂う匂いだった。木が燃えた臭いと珍しい血の匂いが鼻をかすめた。木が燃えるのはよくある事だ。湯を沸かしたり料理する時に木が燃える。だが血の匂いがどうにもここ一帯で狩れる動物のものではなかった。

 嫌な予感がして、狩りを早めに切り上げる。どうせこの後は木の上で昼寝でもしようと思っていたのだ。早めに帰ってもいいだろう。早く、このいやに纏わり付く不安を取り払いたい。

 そう考えて来た道を戻っていると……大きな爆発音がした。


 その瞬間俺は煙が上がる方へ走り出していた。あの方向は俺の家と村がある。悪い予感しかしない…。

 段々呼吸が荒くなる。手足が冷たくなる。頭に廻る考えが悪いものしか無くて、不安がどんどん大きくなった。けどそんな事構ってられなくて、不安に潰されそうになりながら走った。


 現実は最悪の形で目の前に現れた。


 村に行くとそこは赤だった。村を囲む塀が無残に折られ、村人達の叫び声が聞こえては消える。全てが炎に飲み込まれていた。

 俺は考える事なく村へ入った。俺はただ村人達を助けたかった。彼らと共存は出来ないが彼らの事が嫌いではなかった。俺は心のどこかで、助け合い生きていく彼らを羨望していた。だから助けたい。俺は外で眺めているだけでもいいから…。

 だがその考えも村に一歩入ったら消えた。もう遅かった。

 目の前に広がる光景は紅だった。家は炎で焼け落ち、地面は血で赤く染め上がる。村人だったモノがゴロリと転がり、俺の足元で止まった。

 衝撃で声が出なかった。ただそれを見つめることしか出来なかった。それ程まで目の前の光景は凶悪で、恐怖を抱かせるものだった。


「…まだ生き残りがいたのか」


 酷く落ち着いていた声が聞こえる。後ろを振り返ると黒い外套に身を包んだ男が立っていた。服には所々に赤黒い血が付いていて、それが彼らを殺した奴だとすぐにわかる。


「お前、この村に先祖返りがいると聞いたが誰だか知らないか?」


 男はそう俺に聞いてきた。だがそんなことを聞いてられるほど俺は冷静じゃなかった。

 こいつが彼らを殺した。何の罪もない彼らを、この村を壊した。

 自然と俺の口から唸り声が漏れ出る。神経が研ぎ澄まされる。早く目の前の男を殺したくてたまらない。すると男がじっと俺を見てきた。驚いたと目を見開き、眇める。そして、にやりと笑った。


「お前が先祖返りだな?」


 男が血塗れのナイフを取り出す。そしてくるりとナイフを回して俺に向かって歩いてきた。


「お前、俺達と共に来い」

「…!誰がお前と…!」

「何故だ?これでお前を縛るモノは無くなった。ここに残る理由などないはずだ」

「……!」

「お前が外からこの村を守るより、俺達がお前を使った方がいい。お前も、決してお前を受け入れないここよりもこちらの方が心地いいだろう?」

「…うるさい!」


 俺はその男に殴りかかった。だがその拳は男に避けられ、足を払われる。倒れた俺の首にナイフを押し当て、残念そうにため息をついた。


「…弱い。お前、遊んでいるのか?」

「…」

「…ああ、そういえばこの村のはずれに家が建っているらしいな」

「…っ!」

「お前の家か?仲間が行ったが…お前がここにいるから無駄足だったか」

「やめろ…!そこに行くな!」

「何をそんなに慌てる?大切なものでもあるのか?」

「やめろ…そこは、そこには……!」

「ああ、残念。奴らは帰ってきたようだ」


 男が二人、こちらに歩いてくる。手には赤い何かを掴み、引き摺っている。

 それは……。


「お父さん…お母さん……っ」


 俺の両親の亡骸だった。


 男が二人、俺の両親を摺りながらこっちに来る。そしてモノのように投げ捨て、男と話し始める。

 嘘だ。信じたくない。口から勝手に声が漏れた。けど、何度見ても目の前に倒れているのはお父さんとお母さんで…。そう理解した瞬間、目の前が真っ赤になった。ただ、燃える炎の音だけが耳に残る。

 血だらけのアレは、ゴミのように捨てられたアレは、俺の両親。あの優しくて綺麗なお母さんと強くてかっこいいお父さんは目の前で……!


 俺は無意識に牙を剥いた。






 それから後のことは覚えていない。


 気がつけば空は暗くなり、空には星が浮かんでいた。周辺の炎は鎮火し、静寂が村を包み込む。噎せ返るような血の匂いの中、俺はひとりで立っていた。

 口の中に血の味が広がる。その味の酷さに唾を吐き捨てると、真っ赤な血が地面についた。眉間にしわを寄せて口に触れるとぬるりと滑る。手を見ると血が付いていた。両手が真っ赤に染まり、服にも血がついている。

 俺が奴らを殺したのか。そう一人で納得した。思った以上に恐怖も、罪悪感も何も無かった。

 俺はただ、これで村人達や両親の仇が取れたのだろうかと思った。奴らを殺した罪の意識など無い。寧ろ殺した瞬間を思い出したかった。


「…俺達と共に来い、か。案外魅力的な誘いだったのかもな」


 人を殺す才能、殺しても罪の意識すら持たない思考。全て奴らと同じじゃないか。

 きっと恐怖で意識が飛んだのではない。殺せると夢中になっていただけなのだ。熱心に人を殺す。なんと化け物らしい考えか。


 不意に笑いが込み上げてくる。


 どうしようもなく虚しい。俺の居場所が全てなくなった。彼らは誰も生きていないし、両親も死んだ。それなのに男達を殺した達成感が身を震わせる。何も解決していないのに。

 虚しい、それなのに、同時に嬉しくも思う。ああ、俺は狂ってしまったのだろうか。


「やっぱり…彼らと俺は違う存在だったんだ。だから俺は―――」


 月の光が一筋、俺を照らす。それに向かって大きく吼えた。






 この日を境に俺は村から去った。村を一望出来る山の崖に両親を埋葬して花を供えた。村人達は体の一部とわかるモノだけを村の中心に埋めておいた。俺に出来るのはそれぐらいだった。

 俺がいたら再びこの村は荒らされる。それがとても嫌だった。あの男達は俺を狙っていたようだ。なら、ここにいてはいけない。彼らを守れなかった、けどせめて彼らの墓だけは守らないと。

 そう思って村を出たのは正解だった。俺のもとには、またあの男達が現れた。コイツらはどうやら俺を仲間に加えたいらしい。有り得ない、俺はコイツらを殺したいが仲間になる気は無い。

 何度も何度もやって来る男達を殺し歩いて……いつしか半年経っていた。



 俺は狼の姿で山の中を歩いていた。何故なら山の中では人間よりも動きやすく、あの男達に狙われにくいからだ。なにより、狩りの時は常時この姿だったから俺としてこちらの方が動き慣れている。


 だが俺の姿を見る人々は魔獣だと怯えた。


 彼らが言う度、俺は人間だと叫びたかった。

 俺は人間と狼の姿を合わせ持っているだけでみんなと変わらない。人間である事に誇りを持っているが、狼である事も誇りを持っている。お願いだ、俺を俺として見てくれ。

 言おうとしていつも言えなかった。心のどこかで、人間でも狼でも無い化け物だと理解していた。人間の姿でも狼の姿でも、誰にも受け入れられない。それは昔からわかっていたじゃないか。

 俺は諦めていた。彼らの言う通り魔獣として生を全うしようか。と本気で考えるようにもなっていた。その時だ。奇妙で、騒がしい彼に会ったのは。


 夜、丸くなって寝ていると何処かから騒がしい声がする。真夜中の森でこの喧騒は珍しい。俺はこっそり彼らを窺いに行った。

 そこにいたのは、青い髪をした男と黒い外套に身を包んだ男達だった。どうやら青髪の男が襲われているらしい。ひらりひらりと避けながら何かを言っている。

 俺はその方向へ走っていた。

 あの黒い外套は見覚えがありすぎた。あの男達は俺を探しに来たのだろう。その途中で彼に遭遇して襲っている。このままではこの人が殺される。これ以上俺のせいで死んで欲しくない。

 俺はゆっくりと男に近づく。そして首に飛び付いて咬み切った。力無く倒れるのを尻目に二人目に取り掛かる。二人目の首を掻き切り、動揺する残りも手早くと殺していった。


 全員殺した後、俺は青髪の男がいるのを思い出した。また殺すのに夢中になっていたようだ。彼も俺を恐れるのだろうか。恐る恐る顔を窺うと、彼はあっけらかんと笑っていた。怯える素振りなんて欠片も見せない。ただ面白そうに俺を見て、ありがとうと感謝を述べた。

 驚いた。目の前にいるのは人を殺す化け物なのに、恐ろしさなど無いと俺に笑いかける。こんな人間は初めてだ。親でさえ俺のこの姿を見て怯えたというのに…その事が酷く嬉しい。

 尻尾を緩く振りかける。が、男の言葉に尻尾が硬直した。


「お前、先祖返りだよな?可愛いワンコだな!」


 犬じゃない!俺は狼だ!

 尻尾と耳がピンと立ち、口から唸り声が出る。すると男が狼だったのかと笑った。


「すまんすまん。うちの子に似ていてな…。可愛い犬なんだよアイツら。ちょいと力強いがそこも可愛くてな」


 くつくつ笑いながら俺の近くに来る。嫌な予感がして後ずさった。何故だが彼から危ない匂いがする。アイツらと比べるのが烏滸がましいぐらい恐ろしい匂いが。俺が助けなくてもアイツらを簡単に殺せたんじゃ……。


「怖がるなよ。痛いことはしないぞ?ちょっと、ちょーっとだけわしゃっとするだけだから。な?」

『こ、こっちに来るな。その手咬み砕くぞ!』

「まあまあ大丈夫だって……そこだ!」

『きゃん!』


 男の青い目がキラリと光る。その瞬間俺は彼の腕に捕らえられていた。速すぎる、あんなの避けきれない。しかも思った以上に触り方がプロだった。わっさわっさ首を撫でられて不覚にも体をあずけそうになる。この男、何者なんだ?!

 なかなか気持ちいい、とうっとりする男から解放されたくて思いっきり噛み付く。がその前に口を掴まれた。くそ、スキがない。


「ああー、こいついいなー。なあ、お前どこの子?」

『誰が言うか!くそ、手を離せ!』

「さっきはありがとうな。本当にやめてほしいよな、ああいうの。弱いくせに群れやがって…相手をするこっちの身にもなってほしい」

『いいから離せ!腹を触るな!』


 爪で顔を殴ろうとするとすんでのところで掴まれる。ころりと引っ繰り返されて本格的に腹を撫で始めた。


「腹の毛柔らかいな。やっぱり手入れとか大変なのか?」

『うるさい!今すぐ止めろ!』

「お前、全体的に毛が長いからな…。水浴びとか大変だろう?」

『うう…屈辱的だ……!』


 機嫌良くわっさわっさ撫で回すこの男を見る。なんなんだこの男は。俺に怯えるどころか俺で遊んでいる。面白そうに見るその目は、あの男達のような企んだ目ではなく純粋な興味からの目だ。それだけで好感を持てる。…だからと言って人の腹を撫でくりまわさないで欲しい!


「いい加減に…離せ!」

「あ、」


 力が弱まった隙をついて腕から抜け出す。仕返しがしたくて思いっ切り顔面に尻尾をぶつけると微笑まれた。この男…なんか怖い。


「なあ、お前。家族はいないのか?」


 不意に青髪の男が聞いてきた。それに顔を振って否定する。家族、そんなものはない。家族もあの村もみんな俺のせいで死んでしまった。俺には誰にもいない。


「なら俺の子供にならないか?」


 青髪の男が膝をついて俺と目線を合わせる。

 え、とその男の顔を見る。一瞬何を言っているか理解出来なかった。五秒、六秒、とゆっくり文字を読み込んで……目を見開いた。そんな軽く言うセリフなのかそれは。


『…何故そんな事を言う。アンタには何の得もないだろう?』


 咄嗟に出た言葉がこれだった。自分でもどうだろうと思ったが…だがそうだろう?俺は誰にも受け入れられない存在だ。こんな気持ち悪い化け物を家族にしようなんて信じられない。


「得はある。うちの娘が喜ぶ」

『なら俺に何の得がある?』

「ふむ、そうだな……」


 少し考えた後、ぽんと手を叩いて俺を見る。にんまり笑って俺の頭を撫でた。


「ない」

『なら俺は、』

「でも気に入ったし…―――」


 ―――お前が求めるものがあるかもしれないぞ?


 優しく言いながら目を合わせて微笑んだ。

 俺が…求めるもの?そんなものが本当にあるのだろうか。


「それはなってから確認してくれ。だが絶対後悔させない。断言しよう」


 青い髪の男が獣の俺に手を伸ばす。彼は本当に俺の欲しいものをくれるのだろうか。彼の手を握ってもいいのだろうか。

 俺は一歩彼に近づく。彼は嬉しそうに俺を抱き上げた。


ルクシオ過去編です。

ルクシオの力の強さは先祖返りの影響です。身体能力系は人間の域を超えています。

思考回路は狼寄りなのであまり群れるのが好きではありません。どちらかと言うと、森の中でひなたぼっことかする方が好きです。


ありがとうございました。

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