11話 領内探索中…ってなんですか。
お願いします。
「すみません、セレスティナ。俺が不甲斐ないばかりに…」
呆然と立ち尽くす私を抱きしめて、ルクシオが小さく謝る。私の傷ついた腕をそっと手に取り、痛々しいとばかりに目を閉じた。
彼が帰ってきた。何故戻ってきたのかと怒鳴りたくなる反面、戻ってきてくれたと喜ぶ自分に驚く。私は彼をとにかく逃がしたかった。捕まらないようにこの場から去って欲しかった。なのに私は彼が戻ってきたのを喜んでいる。彼が来て…安心している。
「俺が……すれば…怪我なんてしなかったのに…」
「ルクシオ…人、殺しちゃっ…!」
「大丈夫ですよ。貴女は誰も殺していません」
ルクシオが優しく私に言った。その一言で冷たくなった血が一気に流れ始めたように感じる。確認なんてしていない筈なのに、この時は酷く力強く聞こえた。
ルクシオが流れた涙を舐め取り、私の頭を撫でる。私の腕を伝う血を少し舐めとり、小さく喉を鳴らして傷口に舌を這わせた。ざらりとした感触が傷口を舐め、鋭い痛みが走る。
「…傷、残りますかね」
「っ…傷よりも……人が…」
「貴女は本当に自分のことは後回しですね」
クスリと小さく笑って最後にもう一度舐める。血が止まったのを確認してから、冷たい目で倒れた暗殺者を見下ろした。
…ん?凄く嫌な予感がする。
「こいつですか?貴女を傷つけた奴は」
暗殺者の腹から流れる血を見て暗く嗤う。そして、私を一撫ですると彼の方に歩いていった。何故だろうか、彼から黒いオーラが見える。彼はとても愉快だと言うようにくつくつ笑い、その人の腹を踏んだ。
「ぐっ…!」
「見てください、セレスティナ。貴女は誰も殺していない。彼はまだ生きています」
踏む事で再度流れ始めた血を楽しそうに眺め、舌なめずりをする。苦しそうに呻く声が嬉しいのかじわりと体重をかけていくのがわかった。
…おかしい。何故だか私には止めを刺しているようにしか見えない。じわり、と違う汗が背を伝う。
「うぐ…」
「ル、ルクシオ!そんな事しちゃ本当に死んじゃうよ!」
「死ねばいいじゃないですか。貴女を傷付けた奴なんて、人間として生きる価値がないですよ」
吐き捨てるように言って、暗殺者を蹴りあげる。木箱に突っ込んだそれは崩れた箱に埋もれて動かなくなった。……ルクシオ、今完全に止め刺したよね?ピクリともしないよあの人。駄目だ、ルクシオ様のお怒りだ。
殺したりない、とそれをルクシオが見下ろす。冷たく笑うルクシオを見た男が嬉しそうに笑った。
「ルクシオ・オルランド。漸く本気を出すのか?そうだよなぁ、こいつのせいでお前のお姫様は傷ついてしまった。だがお前が逃げるからそうなったんだ」
「ああ、そうだ。俺のせいで彼女は傷ついた」
「ならどうする?お姫様は泣いて怯えて、二度とお前の前に姿を現さないかもしれない」
「それなら…お前達の首を咬みちぎって彼女に謝るよ。お前達の亡骸を見ると赦してくれるかもしれないだろう?」
駄目だ、突っ込みどころしかない。
まずルクシオが本気云々は置いといて。私が逃がしたけど結局ルクシオは逃げてない。あと私が避けきれなかっただけでルクシオのせいでもない。同じ屋根の下に住んでるから毎日でも会う、絶対無理。最後に、私の前に首を置こうとするな!小鳥取ってくるのと違うだろう!
雰囲気的に突っ込めないのがとても悔しい。
私の心の叫びなんて知らないルクシオは、静かに微笑んで目を閉じる。彼の体が黒い霧に包まれた。
『すみません、セレスティナ。貴女の義弟は化物です』
辛そうな声が霧から聞こえる。その瞬間、霧が霧散し紅い目が妖しく揺れた。
そこにいたのは一匹の立派な狼だった。漆黒の毛を纏い、宝石の様な綺麗な瞳が紅く揺れる。艶やかな毛に覆われた耳から、私があげた蒼いカフが輝いた。
黒狼が不安げに私を見つめる。それを見て私はやはり、と一人納得した。見覚えがある、とまではいかないが知識としてある。絵は見たことがあったが実物は初めてだ。
「ルクシオは…先祖返りなのか」
「ほう。女、お前は知っていたのか?」
「ルクシオが先祖返りなのは今初めて知ったよ」
隠し扉の奥の書庫にあったとある一冊。唯一興味を持ったそれは先祖返りについての本だった。先祖返りとは、太古の時代に栄えた者の血を、濃く継いだ人間のことだ。人間と獣の姿を持つ彼らは、ただの人間と違って様々な能力を持っている。
ある者は岩をも動かす力を。ある者は皆を救う知力を。ある者は時を超える生命力を。
そんな人間離れな能力を持つ先祖返りは皆に畏怖され、迫害され、戦争に利用された。そうする内に先祖返りは姿を消していき、皆に忘れ去られていった。
実際の所は先祖返りは獣として生を全うするか、先祖返りが隠れ里を成して生きているのだろう。
先祖返りは獣の血が濃い故に野性的な者が多い 。それは人間であると同時に獣だからだ。どうしても本能に引きずられる事があるらしく、ルクシオはそれが強い。
だっておかしいだろ、急に鳥を狩ってくるとか。うちの番犬と会話出来るって、それはバウリンガル的な何かが備え付けられてるとしか思えない。ルクシオは先祖返りだという設定があったと知らなかったから除外していたが、本当にそうだったなんて…妙に納得しましたね。
『すみません。本当ならこんな醜い姿など見せるつもりはなかったんですが…』
「いやー、全然大丈夫。たまの小型版みたいで可愛いよ」
会話が出来る分襲われる心配ナシで触れるからこっちの方がいい。私は不安そうに見てくるルクシオに近づく。びくりと怯える彼の頭を撫でて笑った。
「いつものルクシオじゃん。見た目なんて些細な変化だよ」
とりあえず会話が出来ればいい。正直当初のルクシオより話が通じる。そう言うと、彼は変わりませんねと笑った。
『ではセレスティナ。片っ端から殺してくるので、何処かに座って待っていてください。大丈夫です、血飛沫なんてつけません』
「え、全然大丈夫じゃないよそれ」
「ふん、大した自信だな」
『お前は一番最後に殺してやる。気が狂うまでじわじわ甚振ってやるよ』
ルクシオが尻尾を一振し、グルル…と唸る。止めろという前に彼は暗殺者達へ駆け出していた。
…あれ、話通じないな。
遠くから眺める彼の戦い方は恐ろしくて、とても美しかった。一人の暗殺者がルクシオにナイフを投げる。それを爪を弾いて距離を詰め、暗殺者の首に牙を立てた。血飛沫を上げるそれを投げ捨て、次は私を狙う暗殺者を爪で抉り、地に倒した。
まるで舞うかのように殺していくルクシオはとても楽しげだ。いつの間にか空は月に照らされ、黒い獣が淡く光る。上がる血飛沫が輝いて見え、幻想的に見えた。
「やはりお前は強い。その力、是非とも欲しい」
男が狂った笑みを浮かべ、ナイフを回す。それを見たルクシオも同じ笑みを浮かべて男に襲いかかった。
……駄目だ。何か最終決戦をし始めた。あんなの止めに入ったら殺される。それよりも生きていそうな人を回復させようか。どうせこの集団がメンバー全員じゃないだろうから人質でも作ろう。
今わかったが、私は自分が攻撃するのは駄目だがルクシオが人を殺すのは大丈夫らしい。
それはこの世界に慣れてしまったのか、ルクシオが血腥さを出さずに殺していくからか。幻想的な死はまるで一枚の絵のようでゲームの中のようだ。
……スチル、とかじゃないよね?
生きていそうな人を探す。綺麗に急所をつかれているので生存者が見つからない。うーん…と探して、思い出した。木箱に突っ込んだ人は生きてるんじゃあるまいか、と。
崩れた木箱の方へ行くと未だその人は埋もれていた。魔法で木箱を退けるとぴくり、と体が動いた。まだ生きてる、よかった。
「おじさん、さっきはよくもやってくれたね」
「…っ」
「あんたは絶対に殺さないよ。ちゃんと生かして絞るだけ搾り取ってやる」
ルクシオを追い詰めた奴等を潰してやる。だから。
「今はそのまま寝ててね」
飛び切りの笑顔を浮かべて彼の顔面を思いっきりぶん殴った。
辺りに濃厚な血の匂いが立ち込める。血が水溜りのように広がり、月光に反射し紅く輝いた。その光景は恐ろしいはずなのに目が離せない。それほどまで現実離れした幻想的な世界だった。
そこに一匹の獣と人間が対峙していた。月に照らされた漆黒の獣は返り血に濡れ、低く唸りながら構える。人間も同様に血に塗れていたが、苦しいのか肩で息をしていた。構えたナイフが震えて、今にも落ちそうだ。
『もう限界だなんて言わないよね?』
狼が牙を剥きながら言う。苛立たしげなその態度からは余裕が感じられる。
男は脂汗に塗れた顔を歪めながらナイフを回転させる。そして狼に向かって駆け出した。
という事で、はい。漸くルクシオと首謀者っぽい男との最終決戦が終わりに近づいてきました。戦っていると言うより男が一方的に甚振られています。余程のストレスがあったのかルクシオがねちっこく追い詰めて、遊んでいます。
「何時になったら終わるんだろうコレ。ほぼ決着ついてるよね」
目の前の光景を見ながらため息をついた。
そもそもこのゲームは戦闘シーンが多いらしい。と言うのは、妹に呼び出される回数が尋常じゃなかったせいだ。妹は何故か私とゲームがやりたかったらしく、ことある事に呼んできた。ただ私は攻略対象とくっついても『ヒロインお疲れ』と思うだけで、きゅんきゅんする事は無かった。すっぱり開始五分で寝た。無理だ、何故彼らがヒロインを好きになるのかわからない。
結局私は綺麗だった戦闘シーンしか起きてなかったので、妹は戦闘シーン以外は呼ばなくなった。で、このゲームは今までの中で一番戦闘多かった。見せたいなら泊まらせろよって思うぐらい多かった。
特にルクシオルートは戦闘が多かったと思う。彼のルートはヒロインが敵になっても、暗殺集団が敵になっても、血の雨が降った。他の攻略対象はそこまで流血描写が無かったが、ルクシオは容赦無く殺していた。流石暗殺者、清々しいね。
…と言うのがゲームの話なのだが、現実の世界でも同じらしい。
目の前でルクシオが狼になって暗殺者を皆殺しにしたり、ついさっきまで強キャラ臭かった男が嬲られていたり……。
『ルクシオは狼』を抜けばほぼゲーム通りだ。
だってゲームではヒロインを殺すよう命令した男をあの手この手でグロい感じに殺していたし。
…じゃあ彼はいつ狼で人を殺すのだろうか。疑問だ。
「うーん…まあいいか。きっと私が寝てる間に殺ってたんだよね。えっと……援軍とか無さそうだし、クレイジーさんやファンキーさんは逃げた。さて、どうやって使用人達を呼ぶか…」
テレパシー的なのやってみるか?けどあれ直接声が聞こえないんだよな…。脳に響くやつだから『私、私だよ、セレスティナだよ』って言ったら詐欺ですかって言われそう。あ、そうだ。
「…ルクシオー」
『なんですか?』
耳をピクリと動かして振り返る。くるりと尻尾を振って私の横に座った。にこやか…なのだろうか、尻尾を振っているから機嫌は良さそうだ。
『すみません。思った以上にしぶとくて…。けどもうすぐ逝きそうです』
「そんなにスマートに言われても困るわ!」
『では止めを刺してきますね。すぐ戻ります』
「いや、待て待て待て!」
振り返って殺そうとするルクシオの長い尻尾を思いっきり掴む。ふにゅっ、とよくわからない声がしたがこの際気にしてられない。
「ルクシオ、彼は殺さないで」
『…何故です?』
紅い瞳が冷たく光る。殺したい気持ちは良くわかるんだけども…。
「首謀者に聞かないの?コイツらの集団の本拠地」
『……』
「別に今殺すなって言ってるだけじゃん。聞いたら好きに殺せばいいし」
『…なかなか下衆くて素晴らしい考えですね』
ルクシオに言われるのはちょっと…。喜ばれるのもやだなぁ。けどこうも言わないと延々と続きそう。どうせすぐ殺すって言って二時間ぐらい甚振るのだ。終わらん、朝になる。
だが何故だろう。異常な状況に私の脳も非常事態だったのかもしれない。もっと良い言い方があった気がする。例えば…あれ、思いつかない。けど人質あるからこの人別に要らないし、コイツは絶対口を割らない。口を割るなら自害する系の人だ。
ルクシオが尻尾を振りながら瀕死の男に近づく。拷問か何かするのか…?と見ていると足を振り上げ…。
「ってルクシオ待て!」
『なんですか?』
「何故潰そうとする。死ぬよ!その爪見てよ!」
『…寝ていたので』
「君がやりすぎたんだよ!」
近づいてみて分かる悲惨さ。うわぁ、この人完全に伸びてる。全身血塗れだ。何処も折れていないのが逆に怖い。
抵抗させる為に折らなかったのか、それとも肉を抉る事しか頭に無かったのか…。兎も角、数時間前の私なら大号泣で土下座するレベルの酷さだった。けどごめんね、殺そうとした人に同情はない。
「ルクシオ、そこ退けて。良い感じに逃げないようにするから」
『え、アンタが止めを…?』
「刺さないよ!仕留めるって意味じゃねぇよ!もういいよ、人間に戻って。君、狼だと思考が殺伐としすぎてるから」
『どちらも俺です。戻っても変わりません』
「いいから戻る!」
ええ…、と残念そうにため息をついて元に戻る。なんてこったい、血塗れじゃないか。てっかてかだ。
「ルクシオ…あそこの噴水で水浴びてきて。鉄臭い。なんか猟奇的」
「俺は気にしないです」
「私が気にするの!洗ってこないとぽちとたまみたいに外で過ごしてもらうよ」
「行ってきます」
ルクシオが急いで走り去ったのを見送り、男の側に屈む。…生きてるよね?脈は…ギリギリある。よく生きてるよね。
しみじみ感心しながら、拘束だから手錠でもかければいいのかな、と手錠をつける。足…からナイフとか出てこないよね、と足にも手錠をつける。てか這って逃げないかな、と首輪とリールをつける。そもそも舌噛んで死なないかな、と猿轡を取り付ける。最後に場所がわかったら逃げられるよね、と目隠しした。
魔法って素晴らしいね。これが魔道具の力だ!
「…アンタ、何してるんですか。拷問ですか?」
…よくよく見ると変態に見えるけど仕方ないよね!
使用人達が来たのはそれから一刻後だった。大の大人二人をどうやって運ぶかについて議論しているとキャビィさんが涙目で駆け寄ってきた。
「お嬢様、お坊ちゃま!!なんてひどい怪我を…」
べたべた私の体を触って泣いている。他の使用人も私達に駆け寄り、治癒しようと薬を取り出したり魔法を唱えようとした。
そうかいそうかい、この光景は無視か。血溜りは見えませんってか。
「大丈夫だよ。怪我はしてない。ちゃんと治したし」
「俺も大丈夫です。彼女に治してもらいました」
おいルクシオ、お前無傷だろ。打撲痕すら無かったじゃないか。目線で訴えるがにこやかに無視された。
あくまでも隠す気か…。言っても誰も怖がらない…てかこの光景を見た方が怖がると思うんだ。と、白い目で見ていると急に誰かに抱きつかれた。もしかして…。
「…お父さんか」
「セレスぅぅ…。ルクシオぉぉぉ…」
お父さんが私の肩で気色悪く泣いていた。耳元で叫ぶな、鼓膜破れる。
「お父さん、何故かこのおっさん達に襲われたから何処かに運んでおいて。あと正当防衛って捕まらないよね?」
「何言ってるんだよぉぉぉ!そんな事言ってる場合じゃないだろぉぉぉ!!」
「無傷だもん。こんな事言えるぐらい大丈夫だよ。ね、ルクシオ」
「問題ありません。まだ殺れます」
「問題発言だよ!」
何言ってんだ!
「ずびっ…。おい、そこのお前ら。コイツらを城まで運んでくれ。うちの子は俺が守る」
「あ、この死体ってどうなるの?」
「すまん、これも運んでくれ」
「この血ってどうなるんですか?」
「……大丈夫だ。抹消すれば何もバレない」
「一番やっちゃダメなやつだそれ」
使用人達が水を出して流しているのを眺める。ごめんね、後片付けさせちゃって。けどちょっとは動揺してくれないかな?普段からしてるみたいじゃん!
腑に落ちない、と思いながらも何も言えず、私達の初めての領内探索は幕を閉じた。
まとめ:結局の所、ルクシオは先祖返りで無駄に強い、な探索だった。あとスリリングな体験で疲れた。
領内探索は終わりましたがまだ続きます。
ルクシオは物騒だ、と主人公は思っていますが主人公も大変物騒です。自分が気に入った相手以外はどうでもいいと思っている節があります。人や動物を傷つけたくないと思う心は唯一の良心かもしれません。
使用人達はエドウィン寄りなので血なんてへっちゃらです。今回はなかなか…と思う事はあれども怖いとは思いません。
ありがとうございました。




