9話 領内探索中なのですが。
お願いします。
今日は晴天。全力で街に行ってこいやと言われているような暖かい日。私はルクシオとキャビィさんその他使用人達の計八人で、ハイルロイド領内最大の街に来ていた。勿論、いつものドレスを着ていたら貴族とバレるので、素朴な町娘が着そうな子供服を着ている。ルクシオも同様素朴な服だ。可愛い。
ちなみに使用人達も着ているのだが、顔面が険しい。囲み方がまるでSPだ。それか輸送される囚人。…わざとなのか?囲み方が本格的すぎて逆にバレると思うのだが。
すごい注目を受けてるよ、悪い意味で。すっごい居心地悪いんたけど…と顔を伏せながら街を歩く。なんだかなぁ…と思いながら、私は父とルークさんの言葉を思い出した。
『街には悪い奴がたくさん居るからな。危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ!』
『悪い奴を倒したらポイントが上がるからドンドン倒すんだよ』
『絶対使用人達と離れるなよ!本当に危ないからな!』
『はぐれても護衛がいてるから大丈夫だよ。君なら自衛も出来るだろう?』
『早く帰ってくるんだぞ!遅くまで遊んでちゃ駄目だからな!』
『家に帰れるなら何時でもいいと思うよ。帰り道は覚えておこうね』
『…ルーク!おかしな事を言わないでくれ!』
『じゃあ気をつけて行ってらっしゃい。さあエドウィン、私達も帰るよ』
……ルークさん、他人事だと思って適当すぎやしませんかね。ポイントってなんだよ!お父さんはお父さんで最後まで引き止めなかったし…あそこまで心配するなら止めてよ!
全然楽しくない。隣にいるルクシオを見ると、周りの使用人達を嫌そうに見ていた。自由に歩きたいと目が語っている。うん、私も自由に歩きたい。SP囲いのせいで街の様子が全く見えないんだ。好奇な視線は見えるけどな!
「キャビィさん、全く見えないんだけど。あとお腹空いたよ、何か食べようよ」
「喉が渇きました。水が飲みたいです…」
もう私達も如何に使用人達を動かそうか必死だ。
隙間だけでもいい、店が見たい。それ以上を望んでいいのなら、店で料理が食べたい。高貴な身分とか関係ない、危ないなら解毒するから食べさせて!
ルクシオに至っては逃亡を狙っている。そもそも人の視線が苦手な彼が街の視線(注目も受けている)に耐えられるわけがない。屋敷の人間に慣れるのにまるまる一週間かかったんだよ?今すぐ逃げて物陰に隠れたいだろう。
「ルクシオ…私達、何しに来たんだろうね」
「さあ?俺にはわかりかねます。…納得したんですか?」
「全く。やりたいこと全然出来ないし面白くないや」
二人で深くため息をついた。けどまだこの時はよかった。
いざ迷子になると何をすれば良いか迷うもので。
「ねえ、ルクシオ。ここ…どこだと思う?」
「街の中ですね」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど」
そして、その迷いが全ての事件の始まりだった。
使用人達とはぐれた。人波に飲まれたからか、私達が余所見をしていたからか。けどあの囲み方をしていてはぐれるものなのか?私にはわからない。
隣にいたルクシオとは奇跡的にはぐれなかった。一人でいるより心強いのでありがたい。噴水の側のベンチに座ってため息をつく。迷子は動かないのが鉄則だ。だからここでひと休みしよう。
「…しかし喉乾いたなぁ」
今朝から何も口にしていない。使用人達も警戒して何もくれなかったし。
「飲み物買いましょう?多少移動しても大丈夫ですよ」
「いやー、けどあんまり動いたら使用人とすれ違うかもしれないでしょ?」
「じゃあ俺が買ってきます」
「そこまでしなくて大丈夫だよ。一緒に使用人が来るまで待とう」
平日の昼間の街は大変活気づいていた。客寄せに精を出す者や仕事に熱心な者、優雅にお茶を楽しんでいる者と様々だ。楽しそうな雰囲気は、皆共通にこの街の事が好きなんだとわかる。
だからってさ、全ての通りに人ぎっちり詰まってなくてもいいじゃん。通れないんだけど。あんな所歩いたら潰されそうで怖い。
近くの通りでは出店が立ち並んでいるのか、美味しそうな香りが微かに香る。ああ、食べたい…。上品なモノは要らない、がっつりソース系の食べ物が欲しい。最近食べてなくて味が恋しい。けどあの通りが一番人が多い。くそ!
領内探索のイメージってこう…ルクシオと私とキャビィさんあたりの使用人と、わいわい遠足みたいに行くのだと思ってた。で、食べ歩きしたり、面白そうなものを買ったり、人々の営みを見たりして楽しもうと思ってた。
全然無理だわ。楽しめない。人が多いし、あんなに警戒されたら危険人物がわんさか居てそうで怖い。
どこにいるのかな…と通りを眺めていると、急にルクシオが立ち上がった。眉間に皺が寄って誰かに威嚇しているようだ。微かに低い唸り声がするんだけど…なんで?
理由はすぐにわかった。まあ誰かさんのせいで注目を浴びたらそうなるよな。ステキーなお兄さん達がニタニタ笑いながら私達を囲み始めたのだ。うわぉ、この人たちにとったら場所なんて関係無いのか!
「お嬢ちゃん達、可愛いね。迷子かな?」
「オジさん達がみんなの所に連れてってあげようか?」
「大丈夫だよー?すぐに連れていってあげるからねぇ」
「グへへへへ」
なんという事だ、台詞まで悪そう!見た目も凄くファンキーでクレイジーで、『俺達は悪だ』と周りに示している。なんて安全設計の悪なんだ。
すげぇ…と感動していると、ルクシオが叫んだ。
「俺は男です!お嬢ちゃんじゃない!」
「…あ、そうか。男か」
そういえばルクシオって男だった。可愛らしすぎて妹みたいに接してたよ。思わずそう洩らすとルクシオがジロリと睨んできた。ごめんなさい。けど可愛すぎるからいけないんだよ。
男達にもルクシオが男か女かなんて関係ないらしい。卑下た笑みを浮かべながら、嫌な会話をしている。
「こっちの子供は上玉だからなァ。変態どもに売れば高くつきそうだぜ」
「こっちもなかなかだぜ…。ふひひ」
なるほど、私達は変態どもに売られるらしい。まあ見た目も美少女だし、その手の人には高く売れるだろう。ルクシオなんて奇跡の美少年だし攻略対象だ。絶対高く売れる。
冷静にどうでもいい事を考えていると、主犯格っぽい男が苛付いた目で私を睨んできた。怖がらない上に冷めた目で見ていたからか。馬鹿にしながら見ているがバレたらしい。『ふひひ』で笑ったのがいけないのか?いやいや、いいと思うよ?
「糞ガキ…調子に乗んじゃねぇぞ!」
男が手を振りあげた。うわ、沸点低い…。しかも超遅い。こんなの避けれて当然ですわ。屈んで避けようとする。が、その前に隣が動いた。
「―――汚い手で彼女に触れるな」
男の体が地面に叩きつけられた。呻き声を上げ、こちらを睨む。え、と見るとルクシオがその男を投げ飛ばしたようだった。そのまま彼は男に近づき、頭を踏みながらニコリと笑う。そして掴もうとした腕を手に取り。
「彼女に触れる手なんて必要ないよね?」
みしみしみし、と折り曲げ……逆方向に折った。
「なんで?!やりすぎだよそれ!」
「正当防衛です。ちょっと目を塞いどいてください」
「言うの遅い!もう見ちゃったよ!」
男の悲痛な断末魔よりも目の前で笑いながら折られる方がインパクトが強い。何その折り慣れてる感。蟹剥いてるんじゃないんだからさ!
二本目に取りかかろうとするルクシオの手を取って、急いで男達から距離を取る。その他五、六人の男達はあっさり折られた主犯格を呆然と見ている。のたうち回る主犯格と呆けた男達を見ながら私達はその場から逃げ出した。
「ルクシオ、あれはやり過ぎだよ!すっごい痛そうだよ!」
「片腕折られたぐらいで…叫びすぎだと思いますよ?」
「なぜ疑問形」
「あんたに触ろうとするあいつがいけないんですよ」
その笑みを止めろ!赤い目が翳ってて怖いんだよ!
後ろから聞こえる怒鳴り声よりも、よっぽど怖い義弟の笑みを眺めながら私は頭を抱えた。
『悪い奴を倒したらポイントが上がるからドンドン倒すんだよ』
ルークさん、今ルクシオにこれ言ったら喜びますかね?
「こっちに来てください」
ルークさんの穏やかな威圧顔に震えていると、彼が私の腕を強く引いた。私を隠すように木材の影に紛れたルクシオは臨戦態勢で様子を窺う。獲物を狙う苛虐を孕んだ瞳に『言わないでおこう』と口を噤む。
「糞ガキ共!待ちやがれ!!」
「アイツらタダじゃおかねぇ…。ぶっ殺してやる!」
「どこに行きやがった!」
男達が怒鳴りながら追いかけてくる。曲がるか?こっち来るか?来たら狩られるぞ?
「あ…れ?通り過ぎ…た?路地裏を探すって考えはないのかな?」
「真横にいましたよね」
「至近距離で見てたよね」
「ちっ…仕留め損ねた」
「仕留めないで」
猛るルクシオを宥めながら走って逃げていると、いつの間にか寂れた建物が建ち並ぶ場所に来てしまった。今や賑わった街の喧騒が聞こえてこない。これはあまり良くない。こういう場所はクレイジーさんの仲間が沢山いる。さっきから走っているとゲスいファンキーさんが嫌な笑みを浮かべて私達を見ていた。
楽しいですか?私は楽しくないよ。そろそろ疲れてきたよ。
という事で横道に逸れたらクレイジーさん達が真っ直ぐ走り去ってしまった。真っ直ぐにしか走れない呪いがかかっているのだろうか。それもとそういう種族なんだろうか。
「…普通に歩いててもバレない気がしてきた」
「流石にバレると思いますよ?」
ですよねー、と笑うと突然ルクシオが前に立った。低く唸り始め、眉間に皺がより、何処かを威嚇しているようだ。
あれ、このパターン見たことあるぞ…?
「グへへ、お嬢ちゃん達可愛いね?お母さんとはぐれちゃったのかな?」
「こんな所で遊んでちゃあ、オジさんみたいな悪い人に攫われちゃうんだぞぉ」
「ゲへへへへ」
……ファンキーさんが増えた。そして、あの時のようにルクシオがキレた。
「…俺は男だって言ってるだろ!」
「ちょ、ルクシオ、ストップ!」
―――ボキっ
「あ゛」
「…あ」
「よし」
綺麗に折れた…。ルクシオ、満足げに笑わないでくれないかな?よし、じゃねぇよ!
「て…テメェ、ぶっ殺してやる!」
「ルクシオ!逃げるよ!」
「倒した方が早い気が…」
「逃 げ る よ !」
急いでその場から離れる。ブチ切れたファンキーさんに怒鳴られながら、私達はまた路地裏を走り始めた。
義弟の折り癖、やばいと思うのですよ。本人も全く罪悪感が無いようだし。
見ての通り、ルクシオは好戦的だ。女の子みたいだと言えばキレる。…プレゼントしたカフのせいで、益々女の子みたいだよって言ったら投げ捨てるのかな。それともあの笑顔でポッキリ折ってくるのかな…。ダメだ、ボッキボキに折られたファンキーさんとクレイジーさんのように置き捨てられる想像しか出来ない。
顔を蒼くしながら走っていると、ルクシオが心配そうに顔を覗き込んできた。
大丈夫ですか、…ってそれは『これからアイツらを片っ端から折っていきますが大丈夫ですか?』って事なのか?いやいやいや。
「全然良くないよ!」
「じゃあ少し休みましょうか。待っていてください、足止めしてきます」
「あらー、さっぱり気分爽快!私、まだまだ走れるわ!」
「…頭大丈夫ですか?」
「とりあえず、一旦折るのを止めよう。音がね、人間が聞いちゃいけない音だと思うの」
「……なら、折らなければいいんですか?」
ひやり、と笑いながら後ろのクレイジーさん達を見据える。瞳孔が縦に伸び、凶悪な表情を浮かべるルクシオは普通に怖かった。お願いだから手を鳴らさないでほしい。
何をどうするのか、聞いたら後悔するぞと本能が叫ぶ。聞いたら絶対もっと顔が蒼くなる。とても不安だ……。
―――不安?
「ルクシオ!」
「っ!」
私はルクシオを突き飛ばす。
目の前にはナイフが迫っていた。
使用人達はエドウィンの命令を忠実に再現した結果、あのような領内探索になりました。きっと今頃死ぬ気で探しているでしょう。
主人公はチンピラ共に怯むほどのか弱い性格はしていません。いろんな人のお陰で鋼鉄のハートを手に入れました。
只今主人公はスラム街よりの位置にいます。向かっている方向もそっちよりです。
ありがとうございました。




