8話 死屍累々なのですが。
お願いします。
「ん…。っんー…ん?」
ベッド、硬い。布団、無い。なんか、寒い。
何処かに蹴ってしまったのだろうか。布団が無くなるって寝相悪いな私…。
適当に手を伸ばして布団を探す。しかし全く見つからない。仕方なく目を開けて探そうとして、その場の異常さに驚いた。何なんだ、この状況は。
ここは1階フロア。昨日のパーティ会場だ。なぜ私はこんな所で寝ている。
昨日のパーティは凄かった。使用人達の執念と欲望が凝り固まっていた。会場は一日二日で準備したのにも関わらず計算し尽くされた配置になっていたし、料理に至っては気合が入りすぎていた。
肉っ気が多かったのはルクシオ歓迎の意味があったのだろうが、その他の料理はがっつり大人向けだった。
例に挙げれば、チョコレートだ。口に入れると中からとろりとした芳醇な香りを放つ何かが出てきた。鼻に抜ける甘い香りに酔いながら、あと一つ…とツヤツヤのチョコを見て気がついた。これウィスキーボンボンだ。香りに酔ってるんじゃなくて普通に酔ってる。食べちゃダメだった。
チョコレートは舞踏会等にしか出てこない。いや、言い方に語弊があるな。使用人達が勝手にやっている(きちんと許可は取っているらしいが)慰労会にチョコレートなんて出ない。甘味は高価なのです。ケーキなんてあんなに大量に出てきません。
パーティが昨日のようになったのはお父さんが悪いのだ。お父さんがルークさんを呼ぶから。来客はいないと宣言したのに連れてきたルークさんを見て、使用人達は目の色を変えた。仲間内だけど主人とその子供達が参加するからいつもの慰労会からちょっと豪華に出来るかも、と考えていた使用人達は来客を見て突如覚醒した。
無駄に有能なうちの使用人達は客に滅法弱い。変に気張って完璧に見せたがる。気張りに気張りまくった結果、広くて綺麗な会場に大量の豪華な料理、美しい服装のパーティになった。もっと時間があれば更に完璧になるのに、と話していた各長の会話なんて幻聴だ。それ以上は止めろ。
パーティが始まって私たちが動き始めてやっと、使用人達は本来のパーティ内容を思い出した。これは『使用人への感謝兼ルクシオ歓迎兼セレスを愛でる』パーティ、私達のパーティだったと。
それから使用人達は凄くはっちゃけた。
……会場で野垂れ死ぬほどに。
「…ったぁ。背中痛い…。節々痛い…」
私は階段に凭れて寝ていたようだ。そりゃ布団がないわけだ。立ち上がってからぐっと体を伸ばす。そして目の前の惨事を眺めた。
正装した使用人達が倒れて寝ている。無駄に綺麗に着こなしているせいで人形か何かが乱雑に置かれているようだ。大量殺人事件が起こったような異様さに寒気がする。ぐったり倒れているのが怖い。
いつの間に寝たんだろう…と考えながら障害物だらけの床をを歩く。すると、見覚えのある人を見つけた。あれは…。
「うわぁ……お父さんとルークさんだ」
お父さんとルークさんがうつ向けに倒れていた。ルークさんは寝ても尚威圧感を放っているので見つけやすい。
しかし…おかしい、お父さんは兎も角ルークさんは客じゃなかったか?来客をこんな所に寝かせていいのか?てか何で寝てるんだ?
「…気にするな、気にしちゃダメだ。私は何も見てない」
会場の中央で安眠中の二人を起こさないようにすり抜ける。あれは嘘、あれは嘘っと。
そういえば扉が開きっぱなしになっている。だから寒かったのか。すぐ扉を閉めようと中庭の方へ歩いていく。さあ閉めるぞと手をかけて…目の前に恐ろしい光景が広がっていることに気づいた。
使用人達がのそり、のそりと蠢く。目は爛々と光り、体を曲げながら呻く。手を伸ばしながら何かを求めるその姿はまるで…ゾンビ。
「ひゃ!」
思わず近づいてきた一人を突き飛ばす。しかしそれは当たらず、軽々と飛び退いた後またふらりと徘徊し始めた。
「怖いっ!素早いゾンビ怖い!」
これが警備員の最後…か。使用人魂に火がつくとこうなってしまうらしい。疲れているにも関わらず次に交代してくれる使用人が来ないので仕方なくしている、だと頑張れと思うが疲れを通り越してゾンビになられたら怖い。
しかも異様に速いから引導も渡せない。有能すぎるのも問題だな。今不審者が来たらゾンビにされそうな緊張感がある。
これも見なかったことにしよう。
ついでにルクシオはぽちとたまに埋もれて寝ていた。なんとも幸せそうだったので放置している。昨日ぽちとたまに襲われた時、ルクシオに助けられた。あの二匹を素手で止め、手を差し出された時は泣くかと思った。
ついに私にも助けの手が…と感動した。だが、その後すぐに絶望した。意気投合していたのだ。犬と人間が。
『挨拶が遅くなりました。ルクシオです。よろしくお願いします』
『グルルルルル』
『ガウ』
『はい、そうです。ああ、わかります。そうですね…』
この光景を見た瞬間、私は走り出していた。もう見れなかった。まさか本当に仲良く会話すると思わないじゃないか。やはり彼は犬や猫寄りの人間だった。
「で、そのまま階段で泣いてたら寝ちゃったんだっけ?」
うーん、ショックのあまりに階段で寝る私もおかしいな。是非とも魔法で疲れてたって事にしたい。
ゾンビが中に入らないように中に入ってから鍵を閉める。お札貼りたいな…と考えていると肩に手が置かれた。くそ、中にもゾンビが…!と後ろを向くとルークさんだった。
「おはようセレス嬢。そんなに怖がってどうしたんだい?」
「あ、いや…。おはようございます、ルークさん。昨夜は本当に申し訳ありません。本来なら部屋に案内しなければいけなかったのに…」
「ふふ、私の方こそこんな所で寝てすまなかった。ただ昨夜、ここの使用人達が倒れていくのは驚いたよ」
「誠に、誠に申し訳ありません…!」
ふふふ、と笑っているだけの筈なのに威圧感が凄い。
なんでだろう、笑顔が黒く見える。まあ怒るよな…床に放置したら。けど案内されないからって床に寝るルークさんも大概だよ。
「大丈夫だよ。過ぎたことだ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると気が楽です。次はこのような事態にならないよう使用人達を叩き起しますね」
そうすれば使用人も泣いて喜ぶだろう。
「いや…そこまでしなくても大丈夫だよ。そうだ、君の魔法はすごいね。思わず見惚れてしまったよ」
「ありがとうございます」
「君さ、その力を国のために使いたいと思わないかい?」
「はい?いえ、結構です」
「何故?」
冷たく鈍る紫の瞳が私を射抜く。より一層威圧感が増し、息が詰まりそうになる。
く…即答したのがダメだったのか?!けど面倒そうなんだよ絶対やだ!この美人汚いぞ!脅して頷かせようなんて手に乗るか!
「まだ未熟者ですので私のような子供が行っても邪魔になるだけですよ。その上世間にも疎いので使い物になりません」
「エドウィンが君の事を賢い子だと言っていたよ。彼は私達にも厳しくてね、そんな彼が賢いというのだから君は賢いのだろう?」
「身内贔屓ですよ」
「昨日のあの姿を見ると確信したよ。是非とも君の力が欲しい。君を飼い殺しにするのはあまりにも拙い。君もその他大勢の貴族の娘のようにはなりたくないだろう?」
「いやいやいや、なりたい。超なりたいです。一度でもいいので一般の貴族になりたいです!」
「…今も君は令嬢だよね?」
残念なことに普通の令嬢でないもんで。
「ほらルーク。ダメだって言っただろ?」
「あ、お父さん」
お父さんが復活した。今までの会話を聞いてるなら助けてよ。威圧がすごいんだよこの美人。
「けどどうしても欲しい。彼女、絶対に使えると思うんだ」
「それでもまだ早い。もっと経験を積ませた時ではいけないのか?」
「え、結局行かないとダメなの?」
「今でも十分だよ。昨日のアレ、君も見ただろう?」
「それは…見たが」
「ちょっと待って、行く気ないよ私。お父さん、そこで弱気にならないで」
「経験を積む、といえばセレス嬢はここの領内を探索したいそうじゃないか。エドウィン、許可を出してあげなよ」
「駄目だ。絶対駄目だ!」
「ねえ、なんで知ってるの?てか何その拒否反応怖いよ!」
「使用人が言っていたよ。ね、許可出しなよ。護衛も出すよ」
「え、領内探索って護衛が出るの?」
「いや…護衛を出すなら俺の家の使用人で十分だ」
「そこは断るのか!てか本当に私は行くの?!」
全然話を聞いてくれない。そして行くことになっている。
いや、私も行くのを目標に勉強していたけど、それは安全だと思ってたからだし、そんな護衛が必要だと言われたら行きたくない。
「…セレス、気をつけて行けよ」
「心配するなら止めてよ!」
父はあまりにも飼い慣らされすぎた。どれだけ渋っていてもルークさんの命令を聞かない選択肢はないのだ。おかしい、さっきまで嫌がってたよね?!
明後日、セレスティナ・ハイルロイドは人生初めて領内探索をするそうです。許可を得て嬉しいはずなのに嬉しくない。ルクシオと使用人を連れて、早く安全に何も無く帰りたいです。
―――まあ、無理なんだけどね?
「ねえ、ルクシオ。ここ…どこだと思う?」
「街の中ですね」
「そういうことを聞いてるんじゃないんだけど」
「…困りました」
「…ね」
街の何処かにある噴水の側のベンチに座って、二人でため息をつく。やっぱり碌な事にならなかった。二日前からわかってたけど。
けどね?
「お嬢ちゃん達可愛いね。迷子かな?」
「オジさん達がみんなの所に連れてってあげようか?」
「「グへへへへ」」
ゲスい顔したおっさん達が寄ってくるのもまあ予想はしてたけども。
「……見つけた」
頬すれすれにナイフが飛んでくるのは予想してなかったな。
「逃げるよ!」
「でも…!」
「いいから逃げる!」
唸るルクシオの手を引きながら街中を走る。
今日はバイオレンスな日になりそうだ。
ルークはエドウィンの飼い主です。エドウィンが黒だと思っていてもルークが白と言えば白になるぐらい飼い慣らされています。
はっちゃけすぎた使用人達は達成感と幸福感を胸に夢の世界へ旅立ちました。エドウィンも戻るのが面倒になったのでそのまま寝ました。ルークは部屋を借りようと思いましたが皆で雑魚寝したかったらしくそのまま寝ました。
その場にツッコミ役や嗜める人がいないので皆自由です。コイツらは使用人とは何か、貴族とは何かを議論すべきだと思います。
次回、やっと屋敷内から出られます!
ありがとうございました。




