救世主(仮)始めます(試02)
泉の中央まで来るとあとはこの世界の主神であるエレンが現れるのを待つだけらしい。
ただし、水先案内人であるはずの神官のクセにどのように現れるかは知らされていないと言う。
暫く経っても陽気の下ちゃぷちゃぷと波と舟の出す音を耳にするだけで何も起こらない。つい舌打ちをしてしまうと神官の娘がぴくりと肩を震わすのが視界の隅に映った。朝食の折りには特に気にならなかったがどうも昨晩の「どんな命令にでも従うなら床を共にしてみろ」と凄んだのが効きすぎたらしく怯えられているらしい。
「で、このまま俺はどれくらい待てばいいんだ? そろそろ飽きてきたんだが」
結局謝られた上に「私も天与様をお連れしてエレン様に引き合わせるとしか聞かされてなくて……申し訳ありません」と再び謝られた。この娘はどうも謝り癖があるのかしょっちゅう謝っているように感じる。
また責め過ぎて泣かせても面倒だし諦めようと思ったところでつい癖の舌打ちをしてしまいまた娘の肩を震わせてしまった。
異世界に来たのはともかく、何が楽しくて若い娘と二人きりで黙々と泉を眺めなきゃならんのだとは思うが、お互いを知らな過ぎて話を振るにもネタがわからな過ぎる。そもそも異世界人の考えることなぞわからん。
結局黙々と神を待つだけの時間が過ぎていく。
「神を待つか……」と考えてうっかり小さく笑いが漏れてしまう。それに気付きなにかあったのかとおどおどと尋ねてくるので答えてやる。
「いやな、『神待ち』って言葉が俺の世界でもあってな、それを思い出しただけだ」
「まあ! 天与様の世界にもこういった儀式があるのですね」
なんだかんだで神官らしく『神』なんてのが含まれた言葉に嬉々として反応してくる。誤解したままでも良いのだが一応訂正してやるのも誠意だろう。どういう反応をするのかも気になるし。
「いやいや儀式とかでなく、ただの隠語みたいなもんだ」
「はあ」
よくわからないらしく首を傾げている。
「宿無しの家出娘が宿泊先を提供してくれる奴を探すときの隠語。そういうのを『神待ち』って言うらしいんだ」
「まあ、そうでしたの。天与様の世界の方々はお優しいのですね」
「あ?」
「だってただの家出をしてきた者をお泊めになるのでしょう? こちらでは巡礼者でも最近は軒先すら貸すのを渋られますのに」
「まったく哀しい話です」とどうやら全く理解していないらしい。
「違う違う。いいか、先にも言ったが宿無し家出娘を泊めてやる。ここまでは理解してるな?」
「はい、ですから……」
「そして泊めてやるのは基本的に男だ」
「はあ」
いまいち理解できないらしい。昨晩のことも思い出しながらどこまで純粋なんだと思わず舌打ちをしてしまう。
「いいか、よく考えろ、男が女を泊めるんだ。勿論無償なんかじゃあない。わかるか? 宿代がないから宿無しなんだ。じゃあなんで払う?」
「……えっと、それは」
「身体で払うしかないだろ」
「……それはつまり、あの」
「そういうことだ」
そこまで言って漸く理解してもらえたらしい。顔を両手で隠して耳まで真っ赤になって俯いてしまった。こっちまで恥ずかしくなるので勘弁して欲しい。