こちら相舞警備織為試工業派遣隊異常なし(試01)
思いついたからやってはみたものの……需要なんてないだろうなぁ、というのはわかってます。あればありますよね、警備員の話。
暗闇の中にガタゴトと確かに妙な物音がしている。扉の飾り窓の磨りガラスには室内の非常誘導標識の緑色の明かりに縁取られた人の影が蠢いている。
意を決してL字のノブに手を伸ばすとそっと押し下げ開いて素早く室内に身体を滑り込ませ、机の陰に隠れながら窺うと賊は一人だけらしい。
これなら十分なんとかなる。
そう思い使い古された警戒棒を引き抜き、左肩から提げている懐中電灯のスイッチに指を沿え――
「はい、カットカット」
明るく狭苦しい警備室内にパンパンと手を打つ音と若干焼けた中年の声が響いた。
「なんすか、先輩。ここからいいところなんですけど」
「良いも何もそんなの信じちゃって馬鹿するのが増えたらどうするんだ」
折角の妄想を邪魔されて若い方の男が反論するが、それを年長の男は認めない。
「よし、取り敢えず聞くがな、そのあとどうするつもりだ?」
「そりゃ賊に懐中電灯のビーム突きつけて叩き伏せ――っいてっ!」
年長の男に頭を軽くはたかれる。
「それじゃこっちまで輪っかかけられちゃうよ。大体なんで人数確認せずに入室した? 更に言うなら不審者がいた時点で通報しなさい。そもそも警備員が捕り物とか馬鹿考えてんじゃないよ」
若い方が反論しようとするが手で押し留められる。
「俺らは何の権利もないの。だから手を出すなら飽くまでも正当防衛に止めとかないといいことにならない。それにもしアンタが負傷したり命落としたらどうすんの?」
警備は飽くまでも被害を未然に予防する、若しくは可能な限り抑えるのが大事なのだ。下手なことをして行動不能になってしまえば補充要員が来るまでは欠員となりその間は無警戒状態となる。血気盛んなのは格好はいいのだが契約先にとっては迷惑極まりない。
また警備員に認められている権利は一般私人の範疇を越えるものではなく、現行犯逮捕はできても一方的に叩き伏せるなどもっての外だ。
「でもね先輩、それじゃ俺らなんの見せ場もないじゃないですか」
「警備員が見せ場とか期待すんなよ……俺らは暇なら暇な方がいいの。お前の言う見せ場なんて起きないようにするのが仕事なの。その辺理解しとかなきゃ痛い目に会うよ」
若い方はいまいち不服そうにしている。若さ故というのもあるのだろうがどうも警備にも夢見がちだ。
目先の手柄に目が眩んでるわけではないのだか現場でこういう正義感の塊のようなのは早死にする。寧ろ飛び出したりせず慎重にきちんと通報し警察と同行して事に当たった方が無事逮捕につながりやすいし人的被害も少なくなる。
彼もそれは研修で十分習っているはずなのだが「それはわかってますけど」とまだ府に落ちないらしい。
そんなことをしていると視界の隅にこちらに向かって歩いてくる人物を認める。
「ほら、無駄話は取り敢えず終わりにして来客予定確認なさいよ」
そう促してようやく若い方も気付いたらしくカウンター裏に置いてある時計に目をやりながら備え付けのPCを操作して来客予定名簿を呼び出す。
丁度来訪者がカウンター前で立ち止まって挨拶をしてくるので年長の方が対応を始める。
「こんにちは、どちら様でしょうか――はい、伺っております。担当の逢坂に連絡を取りますのでこちらの方の記入をお願いします」
年長の方が応対している横で若い方も担当者に連絡を取り予定の通りとの指示を受けて年長の方に伝える。
「お待たせしました。それではこの入門許可証を持ってこのまま――」
案内を終えて「それではどうぞ」と送り出して客が構内の建物に入って行くのを確認して二人揃って腰を下ろす。
「平和っすね」
「それが一番なんだよ」
「……そっすね」
2015年11月02日誤字等修正