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悠久なる君へ~3300年の記憶~  作者: 雛子
8章 古の都
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輝き

「さあ、出来ましたよ」


 そう言われて、ネチェルから差し出された手鏡に恐る恐る自分の顔を映してみる。

 王家の守護神、ウアジェトの目を表した目元の緑、植物の赤い色素が取り出した口紅。赤と緑と青の色が添えられている首飾り、ハヤブサの見事な黄金の冠。先に赤が塗られた煌めく羽が頭部を覆うように象られ、冠というよりはヘルメット状態のそれは耳元まで覆う程で、私の聴覚を鈍らせる。


「今日はめでたき日に御座いますもの、そう表情がお硬くてはなりませんよ」


 嬉しそうに微笑むネチェルは、私の髪を木製の櫛で()いていった。


「この命があるうちにアメンの下へ帰ることができるなんて。これほど素晴らしいことがありましょうか」


 本当に嬉しいのか、彼女は顔を紅潮させている。周りの侍女たちも皆同じ状態だ。アメン信仰の影響力の大きさは私が思っている以上のものなのかもしれない。


「今日で姫様の御名は王妃の御名として知れ渡ることでしょう。考えただけで胸が弾みます」


 私が古代エジプトの王妃だなんて。鏡の中の自分をまじまじと見つめてみて、変な感じだと首を傾げて苦笑した。

 正式な婚儀とやらは隣国から使者を招いてテーベで行うそうで、話を聞けば今日の声明を聞いた民は皆私を王妃と認識するとのこと。現代で言う、婚約披露みたいなものなのだろう。それを思うと少し気恥ずかしかった。大勢の人々の前に出た自分を想像すると緊張が一気に頭の頂点まで伸し上がってくる。


「ああ、そうそう。忘れてはいけませんね」


 ネチェルが不意に思い出したように侍女が持つ箱から何かを取り出した。


「耳飾りもお付けしなければ。一歩踏み出す度に揺れてより姫様の美しさを引き立ててくれましょう」


 冠の下の耳から下がった円状の金が首を僅かに振るだけで揺れ、外から伸びた日光に反射して鏡の中で光っていた。

 化粧を施されて、黄金に包まれて、古代の色に染まった自分を見ていると、無性に懐かしさが芽生える。今のように色々と身の回りのことを他人に世話してもらうことも、私が古代に来てその生活にすぐに順応してしまったことも、時々発する私らしくない声色も口調も、私の好きな花がヤグルマギクであることも全て、私の中にアンケセナーメンの記憶が今尚生きているからだなのだろうと、ぼんやりと考える。

 なんて不思議だろう。人は、死んだらそれで終わりだと思っていたのに。私の中には死んだはずの彼女がいる。


「さ、姫様。ファラオがお待ちです」


 侍女の声に応じてネチェルがそっと私の衣に触れ、立つように笑顔で促す。


「参りましょう」


 その言葉にぐっと喉の奥が引き締まった感覚がした。

 いよいよ、私はエジプトの王妃になる。

 腰を浮かせ、金をふんだんに使ったずっしりと重い身体を支え、白石の床を踏み締めた。


「今、向かいます」


 立ち上がり鏡を机に置いた私に、周りの侍女は皆深々と頭を下げた。





 外へと繋がるバルコニーに似た場所へと続く、白い廊下を侍女に囲まれて歩いた。両端には兵士がずらりと槍を上に立てて並んでおり、一歩一歩進むたびに、朝から微かに聞こえていた声の大きさが増していく。いつもの朝とはまるで違うようだ。


「姫様、お急ぎを。ファラオがお怒りになってしまいますわ」


 口元に弧を描く侍女の一人が頬を染めて私を急かし、私の顔にも自然と笑みが零れた。


「そうね、早く行かなくちゃ。すぐ怒るから」


 心なしか私に視線を向ける兵士たちの表情も柔らかい気がした。緊張も勿論ある。それでもこの暖かい雰囲気がその張った感情の糸を解いてくれる。

 この先で私を待っているであろう彼を思うと、早く会いたい想いが逸って足を進める速度が増した。

 早く。早く、あの人が怒ってしまう前に。

 

「──待たれよ」


 背後から飛んできたのは嫌にしゃがれた声だった。振り返って見えた人影に、身の毛が弥立つような恐怖が駆け抜けていく。

 周りもぎょっとしたように現れた人物を見つめ、ネチェルが無視して進むよう私の背を押した。促され、進むべき方向へまた足を動かすと、突然神官たちが現われ、瞬く間に私の行く手を取り囲むように防いだ。


「ウアジェトからファラオを救った姫君よ」


 ぞくりと背筋をなめる声音に、身体が硬直する。

 周りの兵たちが慌てて跪き、周りを囲んでいた侍女が小さな悲鳴を上げた中、のっそりと私を捉えていたのはあの鈍い光をどんよりと宿す二つの眼だった。


「黄金の、永遠の命を持つ姫よ、お久しゅうございますな」


 髪を全部剃ってしまっている丸坊主の頭に、豹の毛皮を身体に巻き、顔が丸く、背が低い太った男が、自分に仕える神官たちを引き連れて私の前にやってきた。


「アイ殿、何故このような所に。姫君は只今ファラオのもとへ参ろうとしていらっしゃるのです」


 ネチェルが私を庇うように立ち憚った。思いもしない人物の登場に、私だけではなく周りも皆動揺しているようだった。

 最高神官アイ──私を疎む、何度も私を殺そうとした人物が、そこにいた。


「女官長ごときが私と姫の間に立つなど許さぬ。今すぐ退けよ」


「な、なりませぬ!」


「退け!!」


 私まで身を竦めてしまうような怒声に、ネチェルも一歩下がってしまう。そして再び、あの嫌な両の目に私を映した。私の全身を舐め回すように目玉を回し、元の位置に戻す。

 何を考えているのだろう。今度は私に何をしようとしているのだろう。

 大勢がいるここで、私を殺すとも思えない。それも自分の手を汚すことはしまい。

 ここで怯んだら負けだ。その口から何を発するつもりか。また私を邪神と呼ぶのかと、背筋を伸ばして身構えた。大きな目玉から目を逸らすものかと見つめ返す。


「私に何用です、アイ殿」


 変に湧き上がる恐怖を抑え、低く言い放った。


「おお…!」


 私の声をかけられたことに感動したかのように、大きな感嘆を上げ、いきなり私の足元に跪く。行く手を封じていた神官たちも同様に膝を床につけた。


「神の下でまた一段と美しくなられた高貴な血を受け継ぐ者よ…!よくぞ我が名を呼んでくださった!!」


 またお前は王妃になるべきではないやら、死ぬべきだやらと叫ばれるのかと思っていたものだから、頭が混乱に陥った。あれほど私を疎ましく見つめていたのに。殺せとまで言っていたのに。名前を呼ばれただけでこんなにも顔を真っ赤にさせるなど想像もしてなかった私と侍女たちは急にどうしたらいいか分からなくなった。


「永遠の命を持つ者よ…!!」


 アイの手が下から突然上がって、宙を彷徨っていた私の両手を掴んだ。アイの手から離された黄金の杖が音を立て、私の足元へと落ちていく。


「この手…!」


 皺が深く刻まれた老人の手なのに、力が異常な強さだった。


「な…何を…!」


 振り払おうとする私の動きを力で封じて、掴んだ私の手の甲に顔を近づけ、叫びに似た声を上げた。


「この手にもその身にも、その魂にも!!」


 目を見開き、身体を震わせ、握り潰されると感じるほど私の手に力を込めた。


「すべてだ…すべてがこの手に!」


 甲に当たるその人の息が嫌で。痣になってしまうのではないかと思うくらいに捕まれた感触が嫌で。それなのに、触れられている感覚に悪寒が止まらなくて、声が出てくれなかった。

 狂ったような神官の行動に、その場にいた誰もが騒然とする。この人を退けて欲しいと命じさせすれば周りの兵士もアイに逆らえるのに、それも出来ない私は全身が竦んでしまっていた。


「おお!触れるだけで力が漲るようだ!!」


 訳が分からない。何を言われているのか、まったくと言っていいほど理解できなかった。


「──そこで何をしている!」


 声が空間を貫き、黄金のサンダルが奏でる鈴の音が世界を引き戻した。誰がこの雰囲気を割ってくれたのかが分かって、すっと気が抜けたのと同時に、強く掴まれていた手が解放される。

 自分の赤くなった手を撫でてから、ネチェルの方に身を寄せた時、アイを見て、自分の目を疑った。

 睨んでいた。向こうからセテムとカーメスを引き連れてくる彼を、言葉にできない憎しみでも混ぜた眼差しで。黒くて、まるで底なしの流砂のような殺気さえ醸し出すような恐ろしい目で。王位への道を邪魔した私ではなく、王位の道へと架け橋となるはずの彼を。


「アイ、何故お前がこのような所にいる」


 私の傍まで来ると、彼は跪いたままの大神官を見下ろし眉を顰め問い質す。彼の低めた声に、アイは一瞬見えたあの殺気を消して深々と頭を下げていた。


「……お戻りになられた姫君のご無事なお姿をこの目で拝ませていただきたかったのです」


 私の手を掴んでいた時とは比べ物にならないくらい落ち着きを払った、神官らしい響きだ。


「お前にそれを許した記憶はないが」


「申し訳ございませぬ。どうかお許しを…」


 か弱い老人の皮を被っているかのような物言いだった。


「ならば去れ。今回のことにお前の出番はない」


 彼の冷たい一言に、一度頭を下げたアイは他の神官たちと共に立ち上がると、セテムやカーメスの不審がる表情の中を物ともせず平然とした面持ちで通り抜け、柱の向こうの緑の生い茂る庭へと消えて行った。


 どうして、あんな目を彼に向けたのか。私への振る舞いは何だったのか。以前と比べたら、彼への対応と私への対応が真逆になっているように感じた。


「……遅いと思えば」


 上から降ってきた声に顔を上げると、コブラの毒から回復し、2本の足で地面を踏みしめている彼の顰め面がある。


「あのような老いぼれに何を捕まっているのだ、呆れる」


 メネスを被ったその額にはネクベト神を表す禿鷹とアウジェト神を表すコブラが黄金に輝き、目元はいつもよりずっと鮮やかな緑色で囲われて、その淡褐色を綺麗に引き立たせていた。顎につけられた木製の黒い付け髭はあの黄金のマスクと同じだった。


「アメンの下に戻ろうとする今、あの者の力は他の神官と同等か、それより若干大きいくらいだ。アメンに戻れば私の上を行く者は誰一人としておらぬ。何を怯えていた、間抜けめ」


 先程のアイの姿が瞼の裏に甦る。


「でも、あれは……あの人、あなたを…」


 あの眼は尋常じゃなかった。私にかけてきた言葉も、彼を見つめた眼差しも、これから起こる何かを暗示しているかのようで恐怖を感じてしまう。

 感じ取ったことをどうやって言葉にすればいいのか分からず、ああでもないこうでもないと頭を回転させていると、ふわりと彼の手が私の髪を撫でた。


「まあ、案ずるな。もうあの者のことをお前が気にする必要はないのだからな」


 視線を上げれば、淡褐色の目の中に私の影が浮かんでいる。彼とは違った小さめのハヤブサを頭に乗せた私だ。落ち着いた色に映されて、私を巣食い始めていた不安が徐々に影を潜めて行った。

 そもそも、アイにとって私が邪魔であることは変わりのない事実であるはずだし、アイの権力はアメンに戻れば随分と今よりもずっと落ちるはずだ。彼の言う通り、気にする程の事ではないのかも知れない。


「ヒロコは我が王家の衣装がよく似合う」


 緑に庭から流れ込んでくる空気に乗った彼の声に落としかけていた視線を彼に戻す。

 この誇り高い王家の、私にはもったいないくらいの衣装が似合うなんて、嬉しいような恥ずかしいような。何と返したいいか分からず、視線を手元に落とした。

 相手の手が肩に流れる髪を触れ、そのまま私の頬に伝う。指が触れる場所に、熱と潤いが灯る。


「とても良い」


 はにかみながらもありがとう小さく返したら、その人も笑って、私の額にそっと口づけて抱き寄せた。あなたこそ素敵よ、くらい返した方がよかったのだろうけれど、私には微笑み返すだけで残念ながら精一杯だった。


「行こう」


 私を片腕に、そのまま大股で歩き出す。相変わらず私が追い付けない速さで、その白く流れる廊下を、光が満ちる方へ。




 兵士や女官がずらりと並ぶ、広く開いた空間がある。古代のバルコニーと言ったところだろうか。見えてもいない民の気配がありありと向こうから感じられると同時に、清々しい空気がその柱の間から吹き抜け、私の髪を後ろに緩やかに靡かせた。

 一歩踏み出せば、美しい色が施された円柱の背景は雲一つない、澄んだ青い空が現れる。今か今かと言っているような声の束が、柱の向こう、そのずっと下から、私の耳まで飛んできた。


「民が呼んでいる」


 私を下ろしながら彼が嬉しそうに耳元で囁く。

 これが、古代エジプトを支える民の声。神の住まう大地に生きる人々。


「ファラオ」


 向こうにいたナルメルが一人の臣下から差し出された箱を受け取り、私たちの方へと朗らかな表情と一緒に歩んできた。


「これを」


 宰相が頭を下げ、その象形文字が並んだ木製の箱を開くと、40センチほどの金箔に包まれた2本の棒が姿を現す。私にも分かる、古代における儀式、祭典において最も大切にされる道具──エジプトのファラオ、王権の象徴。

 ハタキの形をしている方がネケク、かぎ爪の形の方はヘカアと呼ばれ、麦の脱穀に使われた穀竿と牧民の杖を表すもの。


 ──王は民と共にあれ。


 いつか読んだプタハホテプの言葉を思い出した。

 民と共にあってこそ、国を治める王に相応しい。


「アメンの下へ、帰らん」


 王権の象徴を手にし、それを胸の前に交差させる。まさに、現代で何度も見てきたファラオ像のポーズ。石像でも壁画でもなく、この目で見るファラオの姿は本当に威厳と誇りを輝かせるものなのだ。


「我が身はラーと共にあり」


 祈るように目を伏せていた彼は、短く言い放ち、その足を太陽の方へと踏み出す。黄金のサンダルの奏でる鈴の音色を響かせ、青と黄色の頭巾をナイルから巻き上がる風に乗せながら。

 そして、涙が出てくるくらいの歓声がその世界で満ちた。

 胸が震えた。理由なんてよく分からない。わっと鳥肌が湧いて、すべての感覚を麻痺させるようなそんな勢いが私を襲う。声が風となって、私の傍を吹き抜けていく。

 竜巻のごとく吹き荒れる歓声とは裏腹に、声というものを失った私は両の手を体の前に組み、青い空の中で白いマントをナイルの風に靡かせるその背中を見つめていた。

 ナルメルも、セテムもカーメスも、いつもは宴の席で顔を真っ赤にしている多きの大臣たちも、王の姿を認めると、徐々に皆頭を下げて敬意を示していく。

 やがて、声を何一つ出すことなく、彼は右腕を高々と天に掲げた。その指先が昼の砂漠の国の白い光と一体となる。

 言葉などいらないのだ。ナイルの氾濫の時や大臣たちに神を変えると発言して権威を示した時とは違い、こんな高いところから声を発しても聞こえず、むしろそれでは威厳を半減させてしまう。声を出さないからこそ、誰もが神と湛える威風を生むことが出来る。

 それを自然と知ってさらりとやってのけるこの人は、強大な国を治める、生まれながらの王族なのだろう。


『──ツタンカーメンが悲劇の王ならば、アンケセナーメンは悲劇の王妃』


 彼の背中を見つめていたら、良樹の声が頭を横切った。


『──墓もミイラも見つかっていない、3300年も前に死んだ哀れな王家の姫君さ』


 ツタンカーメンである彼が未来で「悲劇」と呼ばれるのは若くして死んだからだ。それもその死因が政治的な陰謀の殺人だったかもしれない、という説があるから尚更。

 けれど、何故その王妃まで「悲劇」呼ばわりなのか。夫が先に死んで、未亡人になってしまうからか。それとも王妃も殺されるか、何か悲劇と呼ばれるような最期を遂げるからなのか。どう頭を捻っても私には分からない。

 現代にいる時に調べておけば良かったなんて今頃後悔をしても、それもやはり神の意思で、自分の古代で起こりうる未来を調べさせないという意図があるのかもしれない。


 ならば、それでいい。

 古代の紅の味がする唇を小さく噛み、顎を引く。頭を動かすと、髪の先につけた飾りたちが揺れた。

 神は私に、時を越えて彼と共に生きることを許した。運命をひん曲げてやりたいと思っている私に、それを許した。


 やってやろう。受けて立ってやろう。

 彼を死なせたりなどしない。寿命まで生きてもらって、この顔に皺が刻まれるまで笑い合い、最期はこの時代で一緒にミイラになって朽ちてやる。


「ヒロコ」


 笑顔を湛えた彼が振り返り、私に向かって手を伸ばした。

 広げられた大きな手。この上に手を重ね、彼と共に前に出れば、もう二度と後戻りはできない。私は歴史の一部になる。未来で見てきた名前に自分の存在を完全に埋め込むことになる。ツタンカーメンの正妃、アンケセナーメンとして。


 弱気になったりはしない。あの黄金の川で心を決めた。

 ぐっと力が体に篭ったのを感じたのを合図に、私は自分の手で、彼の手を取った。強く握り返された手が引かれ、私もその白い光の中に導かれる。

 まぶしくて、目が眩む。

 細めた視界にやがて映ったのは、下に広がるたくさんの人々の笑顔だった。数百どころじゃない、数千。想像を越えていた。

 聴覚を埋め尽くすのは、大きな声の束。私たちに向けられて振られるたくさんの手。そこから青い空に向かって投げられるハスの花。様々な色が舞う中、ハスの白がとても美しく映えていた。

 圧倒されて後ずさりそうになった私の肩を、彼はしっかりと支えてくれる。


「我らが守るべき国だ。その眼に焼き付けよ」


 民があってこその国だ。王妃として、決して背を向けてはならない。私が選んだ立場の重みを、今ここで心に刻む。


「ええ」


 生きよう。この人のために。

 私の運命(さだめ)が、この人たちの中にあるのなら。歴史が私に居場所を与えるのなら。古代の偉大なる国の元に、あの美しく偉大なるラーの下にあると言うのなら。


「あなたと、エジプトと共にこの魂はあるんだわ」


 ナイルの風に、砂漠の海に、太陽の黄金に、この身を埋めよう。

 歴史から与えられた名。たとえそれが悲劇の王妃のものだろうと、私は喜んでその名を受け入れよう。自ら悲劇の王の妻となり、歴史と向かい合い、我武者羅に暴れて抗ってやろう。

 これは私の宣戦布告だ。

 歴史を変える。生きる場所と決めたこの地で。死に場所と決めたこの大地で。


 彼がそうしたように、右腕を天へと高々と掲げた。彼も続いて左腕を向けて伸ばす。

 より一層、私たちが守るべき人たちの声が大きくなって祝福の声にすべてが満ちた。

 白い光が、未来へ一歩を踏み出した私たちを、国を、民を、照らし出す。目を細めれば、光の色に埋もれる視界に、この世界にはいない大事な人たちの顔が、風景が、次々と浮かんではぼやけて見えなくなる。


 お父さん。お母さん。


 どうか、見ていて欲しい。私はこの時代で精一杯生きていく。

 遠く、どんなに離れていようとも、私の存在が分かるように。私の高鳴る鼓動が、その耳に聞こえるように。3300年後の世界で生きる、私の愛する人たちに、この輝きが届くように。この身体から、命から、光を放とう。


 天へと伸ばした指先が、太陽の光の向こうに消えていくのを見ていた。



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