ナイルの氾濫
「何をしている、早く飛べ!」
「無理!そんな所まで行けない!」
「己を卑下してどうする!出来ると思ってやれば何でも出来る!」
無理だって言ってるのに。
溜息をついて見下ろす足元のすぐそこでは、土の黒に染まったナイルが波打っている。上流の土を含み、ここへ流れて来るまでにも多くの物を飲み込んできたからだろう、見慣れた澄んだ青はどこにもなかった。
朝早くに彼に叩き起こされ、無理に引っ張り出されて王宮の外に面したこの場所までやってきた。
視界のすぐ先には外に向かって長い階段が続いているはずなのに、ナイルに満ちて階段が途中で途切れている。何もかもがナイルの下だ。この光景を目にした時、何度自分の目を疑ったか分からない。
これがナイルの氾濫。神々がエジプトに恩恵をもたらす1年の区切りが、太陽と共にやってきたのだ。
あれだけ大きな川幅は毎年10倍近くに広がるそうで、とにかく大雨や台風の比ではない。いつも見ている緑も建物もすべてナイルに浸っており、エジプトのナイル流域すべてがほぼこんな状態だと思うと信じられない気持ちになる。
そんな溢れるナイルの上に小舟を浮かべる彼は私に階段から飛び降りろと促していた。軽く見積もっても、彼の所まで3メートルはある。助走をつけて頑張ったとしても確実にナイルに真っ逆さまだ。
「いやあ、実に今年の氾濫は素晴らしい!去年よりも水かさが増していますよ!きっと姫君が甦りになられたからですね!」
私の右後ろに立つカーメスは手を叩いて笑う。その笑い声を、セテムのゴホンと咳払いが遮った。
「これだけ神からの恩恵が増したのも、ファラオの御決心があったからに決まっていよう。姫君が甦られたのも、すべてファラオのお力があってこそ、神が聞き入れて下さったのだ」
無愛想なセテムは、このめでたい日にもムスッとしている。笑えば可愛い人だと思うのに、ここまで仏頂面だと勿体無い。
「まっ、両方ってことですかね!ほら、ファラオはあんなに楽しそうにしていらっしゃる。見ていると私どもまで楽しくなりますねえ」
確かに神の恩恵と呼ばれるこの氾濫が無事今年も起こったことで、彼は随分と興奮しているようだった。彼の身に着ける白い麻の衣服が陽を眩しく反射して、私は思わず目を細めた。
新年を迎えるに当たって、翌年の息災を願い、誰かに衣服を繕う風習があると聞いたのはほんの少し前のこと。今までのお礼を踏まえてネチェルに教わりながら彼に縫って贈ったら、思いの外喜んでくれたことを思い返す。
渡した瞬間の相手の顔、今それに身を包む姿を眺めるだけで、どうしようもなく頬が綻んで仕方がない。寝る間も惜しんで作った甲斐があった。気恥ずかしさもあるけれど、それほど上手く縫えたわけでもないものを、この大事な時期に彼が着てくれたことが素直に嬉しかった。
大きく息を吸い込んで、周囲の様子を眺めた。侍女や大臣たちも小舟を浮かべてそこらを漂い、舟に揺られながらお酒を飲んだり、ハスの花をナイルの上に浮かべていたり、楽しそうにしている。日本ではお正月のようなものなのだろうけれど、また違う雰囲気だ。
水に反射する陽の光が眩しい。至る所で水面がきらきらと陽を反射させ、その美しさを私に見せつける。
「それにしても、近頃ファラオは姫を『ヒロコ』と奇妙な名前でお呼びになる……以前より仲睦まじくなられたのは実に嬉しいことなのですが、何故『ヒロコ』などよく分からぬ名を」
奇妙な名前ですみませんねと、カーメスに向かって言いたくなったけれど我慢して飲み込んだ。聞こえていない風を装う。
「無礼な。姫君は何でもあの世でそう呼ばれていたとファラオが仰せになっていた。おそらくあの世で神から賜わった御名に、ファラオは敬意をお示しになり、それでお呼びになっているのだろう」
セテムが腕を組んで真面目にそんなことを言う。これが本名なのよ、という文句も我慢。
もとの時代に帰れないかもしれないと悟ったあの日から、彼は人前でも私を『ヒロコ』と呼ぶようになった。セテムが言うように、あの世で神様から貰った名前ということにして。あの人のことだから、わざわざ使い分けるのが面倒になったのだと思う。
「ならば!私もヒロコ様とお呼びした方がよろしいのでしょうか…!?なんと珍しい御名!是非、私もお呼び…」
「無礼極まりない。あれはファラオだけが呼ぶことを許されている御名なのだ。我々が口にしてよい御名であるはずがない」
わくわくしているカーメスに、セテムの冷たい言葉が打ち付けられる。癖毛の将軍は、そんなことでへこたれることはなくケラケラと陽気な笑い声を立て始めた。
「私も神に名を賜わりたいものですねえ!」
「死ななければ無理だと思うが。まあ、神がお前の復活をお許しになるとは到底思えぬ」
「いやいや私はちゃんと務めを全うしてきた!神はきっと」
「無理だ、絶対に無理だ」
「いやいやいや、でも…」
二人の会話に耳を傾けて一人笑いながらも、宮殿の方を振り返ると、女官たちが忙しなく右往左往しているのが見えた。おそらく今夜から始まる宴会の準備に追われているのだろう。
お祭りと言えど、ナイルの氾濫とは想像以上の大洪水。私の時代でも氾濫という時期はあるけれど、大きな氾濫は起きないようにと整備されてしまっていて、こんな大規模にはならない。
神の恩恵と呼ばれるものだから、もっと穏やかなものだと思っていたのに、実際目の前にした光景は普通に考えればパニック起こすほどの自然災害だ。シリウス星が現れた数日後に、この氾濫が起きると分かっているという事実がどれだけ大きな意味を成すのかを思い知る。
この時代に生きる人々は、自然と共にある。すべての物に神が宿り、名前と心を持つと考えていたから、耐えず自然の声に耳を傾けているのかも知れない。私の時代の人には聞こえない声が、彼らには聞こえているのかも知れない。
私の髪を後ろに流す、すぐ傍を吹き抜ける風。そよそよとした涼しさが何か私に語りかけているようにさえ感じる。
そうしている内に宮殿のもっとも高いところからこの風景と風を感じて見たくなった。
「ねえ、セテム」
振り返って彼の側近に声を掛けると、カーメスと話していたその人から礼儀正しい返事がすぐさま返ってきた。
「上へ行きたいの」
「上へ?宮殿の、ですか?」
「そうよ。この景色を上から見てみたいの」
どんな光景を目にすることができるだろう。想像しただけで胸が弾んで仕方がない。
けれどセテムは、しかしと渋る。対してカーメスは良い考えだ、これくらい良いのではないかと笑ってくれる。このまま押せば連れて行ってくれそうだとカーメスと共にセテムを説得していた、そんな時。
「ヒロコ!!」
声が。
「来い!ヒロコ!」
呼ばれて振り返った瞬間に腕が掴まれた。
悲鳴を上げる間もなく、引かれてぐらりと世界が揺れ、ナイルの青が視界に広がったのを見、咄嗟に瞼をぎゅっと閉じる。
身体が宙に投げ出され、足が踏み場を無くして浮き、恐怖が背中を走っていくのを感じ声を上げるか上げないかという時に、誰かに抱き止められた。
「……ほら、飛べただろう」
遠かった声が今度はずっと近くに聞こえ、恐る恐る目を開けると、その人の笑顔が私の視野を覆い尽くしていた。細められた淡褐色の中に、綺麗な黄金が覗いている。
「アンク」
何が起こったのか分からなくて、その色をまじまじと見つめてしまう。
「来いと言っているのに、何故来なかった。何故素直に私の命令に従わぬ」
船の上に降ろされたのは僅かに揺れる船の上だった。彼の手が私の髪を撫でて、そのままそこに口付ける。かっと顔に熱が走るのを感じて身を竦めた。
「何故すぐに出来ぬ出来ぬと……そのようなことは愚か者が言うことだ」
「だって、あの時は随分遠くにいたじゃないの。それにいきなり引っ張るなんて。びっくりするでしょう?落ちたらどうするの」
やめて、と彼を押しやりながら慌てて抗議すると、相手はいつもの如く顔を顰めてしまう。
「ぐじゃぐじゃうるさい。私が抱き止めてやったのだ、それで良いだろう」
彼は私を離すと船の漕ぎ手の兵に、船を進めるよう命じた。
「私といる時は気難しい顔をするくせして、セテムたちとは随分楽しそうに話すのだな」
「それは」
「言い訳などいらぬ。もういい」
彼は私の言葉を遮ると船の上に腰を下ろして、私にも座れと促す。このまま立ち竦んでいる訳にもいかず、喉まで出かけた文句を呑み込み、言われた通り彼の向かいに座り込んだ。
彼は、嫉妬をしているのかしら。今の私にとって彼と一緒にいることと、セテムたちと一緒にいることでは全く意味が違ってくるのに。でもこれを口にする気にもなれず唇を引き結んだ。
周囲には多くの船が出され、その船の上で歌ったり、踊ったり、お酒を飲んでいる人の他に釣りをしている人がいたりと、ナイルの上は先程とは比べ物にならない賑やかさで溢れている。
魚はいるだろうかと船の外を覗いてみると、沢山の魚がナイルの奥にナイフのようにその鱗を光らせて泳いでいた。鱗の銀は黒いナイルによく映えた。目に映る光景が綺麗で思わず感嘆が漏れる。
「魚が欲しいのか?」
私に身を寄せて同じように船の下に視線をやった彼が言った。
「あ、ううん、そういう訳じゃなくて、魚も一緒に流れてくるのねって」
こちらの話を聞いていないのか、それとも聞いてもあえてなのか、彼は漕ぎ手の兵から槍を受け取り、狙いを定め、瞬きする間に水しぶきを生むことなく、それをナイルに突き刺した。あまりの素早い動きに言葉を失ってしまう。
「ほら、魚だ」
差し出された矢先には、見事に魚が突き刺さっている。さっきまで生きていた魚が、今は矢に突き刺されて目の前に出されてぎょっと目を丸くしてしまった。
「受け取れ」
ありがとうと取りあえずお礼を添えて、その串刺しの魚を槍ごと受け取った。魚を手に取る私を見て、彼は満足そうに笑っている。その笑みを見たら、自然と私の口元も緩んだ。
「今年も豊作だ。これで国も民も潤う」
辺りを見渡した彼が、静かに声を零した。えんやわんやのお祭り騒ぎですべての声がかき消されてしまいそうなのに、彼の声は不思議と澄んで聞こえる。
「この氾濫が、栄養の豊富な土を運んでくれるのよね?」
魚やハスの見える水面は青さが残っているものの、下は随分と黒い。この黒は、ナイルの上流から流れてきた肥沃な土の色由来のもの。これがこの国を左右するものになる。
「エジプトはこの母なるナイルに支えられている」
彼が水を片手ですくうと、指の間から若干黒く染まった水が零れ、再び氾濫した母の元へと帰っていく。その様子を淡褐色の眼差しが優しく捉えていた。
「この水がすべて引いた頃、我が国の大地は黒に染まる。これを我らは黒い大地と呼ぶのだ」
この黒がこの国の栄華さの根源。
「そしてそれと対になる呼び名として、我が国を囲む砂漠は赤い大地と呼ばれている。昼間はそうでもないが、夕暮れの太陽に照らされた砂が赤く光るから、というのが理由だ」
黒い大地と赤い大地なんて、なんて神秘的だろうと感心してしまう。
「ヒッタイトのシュピルリウマに会うたび、自分の国の赤い河の方が美しいと自慢してくるがな。あの老いぼれにいずれは我が国の赤い大地の方が美しいと言わせるつもりでいる」
フンと鼻を鳴らし、彼はぶっきらぼうに言ってのけた。
「ヒッタイトには赤色の河があるの?」
赤い河だなんて、プランクトンが大量発生した赤潮しか思い浮かばない。トルコにそんな場所があっただろうかと、記憶を巡らせた。
「ヒッタイトの首都が、赤い河の意を持つクズルウルマックという河の付近にあるだけの話。実際に赤い訳ではないが、その名の由来は私にも分からぬ。知りたくもない。今度の婚礼にでも使者がこちらに出向いて来るだろう。どうしても気になるのなら、その折に自分で聞け」
「婚礼?誰の?」
何気なく引っかかった言葉に咄嗟に尋ねた。誰か重要な人の結婚式でもあるのかしら。
そんな私に彼は一瞬気まずそうな顔をした後、呆れ顔で私を見やった。
「……私とお前だ」
返ってきた短い言葉に、再び目を丸くした。首を傾げたまま、体まで固まってしまう。
彼と、私。
そりゃあ、私はアンケセナーメンという彼の妃になる王族の立場にいる訳だから、そんな話が出るのも当たり前なのだろうけれど、でも。
「そ、そんな、結婚だなんて…!」
「案ずるな、形ばかりのものでしかない。どうせ私の妻になる気など、お前には無いのだろう」
つまらぬと言い、彼はあぐらをかいた膝に肘を立てて頬杖をついた。
「夫婦としての儀はこなすが、それ以上のことはしない。……いや、お前は私にさせてくれぬのだろう」
「それは…」
口籠った。18で誰かと結婚だなんて考えたこともないし、まずこの歴史の中で私が誰かと結ばれることがあっていいのかも分からない。
彼の瞳に映る私が、弘子として映っているのか、それともアンケセナーメンとしてなのかも分からない。かと言って、それを面と向かって聞くことも出来ず、彼のことを好きだと感じながら自分の想いを伝えられない。
それに、あの日からより一層頭から離れなくなったのは両親の存在だった。二人を忘れ、あの時代を捨てて、一国の王である彼と一緒になる決意など簡単に出来るものではない。
けれど、戻れないのなら私の居場所はここしかない。ここ以外に居場所なんてない。ここを離れれば私は独りだ。
そうだと分かっていても、傍にいれば良いと言ってくれた彼に頷き、彼と一緒になることが、両親や友のいる生まれ育った愛しい時代を捨てることを意味していると思うと、思考は再び路頭に迷ってしまう。彼のことを思えば決意しなければならない時期に来ているのに、私はまだ決断を下せずにいる。
「あとはアンケセナーメンが甦ったことを、そろそろ民に知らせなければならぬ」
無言になった私に、彼は独り言のように言った。
「……民に?」
「民に広がっているのはまだ話だけだ。姿を現し、その話が事実であることを証明する」
はあ、と頼りない返事が私の口から出た。
「王族は一年に一度、ナイルの氾濫の数日後、王宮から民に顔を出す。それを機に都を遷すこと、そしてお前が甦ったということの声明を出そうと思っている」
改革を始める合図となるナイルの氾濫が起きた。これは一神教のアテンから、伝統的な多神教のアメンへ戻す時であることを示す。いよいよその宗教改革が現実のものになると思うと、私の中にも少し緊張が走った。
自分の手元から視線をあげると、その先にいる彼は悩ましげに顎に手をやって、遠くに波打つナイルを眺めていた。
私の胸にある緊張をこの人も感じているのだろう。違う、私のものなんかよりも、ずっと大きい緊張を。宗教を替えることがどれだけこの国にとって、時代にとって、重要なことか。
無事に済めばいい。反乱が起きることなく、ただ無事に。そう願うことしか出来ない自分の非力さが歯痒かった。
「姫様!」
歌が流れる中に声がかけられて、周りの船を見回して自分を呼んだ主を探した。
「姫様!!こちらです!」
はっと振り返ると、向こうの船に乗っている女官たちがこちらに笑顔を向けているのが見えた。白いふわりとしたその花が、彼女の両腕に溢れんばかりに咲き誇っている。
「お受け取りくださいな!我が国の、美しき王家の花です!」
白い花弁がはらはらとナイルの風の中を舞って、あたりの幻想的な雰囲気をより引き立たせていた。
「投げろ!」
突然立ち上がった彼が、船に足をかけて身体を乗り出すと、距離のある花に手を伸ばした。その反動で船がぐらりと揺れて船の縁を咄嗟に掴んで身体を支える。
「ファラオ!」
声と共にぱっと投げられたハスの束が、青い空と青いナイルの間を飛び、その柔らかい白を辺りに散らしながら、彼の伸ばされた手に落ちた。
「ヒロコ」
私に手渡されたのは、少し形の崩れた白い束。
「お前の好きだという花だぞ。ヤグルマギクではないがな」
エジプトのハスは、日本やインドのものとはまた違った趣を持っていて、ナイルのおかげかその大きな花びらは健気で、神秘さに満ちている。つい見惚れて、頬が綻んだ。
「ありがとう」
彼と向こうに流れていく女官にお礼を言い、花を受け取って胸に抱くと、甘いような、それでも清しい香りが私を包んだ。これがあまり鼻につかない独特なハスの香り。
確かハスの花言葉は、神聖なる物。清らかな心。まさにその言葉が相応しいと思える、美しい、誇り高い花だ。花を撫でると、優しい感触が指先を伝わって私に流れ込んでくる。
アンケセナーメンはヤグルマギクを王家の花と呼んだけれど、このハスは伝統的な王家の花、国の象徴。だから王宮のあちらこちらに描かれ、王族とされる私の頭にも服装にも取り入れられている。
「ヒロコは本当に花が好きなのだな」
花から顔を上げれば、向かいに座る彼の優しく光る瞳に私が映っていた。
「花を手にしている時のヒロコの顔は、本当に柔らかくなる。良い顔だ」
「そう?」
くすりと笑って問い返すと、彼は深く頷いた。
「泣いているよりはずっといい」
自分の頬に薄く赤が走ったのを感じて、思わず腕の中の白さに視線を戻してしまった。
でも、彼の目に自分が映っていることが、どうしようもなく嬉しい。
この時代に落ちて、何度泣いてきただろう。それでも私は今笑っている。花を抱いて、沢山の人の優しさに包まれて違う時代で生きている。絶望に埋もれることなく、また明日への夢を見ていられる。それが、とても幸せだと感じていた。
そろそろだと呟き、再び立ち上がった彼は、足元に置いていた権威の象徴とも言える長い杖をその手に握り、額の黄金を煌めかせた。マントをナイルの風に乗せた姿はとても雄々しい。
辺りを見渡し、自分たちの乗っている船がナイルに満ちる敷地内の中心に浮かんでいるのを知った。
先程まで賑やかだった人々が、一斉に静まり返り、立って船に足を掛けている彼に視線を注いでいる。誰もが王から言葉が発せられると悟った瞬間だった。
「我がエジプトに、今年もハピが舞い降りた!」
ハピはナイルの神。ナイルの氾濫が無事起きたということは、この神様が今年もこの国にやってきたことを意味する。
「その御心に感謝を示し、皆、思う存分賛歌を捧げよ!!」
声が、エジプトの碧空に、ハスの白が浮かぶ、満ちたナイルに鳴り響く。決して怒鳴っている訳でもないのに、それは周りに音の輪となって広がっていく。
「我がエジプトに幸あらんことを!!」
ハスを胸に抱き、どっと押し寄せた歓声の余韻が天に消えていくのを、静かに目を閉じて聞いていた。