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悠久なる君へ~3300年の記憶~  作者: 雛子
25章 ヒッタイト
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出国


「お母様はあなたの傍にいますからね」


 涙ぐむ母親は笑顔を作り、王子の頭を撫で、頬を撫で、肩を撫で、そして強く抱き締めた。


「寂しくなったらお手紙をお書きなさい。すぐにお返事を書きましょう」


 母の腕を押しやった小さな王子は笑ってみせる。


「大丈夫です。母さまは心配しすぎなのです」


「悲しいことがあったなら、お母様を思い出して」


 分かっています、と彼は母から身を離す。


「父上、母上、どうかご自愛くださいませ」


「ヒッタイトの王子として、尽力して参れ。父はいつでも見ているぞ」


「はい、父上」


 母の手を勢いよく振り払い、両親と兄たちに向かい合う。

 少年の姿を、跪く体勢で俺たちは眺めていた。背後から馬の嘶きが風と共に吹き込んでくる。


「では行ってまいります!どうぞ、お元気で!」


 家族にまた戻ってくると言うような仕草で軽く頭を下げると、ザナンザ王子は俺の方に走り寄ってきた。


「さあ、エジプトへ参ろうぞ!」


 返事をする俺の前を、王子はずんずんとした足取りで行く。

 向かうは外。外へ繋がる階段の下には馬と、同行する両国の兵と侍女、出発時とほぼ同量のヒッタイトからの品々が待ち構えている。後ろに控えていたナクトミンとラムセスも立ち上がり、胸を張る王子の後ろを俺と共に歩み始めた。

 迷いのない足取りだ。真っ直ぐ白く見える向こうへと歩を進めていく。


「待って、ザナンザ」


 背後から通る声が追いかけてきた。振り返った先に歩いてこちらへやってくる第三王妃の姿があった。


「母さま、」


「母も外まで参ります」


 王妃が王宮の外にまで見送りに出るとは異例のことだ。それでも母子の別れと思えば、当たり前のことでもあった。


「ならば私も参りましょう」


 母と弟を見てムルシリ王子が前に進み出た。


「大事な弟が異国に旅立つのです。よろしいですか、父上」


 王はこれを了承し、ザナンザ王子も仕方ないと生意気に頷き、俺から離れて母と兄の間を歩いて外へ出た。

 母がその子の手を握り、子もしっかりと差し伸べられた手を握り返す。その子は、繋がれた手をじっと見てから小さな唇を噛みしめて俯いた。

 目を覆うくらいの眩しさを湛えた晴天の下は、馬と兵で埋め尽くされている。兵たちにはヒッタイトとエジプトの者が混じっていた。身なりの違う二つの兵が共に並んでいる光景に、これからのヒッタイトとエジプトの関係が現れているようで期待が先走ってならない。

 きっかけだ。二つの国が対等に渡り合い、二つの国の民がより豊かになるための。

 そして彼らの最も手前に用意された立派な輿がこれでもかと映えて見えた。


「さあ、もうお見送りはここまでです。それでは!」


 母と兄に笑みを残し、その子は勢いよく輿の中に飛び込んだ。声を掛ける暇もなく、瞬く間に振り払われた王妃の手は名残惜しげに宙を漂う。もう息子の姿は輿の中に隠れて見えない。王子の側近である老人が慌ててお辞儀をして輿の傍に走り寄った。

 今にも泣きそうな瞳で輿を見つめ、きつく自らの手を胸の上で握る王妃の肩にムルシリは手を置き、大丈夫ですかと心配げに尋ねていた。

 やはり、一生の別れになるかもしれないことをザナンザ王子は分かっていない。分かっていたならもっと別れを惜しむはずだ。直前になって嫌だと駄々を捏ねることもあったはずだ。

 かと言って、もう会えないことを教えることも出来なかった。今それを知るにはあまりに不憫すぎた。ならば行かぬ、とここで騒がれてしまっては元の子もない。困るのは俺たちやあの王妃だ。王子にとっても、いつか会える希望を持たせたままの方がいいのではないかと思われた。

 ザナンザ王子がしっかりと乗り、その年老いた側近も傍に控えたのを確認して全体を見渡す。

 不備はない。出発の時刻だと隣にいるラムセスに合図の許可を視線で送る。


「ザナンザ王子、ご出国!」


 行くしかない。時は、進んでいるのだ。

 止まらない。今までに学んできたことだ。

 歴史は歴史のまま進む。俺たちには今この瞬間に決められたものだと認識することができなくとも。


 これもすべて歴史の通りだとしても構わない。俺は俺のために、守りたいもののためにこうしている。

 上着を口まで引き上げ、出発の合図するために掲げられたラムセスの指の先を見た。多くの蹄が地面に打ち付けられる音を聞きながら、自分も手綱を引く。


 城壁を出た時、太陽が随分と傾いているように見えた。ハットゥシャの道中を、王子を連れた大行列ということで、多くのヒッタイトの民の歓声に見送られながら俺たちは進んだ。都の門を越える際に、王子が輿の布の間から顔を出して、視線を向けていた。ひょっこりと出された彼の頭は、遠ざかる門を何も言わずに見つめている。こちらからは後頭部しか確認できず、彼がどんな表情で自分の生まれ育った故郷を後にしているのかは分からなかった。




 空が夕暮れ近くになり、今夜休む予定のオアシスに近づいた頃だった。ずっと黙っていた王子が輿に乗っているのが退屈だったのか、顔を出して「馬に乗りたい」と言い出したのだ。


「なりませぬ、王子」


 側近が白い眉を下げて王子を優しく窘めた。


「王子が砂漠の砂に当たることは御座いませぬ。到着致しましたらお呼び致しますゆえ」


「つまらぬ。私も馬に乗りたい!揺られているだけなど嫌だ!」


 側近が優しく宥めようとするのを振り払って駄々を捏ねている。

 あの子の気持ちは分からなくもない。輿はこの上なく上等なものではあるが、長時間乗り続けるのには苦しいに違いなかった。あの歳であるならば尚更だ。


「こちらにお乗りになられますか?王子」


 俺が自分の前の空間を示して声を掛けると、少年の顔はぱっと輝いた。こくんこくんと繰り返し小さな頭を縦に振る。


「結構でございます」


 側近は王子から俺に注がれる視線を遮り、強い口調で断った。


「王子、どうしてもと仰るならばこちらへ。わたくしがお連れいたします」


 王子からぴたりと寄り添って離れない側近は、俺たちが気に食わないらしく、嫌な一瞥をくれてから輿に馬を近づけ、抱き上げるようにして不服そうな少年を自分の前に乗せた。兵に関しては良い雰囲気で仲間意識が芽生えてきているのだが、この側近に関しては一難ありそうでならない。警戒をまったくと言っていいほど解いてくれないのだ。それでも彼らの態度を嫌に思うことは無かった。当たり前のことだと割り切れた。


「ヨシキ」


 幼い声が背中にかかり、呼ばれた方を向くと、側近の馬から顔を出した少年の瞳が俺を映していた。くるりとした瞳は夕焼けの色を蓄えて、綺麗なほどに光っている。


「お前の馬に乗りたい」


 すかさず割り込んでくるのは勿論あの老人だ。


「王子、エジプトの者になど声をお掛けなさいますな」


 王子の目が叱咤する側近を睨みつけた。


「お前は引っ込んでいろ。私はヨシキに連れて行ってもらうのだ。そもそもこれからエジプトに行くと言うのに、自ら壁を作って何とする。お前は態度を改めよ。エジプトでよくやっていくためには今からでも交流を深めねば」


 そう言いながらも、こちらの馬に乗りたいというのはただ単に好奇心からとしか思えない。俺の馬に乗るための言い訳に思えて、苦笑してしまった。子供らしくない言葉づかいをするが、声に幼さがあり、何とも言えない違和感を乗せているからそう思えるのかもしれない。


「ヨシキ、こちらへ来い」


 もう一度呼ばれてしまったら断る訳にもいかない。側近の面子にも関わるだろうと思い戸惑ったのだが、肩を竦ませた側近が俺に王子をお願い致します、と告げてくれたので、抱きかかえるようにして馬上から馬上へ王子を移し、自分の前に座らせた。

 乗って体勢を整えた王子は、その瞬間からおいそれと行く先を人差し指で指し示し叫ぶ。


「前へ走れ!ヨシキ!一番前に行きたい!」


 言われた通り走り出せば、反射的に後ろにいたラムセスとヒッタイト兵が背後で速度を上げた。


「お前たちはついてくるな!私とヨシキだけで良い!」


 王子の言葉に困惑した表情のラムセスたちに頷いて見せ、ある程度の距離を取って前へ出る。何があってもラムセスたちがすぐに駆けつけられるくらいの距離だ。離れると同時に王子は力を緩めて肩を下ろした。


「せいせいする……風が心地良い」


 大人ぶったような澄ました口ぶりで少年は力なく笑う。


「あまり側近たちを困らせてはなりませんよ」


「今だけだ。エジプトに着いたらちゃんとする」


 こちらの冗談じみた注意に肩を竦めた彼は、俺の持つ手綱をいじり始める。


「兄が言っていたのだ」


 独り言ともとれる声の小ささだった。


「兄君が、ですか?」


 聞き返した俺を振り返り、少年はにっと口端を上げた。その瞳の色が、まるでその子の性格を表すように、髪と同じ位に明るい色だと今目の前にして初めて知る。


「ヨシキは良い奴だと兄が褒めていた。私もそう思うぞ」


「それは……ありがとうございます」


 あの兄王子によってどう伝えられたかは分からないが、褒められたことには変わりないため取り敢えず礼を言った。昨夜あったことは、酒が入った後や、深夜すぎで、疲れも溜まっていたことから何だか夢のように今では感じていたのだ。

 小さな王子は、手綱を貸せと無理難題を言ったり、俺の出生や、エジプトのこと、ヒッタイトに滞在した感想などを教えろとせがんだり、それから自分のことを息つく暇もなく話して聞かせてくれた。

 馬は1年前から教えられ始めたこと、最近は兄王子と一緒に、今のように馬に跨り、城の外を思いっきり走り回ったこと、河の畔までいったこと。河まで行ったことは露見しないように気を付けたつもりだったのに、母親である王妃はどういう訳かそれを知っていて、兄と並んでとても注意されたこと。また行こうと兄と約束したこと。側近については、うるさいだけだ、と愚痴が大部分を占めていたが、結局最後に「それでも優しいところもある」と恥ずかしげに付け足した。

 それでも進んでいくほどに、話題が無くなってきたのか、最初の元気がなくなってきたのか、王子は徐々に賑やかな雰囲気を消して行った。しまいには俯いて、前の馬の首に額を擦りつけているような体勢になってしまう。先程までどこから溢れてくるのかと思うほどに次から次に話題を出していたのに、今はもうその口からは何も出てこない。揺れに酔ったのかと心配になって、覗き込むが、ほどけて前に垂れた長い髪と上着が顔を隠していて分からなかった。


「王子、いかがなされましたか」


 返事はない。いよいよ焦ってくる。


「王子?」


 やや不自然な間があり、王子が若干顔を上げた。隠れていた小さな鼻先がようやく顔を出し、少し胸を撫で下ろす。それでも顔は馬の首元を向いていて表情自体は見えない。


「……父さまは」


 呟かれたがすぐに引っ込み、彼は再度口を開き直した。


「父上は心配なさっておられた。私をまだ子供だと思っているゆえ」


 耳を近づけないと聞こえない声だ。


「それは、あなたが可愛くていらっしゃるためですよ。誰にとっても自分の子供が旅立つとなればその身を案じるのは当然のことです」


「母上もそうだ。辛くなったらとか、泣きたくなったらとかうるさくて敵わなかった」


「愛されている証です。我が子を想わない親はいない。今にそれが恋しくなる時が御座いましょう」


 その子はまた黙り込んだ。うつむいては顔を上げ、惜しむように来た道を振り返る。

 道は進む。惜しげもなく、馬の蹄は地面を蹴り続けている。


「……母上は、泣いていないだろうか」


 声が滲んでいた。震えるのを必死に堪えているようでもある。


「母上は泣いてしまう。私を見てよく泣いてしまう。エジプトから手紙が来て、私が行くことが決まってからはよく泣いていた。でも私の前では決して泣こうとはせぬ。私が寝たふりをすると泣き出すのだ。でも……止めてはくれなかった」


 それは母親であり、王妃であるからだ。母親の葛藤を、子供は何となくであっても敏感に感じていたのかもしれない。


「泣いている母さまを見ると私もつらくなるから冷たく言ってしまった。もっと別れの言葉を言いたかったのに。私が泣いたら、別れの言葉なんて言っていたら、母さまはもっと泣いてしまっていたと思う。行きたくないと駄々を捏ねれば、きっと、子供の私より泣いてしまう」


 話すほどに彼の声は滲んでいく。見える細い肩が小刻みに揺れ始めた。


「母さまの泣いているところは、見たくない」


 ええ、と静かに頷いた。風が砂の匂いを運んでいる。


「泣いてはいけない。母さまは王妃だから。私は、王子だから」


 上着から漏れた明るい色の長い髪が後ろへ吹き流れる。


「行きたくはないと言ってはならない。父さまからの命令は絶対だ。離れたくないと泣いてはいけない。僕は王子だ。ヒッタイトの王子だ。ヒッタイトのためならば何でもしなければならない……」


 決められた言葉を復唱するように、彼は続けていた。本当は引き止めて欲しかったのではないだろうか。母や兄に、行かないでほしいと。引き止めてくれることはない、と心のどこかで分かっていたのだとしても。


「……でも、」


 馬の首に額をつけるように彼は前へゆっくり背中を丸めて倒れ込む。そして絞り出すように言った。


「もう、母さまに会えない」


 泣いているこの子を目の当たりにして、疑問が薄らいで消えて行くのを感じた。


「父さまにも、兄さまにも、もう会えない。二度と、ヒッタイトの土を踏むことはない」


 知っていたのだ。こんなに小さいと言うのに自分の置かれた立場を、この少年は。

 何もかもを知って、母の涙を見ながらあれだけの笑顔で別れを告げ、涙を流すことなくヒッタイトを出国したのだ。その健気さに、胸が苦しくなった。


「もう……あの国には……」


 あまりに哀れで、小さく呼びかけると、少年は間もなく抑え切れなくなった声を上げて泣き出した。今まで飄々としていた仮面が外れ、わっと声をたて身体を丸めて泣いた。


「本当は、ずっと母さまのお傍にいたかった」


 押し殺した声で呟く。


「母さまが大好きです」


 側近や周りの者たちに聞こえないように抑えているようだった。


「分かっています」


 返すと、少年は目元を袖で拭う素振りをする。


「……祖国が大好きです」


「ええ」


「……離れたくなかった」


 叶わぬ望みだと分かっていながら口にしたのだろう。

 賢い子だ。嘆かわしいほどに賢い子だ。

 しばらく片手でその背中を擦ってやりつつ、後ろの方でおろおろとした側近に大丈夫だと視線で送る。後ろにいても、王子の異変に気付いたようだった。この子が俺と二人きりになりたかったのは、他の者に自分の弱音を聞かせないためなのだ。俺にぶちまけたのは、兄王子にこいつなら大丈夫だと言われたためか。彼が昨夜に俺のところに来た本当の理由が何となく分かった気がした。

 馬にしがみついてすすり泣いている子を見やり、守ってやらねばと強く思う。

 母の想い、子の想い。それすら巻き込んで時は残酷なまでに動いていく。


「エジプトにご到着致しましたら、お手紙でもお書きになると良いでしょう」


 今夜の休憩地点が見えてきた、啜る音が止みつつあった頃、そっと囁いてみた。王子が馬の首元からふと顔を上げる。


「手紙……?」


「言えなかったこと、言いたかったこと、思う存分お書きください。きっと母君も父君もお喜びになる」


 ようやく覗いた少年の目元は真っ赤だ。涙の跡が何重にも頬に線を引いている。


「……返事をくださるだろうか」


 悩むようにしばらく閉じられていた口元が開いて、躊躇いがちにそう言った。


「必ずやくださいましょう。王子からのお手紙を今か今かと待ってらっしゃいますよ」


 背中を擦ってやりながら笑んでみせる。


「王子がお書きになられましたら、その日の内に早馬でヒッタイトに遣わします。さすれば10日も経たないうちにお返事が届くはずです」


 少しだけ王子の頬が赤みを帯びて、目元を緩ませた。視線を俺から前へと写し、きゅっと唇を結んでこくりと頷く。


「着いたら、すぐに書いてみる」


 それ以上、王子は何も言わなかった。茜色に染まり切った空を見上げている。馬に揺られ風を肌に感じながら目にする、雲と雲の間から漏れてくる光の帯は晴れ晴れとするくらいに美しかった。エジプトにいる彼女らも、この空を見ているのだろうかと思ったら胸が暖かくなる。


「王子、」


 呼べば、うん、と返事が返ってくる。目は空に魅入ったままだ。


「決してお忘れにはなりますな。必ず繋ぐものは御座います。空もそうでしょう。あなたが空を見ていれば、おそらく御母上も同じ空をご覧になっているはず。この空の下に故郷もご家族もあるとお思い下さい」


 人は皆同じ空を見るのだ。どこにいても。どんなに離れていても。


「そして、御名がお母君に、そしてヒッタイトに届くまで、立派にお成り下さい」


 遠い国にいる母親を本当に安心させるには、これの他に何があるだろう。


「名を馳せる立派な王に、お成り下さい」


 この子が自分の親にできることはこれだけだ。

 それだけの立派な王に。名が祖国まで語られるように。

 王子は、小さな、それでも確かな頷きを落とした。固い決意がこの子の中に生まれた瞬間を、俺は確かに感じていた。




 たった一つの命も、たった一度の人生も、すべてが歴史の内だ。

 戦争と平和を繰り返していくであろうこの歴史の中で、何が正義かは誰も分からない。弘子たちにとっての正義はこの王子をエジプト王として立ててエジプトを統制していくことだが、すべての者たちの正義とはなり得ない。これによって不利になり、不満を持つ者も必ず存在する。

 だが、そういった世界や時代を繰り返していく中で、人々が最も必要とし、決して変わらぬ正義としてあり続けられるものは何であるかと考えた時、思いつくものがある──慈愛と献身。

 母が子に与えるような、見返りを求めぬ愛情。シトレを抱くティティや、我が子を送り出したヒッタイトの王妃の姿は祈りたくなるほどに尊いものに見える。

 譲る心、助け合う意志、相手を思い遣ること。相手のために、何ができるかと必死になり考えること。敵を愛せよとは言わない。すぐ傍の幼い子供、例えば今泣いているこの子やシトレ。彼らへの慈愛を忘れないでいること。

 これが、正義ではないだろうか。決して逆転することのない完全なる正義。

 揺らぐことのない正義があるとすれば、愛情と献身だけなのだ。

 誰にでも出来るものなのだろうが、誰にでも出来るものでもない。ただ、いつの世もそれはどこかに存在している。貧しい時も、悲しみに暮れるときも。そしてこれが何よりの心の支えになることもある。絶え間なく歴史が続く中、何千年と時が過ぎようとも唯一変わらぬものがここにあるのだ。


 そう考えながら沈む夕陽の眩しさに泣き出したくなった。



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