story.19
春の穏やかな裏庭
story.19
「・・・・!ほぉ、もう一応は覚醒しているのか。」
長髪の男が満足げに笑う。そろそろ首にまわしている腕をほどいて欲しいところだ。
「、そ、れ。」
下級生君が目を見開く。あ、眉間の皺無くなった。
「あぁー・・・君も初めてなの?ソレ見るの。」
その問いかけには答えず、また男を睨む。
と、言うよりも。
暴露してしまうと、ココで私がいざ!反撃開始☆、なーんて言う展開は起こらない。理由?それは、
「あらら?ヘンなのになった。・・・発展途上、か。」
長髪の男の通り、発展途上だから(発展しようと思った事はないが)。さっきまで二対の鎌の形をしていた物質はぐにゃりと曲がり、一つになってわけの分からない物体になっていた。
正直に言えば、全くもって使いこなせない。困った。
生まれてからコレが必要になる場面なんてなかったのだからしょうがない、と言い訳をしたくなるくらい困った。
「で、次は何をしてくれるのかなぁ、コレ。」
「どうもできないよ。私には、っ!」
ポケットから、ピリリリと場違いな音を立てながらタッチパネル式の携帯電話が落ちる。落ちた反動のせいか、通話ボタンがタップされたらしく、
『うーくん!?ちょっと冥詞!!何やってんの!?高すぎて何やってんのか分からないんだけど!!うーくん!!平気なの!?』
「お、仲間?・・・まずったなぁ。少年、もう解放してよ。」
「っ、その人、解放したら、考える。」
「けちだなぁ。」
いや、開放してよ。そう思いながら携帯を見つめた。面倒くさい事になったもんだ。退屈ではなくなったが。
『うーくん!?返事してってばぁ!!』
「あ、うん。平気、生きてる生きてる。」
身動きができないだけで。
「・・・しょうがない。強行突破だね。」
男はそれだけ言うと、空いているほうの手を結界の壁の上にかざした。
ビキリ、と嫌な音をたてて、結界にヒビが入る。
「っ!かったいな・・・少年、タダモンじゃぁないみたいだね、っ!」
「オイ!」
『え?何、っうーくん!!』
下級生君とりんごちゃんの声が同時に聞こえる、やばい。多分。
「っまさか、補強してるの?・・・良いね。力比べは嫌いじゃない。」
「くっそ、オイ!!園守、早く援護呼べ!!」
「あはは、無駄だよ。」
あぁ、この結界が壊れたら私の携帯はどうなっちゃうんだ。絶対にぶっ壊れる。この高さなら。残念ながら、この目の前に浮かんでいる黒い物体は何も役に立たない。グネグネと形を変形させながら浮かんでいるだけだ。
「っ、言う事、聞け。」
そう、目の前の物体に呼びかけると同時に勢いに乗って男の足を思いっきり踏んでしまった。ノリで。ごめんなさい。
「いっ!?う、あ」
腕の力が緩んだ隙に抜け出す。驚くのも無理はないと思うけれど。さっきまで今世紀最大級に役立たずだった黒い物体はまた、二対の鎌に戻っていた。掴みとってみると、案外軽い。そろそろ本当にお腹も減ってきた。これ以上ウダウダするほど気は長くない。一か八か、だけど。
「あ、忘れてた。」
落ちていた携帯を拾い上げ耳に当てる。
「りんごちゃん?生きてるから。受け止めてね、優しく。」
『は?うーくん??どーいうこ、』
そこで電話を切り、改めて下級生君の方に向き直る。そういえば、名前も知らなかった。
「落ちるから。もう、良いよ。そのー・・・補強?ってヤツ。」
「え、」
彼の返事を聞くことなく、鎌を振り上げ壁に切れ込む。鎌は難なく壁を引き裂いた。
「っ、たいしたもんだね。退散だ。」
長髪の男が音も無く消える。と、同時に足元の感覚が無くなった。
後は受け止められるだけ。りんごちゃんがどうにかするんだろう。できなかったら、死ぬだろうけど。その時は、その時だ。ヘンな感じだ。こんな非日常、ありえない。なのに、どこか懐かしいかんじがするのは私が普通ではないと言う、証拠なのか。どうでもいいが。視界にあの、二対の鎌はもう無かった。時間が切り取られたような感覚がする。
ゆっくり、瞼を閉じた。