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8.遭遇

 扉を開けた瞬間、蝶々がたくさん舞っているかのように光が目の前を泳いだ。

 まぶしい、と手を額にかざし、そっと扉の向こうを仰ぐ。

 愛理の言う『ヒロ』の姿は見えず、ばれないようにこっそりと息を吐いた。


 和希が幽霊を初めて見たのは物心つく前で、いつからそういうものを見るようになったのかわからない。

 日常的に見ていたそれらを『幽霊』だと認識したのは、幼稚園児の頃だった。

 母親は和希が指差す幽霊を肯定も否定もしなかった。ぽつりと「話しかけちゃだめよ」と言ってくるだけで、もしかしたら、母親も幽霊が見える人だったのかもしれない。そう思ったのは中学生になった時で、反抗期に入っていたこともあり、母親に「幽霊が見えるのか」と問いただす気になれず、今に至る。


 和希が見る幽霊は、あまり心地の良いものではなかった。

 もちろん、守護霊に属するような幽霊に出くわしたこともある。死んだ祖母に会った時は、普段感じる恐怖心もなく、ただ安心したことを覚えている。

 けれど、いわゆる「良い霊」は積極的に関わってはこない。静かに見守ってくれているのだから、それは当然のことだろう。そして、和希にちょっかいを出してくるのは、「良い霊」の行いの真逆を行く「悪霊」なのだから、和希が幽霊に関わることにおびえるのは自然の摂理だ。


「あれ? ヒロいない」


 愛理の言葉に、安堵する。

 悪霊だろうと守護霊だろうと、切り離された世界の者に積極的に関わる必要は無い。

 違う世界の者がわざわざ関わってこようとするのは、助けを求めているからだ。助けを請われても、どうすることも出来ないのに、親切心だけで手を出すのは、失礼なだけだ。


「いないなら良かったじゃないか! 帰るぞ! 下校時間もそろそろだ!」


 実際はまだ下校時間はほど遠いが、ここは嘘でもつかないと帰れそうにない。

 わざと大仰に叫んだが、愛理は動じず、給水塔の方へ歩き出した。


――勘弁してくれ。


 泣き出したい気持ちを抑え、愛理の背中を見送る。

 帰ってしまおうか、と思うのに、あの無知な女を置いて帰ることがためらわれる。

 傍若無人な上に、裏表も無く、何も意に介さない女。

 たまに見せる憂いを帯びた表情が気になるし、何より、他者を廃絶したような物言いが癪に障る。

 だから、放っておけない。


 ほっそりとした白い腕をつかんで、「これ以上は変なもの関わるな!」と怒鳴りつけたくなる。

 そしたらきっと、あの大きな目でキッとにらんで「うるさい」と一喝されるのだろう。

 わかっているけれど、幽霊に関しては自分のほうが先輩だ。

 和希は愛理を追いかけ、肩をつかんだ。


「帰ろう!」


 振り向く愛理の長い髪が腕をかする。

 やわらかい感触がむずがゆく、思わず笑いかけて、ひゅ、と喉を鳴らした。

 目の前に、男が立っていたのだ。


「ヒロ、いた」


 愛理の嬉しそうな声に、男を再度凝視する。

 一瞬、目の前にいる男の頭から肩越しにかけて、どす黒い血が流れて見えた。頭蓋骨がゆがみ、髪の毛がそこだけえぐれているように無くなっている。


おいおい、『これ』をイケメンって確かにかっこいい面してるけど、こんな姿でそりゃねえよ……


 声に出しかけて、こらえる。

 これは明らかに悪霊の類だ。関わるのはまずい、直感的にそう思って愛理の肩をぐっとつかんだ。

 愚かで無知な少女を守るのは、今は自分しかいない。


「びっくり。俺が見えるんだ」


 柔和な声は、和希に向けられていた。

 びくりと体を震わせながら、もう一度ヒロを見た。

 はっきりとわかった『死の原因となった傷』が無くなり、そこには愛理の言葉通りのイケメンがいた。

 たれ目がちな目は甘いニュアンスを伝えるのに、目線は鋭く厳しい。まっすぐ伸びた眉毛やぐっと引き締まった口元が意志の強さを物語る。

 全体的な色素の薄さは幽霊だからなのか、元々なのかはわからないが、瞳の色が茶色なのから考えると、元々なのだろう。

 身長は和希よりも少し低いくらいか。色白だがなよなよして見えないのは上背と肩幅がしっかりあるからだ。


「み、見えない。俺は何も見えない」


 ヒロの目線には敵意がある。それがわかって、和希はぎこちなくそう言うと、愛理がげらげらと笑い出した。


「ほんとに見えなかったら『見えない』とか絶対言わないし!」

「うるせえ! 俺は見えない! 見えないんだよ!」

「ビビリ! ビビリ!」

「うるせえ! このムッツリアホ女!」

「ちょっと、むっつりってなにさ」


 この女はアホだ。馬鹿だ。まっすぐに伸びた長い髪をくしゃくしゃにしてやりたくなって、我慢しきれず、愛理の頭をつかんだ。

 愛理は小さく悲鳴をあげ、「なにすんだ!」と蹴りを入れてくるから、和希は即座に一メートルほど後ろに下がった。


「なにしてんの」


 ヒロがプッと吹き出して、一度咳払いをした。が、笑いを我慢できなかったのか、ぶはっと勢い良く笑い出し、そのまま腹を押さえて地べたに座り込んだ。


「な、仲いいんだね」


 笑いながらヒロはそう言って、こらえきれない笑いを我慢するように唇をかむ。


「仲良くなんかないし!」「仲良くねえよ!」


 愛理と和希が同時に叫んだものだから、ヒロはまた肩を震わせて笑い出した。




 ***


五月十日


 ヒロが笑うと、つられて笑いたくなる。やさしい笑い方だと思う。

 そういう人に出会ったのは、初めてかもしれない。

 一目惚れって、あるのかなあ。



なかなか投稿できず、すみません(TT)

完結は絶対させるので、最後までお付き合いいただければと思います。



パソコンが壊れそうでやばい涙

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