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6.見える男

 恋愛ってさ、酔ってるだけなんだよ。自分にさ。


 いつだったか、姉が言ったこの言葉を、私は鵜呑みにしている。

 姉は賢く、鋭く、品行方正だから。

 彼女の言葉は、いつも核心をついている、と信じている。



 ***


「いつまで同じところに水まいてんだよ!」


 この男、めんどくさ……。

 愛理は頭上で怒鳴りつけてくる戸島和希を一睨みして、ジョウロを置いた。

 放課後の委員会活動をサボるため、こっそり逃げようとしたら和希に捕まってしまった。

 首根っこをつかまれ、ひきずられるように連れて来られたのは中庭で、花壇の水撒きをする仕事らしい。

 明日は雨が降ると天気予報で言っていた。それでいいじゃないか。自然界の生物は自然界の流れに身を任せ、雨が降ったら根っこから一生懸命水を吸い、太陽が照り続けたら我慢しろ、と思ってしまう自分は、人として何かズレているのだろうか、と疑問に思うが、面倒なものは面倒なのだ。


「こんなに水やって、根が腐ったらどうすんだよ」


 ブツブツ言いながら、和希は蛇口から引っ張ってきたホースで悠々と放水している。

 なぜにこいつがホースで、私はジョウロなんだよ。文句を叩き付けたいが、言ったら百倍返しをくらいそうでやっかいだ。


「ねちっこい男はモテねーぞ」


 ……百倍返しが嫌なのに、愛理の口は動いてしまう。

 つくづく自分もやっかいな性格をしている……と思いつつも、なかなか性格を変えられないのは、もういろんな意味で末期なのかもしれない。


「失礼な。俺は案外モテる」


 鼻の穴をでかくする勢いで、和希はフンッと笑う。


「そういうことを平気で言っちゃう男、最悪」

「その言葉、そっくりそのままお返しする」

「別に私はモテたくないもん、めんどくさい」


 和希はどうも苦手だ。話しかけんなオーラを発すれば、大体の人間は近付いてこないのに、和希だけは平気で話しかけてくる。

 百八十センチはある身長で堂々とした立ち居振る舞いをするから威圧感もあるし、何より、尊大な態度や横柄な物言いが愛理にとって不快でしかない。

 けれど、嫌いだ、と言い切れるほど嫌な気持ちにならないのは、和希が愛理を嫌って言っているわけではないと感じ取れるからだ。

 たぶん、元々の性格だ。嫌がらせや悪意が無いのに、率直すぎる性格をしているせいで、損するタイプなのだろう。

 それは、愛理にも言えることで、同属嫌悪に近い。だからこそ、嫌いになれないのだ。


「木崎は普通にすればそれなりにモテそうなのに、もったいない考えしてるんだな」

「はあ?」


 普通にすれば、って普通じゃないってことかい!

 口から漏れそうな減らず口をなんとか口の中に押し込んで、和希を見上げた。

 愛理は百五十八センチと平均身長に近いが、和希がでかい分、どうしても顎をあげて見上げる形になってしまう。


「なんか、排他的だろ。クラスでも浮いてるし。女子は木崎のこと、クールビューティーだから近寄れないとかわけのわかんないこと言ってるし。ビューティーはどう考えても間違えてるよな」

「そのさりげなく失礼なこと言うのやめてくんない……」

「うちのクラスの女子どもはイジメとかやるタイプじゃないみたいだからそういう心配はしてないが、このままでいいのかよ」


 どうやら色々気にかけてくれているようだ。

 優しさは嬉しいが―-気遣われてしまうのは心苦しい。


「……別に。誰かと仲良くなりたいとか、無いんだよね。一人のが気楽だし。めんどくさい」

「めんどくさいって、いい若いもんが言うセリフじゃねえぞ」


 お前のセリフもな! じいさんか!

 思わず出そうになるつっこみを押さえる。本日、二度目。


「そういう戸島君だって、緑化委員とか柄にも無いことやってんの、なんで?」

「柄にも無いって、失礼だな。人を見た目で判断するな」


 水遣りをあらかた終えたのか、和希はホースを片付け始める。


「俺、児童会とか生徒会とかに強制的に入れさせられるんだよ。似合ってるっていう意味不明な理由で」

「いや、意味不明っていうか、事実でしょ」


 さらさら黒髪で銀縁メガネなんて、どう考えてもアニメやマンガに出てくる生徒会長だ。

 お前は生徒会長をやるために生まれた男だろう。

 もしくはドS王子とかだろう。

 言ってやりたいのは山々だが、傷つけるかもしれないので、黙っておく。本日、三度目。


「だから、とっとと誰も手を挙げなさそうな委員会に立候補しておいたんだよ。委員会に入っておけば生徒会には入れないから、うちの高校」

「生徒会はいっときゃいいのに。内申あがるでしょ」

「打算的な女だな……」

「なんで? 打算的じゃない女なんて、あんまりいないよ? 女って怖いよ」

「俺はお前が怖いわ……正直すぎて」


 アハハ、と乾いた笑いを浮かべて、ため息をつく。

 こんなに普通の会話をしたのは、ヒロ以外では高校入学以来初めてだ。

 だから、とても嫌な気持ちになる。


 ふと見上げると、屋上の柵に寄りかかる人影が見えた。

 思わず「あ!」と声を発すると、和希もつられて顔を上げた。


 ヒロだ。

 ヒロが逆光を背に、愛理に向かって手を振っている。

 まぶしい、と目を細めながら、愛理は和希にばれないように小さく手を振り返す。

 ヒロのいる屋上から中庭が見えることを初めて知った。


「あれ……」


 ぼそりとつぶやかれた和希の言葉に、愛理はヒロから和希に視線を移した。

 和希は体を硬直させ、ヒロのいる方向を凝視している。


「もしかして、見えるの?」


 口をあけ呆然とヒロを眺めていた和希に声をかけるが、反応が無い。

 つんつんと袖口を引っ張ってやったら、ようやく愛理に目を向けた。


「ヤバイ……目が合った」


 メガネを押さえてうなだれる和希を見て、愛理は確信する。


「屋上の幽霊、見えるんだ」

「木崎も!?」

「見えるよ」

「なんで、お前! 普通にしてられんの!?」

「だって、イケメンじゃん」

「そんな理由かよ!?」


 どんな理由だって、怖くないものは怖くないのだ。

 あんなイケメンの幽霊が怖いとは。和希に勝った気がして、愛理はふんぞり返ってやった。


「ああ……最悪だ。目が合うと憑かれること多いんだよ、俺……。くそ、ずっと見ないようにしてたのに。木崎が変な声出すから……」

「ヒロは人に取り憑いたりしないよ。私、平気だもん」

「ヒロっていうのか! あれ! てか、なんで名前知ってんの!?」

「聞いたから」

「なに幽霊と普通にコミュニケーションとってんの!? 生身の人間とはコミュニケーション取らねえのに!」


 言われてみればそうだった。

 イケメンの魔力により普通に話していたが、相手は幽霊だ。

 幽霊とはまともに話すのに、クラスメートとは話さないのはこれ如何に。


「俺……今まで木崎はただのネクラだと思ってたけど、認識を改めたわ……。お前、変」


 あんたに言われたかないわ。口にしない減らず口、本日四度目。







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