14.屋上の幽霊を知る人
生きることの意味ってなんですか?
生きることに意味なんてありませんよ。
生きることが生きる意味なのだから。
***
卒業アルバムのページをなぞると、なぜだか温かい気がした。
上条弘嗣。ヒロの名前。ヒロの生きていた時間。
それは確かにここにあって、現実だと教えてくれる。
溢れそうになる涙をこらえて、愛理は嗚咽を喉の奥に押し込む。
「木崎さん、卒業アルバム見てるの?」
声をかけられて振り返ると、司書の林先生が立っていた。
「はい」
この間、屋上の幽霊について聞こうとした時の林先生は、幽霊というワードだけでびびっていた。
そんな先生にヒロのことを聞いていいかわからず、愛理はあいまいにうなずいて苦笑するしかない。
「七年前のアルバム?」
「……はい」
卒業アルバムはヒロの手文字をした生徒の写真のページを広げたままだ。
そのページを見ただけで、林先生は七年前のアルバムだと気付いた。
「先生、七年前、この学校にいたんですか?」
思わず聞いてしまい、はっとする。当時三年生だったヒロの写真が一枚も無いのは、学校側がこの事件を隠ぺいしたいからではないのか。無かったことにしたいから、ヒロの存在を残さないのではないか。
頭に浮かんだ疑問は、冷や汗へと変わる。
「いたわよ。先生、この学校は八年目だもの。懐かしい……」
目を細めて、アルバムに触れる。その目はとても優しかった。
「じゃあ、上条弘嗣のことも、知ってるんですか?」
覚悟を決めて聞いてみた。どうすればヒロの情報を得られるのかわからない。だから、聞くしかなかった。
「……そうね。あまり話したことはなかったけど。目立つ生徒だったし……あんな事件もあったからね」
「目立つ?」
「だって、イケメン君じゃない。アイドルみたいだもの。女の子たちはすれ違っただけでキャーキャー騒いでいたし。それに、あまり素行は良くないのに、成績良かったからね。先生の間では問題児扱い」
くすくすと笑って、林先生は『ヒロ』と手で形をつくる生徒の写真をなでた。
「これ、気付いちゃった?」
「ヒロの文字ですか?」
「そう。素行が良くないって、不良だったわけじゃないのよ? 髪の毛は茶色く染めちゃうし、授業は寝てばかりで聞いてないし、学校はサボるし。でも愛嬌があって憎めないし、成績はトップクラス。他の生徒に示しがつかないじゃない? 真面目にやらないのになんでも出来るって、先生たちからすると、けっこうやっかいなの」
先生の縁無しメガネに光があたって白く染まる。
朝の光は、とても清廉だ。
「女子にも男子にも好かれてた子だから、こんなのが残ったの」
写真は小さく、よく見ないと気付かない。けれど、絶対に見逃してしまうほど、小さいわけではない。写真を一枚一枚じっくり見れば、だれでも気付く、ヒロの生きた痕跡。
「卒業アルバムに写真を載せないように言ったのに、制作委員の子が『ばれないようにヒロの思い出を残すんだ』って、こんなことして。先生たちも気付いてたけど、何も言えなかった」
クラスメートが死んでしまう。ましてやそれが自殺だなんて。この時の生徒たちは、どんな思いを抱えていたのだろうか。
身近な人間の死を一度も体験していない愛理にはわからないことだった。
「ねえ、木崎さん。人間ってね、ちゃんと生きないといけないのよ。こんな若いときに死んでしまっては……悲しさしか残らないもの」
でも、先生。私、生きるってことがよくわかりません。
頑張って生きていない。ただ時間を浪費しているだけです。
テレビに映るスポーツ選手みたいに、何かに打ち込んで、必死に生きてない。
それは、先生。ちゃんと生きてるって言えないですよね……
涙が出そうになった。言いたい言葉は言葉にならなくて、胃の中でぐるぐると渦巻く。
「どうして、卒業アルバムに写真残してあげなかったんですか?」
代わりに出た言葉はとても冷静で、自分の弱さに蓋をする。
「親御さんからそうお願いされたらしいけど……先生も詳しいことは知らないわ。ほら、木崎さん、そろそろ朝のホームルームの時間じゃない?」
時計を見ると、ホームルームの始まる五分前だった。愛理は慌てて立ち上がり、アルバムを棚に押し込む。
「先生、どうして、ヒロのこと話したの?」
ふと思い立って尋ねる。
すると、林先生は意地悪そうに口の端を上げて笑った。
「だって、見たんでしょう? 屋上の幽霊」
*
春のぽかぽかした日差しは眠気を誘う。数字が並んだ黒板をにらんで、愛理はそっと目を閉じた。
――眠い。
林先生は意味深な言葉を告げるだけ告げたら、とっとと図書準備室に戻ってしまった。屋上の幽霊を何で知っているのか、やはり林先生は幽霊が見えるのか、あれがヒロだとわかっているのか、色々聞きたかったのに。
昼休みはすぐに図書室に行ってみよう。いや、次の休み時間でもいい。林先生はいるだろうか? いなくてもいいから行かないと、気がおさまらない。
「木崎!」
怒声に肩を震わせる。授業中だというのにうたた寝していた。数学教師の田中は、チョークで愛理を指さしていた。
「この問題の答えは?」
田中はこの高校に勤めて何年だろうか。田中もヒロのことを知っているのだろうか?
「木崎、寝てただろう」
「3√2です」
すかさず答えを言うと、田中は苦虫をかみつぶしたような顔をして、「寝るなよな」とだけぼやいた。
愛理は友達がいない。いざという時に助けてくれる人はいない。
だから、勉強はしっかりやっている。こういう不測の事態にうまく対応するためだ。予習してきてよかった。
「木崎さん、かっこいい」
後ろの女子がシャーペンで愛理の背中をつついて褒め称えてくるから、愛理は一応振り返って「あはは」と笑った。
後方の席にいた、和希と目が合う。
鋭い眼光でこちらを見ている。さすがはピキューン(目から光線が出るとされる体育教師・矢澤のあだ名)の弟子。
和希は右手をコの字して人差し指だけまっすぐ立て、すぐにその手で〇を作る。『ヒロ』の文字だ。
そのまま腕時計を指し、上を指さす。両手を広げ、二本指を立てる。
たぶん、昼休み(十二時)、屋上、と言いたいのだろう。
和希もあの卒業アルバムを見たのだろうか。
意外にも協力してくれそうだ。
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