13.ヒロを見つけた。
仲良くやっているふりをすることは愛理にとってなによりも苦痛なことだった。
正直すぎる性格をしているせいもあるけれど、苦い経験があることが大きい。
だから、姉との確執を母や姉の旦那の秀介に隠すことは、苦痛なのだ。
それでも、愛理も瑞穂も仲の良いふりをする。母を安心させるため――過去の傷を省みないために。
*
翌日の土曜、愛理は図書館に向かった。ヒロのことを調べるためだ。
ヒロを成仏させてあげたいというよりも、ヒロのことが知りたくなった。あの薄暗い瞳……あれは自殺をしたからなのだろうか。それとも、生前の記憶のせいなのか。
自殺した原因は、愛理が考えている以上に仄暗い闇を抱えているに違いない。あんな暗い目をした人を愛理は知らない。
家のパソコンで調べても良かったのだが、パソコンは居間にしかなく、家族に見られてしまうには抵抗があった。瑞穂と秀介が来たおかげで、母親のテンションは高いままだ。あのテンションの母親に自殺した生徒のことを調べてるなんてばれたら、どんな説教をくらうことか。
土曜の午前中の図書館は、愛理が思った以上に人がいた。小さな子供が入口のホールを駆け回っているが、親の姿は見えない。図書館は静かにするところという意識が強い愛理は、注意する親の不在に口を尖らせながら階段を上がり、パソコンのブースを探す。
新築したばかりの図書館は設備も整っていて綺麗だ。二階は図書以外に映画が見られる個室のテレビコーナーとパソコンコーナーがある。
一階のホールに比べ、人のしゃべり声はなく、静かなクラシックの曲が流れていた。
あいているパソコンのブースに入る。個室とはいっても壁で仕切られているわけではなく、小さなソファーとパソコンを囲うようなパネルで区切られているだけだ。
それでもマンガ喫茶などのようにお金を払わずにすむのだから、図書館はつくづく便利だ。
たどたどしい手つきで、『〇〇高校 自殺 男子高校生』と入力する。わずかに手が震えた。ヒロが思い出せない記憶は、こうも簡単にネットに転がっている。
――二〇〇五年七月十二日午後四時頃、〇〇県立高校で同高校に通う男子生徒(18)が転落し、搬送先の病院で死亡が確認された。警察は飛び降り自殺の可能性があるとみて、詳しい状況を調べている。
事件の痕跡ははっきりとそこに存在していた。
――〇〇県生徒自殺の高校・校長「いじめはない」と否定。
――〇〇県高三自殺、遺書も無く。母親「なぜ自殺したのかわからない」
いくつかの記事はほぼ同じ内容だった。時間が経過しても真相はわからなかったのか、「遺書も無く、原因不明」と「高校側はいじめを否定」といった内容の記事がほとんど。
原因が断定できなかったせいなのか、ヒロの自殺の記事は「原因不明」で締めくくられたもの以外には見つからず、話題性にも乏しかったせいで、ネットの情報も少ない。
掲示板も検索にヒットしたが、ヒロの容姿に話題が飛んでいて、ろくなもんじゃなかった。
けれど、掲示板の書き込みに、愛理は釘付けとなった。
『この人、かっこいいから有名だった』
『〇〇高校の上条弘嗣だよね?』
『なんで自殺したんだろう。イケメンのくせに』
『母親がやばかったって聞いた』
『なにそれ知らない』
『自殺する前に家が火事になったらしいけど、母親が放火したらしい』
『美人薄命ってやつか』
『いじめじゃなくて、母親に耐えかねてってことか?』
『いじめもあったとは聞いたことある』
放火――。
すぐさま、県名と放火というワード、ヒロが自殺した年を入力して検索したが、それらしい記事は見つけられない。放火を火事に直したが、HIT件数が増えるだけで、よけいに情報を見つけ出せなくなってしまった。
「上条弘嗣……」
ヒロの名前。
そっと画面をなぞる。ヒロという人間が確かに生きていた証拠を、愛理は見つけたのだ。
*
校庭から朝練をする野球部の声がする。いつもより早く登校した愛理は、きらびやかな朝の光を浴びながら深呼吸を繰り返した。いつもぎりぎりで登校しているから、こんなすがすがしい空気を学校で吸うことが初めてに思えた。
昇降口のすぐ上に図書室がある。愛理は自分のクラスには向かわずに、図書室に歩を進めた。
西側にある図書室は外の明るさに比べ薄暗く、静けさに包まれていた。図書委員の生徒がすでにカウンターに座っていて、なにやら作業をしている。それを見守る司書の林先生が愛理に気付いて笑いかけてきた。
「朝寝坊の木崎さんが珍しいわね」
「たまには早く起きますよ」
入学して一ヵ月と少しなのに、愛理は遅刻ばかりするのですでに教師の中では有名になっている。
この間図書室に来た時と同じように、教室の奥にある卒業アルバムが置いてあるコーナーに近づく。七年前の卒業アルバムを手に取り、開いた。
そこに、ヒロの姿はない。意図的なのか、クラスの写真が掲載されたページにもヒロの姿は無かった。
有志が作るそのページは写真の切り抜きが埋め尽くされ、色とりどりの文字が並ぶ。
「A組、さいこー!」の文字の下で、男子生徒三人と女子生徒二人が腕を大きく上げて笑っている。その横の写真には体操服の女の子八人が腕を組んでいる姿が映っている。文化祭の一コマであろう変なメガネをかけた男子、チューのまねごとをする女子二人組――そこには愛理と同じような学生の日常の姿があるだけだった。
ページをめくり、違うクラスの写真も見るが、ヒロの姿は無い。
そこにいたはずの彼は……いなかったような扱いをされている。
いたたまれなくなり、愛理は卒業アルバムを閉じようとした。ふと、D組のページで手が止まる。
写真の切り抜きで埋め尽くされたページ。一番端の小さな写真。一センチくらいにまで小さく切り抜かれた写真に目が止まったのは、奇跡なのか。
男子と女子が一名ずつ真面目な顔で立っている。二人とも、妙なポーズを取っている。男子の方は上に貼られた写真が被さっていて片方の手しか見えないが、二人とも同じポーズを取っていることはわかった。
人差し指をたて、残りの手はコの字に曲げている。もう片方の手は丸を作る。
「ヒロ」
写真には残せないけれど、私たちのクラスには「ヒロ」という人がいたんです――とその手が示していた。
「ヒロ」
涙が溢れそうになる。それは、確信だった。
ヒロがこの学校にいたという確信。
ヒロはいたのだ。この学校の、どこかの教室に。そして今、屋上に閉じ込められる。
「ヒロ、見つけた」
涙はそっと頬を伝う。