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12.姉との確執

 陽はすっかり暮れて、白い星が瞬いている。ヒロに姉のことを聞いても、ヒロは「もう思い出せない」と首を振った。そう言うヒロの瞳は暗く、本心を隠しているようにも見えた。

 ビル群の光を反射する、夜の空みたいだと愛理は思った。

 淡い光は暗闇にまで届いて、星の光を遮る。そこにあるのは、うすぼんやりとした闇とも言わない、濃いグレーの空。何も映し出さない、暗いグレー。


 ヒロと別れ、愛理は家路を急ぐ。大分遅くなってしまった。母親が怒る姿が簡単に想像できる。

 やっと家にたどり着くと、料理の芳しい香りと人の笑い声が漏れてきて、気が滅入った。

 愛理にとって、拷問のような時間がスタートする。


「ただいま」


 少しだけ不機嫌を装う。おおっぴらに不機嫌さを表には出せない。それは母親の逆鱗に触れるし、姉に不愉快な思いをさせたくない。

 けれど、だからといって笑顔を作れず、「私はこの状況に辟易しています」とついアピールしてしまうのは、愛理の幼さゆえだろう。


 笑い声が一瞬途切れ、ささやき声がする。きっとそれが「愛理かな?」とか「早く帰って来いって言ったのに!」とか他愛無い会話なのはわかっているけど、歓談の空気を遮ったことや、ないしょ話みたいな声色が気に入らない。

 スリッパの音と共に、居間の扉が開く。ちょうど玄関に上がった愛理を姉の瑞穂が出迎えた。


「おかえり。遅かったじゃない」

「うん」

「でも、ちょうど良かったよ! すき焼き、出来上がったところ」


 薄い唇を上げて、瑞穂はほほ笑んだ。


「服、着替えるでしょ? 待ってるから、早く!」

「うん」


 目を背けて返事をすると、姉は大きな目を伏せて、苦い顔を作る。

 こういうところが嫌なんだよな、とイライラが沸点に一瞬で近づく。

 姉はとても『女』だ。男心をくすぐる。こうやって妹の前でさえ、そういう『か弱い顔』を作れるのは、天然でやってしまう証拠なのだろうが、それが嫌なのだ。

 気付かなかったふりをして二階にある自室に向かうと、姉がついてきてしまった。


 部屋に入り、制服のリボンをほどく。部屋に入ってきた瑞穂はベッドに座り、天井を仰ぐ。


「愛理、まだ怒ってるの?」

「何を?」


 と言いつつも、姉の問いかけが何に対してのなのかわかっている。

 愛理が高校に入学する前、瑞穂は「あの高校はやめろと言ったのに」とキレてきたのだ。

 そもそも受験を決めた時にも反対されたのだが、半年に一度くらいしか会わない姉とは、受験校のことで話したのは二回だけだった。電話で母と姉がその件について話していて、何度か電話越しに話そうと言われたが、ことごとく無視した。

 願書の提出日の二日前、姉はわざわざ家に来て、「あの高校だけはやめろ」と進言してきたが、そうなると逆に意地になって、受験した。

 愛理が受けようと思った高校の中では一番学力が高かったし、反対される理由がわからなかった。

 けれど、入学してわかった。

 瑞穂は自殺者が出た高校だと知っていたから、反対していたのだ。

 教師をしている瑞穂だ。愛理よりもよっぽどその辺の事情について詳しい。

 母も何度か愛理に瑞穂が反対する理由を言っていたのだが、愛理は聞く耳を持っていなかった。


 自殺者が出た時――高校側の対応は最悪だった。

 知らぬ存ぜぬ、いじめなどは存在しない。ニュースでよく見る言い訳が、その当時も横行していた。

 その時の校長はもちろんもういないけれど、高校側の体質がそう簡単に変わるとも思えず、瑞穂は愛理に進言してくれたのだ。


 それがわかるのはもう少し先のことで、愛理にはまだ、瑞穂の優しさがわからなかった。


「高校、楽しい?」


 瑞穂はため息をついて、話題を変えた。この話をするのは不毛だと思ったのだろう。


「普通」

「友達、出来た?」

「小学生じゃないんだから……」


 友達百人どころか、一人もいない。ふと、和希の顔が浮かんだが、あれは友達にしたくない。下僕にしたい。いつかぎゃふんと言わせたい。……と思ってしまうので、友達対象ではないだろう。


「こう見えて、心配してるんだよ? 愛理は……なんていうかぶっ飛んでるから。中学の時はうまく隠してたみたいだけど。お母さんが言ってた。高校の話、何もしないって。いじめ……られてないよね?」


 おいおい、実の妹にぶっ飛んでるってなんやねん。思わずつっこみかけて我慢する。否定は出来ない。本当のことだから。


「お姉ちゃんはさあ、私がいじめられるタマに見える?」

「見えない。いじめてくるやついたら、体育館の裏に呼び出してひねりつぶしてる姿なら想像できる」


 前時代のヤンキーか! 心の叫びを心の中だけに留めて、でっかいため息をつく。


「お姉ちゃんやお母さんが心配するようなことなんて無いよ。友達は……出来たとは言えないけど……かまってくれる子はいるし」


 かまってくれる子はイコール和希である。しょうがないので友達未満かまってくれる子以上に格上げした。


「なんかあったら、いつでも相談してよ。家出てから……愛理とは気持ちが離れちゃった気がして寂しいんだよ。お姉ちゃんは愛理の味方なんだから」


 ありがちなセリフを吐く姉が、嫌だ。でも、嫌いにはなれない。天然の優しさで、悪気はないのだから。

 悪気はなくとも、姉はいつもさらりと毒を混ぜる。

 それは、故意なのか。


「でも、忘れないでね。お姉ちゃん、許してないから」


 何を、と聞く前に、姉はひらりとスカートを揺らし、ドアを開ける。


「ほら、早く! すき焼きのお肉、食べられちゃうよ~」


 許す、許される。でも――。釈然としない気持ちで、階下に降りていく姉の足音を聞く。

 私の人生だ。姉に助言する権利はあっても、強要する権利はない。選び取るのは私自身で、選択したことに、なぜ姉の許可がいるのか。


 唇をかむ。瑞穂はまだ、あのことを許そうとしない。けれど、それは――愛理自身もだ。

長らく更新が止まっていて申し訳ありませんでした。

仕事が忙しかったのと、ネット回線に繋げなくなるトラブル発生で、パソコンと向き合わず(^^;


こんなかんじで申し訳ないですが、どうぞこれからもお付き合いいただけたら幸いです。

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