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11.心の表、心の裏

 バズーカで心臓を打ち抜かれた気分だった。

 超絶かっこいい男の小悪魔的な笑顔って、破壊力抜群すぎる。

 アーモンド型の瞳を細め、ヒロはにこやかな笑みを崩さない。


「鼻血出るかも……」


 顔が熱くて仕方ない。鼻血が富士山噴火の勢いで噴き出しそうだ。愛理は鼻を押さえて、ヒロを見ないようにする。

 これ以上ヒロを見るのはある意味、目に毒だ。


「具合悪いの?」


 心配そうに首をかしげるヒロから目を背けつつ、頭を横にこれでもかと振る。

 ヒロを見るのは目に毒だが、そばにいる分には良薬に間違いない。


「大丈夫ならいいけど」


 ヒロの手が後頭部に触れたことがわかった。幽霊だから生きている人間が触れてくる感じではなくて、体温が伝わってくるような、不思議な感覚だ。

 心が急激に安らぐ。ヒロの体温は愛理よりもほんの少し高いようで、触れてくる手のひらから伝わる温度はちょっと熱い。

 すぐそばにいるヒロからは甘い香りがする。

 何の香りだろう……どこかで嗅いだことがある気がして、フンフンと鼻を動かす。


「犬みたいだね」

「あ、ごめん。臭かったわけじゃないよ」


 いい匂いがしたから、とつぶやくと、ヒロは「夕飯の匂いみたいな言い方」と苦笑する。

 夕飯、と言われて、急に姉が帰ってくることを思い出した。

 今頃は母が上機嫌でごちそうを作っていることだろう。

 姉はもう家にいるだろうか? 旦那さんは一緒なのだろうか?


「ヒロって、兄弟とかいる?」


 思わず、聞いていた。記憶の無いヒロにこんなことを聞くことがとても残酷なことだと思い当たったのは、ずいぶんたってからだった。

 ヒロが何も答えず、眉間にかすかな皺を寄せたことで、ようやくひどい質問だと気付く。


「……いた、気がする」


 謝ろうと愛理は口を開きかけて、代わりに唾を飲み込んだ。

 ヒロは頭痛に悩まされているかのように頭を抱え込みうなだれる。

 慌てて背中をなでようとした愛理の手は、空を切るだけだった。

 わかっているのに、今更ヒロが幽霊だったことを知ったような衝撃が走る。

 ヒロに触れることが出来ない、当然なのに。


「そうだ、いた。兄弟……そうだ……姉がいた。俺も」


 絞り出すように出された声は苦しそうで、愛理はどうすればいいのかわからず、ヒロがいる場所に手を近づける。

 触ることが出来なくても、触れているふりをするしか慰める方法が見つからない。


「……愛理」

「うん?」


 ヒロの顔はこわばり、唸り声を上げる犬のように皺が寄る。ゆがんだ表情が恐ろしくて腰が引けてしまいそうだったけれど、ヒロから離れがたく、愛理はぐっとお尻に力を入れた。

 ここから逃げ出さないように。ヒロから発せられる剥き出しのオーラに負けないように。


「愛理の親も、離婚、してる、だろ?」


 息が詰まった。

 なぜ、それがわかったのか……。答えを出せずに、愛理はひゅーひゅーと耳障りに響く自分の呼吸音を聞いていた。


「そうだ……わかる。だから、愛理は俺が見えたんだ」

「どういう、こと?」


 ようやく絞り出した声はかすれていて。自分でも聞き取りづらい。


「境遇が似てる。だから、引き寄せられた」

「境遇? ヒロ、思い出せたの?」

「思い出してない。でも、わかる」


 ヒロの顔から憤怒が抜け落ちてゆく。体中から発せられた負のオーラみたいなのが和らぎ、いつものうららかな柔らかい雰囲気が戻ってくる。

 愛理は安心して、体中から力を抜いた。


「わかるってことは、思い出したこともあるってことだよね?」

「断片的なことはよく思い出すよ。でも、夢と一緒で、しばらくたつと忘れてしまうんだ」

「じゃあ、どうして私の親が離婚してるって思ったの?」


 愛理の両親は、愛理が幼い頃に離婚した。性格の不一致とかいう、ありきたりの理由だった。

 揉めに揉めて離婚したというよりはお互いの合意の上だったから、離婚の協議はあまりにスムーズで、幼いながらに、結婚が幸せなんて幻想なんだな、なんていう考えを植え付けられてしまった。

 けれど、両親のことは恨んでいない。父には時々会うし、母とは仲良くしている。

 姉とは……表面上はうまくやっている。


「ヒロは、どうして私とヒロの境遇が一緒だと思うの?」


 答えないヒロを急かすように、質問を繰り返す。

 けれどヒロは弱々しく笑うだけで、何も答えようとはしない。


 むずがゆい。かゆくてしかたない背中に、手が届かないみたいに。

 視界は靄で覆われて、すぐそばの答えを見せてはくれない。


「姉貴は」


 ごく、と唾を飲む。


「俺は、姉貴が嫌なんだ」


 それは、ストンと愛理の心に落ちてきた。

 姉のことは嫌いではない。むしろ憧れている。尊敬している。かっこよくて仕事の出来る夫を手に入れ、自分自身も仕事で良い評価を得ている。

 料理は得意で掃除も怠らず、家事に手を抜かない。


 そんな姉が――嫌なのだ。


 完璧すぎる姿に反吐が出るのだ。こんな人間いてたまるかと、心のどこかで、姉の存在を否定している。


 だから、会いたくないし、見たくないし、話を聞きたくない。


 完璧の裏側にある、姉の欠点を探そうとしてしまう自分が嫌だ。

 いつか、完璧すぎる人生からけつまずいて転げ落ちてしまえばいい、とあざ笑う自分が怖い。

 そうして……暗い考えに気付かないふりして、平然とする自分を嫌っている。


「愛理もそうなんじゃない?」


 そう言って笑いかけてくるヒロの目の奥に宿る暗い影は、愛理の心をすくませる。

 その反面、まるでブラックホールみたいに、引き込まれそうになる。

 彼はまだ、愛理に何も見せていない。

 心の表も裏も。

 だからこそ、覗いてみたくて、手を伸ばしたくなる。

 見てはいけないと思っているからこそ――見たくてたまらなくなるのだ。



 ***


 五月十三日


 ヒロは「境遇が似てる」と言ったけれど、それ以上は教えてくれなかった。

 どういうところが似てるんだろう?

 似てるんだとしたら、ヒロを助けてあげられるのは、わかってあげられるのは、私だけかもしれない。

 力になりたい。ヒロのために。

パソコン、買い換えました。

サクサク動くーー!!


というわけで、更新ペースを上げられたらいいなあと思う今日この頃。

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