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10.ハートぶち抜き!

 階段を上る音は、足の先から体の芯に響いて、時折、とても心細い気分にさせる。

 どこに向かっているかわからなくなるような、この先に待ち受けるものの大きさや未来に不安を覚えるような……居心地の悪さだ。

 ドアの向こうには、五月の清廉な空気が待ち受けていた。

 屋上のドアを開ける瞬間は、いつも心がときめく。

 開けっぴろげな空が広がっているからかもしれないし、陰鬱とした校舎から抜け出た爽快感かもしれない。

 一度ぐるりと周辺を見回し、ヒロを探す。姿が見当たらず、愛理は探そうかと逡巡したが、なんとなく給水塔の壁に寄り掛かって座った。

 じんわりと熱を放つ壁を背に、そっと空を仰ぐ。

 真っ青な空には、綿埃のような小さな雲が散在しているだけだった。

 母に早く帰るよう言われたが、気が重くなって屋上に立ち寄ってしまった。

 姉が帰ってくる――それだけのことなのに。

 姉とは年が離れていこともあり、喧嘩もしたことがないし、怒られたりしたこともない。おだやかでたおやかな姉は愛理にとって憧れだった。

 いつからだろう。姉が疎ましくなってしまったのは。

 いつからだったのだろう。姉が愛理に否定的な言葉を使うようになったのは。


「愛理?」


 語尾が緩やかに伸びる、優しい問いかけが姉に似ていて、愛理はびくりとして振り返った。

 座り込んだ愛理を覗き込むように、ヒロが座っていた。


「ヒロ!」

「パンツ、丸見え」

「うそ!」

「ほんと」


 セリフはとんでもないのに、ヒロはにこやかで爽やかだから、悪態をつく気にもなれない。

 体育座りをしていたから、離れたところから見ればパンツも丸見えだろう。

 そういえば、初めてヒロに会った時も、スカートをめくりあげて涼んでいた。


「私、露出狂じゃないからね」


 顔に熱を感じながら頬を膨らませて拗ねてみせると、ヒロは「わかってるよ」と笑った。


「昨日、ごめんね」

「なにが?」

「戸島君に会わせたこと」


 戸島和希がヒロのことを良くは思っていないことは、ヒロだって気付いただろう。

 昨日の三人での会話は、気まずさが隠しきれなかった。


「ああ、あのメガネ君。あれは俺のほうが謝りたいくらい」


 謝りたいという割には、ヒロはいたずらっ子みたいに楽しそうだ。


「なんで?」

「俺はお化けだし。メガネ君からしてみれば、普通にしてる愛理のことのほうが怖かったんじゃない?」


 怖がっているというよりは恐れていたなあ、と思い返す。恐れるというよりも畏れると言う方がしっくりくるような気もする。


「それに、俺も脅しちゃったし」

「脅したの?」


 そういえば、昨日の帰り道、和希は『ヒロの死因となった怪我が見えた』と言っていた。

 愛理には見えないけれど、死因となるほどの怪我なら、見させられてしまった和希には十分な脅しになるだろう。


「嫌だった? 私以外の人と会うの」


 基本は天真爛漫な愛理だが、天真爛漫が故の無邪気さで、人を傷つけてしまうことがある。それに気付かないほどの鈍感ではないから、こうやって自分が軽率に起こした行動で人が嫌な思いをしているところを見ると、いたたまれない気持ちになる。


「いや、嬉しかったよ。ここにいるようになってから俺と会話出来るような人に会うこと、本当になかったから。愛理だけじゃなくて、他にも俺が見えて話せる人がいたっていうのは純粋に嬉しかった。でも」


 そう言って、ヒロは愛理の横に腰掛ける。

 新緑の香りが混じった風は、優しく二人の髪を揺らす。


「なんとなく、嫉妬した」

「え? 何に?」

「愛理が、俺の知らない男と一緒にいることに」


 え、それってどういう意味? 聞きかけて、口をつぐんだ。

 超絶イケメンはさぞ女の子にモテていたことだろう。こういう口説き文句もきっとお得意だったはず。

 からかわれているのだ。

 真に受けるほどバカじゃないぞ、というアピールを込めて、愛理はぶすっと口をとがらせた。

 ちらりと目の端でとらえたヒロは涼やかに笑っていた。

 真意の見えない口元の笑み。けれど、瞳はまっすぐに愛理に向けられていた。

 薄茶の瞳に引き寄せれて、愛理は顔を熱くする。


 本気で言ってるのかもしれない――それはまるで予感のよう。


「まだ、出会って間もないのに」


 心臓が高鳴る。これは、やばい予感だ。


「そうだね。俺も久々に人と話せたから、色々、気持ちが突っ走ってるのかも」


 彼は孤独だった。長い年月をずっと一人で過ごしてきた。

 だからこそ、やっと話せる相手に出会えた喜びを、恋愛と勘違いしているのかもしれない。


 それは、ヒロ自身もわかっているようで、本気とも冗談ともつかない笑顔をずっと張り付かせている。


「ちょっと嬉しいよ。ヒロみたいなかっこいい人にそういう風に言われるのって。優越感」


 火照る顔を隠しながら、愛理はにんまりと笑った。

 女として余裕があるように見せたくて、小悪魔的な笑いをわざと演出してやった。

 愛理の演出を受け取って、ヒロもニィッと口角を上げる。

 丸みのある唇に浮かぶ笑顔は、愛理のそれよりもずっとずっと小悪魔的だった。


 なんてヤツ……


 異性とか関係無く、惹きつける力――魅力という意味でで思いっきり完敗した気がして、愛理は心の中で愚痴りつつ、ヒロをじろりと睨む。


「ん?」


 目を細めて笑うヒロをこれ以上見ることができず、膝小僧に顔をうずめた。


 あの笑顔は兵器だ。ハートをぶっ壊された!

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