月夜のバレンタインディ ~女子会~
男子会の翌日。
「うん、いい天気!」
陽光降り注ぐ中庭、麗音は大きく伸びをした。
「……まったく、麗音ったらはしゃぎすぎじゃない?」
そんな麗音を見て、氷奈がわざとらしく肩をすくめる。
「姫宮みたいに、子供じゃないんだから」
「……いいじゃない、別に。だって最近曇りばっかだったし?」
とうの姫宮、氷美は楽しそうに駆け回っている。また木に登ったりするんじゃないかと、麗音は少し落ち着かない。
「……ところで、昨夜は何があったのじゃ? 弓弦どもが何かしていたようだが」
中庭に置かれたテーブルに座った雪鶴が、どこか退屈そうに尋ねた。
短い一房の髪が風に揺れる。
「ばれんたいんがどうのこうのと、昼間は騒がしかったがのう……」
「ふふ、どうせ男子会でしょ」
氷奈は悪戯っぽく笑った。
「だから今年は、私達もやりましょう? 女子会」
麗音は眉を寄せた。
なんか面倒くさそう。
* * * 月夜のバレンタインディ 〜女子会〜 * * *
「かあさま! じょしかいってなに!?」
聞きつけた氷美が氷奈に飛びついた。
氷奈の口から「ぐふ……っ」と聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。うん。
麗音はすっと氷奈から目をそらした。
「……えっとね、父様とか朔とか、若君には秘密のお話よ」
「わかぎみ! 零にもだね!」
楽しそうに唇に人差し指を当てる氷美を見て、麗音は首を傾げた。
「女子会って言ったって、何の話するのよ?」
「何の話って……昨日、男子組が何の話をしてたか予想つかないの?」
氷奈が至極まじめに首を傾げ返す。
麗音は思案し、ふと気がついた。
「……待って、氷奈。今男子組って言ったよね?」
「ええ、それが何か?」
「……零も含んでるの?」
「…………ええ、そうね」
今度は氷奈が麗音から目をそらした。
次第に麗音の声が冷たくなっていく。氷点下。
「企画者は誰? 旦那様?」
「……弓弦よ」
「…………後で斬る」
麗音が地を這うような声で宣言した途端、氷奈はあわてだした。
「は、早まらないで麗音! その……弓弦も悪気がなかったって言うか」
「あの人に悪気の有無って関わるの!? どっちにせよ大罪よ。そうよね雪鶴!?」
「わ、我か!? ……まぁ、あいつはもともと斬る予定だったが」
「雪鶴も待って! 頼むから斬るのは髪とか!」
「なに言ってるの氷奈、首に決まってるじゃない」
「だからやめなさいって!」
するすると鋼糸をいじり始める麗音を見て、氷奈は頭を抱えた。たぶん実行しないとは思うが、一応夫である存在が殺されてしまう。
「姫宮、どうか二人を止めてあげて」
幼子の言葉には誰でも弱いものである。というわけで弓弦殺害阻止は氷美に任された。
「え? どうしたの?」
「麗音と雪鶴が、父様を殺そうとしてるの……姫宮はそんなの嫌よね?」
「とうさまが? ……とうさま、わるいことしたの?」
氷美が精一杯まじめな顔を作って首を傾げる。
氷奈は笑顔で否定。
「ううん、してな」
「したわね。零を寝不足にしたわ」
「したな。我の髪を斬った」
……しようとしたが無理だった。遮られてしまった。
「う〜ん」
三人の言葉を聞いて、氷美は唸った。頼むから「とうさまをころさないで?」って上目遣いでいってほしい。氷奈は縋る思いで氷美を見た。
やがて氷美は、にっこりと笑って。
「わるいことをしたのがとうさまなら、しかたないね」
残酷な決断を下した。
「え……」
「やったわ雪鶴! 旦那様が愛する娘の許可をもらえたわよ!」
「うむ。これで何の問題もなく殺害できるな」
愕然とする氷奈をよそに、麗音と雪鶴は満足そうにうなずいていた。
「……姫宮ぁ」
「なぁに、かあさま?」
子供は時として残酷だ。我が子ながら怖い。
「……お願いだから、優しい子に育ってね……?」
「……ちょっと氷奈、冗談だから。冗談だから育児に悩んだりしないでね?」
麗音の呆れるような声をバックに、
「うん! わたし、やさしいこになるね!」
なにもわからずに答えているであろう氷美の声が氷奈の救いだった。
「で」
全員椅子に座り、仕切り直しである。
「男子組はおそらくバレンタインについて話てたでしょうね」
「……ふーん」
「……なによ麗音、ノリが悪いわね」
麗音はため息をついた。事実、興味がない。
「どうせ、旦那様が発案者ならやることは目に見えてるし」
「そうなのか?」
バレンタインという行事を深く知らない雪鶴が首を傾げた。
おそらく平安あたりに生まれた・・・作られ、妖刀として確立した彼女は、近代の行事や文化にとんと疎い。
チョコレート、やバレンタイン、などの横文字もうまく言えないっぽいので、見た目は少女だが中身はおばあちゃんだな、と麗音は密かに思っている。
「男子ってのは浅はかなものよ、雪鶴」
「浅はか・・・か?」
「れいね、あさはかってなにー?」
「……んー、姫宮はまだ知らなくていいことですかね」
簡単に言うと馬鹿、という意味だが、三歳の女の子にそんな言葉を教えるのはさすがにいけない。
適当にごまかすと、氷美は「むー」と唸った。
「浅はかかどうかはわからないけど、チョコの数を自慢してたらしいわね」
氷奈がまた肩をすくめて言った。
「……男子会なのに、なんで氷奈が内容知ってんの?」
「朝弓弦に愚痴を聞かされたのよ」
その様子だと、自慢にはならなかったようである。
まぁ当然か、と麗音は嘆息した。
「旦那様は何個もらったの?」
「私と姫宮からで二個」
「……まさか、雪鶴もあげなかったとか言う?」
「我はまだあいつを許してはおらぬ」
やっぱり髪は大事なものなのか。確かに綺麗な髪だから、無理もないけれど。
「ていうか、麗音はあげなかったの?」
氷奈に若干責めるような口調で聞かれ、麗音は渋面になった。
「だって、なんか嫌じゃない? そんな欲望丸出しって言うか……そういうのちょっと拒否だわ」
「以外と辛辣ね、麗音……」
氷奈は苦笑していた。
その欲望丸出しっぽい男の妻の前で言うのもどうかと自分でも思うが、大丈夫だろう。
麗音だって、弓弦のことを心から嫌っているわけじゃない。
軽口であることぐらい氷奈はわかっているはずだ。
「でも旦那様、姫宮からもらったことでだいぶ喜んでたんじゃないの?」
姫宮、と聞いて氷美が反応した。
「わたしね、とうさまにわたしたんだよ! だいすき、っていったらよろこぶってかあさまがいったから、それもいったの!」
氷奈をちらっと見る。もう狙ってやっているだろう。
「……それで?」
「泣いてたわよ」
「……うわ」
「それはさすがにだめじゃ……」
雪鶴と二人して引いた。
「じゃあ、麗音と雪鶴は弓弦以外にあげたの?」
「うん。零にはもちろんだけど、朔にはよく零が世話になってるし」
「我は零だけじゃ。朔……あいつは、やる理由がなかったのでな……」
確かに、雪鶴は朔と話すことは少ないだろう。
麗音が納得していると、雪鶴が再び口を開いた。
「……それに我は、料理が苦手なのじゃ」
「…………え?」
思わず聞き返すと、隣に座っていた氷奈がからからと笑った。
「何だ、麗音知らなかったの?」
「……い、いや、知らなかったって言うか」
氷奈につられて氷美まで笑い出す。
「あのね、ゆきづるはかあさまとりょうりしたこともあるんだけど、ゆきづるのだけはすっごくくろかったの! どんなやさいもまっくろになってね、」
「なっ、氷美! ばらすでない! それは我と氷美の秘密だと言ったではないか……」
いかにも恥ずかしいというように顔を手のひらで覆う雪鶴。
麗音はすごく反応に困った。
だって、料理が得意な妖刀というのもまた変な気がするのだ。
別に不得意でも何の問題もないんじゃ……。
「……朔に料理が苦手だということをばらすのが嫌だったのじゃ。だから適当に、ちょこが嫌いとか何とか」
ぽつぽつと呟く雪鶴に麗音は苦笑する。
料理について悩む妖刀。なかなかシュールだった。
氷奈が悪戯っぽく雪鶴に問う。
「あれ、でも若君には作ったのよね?」
「………………から」
「え?」
「……可愛かったのじゃ。別に、ばらしても大丈夫かと」
そっぽを向いて、雪鶴が言う。その横顔を見て、麗音は思わず吹き出した。
「……っ」
「わ、笑うな! せ……せっかくだから、零と一緒に作ってみたのだ! それでその……た、楽しかったというか……!」
言い訳みたいに重ねる言葉が、余計笑いを誘った。
雪鶴の白い頬が次第に赤くなる。
「まぁ確かに、若君は可愛かったわね」
くすくすと氷奈が笑った。
「雪鶴がそうなるのもわかるぐらい」
「……氷奈、もう言うな」
もう蚊が鳴くような声だった。哀れ雪鶴。
「やっぱり、零が一番多くチョコをもらったのかな」
母親としても自慢できそうだ。麗音が機嫌よく言うと、突如氷美が席を立ち、氷奈の後ろにささっと隠れた。
時折伺うように顔をのぞかせる。
「氷美?」
「あらら、姫宮ったら恥ずかしいのかしら?」
「……恥ずかしがってないもん! かあさまへんなこといわないで!」
ま、まさかこれは……。
氷奈の顔を伺うと、笑っていた。それは、どこかサディスティックな笑みで。
「姫宮は若君にあげたんでしょう? チョコ」
「・・・べつに、れいがほしいっていうから!」
「それだけなの? 姫宮」
氷奈よ……我が子に何を……。
弓弦が知ったら泣くだろうな、なんて麗音はぼんやり考えた。
「なんじゃ、懸想しておるのか」
「け、けそうってなに? なんのこと?」
雪鶴までも笑いながら氷美に言う。
言葉が古すぎて伝わらなかったようだけれど。
「麗音はどうするの? 応援するの?」
氷奈がこっちにまで話題を降ってきた。
そうだねぇ、と麗音は笑う。
「姫宮、私も応援しますね」
「れいね! わたし、そんなんじゃないもん!」
そのとき。
「……ひみー!」
「う!?」
声が聞こえてきた。その方向を見ると、危なっかしく駆けてくる零の姿。
「あらあら、いいタイミングね」
氷奈が堪えきれなくなったように笑う。
雪鶴までもが口元を押さえて笑っていた。
「れ、れい……!」
「ちょこ、たべたからな! おいしかった!」
戸惑う氷美に、零はにっこり笑った。
麗音は親馬鹿だと思いながらも、「おう、イケメン……」なんて目頭を押さえた。
機嫌よくにこにこ笑う零を見て、氷美が零に背を向けた。
「れいなんかしらない! かえって!」
「え!? ひみ、どうしたの!?」
「なんでもないもん! れいにはないしょのはなし!」
「えーっ!?」
幼い子供たちのやりとりに、大人二人と妖刀は笑った。
麗音は思う。
彼らが大人になるのは、以外と早いかもしれない。
きっとそのときは、今よりも楽しいんだろうな、と。