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狐の面は月見て笑う  作者: 衣桜 ふゆ
零の仕事
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<零の仕事>8

「零君は、早く氷美を助けに行って。周りの奴らは僕と萌黄で何とかするから」

朔の指示が飛び、零は頷いた。言われずともそうするつもりだった。

部屋の一番奥にいる氷美を見る。ふと、朔が何かを投げてよこした。

「・・・持ってきてたんですか」

反射的につかんでそれを確認すると、零は苦笑した。

氷美の愛刀、雪鶴である。

「そりゃ、氷美君は何でもできるけど。戦うなら一番強い武器でねーと思って」

朔が笑った。

今回の目的は氷美を助けることもそうだが、この暴力団をつぶすこともある。

氷美を早めに助けて、万全の状態でつぶすということだろう。

氷美は日本刀以外でも結構戦える。朔ほどではないが。

零はそれを聞いて、雪鶴を見て考えた。

せっかくなら。

ぶん、と零は雪鶴を振った。瞬間、雪鶴が薄く発光して、人型をとる。

「・・・乱暴じゃな、零」

雪鶴が苛立ちを込めて零に言った。長い髪を後ろに払う姿は艶やか。

周りがざわめいた。当たり前だろう。誰も、妖刀が存在するなんて思わないのだから。

「いやいや、人数は多い方がいいだろうからね」

零がそう言って、場違いな風に笑うと雪鶴はため息をついた。

「私はこの姿では戦えないのだが・・・まぁ、ほら。早く行くぞ」

「はいはいっ・・・と」

零は鋼糸をふるった。数名が腕や足を押さえて悲鳴を上げる。

「走るぞ、雪鶴!」

「・・・ふん」

道は開かれた。朔と萌黄によって。

それでも邪魔する奴らは、零の鋼糸によって引っ込む。

しかし、やけに広い部屋だ。氷美のいるところに近づいてはいるが、まだ遠い。

人も多いせいで、無駄に時間がかかってしまう。

「やーっ、人多すぎでしょこれ!」

我慢できずに零が叫んだ。

三人プラス一人対大勢ではさすがに分が悪い。いや、力はこっちの方が高いから、倒せないわけではないのだが。

ただ、面倒である。

「一気に全員倒せる方法とかないわけ!?」

「・・・少し落ち着け、零よ」

走って鋼糸を振るって叫ぶ零に、雪鶴が呆れた声を返した。

「その気持ちは分からないわけではないが・・・そんな便利なものは存在しないだろうよ」

辺りを見回すと、零や雪鶴だけでなく朔も萌黄も疲労困憊のようだ。

「萌黄! なんか睡眠薬とかねぇの!?」

「ないわよ! 致死性の毒しか持ってきてないの!」

「便利なようで役にたたねー!」

「僕もいい加減疲れてきたよ・・・」

そんなことを喋りつつも足は止めないのが自分でもすごいと思う。

と、そのときだった。

突然、相手が全員動きを止めた。

戦意を喪失したのだろうか、と思うが、そういうわけでもないようで。

次第に、零たちが進もうとしていた方、つまり氷美がいるほうから道ができてきた。

誰かが、来る。恐らく頭領格だ。

やがて出てきた人を見て、零は少し笑った。

悲しかった。予想はついていたが、本当だった。予感は、当たったのだ。


「少年・・・やっぱり、お前か」


「どうも、零さん。突然で悪いんですが、交渉しませんか?」


あの、少年だった。

みのりの、兄の。

最初に会ったきとは印象がかなり違う。

不敵な態度で笑って。

「お前が、ここのボス?」

零は声が震えそうになるのを必死に押さえて聞いた。

少年は、予想と違って首を振った。

「違いますよ。僕はあの人のお使いみたいなもんです」

少年は後ろを振り返った。

氷美の隣に、見ただけで下品とわかる男がいる。年は零と同じぐらいか。

あの人ーーーーーここのボスだが、名前は明かさないということだろう。まぁ、それは今どうでもいい。

「で、なんだ? 交渉とか・・・言ってたな」

「えぇ」

あの女性ーーー氷美さん、でしたっけ。

少年はそう続けた。

「名前は教えてないはずだけど?」

零が素朴な疑問でそう言うと、少年はちょっと素で笑った。

「教えてくれました。本人が」

「・・・氷美・・・」

本人が教えるというのもおかしな話だと思う。

「で? 氷美がどうしたというのじゃ」

零が脱力していると、代わりに雪鶴が問うた。

「彼女、素敵な女性ですよね」

にっこり笑って少年が言う。

その言葉に、何をしたいのか訳が分からなくなった。

少年は続けた。

「彼女を、うちの暴力団にくれませんかね」

「・・・人身売買?」

「そういうことです」

暴力団は男ばっかりでむさいところだし、使用目的ははっきりしている。

零は目を細めた。

言いようのない怒りがこみ上げるが、ぐっと一度押さえた。

「・・・それで?」

促すと、少年はまた笑った。

「もし、そちらが『いいえ、あげません』を選択した場合ーーーーー」


「ーーーーーみのりが、死にます」


「・・・・・・え」

本当に驚いたときは、悲鳴や大きな声はでないものなんだな、と零は思った。

頭が、言われた内容を理解しない。

「みのりちゃんが、なんだって?」

「だから、死ぬんですよ」

笑ったままの少年の目から、涙が一筋こぼれた。

「理解、しました?」

震える声をものともせず、零れ続ける涙など気にせず。

少年は零たちにそう聞いた。

萌黄と朔の困ったような声が聞こえる。

彼らは、この状況がよくわかっていないだろう。

ちゃんとわかるのは、零だけだ。

「・・・なんだよ、それ。いいのかよ!?」

零が血を吐くようにして少年に問うと、少年は我慢ができなくなって、叫んだ。

「ーーーいいわけ、ないでしょうっ!?」

つかつかと、零に近寄って、少年より背の高い零の胸ぐらをつかんで自分の顔の近くへと寄せた。


「何年も、育ててきた自分の妹が、死ぬ!? ふざけてるんですかってこっちが言いたいんですよ! それでいいのかよだって? 良いって言う兄がどこにいるんだよ! みのりは・・・みのりは、命よりも、大切な妹なのに! 俺が、守ってなくちゃいけないのに! なんだよそれ、死ぬって何だよ! 俺のせいで・・・何でみのりが死ななきゃいけないんだよ! みのりは・・・みのりは・・・!」


零の顔につばが飛んで、涙が飛んで、少年は叫んだ。

最後にはもう脱力して、力が入らなくなって、その場にしゃがみ込む。

少年の涙が地面をぬらした。

当たり前のことだが、少年本人の意志ではないということだ。

零が少年を見て、辺りを見回すと、周りの暴力団どもはそれが当たり前とでも言うような表情でいた。

少年がこの暴力団に入った理由は、なんとなくわかる気がした。

目を付けられて、きっと、みのりに手を出すと言われたのだろう。それがいやならここに入れと。

少年は、みのりを守りたいだけだっただろうに。これでは意味がない。

守るために、危険な道へと進んだ。でもそのせいで、さらに危険なめにあわせてしまったのだ。

そう考えて、零はふと、納得した。

どうして、あんなに少年のことが気になって仕方がなかったのか。

少年と、みのりの関係は。

昔のーーーーーーーーーーーーーー。


「・・・少年。俺さぁ」

誰もが驚いて、零を見た。あり得ないほど穏やかな声で、零がしゃべり始めたからだ。

しゃがみ込んで少年と視線を合わせた。

「その要求、飲めないわ」

「っ!」

少年の目が憎悪に染まる。

「じゃあ、みのりが!」

「少年」

叫びかけた少年の言葉を遮り、零は薄くほほえんだ。

「俺今、すっげえ怒ってる」


零はふらりと立ち上がった。

腕を、今までより、大きくふるう。

それとあわせて、鋼糸も大きく振るわさった。

誰もがおびえ、氷美のところまで大きく道が開けた。


「なぁ、氷美」


そこで、氷美に呼びかける。


「もう、血を見ても、大丈夫かーーーーー?」


それは、本気を出すための、確認。




過酷な選択に零が切れる………

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