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狐の面は月見て笑う  作者: 衣桜 ふゆ
零の仕事
39/47

<零の仕事>7

ちょっとだけ氷美目線入ります。

零くんの方がかきやす………げふんげふん←

廃工場の中に一歩はいる。

「・・・なんか静かっすねぇ」

零は思わずそうこぼした。朔や萌黄も首を傾げる。

やけに静かだ。慌てているようにも思えないし、しっぽ巻いて逃げたのだろうか。

廃工場の中は薄暗かった。そこらじゅうに落書きが見える。周りにあるものも鉄パイプなどのがらくたばかり。だが、その分人が隠れられそうなところは多くあった。警戒は解けない。

「朔、誰かいる気配はするの?」

後ろから萌黄と朔の会話が聞こえてきた。

朔は武術全般・主に素手で行う体術を得意としており、苦手なものはないというあり得ない存在。本人曰く「体術では相手の気配を読むことが大切」だそうで、まぁその通り人の気配を少しだけ察知できるらしい。息遣いの音だとかで察知しているのだろうか。零もよくわかっていない。

「いーや、さっぱりしない。逃げたとは考えられないし・・・」

考えられないのか。零はちょっとがっかりする。逃げてくれていたら楽だったのに。・・・戦うのもそれはそれで楽しいが。

「だけど」

朔が言葉を切った。

足を止めると、ちょうど目の前にあるのは次へ進む扉。

「この向こうには結構いるようだね」

それを聞いて、零は少し笑った。萌黄も鼻で笑っている。朔の顔だってゆるんでいた。

「大乱闘になります?」

「ひどいよねぇ、こっちは三人だっていうのに」

「所詮そういう奴らでしょ。分かり切ったことね」

その会話の中で、零は自分の心の変化を感じ取った。

思わず顔がにやける。

体中を支配する緊張感。

高鳴る鼓動。

興奮で震える指先。

あぁ、落ち着かなければ。本当の目的は氷美を助けるためだ。このままの勢いでは、虐殺的な感じでスプラッタに成りかねない。

息を吸って、吐いて。大きく深呼吸をして周りを見ると、萌黄と朔が心配するようにこっちを見ていた。

二人も、零が仕事に快楽を覚えてきているのに気がついているからだ。今もし暴走したら、止めるのはこの二人。

零はもう一度深呼吸して、二人に笑いかけた。

もう大丈夫。たぶん。まだ興奮を抑える理性が残っているから。たぶん。

それを見て安心したのか、朔も萌黄も心配げな顔つきを消した。真剣な顔になり、扉を開けた後に備える。

零も二人にならって、気を引き締め、扉に手をかけた。

押さえ込まれた残虐性。氷美を助けるという使命感。二つが混ざり合って複雑になった心境はそのままで。

零は、扉を勢いよく開け放った。


その場に緊張感があふれ、退屈していた・・・いや、暇だった・・・違う、捕らわれていた氷美はふと顔を上げた。

その場にいる氷美と同じぐらいの暴力団どもの視線はある一点に注がれている。

氷美のいる場所からもっとも遠いところにある扉。

あれ、と氷美は目を見張った。

今さっきまで、あそこの扉は閉まっていたはずなのに。

寝ぼけたようなぼんやりした頭でそれを思い、首を傾げた。

なんだか、三人分の人影が見える気がする。

幻覚だろうか? どうも、見知った顔に見えた。

「畜生、外の奴らは何をやってたんだ!」

暴力団の一人が叫んだ。

それをはじめとして、みんなが騒ぎ始める。

「まったくだ、使えねぇ奴らめ!」

「『月夜』が来ちまったじゃねぇかよ!」

ーーーーー『月夜』?

何馬鹿なことを、と氷美はため息をついた。

『月夜』・・・零たちなんて、どこにもいないじゃないか。

新しく現れたのは、扉の向こうの三人組じゃないか。

こいつらは何を勘違いしているのだろう。

・・・もし、『月夜』が来るとしたら、零と、朔と、萌黄だろうな。そんなことを思って、氷美は少し笑った。

零、怒ってるだろうなぁ。あぁ、もしくは心配しすぎて頭がおかしくなってるかも。

『月夜』は、来たら負けないだろう。

氷美を見捨てることはしないだろうから、来るだろう。

だけど、まだ捕まったって情報が行ってないかもしれないなぁ。

雪鶴はおいてきてしまったから、何もすることはできない。

ただ待っているのも暇だから、すこしぐらい、自惚れたっていいだろう。

氷美は、ため息をついた。

これではまるで、『月夜』のことを信用していないみたいじゃないか。

捕まって退屈すぎて考えるのをほとんど放棄して、何もしていないけど疲れてしまったようだ。

氷美は、自由だったけれど何も言わなかった口で、暴力団の誰にも聞こえないよう、呟いた。

「もう飽きたわ・・・早く来なさいよ、零・・・」

返事など、期待してはいなかった。

本当にただ退屈だったから呟いただけだった。

けれど。


「はいはいーーーお待たせしました、姫君」


小さな小さな答えを、氷美の耳は捕らえた。

氷美ははじかれたように顔を上げ、その答えた人を探す。

やがて、その口元がほころんだ。

自分の言った言葉は、誰にも聞こえないような小さな声だったのに。

何故、彼は返事を返せたのだろう。

彼は氷美のいるところから結構遠いところにいたはずなのに。

何故、氷美は聞き取れたのだろう。

その答えは見つかる気がしなかったけれど、氷美はそれでも構わなかった。そして、数分前の自分の考えを馬鹿にして笑った。

捕まったという情報が行ってないだとか、自分の自惚れだとか。

そんなことが、あるはずないのだ。何故かって、『月夜』だから。

「謝ったりするなよ、氷美」

彼の、零の言葉が聞こえる。笑顔が、見える。

言いたいことはよくわかっていた。捕らわれてごめんなさい、なんて言うなと。

氷美は勝ち気に笑った。

「謝るとか、するわけないでしょ?」

せっかくするのであれば、謝罪ではなく、信頼と、感謝だろうな、と氷美は思った。


氷美は少しだけ、覚えていた。

昔も、こんなことがあったなと。

あの時、零はいなかったけれど。

氷美は少しだけ、申し訳なかった。

あの時も、助けられるだけだった。

氷美は少しだけ、寂しかった。

今も、一緒に戦えないと。

今はもう、戦えるのにと。

今度は、自分が、助けたいのにと。

今も、甘えてばっかりじゃ、いけないのにと。

でも氷美は、心の隅でわかっていた。

そんなことを言ったら。


零はやっぱり、怒るんだろうなぁと。




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